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落ち込むギュンター

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 少し行くと身なりのいい女性が、陶器の蓋付きの大きな皿を、両手で抱え歩いているのが馬上から見える。

オーガスタスはさっ!と馬から飛び降りると、手綱を引いて背後から女性に声かけた。
「こんな所でたったお一人で、しかも歩きですか?」

彼女は何気に顔を上げて振り向く。
けれど声かけた男性が、あまりの長身で胸元しか視界に入らない。
広い胸幅と肩幅の、とても逞しい青年だと分かると、顔を見ようともっと視線を上げた。

体に比べ、とても小顔で、しかもすんなりした卵形の輪郭。
赤味を帯びた栗毛は、奔放に跳ねてライオンのたてがみのよう。
けれど目鼻立ちは整っていて、鼻筋が通り、鳶色の瞳が優しげで、彼女はその青年に、いっぺんに好意を持った。

オーガスタスは背後から見下ろし、彼女の両腕に持つ、大きな蓋付き皿を見て、目を見開いた。
上から見た彼女の髪は、真っ直ぐのダークブロンド。
前髪を後ろで束ね、束ねた髪は肩に垂らしていて、ダーク・グリンの瞳と同色の、きっちりしたドレスを着た理知的な美人。
どうやら身分高い人の世話係か家庭教師をしてるのようで、品があった。

彼女はとても背が高いけど、年下に見える年若い青年に微笑む。
「…奥様の知り合いの家を尋ねた、後ですの」

ギュンターもつい、馬から降りてオーガスタスと反対方向の女性の横に付き、覗き込んで尋ねる。
「どうして馬車じゃないんだ?」

振り向くとふいに目に飛び込んでくる、珍しい宝石のような紫の瞳。
背まである金の巻き毛。
見つめ来るその顔は美麗で、滅多にお目にかかれない美貌の青年。
一瞬目を見開いて、彼女はギュンターに、見惚れた。
そっ…と最初に話しかけて来た、背の高い青年に振り向き、女性は言い淀む。
オーガスタスは気づくと、屈託なく笑って安心させ、素性を告げた。
「俺達は『教練キャゼ』の学生で、こちらにはちょっと用で来ていて、怪しい者じゃない」

女性は二人がまだとても若く見え、納得出来て頷き、薔薇色の唇を開く。
「『教練キャゼ』の学生さん?
じゃ、騎士候補なのね?
…このお料理はとても珍しくて、飾り付けに手が込んでいるので。
馬に揺られると、崩れてしまうと奥様がおっしゃって…。
それで歩いて運んでいますの」

「よければ俺が持つが?」
オーガスタスが申し出ると、彼女はたいそう嬉しそうに、にっこりと微笑った。

オーガスタスでさえ、胸いっぱいに広がるその蓋付きのデカい料理皿は、けれど彼女が持っているよりうんと軽そうに見えた。

この辺りを旅で訪れ、見知っていたギュンターはつい、彼女に問いかける。
「…この先のお屋敷?
じゃ女主人だろう?
眼鏡をかけて小煩こうるさい感じの」

彼女はギュンターに振り向き、微笑う。
「ご存知なの?
私はその方の、姪に当たるお嬢様の世話係なのだけれど…。
奥様はご結婚されてないのでお時間が有り余り、それは…細部にこだわられるのよ」

ギュンターはつい、軽口叩く。
「でも、旦那は居なくても男くらいは、いるんだろう?」

彼女が綺麗に結ったダークブロンドを胸に垂らし、無言で見つめるので、ギュンターは思い出した。
「…亭主が居なくて山程若い男を侍らしてるのは、横の屋敷の女主人だっけ?」

彼女はくすくす笑い、金の巻き毛を首に巻き付けた、珍しい紫の瞳の美貌の青年に説明した。
「ウチの奥様の天敵で、二人が顔を合わせるとまるで戦争!
奥様は隣のご婦人をいつも『あの淫乱女』と罵っていらっしゃるわ」

ギュンターは屋敷が隣同士の、二人の対照的な女主人の諍いが、この辺りの名物だと旅の途中で耳にした事を思い出し、頷く。
「…つまり君が居るのが、男嫌いで潔癖症の、女主人の屋敷なんだな?」
彼女は背の高いギュンターを見上げ、頷いた。
「そう。
だから料理にこだわられるの。
でも奥様はお食べにならないけれど。
お客様にお出しするのよ」

ギュンターは一度この辺りの祭りの最中ぶつかった、眼鏡をかけ色気とは全く縁のない、暗い色の堅苦しいドレスを着た、がりがりでいかめしい顔つきの年配の婦人を思い浮かべた。
「多分君の主人に、俺は一度ぶつかった」

彼女はそれを聞いて、くすくすくすっ。と笑う。
「貴方みたいなとびきり綺麗な美青年でも、奥様はきっと、男と言うだけで汚らわしい虫のように見つめたんじゃなくて?」

ギュンターは項垂れきって頷く。
「叔父貴に、すげぇ男嫌いだから、お前が女装してたら多分、愛想良くされたろうな。と聞かされた」

彼女はそれを聞いて目を見開き、まるでギュンターの女装を想像したみたいに、くすくす微笑う。
「きっと、そうね!
女性相手なら奥様は、マトモな扱いをされるから」

がその時、道の端でたむろってた数人のごろつきどもが、進行方向からやって来る。

七人いて、ギュンターとオーガスタスに挟まれた女性を見つけ、ニヤニヤ笑って寄って来る。

ギュンターは、オーガスタスを見た。
オーガスタスはデカい皿を抱えたまま、ギュンターと視線を合わせて肩竦める。

「なあ。
召使なんて放っといて、俺達とちょっと遊ばないか?」

ギュンターはまた、オーガスタスを見た。
連中はどうやら、オーガスタスを荷物持ちの。
ギュンターを年若い見習いの、召使だと思っている様子。

彼女は眉間寄せ、咄嗟にオーガスタスを助けを求めるように見上げる。
その視線受け、オーガスタスは皿抱えたまま唸った。

「…横の金髪坊やは、顔の割に喧嘩っ早い。
怪我したくなきゃ、道を開けな!」

坊や。と呼ばれギュンターは沈黙しかけた。
が、呻く。
「…良かったな。
奴の両手が荷物で埋まってて。
あいつに殴られると、軽量級の俺と違って、歯が飛ぶぞ?」

連中は
『この野郎!』
だとか
『舐めやがって!』
と走り寄って拳振って来るので、ギュンターは咄嗟彼女の前に出て背に庇い、最初の拳をさっ!と顔を背けて避け、一気に下から相手の顎目がけ、拳振り切って殴り倒した。

がっつっっ!
どったん!

ギュンターは派手な金の巻き毛を振って、直ぐ次の男にも拳握って突っ込んで行く。
が、背後でドタン!と派手な音がし、振り向くとオーガスタスが、彼女の腕を掴もうと寄って来た男の足を、ひっかけて転ばしていた。

次に寄り来る男を見ると、オーガスタスは咄嗟、皿を草の上へそっと下ろし、長い足で思い切り蹴りつけ、ふっ飛ばす。

ばっっっ!
っっっずんっ!

ギュンターは降って来る拳を、身を傾けて避け様握り込んだ拳を相手の頬目がけ、思いっきり振り込んだ。

どっっっ!

殴り倒した男の背後から、いきなり飛び出して来た男の腹に、一瞬でギュンターが拳を下からめり込ませた時点で。
残る二人は背を向け、逃げ出し始めた。

オーガスタスとギュンターに、殴られ、蹴られた男達は血の滲む口の端を拭い、殴られた場所を手で庇いながらも
『覚えてろよ!』
と、決まり文句言ってヨロヨロと逃げて行く。

ギュンターが、背に回し庇った女性に振り向く。
がその時彼女も、ギュンターに振り向く。

ギュンターは彼女が駆け出しかけた時、思わず抱き止めようと両腕差し出した。
が、彼女は一歩踏み出し横のオーガスタスに振り向くと、咄嗟オーガスタスの胸に、飛び込んで行った。

オーガスタスは慌てて、足が宙に浮く彼女の背を抱き止める。
彼女はオーガスタスの広く逞しい胸に顔を埋め、感謝の言葉を告げた。
「ありがとう!
出会うといつも、絡まれるの!
本当に、嫌な奴ら!
この辺りの、嫌われ者なのよ!」

オーガスタスは抱きつく女性の背を、彼女が落ちないよう抱き返し、ぼやく。

「…先に殴ったのは、ギュンターなんだが…」

それを聞いた途端、ギュンターはまだ差し出しかけた両腕が、上がってるのに気づき、顔を下げて決まり悪げに、腕も下げた。

彼女が、オーガスタスの広い胸に抱きついたまま。
笑顔で振り向くから。
ギュンターは一瞬、抱きつかれるかも。
と思い、また両腕差し出したものかどうか、迷った。

が、彼女はオーガスタスの胸にしがみついたまま、微笑んで言った。
「ありがとう。
貴方も、とても強いのね?」

「(…も?)」

オーガスタスは彼女がしがみつくので、仕方無く落ちないよう背を抱いて支えてたものの。
俯き髪に顔を埋めるギュンターを目にし、思いっきり気まずくて、顔を下げた。

彼女はようやく、しがみつく腕の力を緩めたので、オーガスタスは背を丸めて彼女の足を草地に下ろす。
屈んだその拍子に、彼女はオーガスタスの頬に、感謝のキスをし
「本当に、頼り甲斐のあるお方だわ」
と微笑んで言った。

オーガスタスは無言で、ギュンターに視線を振って、彼女を促す。
ギュンターもチラと、自分も感謝のキスが貰えるのかどうか、覗った。
が、彼女はもうギュンターを見ず、オーガスタスににこにこと笑いかけ続け、オーガスタスは項垂れるギュンターが視界に入り、にこにこ笑う彼女の視線から目を背け、深いため息を吐き出した。

彼女の屋敷の門の前で、オーガスタスは腕に持つデカい蓋付きの皿を手渡し、二頭分の手綱を引き、かなり離れた道の端にいるギュンターに振り向く。

ギュンターは咄嗟、オーガスタスの視線を避けて、俯いた。


揺れる馬上で、オーガスタスは斜め後ろに付いてくる、ギュンターを見た。
項垂れたように顔を下げ、金の巻き毛は馬が歩を踏み出す度、揺れている。
そしてひとっ言も、口をきかない。

オーガスタスは暮れかける夕陽に目を向け、小声で尋ねる。
「この後、酒場にでも寄るか?」

が、ギュンターは項垂れたまま呟く。
「昨日今日のアンガス調教で、たっぷり五日分は出しきった」

…だろうな。とオーガスタスも、深いため息吐く。

ギュンターがようやく顔を上げ、躊躇いながら口開く。
「なぁ…」

オーガスタスは『立ち直ったかな?』とギュンターに視線を送った。
オーガスタスに見つめられ、ギュンターはかなり躊躇ためらいながら、それでも尋ねた。

「…俺の胸って……………。
………そんなに……薄いか?」

「………………………………」
オーガスタスは、思わず自分の胸に視線を落とす。
かなり、言い淀んだ。
が、言った。

「…そうだな。…俺に比べれば………そうかもな」

オーガスタスはギュンターの視線を、たっぷり自分の、胸に感じた。
がその後ギュンターは、また首を垂れて項垂れ、『教練キャゼ』の門を潜るまで、顔を上ず口も、きかなかった。
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