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乗馬の合同補習で不安に包まれるアスラン

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 スフォルツァに付き添われ、アスランは補習の集合場所、厩へと足を運ぶ。
チラと別グループを見ると、ハウリィは背の高いフィンスに話しかけられ、はにかんで…それでも微笑びしょうをフィンスに向けていた。

マレーはアイリス始め、フィフィルース、ディオネルデス、アッサリアの一年大貴族らに取り囲まれ、理知的な表情で…それでも嬉しそうに、時折話しかけるアイリスに、頬染めて笑顔を向けてる。

アスランは顔が、上げられなかった。
けれど横に立つスフォルツァは腕を掴み、小声で耳元に囁く。
「…いいから、堂々としてろ。
出来ないからと言って、人権まで卑しめる権利は、監督生には無い」

アスランはスフォルツァを見上げた。
明るい栗毛がカールして胸元に垂れ、整った顔立ちの王子様みたいな雰囲気なのに。
断固としてそう言う彼は、とても男っぽくて…頼り甲斐があった。

アスランは頷きたかったけど…無理だった。
ミシュランがやって来て
「もう、一人で乗れるな?!」
と有無を言わせぬ怖い顔で、そう言ったから。

肩までのカールした栗毛の短髪。
頬と顎がゴツゴツと突き出た顔。
険しいグレーの鋭い瞳を向けられ、アスランは怯えきった。

だが横のスフォルツァは、顔を上げて真っ直ぐミシュランを見つめ返す。
「大丈夫です。
けれど、彼はこの中で一番馬に不慣れだ。
配慮は、必要です」
そう、きっぱり言ってくれた。

アスランは恐る恐る顔を上げたけど、やっぱりミシュランは怖い顔で、スフォルツァの提言を鼻で笑った。
「フン!」

返事を返すでもなく、そのまま行ってしまう。

けれどスフォルツァは、アイリスから借りた優しい馬のくつわを取って、アスランに『乗れ』と促す。

「…ゆっくりでいい。
アレン(アイリスの馬)は君に合わせて、無理な走りはしない。
皆から遅れても、気にするな」

アスランはスフォルツァの言葉を聞きながら、不器用に馬に跨がった。
アレンはクリーム色の毛色で、たてがみが細かな巻き毛のとても美しい馬で、アイリスが貸してくれた。
アイリスと一緒に騎乗した、その時の楽しい時間を極力思い出しながら、アスランはくつわを掴み馬を留め置いてくれてるスフォルツァに、頷く。

スフォルツァはほっとしたように、自分の艶やかな濃い栗毛の、見事な馬にひらりと跨がる。

やがて先頭のミシュランが駆け出し、グループの皆は徐々に駆け出す。
シェイルも。
そしてシュルツもが、心配げに背後のアスランに振り向き、けれど横に馬を付けるスフォルツァの信頼出来る姿を目にし、ほっとしたように前を向くと、馬を駆けさせた。

スフォルツァが横で促し、アスランは馬の腹を、軽く蹴った。
もうそれだけで優しいアレンは、騎乗してる危なっかしい主人を振り落とさないよう、そっ…と駆け出す。
あまり速度を上げず、背に乗る主人が落ちないかを、確かめながら。

あっ…という間に置いて行かれ、ぽつん…とスフォルツァと二人、ノロノロと走る。
けれどスフォルツァは少しもアスランを焦らせず、アスランが心配げにスフォルツァを見つめるたび
真っ直ぐな黒髪で色白の、愛らしい茶の瞳をし、おどおどした美少年に、確かな緑がかったヘイゼルの瞳を向け、安心させるように頷く。

アスランはどれだけ遅れても、ちゃんと横から離れないスフォルツァに感謝して、心の中で
「(アイリスといつもくっついてたから…嫉妬して嫌いだなんて思ってて…ごめんなさい)」
と、スフォルツァに謝った。

「(学年代表に相応しくないなんて…思ってごめんなさい…)」
心の中でそうつぶやき、また横のスフォルツァを見る。

スフォルツァはちゃんと視線を合わせ、やっぱり
『大丈夫だ』と気丈な表情で、頷いてくれる。

もっと…ちゃらちゃらして見えた。
我が儘っぽく…見えた。
自己中心的で…他なんて知ったこっちゃない。
みたいに…。

けれど自分のように手のかかる落ちこぼれを、ちゃんと離れず面倒見てくれる。

「(…本当はとっても…心根が真っ直ぐで温かい情のある…人なんだ)」

アスランはもう一度、心の中でスフォルツァに
「(誤解してて、ごめんなさい)」

そう、謝った。


中盤のグループは団子状になって、いろいろなグループが入り交じり、マレーはディングレーのグループのドラーケンが、なんとか横に来ようとするのを目にした。

凄く怖い顔をして、周囲を蹴散らし、こちらに来ようと馬を飛ばす。
すっ…。
けれど横に、真っ直ぐの銀髪、フィフィルースが馬を進め、併走しかけたドラーケンの間に入り、牽制してくれた。

気づくとドラーケンの反対横に、長身で大人っぽく、濃い栗色巻き毛を粋に揺らすディオネルデスが併走し、更にドラーケンの後ろに明るい栗毛のアッサリアが付くと、まるで追い立てるようにドラーケンを急かす。

ドラーケンは横に避けようとしても、ディオネルデスとフィフィルースの間に挟まれ、前に進むしか無い。

フィフィルースかディオネルデスの前に馬を進めようとしても、ディオネルデスとフィフィルースはぴったりと馬を横に付けて、ドラーケンを逃がさない。

結果、ドラーケンはもっと速度を上げざるを得なく、ディオネルデスとフィフィルースに挟まれながらマレーのうんと先へと、追い立てられる。

間もなく、気づいた先頭のディングレーが馬の速度を緩め、ドラーケンに振り向き怒鳴る。

「何してる!
遅れてるぞ!
他のグループに紛れ込んで、迷惑かけるな!」
と、狼が吠えるようなど・迫力で怒鳴りつけてくれ、ドラーケンは恐れるように言葉に従い、馬を急かす。

フィフィルースとディオネルデスは速度を緩め、ディングレーの、感謝するような頷きに、光栄だというように二人共が、そっとこうべを軽く下げて、挨拶を返した。

やがてフィフィルースもディオネルデスもが、速度を緩めてマレーの横を併走し始める。

マレーは、言い淀んだ。
けれど斜め横にいたアイリスは、濃く長い巻き毛を馬上で揺らしながらくすっ!と笑うと、顔を上げて濃紺の瞳を輝かせ、守った大貴族騎士らに告げる。

「マレーが凄く、嬉しいって!」

マレーは代わってそう言うアイリスの言葉に、頬が染まったけど。
チラ…と見ると、フィフィルースは微笑を。
ディオネルデスは嬉しそうに。
アッサリアは『やったっ!』って顔で笑っていて。

マレーはそんな彼らに、どう感謝を示していいのか分からず、やっぱり戸惑った。

アイリスが、優しい声で促す。
「ありがとう。と」

マレーは俯きそれを聞き、顔を上げて叫んだ。
「ありがとう!」
ひきつって、ひっくり返った声だったけど。

でも三人の大貴族らは、みんな一斉に微笑んで頷く。

アッサリアだけが
「どう致しまして!」
と陽気に叫び、マレーの気分を明るくした。

講師が手を上げ、一同を止める。
崖上の、岩肌の坂の前で。

さほど傾斜も無いけど長い坂で、誰一人緊張を見せない。

講師はミシュランのグループの最後尾がうんと向こうに見えるのに気づき、叫ぶ。

「遅れてるが、大丈夫か?!」

ミシュランが背後を振り向き、ちんたら走ってるアスランを怒鳴りつけようと口を開く。
がその後ろからシュルツが
「スフォルツァが付いているので、大丈夫です!」
と叫び返す。

講師はシュルツの返事に頷くと、声を張る。
「坂を下りた先の、木立こだちで止まって、後続を待て!」

皆が頷くと、講師は先頭に居たディングレーに頷く。
ディングレーは講師の横に馬を進めると、軽く馬の腹を蹴る。

『黒髪の一族』である「左の王家」を象徴するような、黒光りする艶やかな、見事な黒馬にまたがり、ディングレーは真っ直ぐの黒髪をなびかせ、駆け下りて行く。

ゆったりしながらも、激しく男らしい騎乗姿に、誰もがため息を吐いて見惚れた。

「…かっ…こいい…」
一年がそう漏らす声をデルアンダーは聞き、思わず同意して頷く。

オルスリードもテスアッソンも、改めて仕える主の見惚れる程の男らしさに、ため息を吐いた。

次々と馬は駆け下りて行き、残り僅かとなった時。
ようやく辿り着くアスランとスフォルツァに、シュルツとシェイルは揃って振り向く。

シェイルは可憐な、とても綺麗な顔を心配げに曇らせ、アスランに囁く。
「さほど急じゃ無いけど…坂って…下ったこと…」

横のスフォルツァが顔を下げてため息を吐き、アスランは俯き、泣きそうな表情で首を横に振る。

シェイルはとりなそうとしたけど…何も言葉が思い浮かばず、横のシュルツを見る。

シュルツは笑顔で、アスランに言った。
「怖かったら馬の首にしがみついてろ」

シェイルも。
アスランの横にいたスフォルツァもが、そう言ったシュルツをぽかん。と見る。
シュルツは二人に見つめられ
「…なんだ。
俺は初めて坂下りた時。
必死で口閉じてしがみついてたぞ?」
と言い返す。

言ってからシュルツは気づき
「口は、絶対閉じてろ!
結構速度が上がると揺れるし、舌を噛むから」
と付け足す。

アスランはびっくりしてるスフォルツァとシェイルの表情を見た後、真っ直ぐ見つめるシュルツに、頷いた。

シュルツとシェイルはほぼ同時に腹を蹴って駆け出し、二人の姿は崖下に消える。

アスランは恐る恐る馬に進んでくれるよう、軽く腹を蹴って促し、崖下を覗うと。
二人は一気に坂を駆け下りていって、その姿はみる間に、小さくなって行った。

けれど横のスフォルツァは、ほっとしたように告げる。

「急な坂じゃ無いから。
それほど速度は上がらない。
あの二人は参考にしなくていい。
かなり、トバしてるから」

アスランはそれを聞いて、目を丸くした。

間もなく、一番最後尾のスフォルツァとアスランが降りて来るのを、坂の下の木立の横で、全員が見上げた。

すごく、ゆっくりで、坂の途中でアスランの馬は止まり、スフォルツァが慌てて手綱引いて馬を止める。

また…少し進んでは、馬が止まる…。

スフォルツァはもう、斜め下で殆ど馬を進めず、自分のペースで降りて来る、アスランを見守る。

アレスはアスランが、揺れて落ちそうになると、足を止める。
いつもなら足を止めそうになると、乗り手は
『いいかれ行け』
と言うように腹を蹴って合図をくれる。
けれどアスランは、止まるとほっとしたようにじっとして、それからようやく、おずおずと腹を軽く蹴って『進め』と合図する。

結局、少し坂を下りるとアスランは鞍の上でぐらぐらし、まるで『止まって!』と言うように恐怖に包まれるから。
その都度、アレスは足を止めた。

ディングレーはその様子を見て、目を見開く。
「…不慣れだとは聞いていたが…」

けれど講師は微笑む。
「スフォルツァは、良く教えたな。
落馬されるより、ずっといい」

その言葉を聞いて、アスランの酷さを口にしようとした一・二年らは、一斉に顔を下げ、口をつぐんだ。

ハウリィもマレーもが、見つめながら内心アスランを応援し、無事アスランがスフォルツァと平地に降り立った時。
拍手が湧いたほど。

けれどミシュランだけが。
その情けない乗馬姿に、いらいらとしながらきつい瞳を向け、ほっと表情を緩めて頬を紅潮させたアスランを、睨み付けた。
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