上 下
109 / 307

二学年 試合開始前の緊迫感

しおりを挟む
 二年の名が講師に呼ばれ、二年席から皆が一斉に、中央へと雪崩れ込む。

が、取り巻く三年席、四年席の猛者らも表情を引き締め、途端しん…。
と静まりかえる緊張の中、四列に並び始める二学年を、皆が無言で伺う。

対抗戦を終えた一年は皆、さっきまで騒いでた上級生達の様子に異様さを感じ、首を振ってキョロキョロと周囲を見回した。

皆、上級の様子を目に、口々に囁き合う。

「…二年のローランデだよ。
三年も四年も、注目してるのは」
「ああ…」
「だって今年はディアヴォロスがいない。
ヘタしたら二年の…ローランデが金の獅子だ」
「二年で…金の獅子?」
「…そうなったら三年も四年も、面目丸潰れだぞ…?」
「けどディアヴォロスは、彼が一年の時に金の獅子を取ったって!」
「…ディアヴォロスは別格だ」
「教練の歴史で…しょっ中あるの?
一・二年が金の獅子を取る事」
「…近年はアルファロイスとディアヴォロスくらいだろう?
一学年で取ったのは」
「…じゃ…ローランデはそれに匹敵する剣士って事か?」
「上級の奴ら、それがマグレである事を内心祈ってたりして…」
「俺達、つくづく後の学年で良かったよな」

そして一斉に一年達は、『教練キャゼ』の大物と呼ばれる三学年ディングレー。
四学年のオーガスタスを、こっそり伺う。

ディングレーのローランデを見つめる瞳は険しく、オーガスタスは両腕組んでいたが、吐息混じりに俯き、が顔を上げたその黄金きんに見えるとび色の瞳は、鋭かった。

一年の大貴族達はこぞって、一年最前列に並ぶ、中央のスフォルツァの様子を伺った。
が、彼もディングレーやオーガスタス同様。
厳しい表情で、二年の列に並ぶ中肉中背、ローランデのしなやかで気品溢れる姿を伺っていた。

ひそひそ声も…自分の様子を伺う視線をも、スフォルツァは感じていた。
がどうしても…。
抱き止めるはずだった、アイリスの背が。
別の手にさらわれ…気絶する彼をどこかに運び去られた事が、気になってしかたない。

“アイリスの周囲には、いい男が多すぎる…”

この対戦で、アイリスの全てを知った気になり、今度こそは…。
燃えるような時間を、彼と過ごせる…。
そう…思い描いてた。
なのに…………。

「…その…やっぱりローランデが、二年の一番になると思う?」
おずおずと話しかける声に振り向き、スフォルツァは言葉を返す。
「当然、そうだろうし…彼がならなければオーガスタスもディングレーも。
さぞかし、ほっとするだろうな。
…勿論、俺もそうだ。
けど………」

「けど?」
周囲が一斉に、顔を覗き込む。

「………アイリスが心配だ」
その言葉を聞いて、大貴族達は一斉にため息を漏らす。
「…まだ、スフォルツァが二学年一と対戦するのはずっと先だから…。
どうしても気になるんなら、様子見に行けば?」

提言されて、スフォルツァは躊躇ためらう。
あの…美男の従者が気絶したアイリスを抱きかかえ…。
衣服をはだけ、介抱してる様を思い描くと。

正直、気が重かった。

“大人の余裕の彼は、きっとアイリスに顔を寄せ…。
もしくは口づけしてる場を俺に見られようが。
きっと、余裕の笑みを、返すだけなんだろうな………”

スフォルツァは思い切り顔を下げると、深いため息を吐き出した。


「…シェイム」
間近にその整った美男の顔。
「気絶したのでお運びしました」

アイリスは寝台から身を起こす。

衣服ははだけ、身に付けていた金綺羅鎧は全て、取り外されていた。
身を傾けると、筋肉通で腕も腿も。
ギシギシ言って、鋭い痛みが走るから、つい顔を思い切りしかめる。

シェイムは一つ、吐息を吐く。
寝台の横に立ち、はだけた衣服を寝台に残して、素っ裸のアイリスを一気に両腕に、抱き上げた。

アイリスは慌ててシェイムの首に、両腕回し抱きつき、かなり重くなった自分を平気で抱き上げる、シェイムに呆れる。

「…それでもまだ、私は君からしたら、軽い?」
シェイムの、眉間が寄る。
「…重いに、決まってる!
でも大人には、例えそうでも顔に出せない事情があります」

アイリスはくすり。と笑う。
「大人の誇り(プライド?)」

シェイムは無言で頷くと、肘で続き部屋の扉を押し開け、さっ!と抱くアイリスごと室内へと足を運ぶ。
部屋に入ると、湯気の立つ陶器の大きなバスタブには、湯が張られていた。
その中に、シェイムは裸のアイリスを、そっと降ろす。

ちゃぷん…。

アイリスは白磁色で金の蔦飾りで飾られた、洒落たバスタブを見つめ、囁く。
「木桶じゃない…!」
シェイムは頷くと、呻くように言った。
「必要になると思って、慌てて取り寄せました。
本当はもっと以前に、届くはずだったんですが………」
アイリスがシェイムを見上げる。
シェイムの眉間は、寄ったまま。
「…私が出した注文を、ニーシャ様がご覧になって。
このバスタブは趣味が悪い。
と勝手に、ずいぶん手の込んで、作成日数がやたらかかる商品に、変えてお終いになったので…」

アイリスはそれを聞いて、俯いた。
「…それで、間に合わなくて…。
私はずっと野菜を洗う桶に、浸かる羽目に、なったのか?」

シェイムは肩を竦めた。
「木桶では、焼き石もそうそう入れられないから…。
直ぐ湯も冷めてしまいますが、今度は湯加減も出来ます。
薬湯湯ですから。
しっかり浸かって癒して下さい。
筋肉通程度。と馬鹿にしてると、筋を痛める事になりますよ?
ご存知だとは思いますが、筋は痛めると、最悪に厄介やっかいだ」

アイリスは頷く。
「で…………」

シェイムは濡れた両腕を布でぬぐいながら、振り向く。
「で?」

伺うアイリスの顔を、シェイムは真顔で見つめ返す。
オリーブブラウンの、真っ直ぐな長い髪と、時折緑に光る、ヘイゼル(緑がかった茶色)の瞳。
通った鼻筋。睫の長い、涼やかな目元。
整いきった、美男。

いつもならアイリスは、シェイムの男らしい美しさに見惚れた。
が今は、それどころじゃなかった。

シェイムはアイリスを見つめたまま、ぼそりと口を開く。
「…私の判定が重要なようだ」

アイリスは首を振っていったん顔を背け。
が顔を戻して、シェイムを見据える。
「君に逃げ出されたなんて、エルベスに知られたら…。
ましてやお祖母ばあ様に知られたら!
近衛どころか騎士なんてとんでもないと、籠の鳥にされちまう!
社交界のツバメみたいに、ただ軟弱に着飾って。
ご婦人に愛想を振りまく、情けない男でずっと、居ろって?!」

そう叫ぶアイリスを、シェイムははすに見つめ、呟く。
「ご安心を。
間違っても貴方はそんな身分には、不似合いなうつわですから」

が、アイリスはそう言ったシェイムを、上目使いで伺う。
「…それは……?
私の元を去らないと…そう言ったと思って…いいのか?」

心配げに自分の表情を伺うアイリスに、シェイムは素っ気なく言った。
「大観衆の前ではったりカマした度胸は、なかなかだったのに。
私相手には出来ないんですか?」

アイリスは肩を竦めた。
「出来る訳無いだろう?!
…私以上のハッタリ屋で先生じゃないか、シェイムは!!!」

シェイムはようやく、うっとりするような微笑を浮かべ、言い返した。
「それでもハッタリカマす事を『根性がある』って言うんですよ」

アイリスは『根性無し』と遠回しに言われ、思い切り眉間を寄せ、シェイムを睨んだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

忌子は敵国の王に愛される

かとらり。
BL
 ミシャは宮廷画家の父を持つ下級貴族の子。  しかし、生まれつき色を持たず、髪も肌も真っ白で、瞳も濁った灰色のミシャは忌子として差別を受ける対象だった。  そのため家からは出ずに、父の絵のモデルをする日々を送っていた。  ある日、ミシャの母国アマルティナは隣国ゼルトリアと戦争し、敗北する。  ゼルトリアの王、カイは金でも土地でもなくミシャを要求した。  どうやら彼は父の描いた天使に心酔し、そのモデルであるミシャを手に入れたいらしい。  アマルティナと一転、白を高貴な色とするゼルトリアでミシャは崇高な存在と崇められ、ミシャは困惑する。

飛竜誤誕顛末記

タクマ タク
BL
田舎の中学校で用務員として働いていた俺は、何故か仕事中に突然異世界の森に迷い込んでしまった。 そして、そこで出会ったのは傷を負った異国の大男ヴァルグィ。 言葉は通じないし、顔が怖い異人さんだけど、森を脱出するには地元民の手を借りるのが一番だ! そんな訳で、森を出るまでの道案内をお願いする代わりに動けない彼を家まで運んでやることに。 竜や魔法が存在する世界で織りなす、堅物将軍様とお気楽青年の異世界トリップBL 年上攻め/体格差/年の差/執着愛/ハッピーエンド/ほのぼの/シリアス/無理矢理/異世界転移/異世界転生/ 体格が良くお髭のおじさんが攻めです。 一つでも気になるワードがありましたら、是非ご笑覧ください! 第1章までは、日本語「」、異世界語『』 第2章以降は、日本語『』、異世界語「」になります。 *自サイトとムーンライトノベルズ様にて同時連載しています。 *モブ姦要素がある場面があります。 *今後の章でcp攻以外との性行為場面あります。 *メインcp内での無理矢理表現あります。 苦手な方はご注意ください。

天上人の暇(いとま) ~千年越しの拗らせ愛~

墨尽(ぼくじん)
BL
『拗らせ執着俺様攻め × 無自覚愛され受け』 人々から天界と崇められる「昊穹」から、武神である葉雪(しょうせつ)は追放された 人間界でスローライフを送るはずだったのだが、どうしてか天上人たちは未だ葉雪を放っておいてはくれない 彼らから押し付けられた依頼をこなしている中、葉雪は雲嵐(うんらん)という美しい青年と出会う その出会いは、千年越しの運命を動かす鍵となった ====== 中華風BLです 世界観やストーリー性が濃いので、物語にどっぷり浸かりたい人にお勧め 長編です 中華風苦手という方にも、さくっと読んで頂けるように、難解な表現は避けて書いています お試しに読んで頂けると嬉しいです (中国の神話をベースに書いていますが、世界観は殆どオリジナルのものです。名称も一部を除き、架空のものとなっています) ※一章までは、ほぼ毎日更新します ※第二章以降は性描写を含みます(R18) ※感想を頂けると泣いて喜びますが、一度巣穴に持ち込んで堪能する性質があるので、お返事は遅めになります。ご了承くださいませ

圏ガク!!

はなッぱち
BL
人里から遠く離れた山奥に、まるで臭い物に蓋をするが如く存在する、全寮制の男子校。 敷地丸ごと圏外の学校『圏ガク』には、因習とも呼べる時代錯誤な校風があった。 三年が絶対の神として君臨し、 二年はその下で人として教えを請い、 一年は問答無用で家畜として扱われる。 そんな理不尽な生活の中で始まる運命の恋? 家畜の純情は神に届くのか…! 泥臭い全寮制学校を舞台にした自称ラブコメ。

Tragedian ~番を失ったオメガの悲劇的な恋愛劇~

nao@そのエラー完結
BL
オメガの唯一の幸福は、富裕層やエリートに多いとされるアルファと、運命の番となることであり、番にさえなれば、発情期は抑制され、ベータには味わえない相思相愛の幸せな家庭を築くことが可能である、などという、ロマンチズムにも似た呪縛だけだった。 けれど、だからこそ、番に棄てられたオメガほど、惨めなものはない。

転生したら召喚獣になったらしい

獅月 クロ
BL
友人と遊びに行った海にて溺れ死んだ平凡な大学生 彼が目を覚ました先は、" 聖獣 "を従える世界だった。 どうやら俺はその召喚されてパートナーの傍にいる" 召喚獣 "らしい。 自称子育て好きな見た目が怖すぎるフェンリルに溺愛されたり、 召喚師や勇者の一生を見たり、 出逢う妖精や獣人達…。案外、聖獣なのも悪くない? 召喚師や勇者の為に、影で頑張って強くなろうとしてる " 召喚獣視点 "のストーリー 貴方の役に立ちたくて聖獣達は日々努力をしていた お気に入り、しおり等ありがとうございます☆ ※登場人物はその場の雰囲気で、攻め受けが代わるリバです 苦手な方は飛ばして読んでください! 朔羽ゆきさんに、表紙を描いて頂きました! 本当にありがとうございます ※表紙(イラスト)の著作権は全て朔羽ゆきさんのものです 保存、無断転載、自作発言は控えて下さいm(__)m

神獣ってモテますか?(モテないゲイは、魔法使いを目指す!@異世界版)

ビーバー父さん
BL
モテないゲイは、魔法使いを目指す!のシリーズ? 少しだけリンクしてます。 タイトル変えました。 片思いの相手が、実は自分をイラつくほど嫌っていたことを、大学の不合格の日に知った。 現実から逃げるように走ったら、何かにぶつかって、ごろんと転がったら知らない世界でした。 あれ? これ、ラノベとか漫画にある感じ? 神獣として生まれ直して新しい生を送る アホな子を生ぬるく見守ってください。 R18もしくは※は、そう言う表現有りです。

【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶
BL
溺愛系ハイスペックイケメン×非モテ極悪ノラ猫顔主人公の、シリアス、ラブ、エロ、スマイルも、全部乗せ、異世界冒険譚。庭に現れた、大きな手に掴まれた、間宮紫輝は。気づくと、有翼人種が住む異世界にいた。背中に翼が生えていない紫輝は、怒る村人に追いたてられる。紫輝は黒い翼を持つ男、安曇眞仲に助けられ。羽のない人物は龍鬼と呼ばれ、人から恐れられると教えてもらう。紫輝は手に一緒に掴まれた、金髪碧眼の美形弟の天誠と、猫のライラがこの地に来ているのではないかと心配する。ライラとはすぐに合流できたが、異世界を渡ったせいで体は巨大化、しゃべれて、不思議な力を有していた。まさかのライラチート? あれ、弟はどこ? 紫輝はライラに助けてもらいながら、異世界で、弟を探す旅を始める。 戦争話ゆえ、痛そうな回には▲、ラブシーン回には★をつけています。 紫輝は次々に魅力的な男性たちと出会っていくが。誰と恋に落ちる?(登場順) 黒い髪と翼の、圧倒的包容力の頼れるお兄さん、眞仲? 青い髪と翼の、快活で、一番初めに紫輝の友達になってくれた親友、千夜? 緑髪の龍鬼、小柄だが、熊のような猛者を従える鬼強剣士、廣伊? 白髪の、龍鬼であることで傷つき切った繊細な心根の、優しく美人なお兄さん、堺? 黒髪の、翼は黒地に白のワンポイント、邪気と無邪気を併せ持つ、俺様総司令官の赤穂? 桃色の髪と翼、きゅるんと可愛い美少女顔だが、頭キレキレの参謀、月光? それとも、金髪碧眼のハイパーブラコンの弟、天誠? まさかのラスボス、敵の総帥、手裏基成? 冒頭部はちょっとつらいけど、必ずラブラブになるからついてきてくださいませ。性描写回は、苦手でも、大事なことが書いてあるので、薄目で見てくださると、ありがたいです。

処理中です...