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ギュンターの熾烈な実家滞在

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 リンネルが柱の影から出て来て横に立つと、背の高いギュンターを見上げ、呟く。
「だって『教練キャゼ』に、入ったんだろう?」

末っ子ラッツェはリンネル同様、横でギュンターを見上げ、ぼやく。
「リンネルが。
騎士になるギュンター倒せたら、『教練キャゼ』行かなくても、護衛連隊には確実に入れるって」

横にやって来たシュティツェが、思わず聞き返す。
「お前、護衛連隊目指すのか?」
「どうせ領地は、シュティツェやアルンデルが護るしな。
護衛連隊だと、ここを護る必要無い時は、ほかを護れる」

「体力余ってるしな。
ギュンターはどうすんだ?
卒業後はここに、帰るのか?」
四男リンネルに尋ねられ、ギュンターは怒鳴った。

「入ったばっかなのに、出たあとの事なんか考えてられるか!!!」

「それよりお前、一応剣は避けられるようだがちゃんと女抱いてるのか?
幾ら強くなって帰っても、そっちが駄目だと嫁が来ない。
結婚は諦めろ」

長男シュティツェが言うと、四男リンネルも言う。

「叔父貴のケルサスみたいに、男の恋人しか作れなくなる」
がシュティツェはリンネルの頭をはたいた。
ぱんっ!
「ケルサスは下手だから嫁が貰えないんじゃ無い!
自分を選んだ女より、気立てのいい男の恋人が出来たから。
そっちを選んで女を振ったまでだ!
女を満足させられなくて一人の女も出来ず、仕方なしに男に走ったんじゃ無いんだぞ!」

末っ子ラッツェは物知り顔で頷く。
「ケルサス叔父貴って、繊細だもんな。
リンネルやアルンデルみたいに。
…二人共、叔父貴みたいになるんじゃ無いのか?」

末っ子が言うと、リンネルは項垂うなだれた。
「女に気に入られるよう、必死で取り入るなんて、うんざりだ。
女よかよっほど性格のいい、男の方がうんとマシだ」

言って顔を上げ、長身で逞しい長男と。
ギュンター、そして年の割にはがっしり体型の、末っ子を見て呟く。

「もちろん、兄貴達やお前みたいに乱暴なケダモノじゃない、まっとうな人間の男だ」

「お前の好みから外れて嬉しいぜ」
ギュンターがぼそりと言うと、シュティツェも言った。
「嬉し泣きだ」
末っ子もぼやく。
「そりゃケダモノじゃない性格のいい男も、中には居るだろうよ。
でも兄貴、最初から投げてるだろう?
女の嫁、勝ち取る気は全然無いのか?」

シュティツェが、呻いた。
「アルンデルもリンネルも。
競争自体が嫌いだからな」

ギュンターが周囲を見回す。
「アルンデルは?」

「会わなかったのか?」
シュティツェが言い、リンネルがぼやく。
「左の尾根に居たろう?
薬師の叔父貴に弟子入りしたぜ?
病人の世話して無かったか?」

「………うつるとか言われて…見舞うなと」
「流感のひどいのだ。
まあ、しばらくこの土地に居なかったお前は、見舞わないのが無難ぶなんかもな」

シュティツェに言われ、ギュンターは俯く。

一番会いたい兄貴に会えず、落ち込むギュンターに。
長男は剣を振り上げ、言った。

「もう一戦やるか?
間違いなく元気が出るぜ!」

ギュンターは怒って怒鳴った。

「出るのは元気じゃない!
殺気だ!!!」

弟二人は同時に、肩を揺らして笑いこけた。


廊下で騒いでたらふい…といきなり義母が、やって来る。
つかつかと靴音立てて。

艶やかな豊かな栗毛。
ヘイゼルの瞳の、目鼻立ちの整った、はっ!とする程の美女。
髪は結わず肩に垂らし、身につけたドレスは質素だったが、豊満な胸を堂と見せつけ、反っくり返ってる。

正面に立たれ、ギュンターは初めて気づく。
昔見上げてた義母が、うんと背が低く感じたのを。

が、義母の両手が伸びて、左右の頬を突然両手で掴まれ、じっ…と顔を見られ。
ギュンターは、言われた。

「いいでしょう…。今のところ、傷一つ無いわ。
これからも、例え男に犯されようが!
顔だけは死んでも!護り切るのよ!
教練キャゼ』なんてどうせ身分の低いあんたなんて、虫けら扱いでしょ?
全くどうしてそんなとこに行ってまで、騎士に成りたいか訳分かんないけどどうせ近衛に進む騎士志願者共に、女扱いされるのがオチだわ。
近衛の男は女にモテ過ぎて気が狂ってるから、男も女も恋人にしたがるし、あんた顔が女みたいだから。
でもその顔を私が凄く、気に入ってる以上!
棺桶に入るまで綺麗な顔のままでいるのは、あんたの使命よ!

…棺で寝てるあんたの顔がもし今と違って、一つでも目立つ傷が付いていたら!
冷たく横たわるあんたに
『弱虫だから死んだのよ!』
ののしって、唾吐きかけてやるからね!」

兄弟達は一斉に青ざめ、あの乱暴で横暴な長男シュティツェですら、横で肩に手を乗せ、庇った。
「コイツは良く、やってるし絶対女扱いする野郎共から貞操を守り切り。
絶対見事みごと!妻を射止める!」

義母はジロリ…!とデカい図体の長男を見やる。
その時ギュンターは
“もしかしてシュティツェの過酷なまでのきたえも、この義母のせいかも“
と、内心思った。

義父は毎度、義母の過酷な物言いを聞いて青ざめる兄弟達にこう言い放つ。
『この辺りで一番の、とびきり色っぽい美女で。
隣の領主と散々争ったが結果、自分を選んでくれた最高の妻だ』と。

…だがそれで兄弟達の理想がかなり、低くなったのは確かだ。
例え美人で無くても、物言いも物腰も優しい、気立てのいい女がいい。
と、皆が口を揃えて理想を口にしたので。

が、ここアーロンでそんな女は、誰も見向きもしない性的魅力無い、変人女だけ。

だから馬鹿とも言えるほど、物事をマトモに考えず前向きに突っ走る長男と末っ子はともかく。
次男、四男とギュンターは、故郷で理想の女を妻にする事に、諦めを感じていた。

叔父の一人、ケルサスみたいに、子だけ作り生活を共にするのは心根の優しい男の恋人。
でも仕方無いかも。

そう、思い始めていた。

どうして男か。
以前やはり叔父の一人が、余所の土地で気立ての良い美人を妻にし、連れ帰った。

…が彼女は次第に土地の女に馴染み、どんどん…土地の女と同じに…。
美人だが色事が大好きで、恥じもはばかりも無く恋人、もしくは旦那に求め。
家事はさっさとこなし万一、盗賊が雪崩れ込んで来ても、色仕掛けで油断させて仕留める強気な女。

………へと、変貌をげた。

結婚すると途端、妻達はつるむのが常で、そうしないと仲間外れにされる。
連むと途端…彼女ら同様に、成って行く………。

叔父は気立ての良い妻が大層自慢だった。
が、それは結婚後たった三ヶ月しか、保たなかった。

そういう悲しい事例は長年例外が無く、年配の男達は揃って同じ忠告をした。
「理想の気立てのいい相手と落ち着きたいなら、他の土地に移り住むか。
相手を…男にするんだな」

事実、男と暮らす心穏やかな男らはチラホラ居る。
が乱暴者の多い土地の男達は、そういう男らでも仲間外れにしない。

例え一緒に暮らす相手が男だろうと。
非常時には仲間を助け、女、子供を大切にする男なら、彼らは立派な土地の仲間。

例え大の女好きだろうが。
盗賊に出った時、女、子供を放り投げて逃げ出すヤツなら、男じゃない。

更に女、子供に無体なマネをしたりしたら、最悪に睨まれた。
捕まえられて土地の男らに、ぼこぼこに殴られる。

盗賊の襲撃がひっきり無しにあり、女も子供もさらわれて国外へ売られる。

そんな悲しい想いを散々してきた土地柄だったから、女、子供にひどい扱いをするヤツは、仲間どころか、人間ですらなかった。

ギュンターが俯いてると、義母はいつの間にか、廊下を歩き去り始めてた。

「別に『教練キャゼ』で。
男の恋人作ろうが、男にコマされようが。
どっちだっていいけど。
顔だけは死んでも絶対!
傷は付けないのよ!
分かった?!」

あれほど乱暴だったシュティツェ、そしてリンデル、ラッツェが揃って、そう言われたギュンターを、気の毒げに見つめる。

「…俺の顔…」

確かに、餓鬼の頃は隣の領地のクソ餓鬼共に毎度、兄弟の中で一人だけ容貌が違うと。
からかわれ、虐められ続けた。

兄貴らは
「ギュンター虐めて良いのは、おしめ替えた俺らだけだ!」
と、毎度蹴散らしてくれたけど。

シュティツェは、無言で肩を、ぽん。と叩く。
「…いいから、強くなれ」

リンデルも、ぼそっと言った。
「そうすれば…顔に傷作らなくて済む」

ラッツェだけが、呆れて背の高いギュンターを見上げた。
「で、よりによって国中の腕自慢が集まる、シュティツェ乱暴者だらけの『教練キャゼ』に入ったのか?」

ラッツェの言葉に、シュティツェはリキ入れて肩を握った。
「…最強になれ!」

ギュンターは無言で、今ではわずかしか背が高くない、長男シュティツェの顔を見続けた。
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