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アイリスを講堂に送り届けるローランデ

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 ローランデは隣のアイリスを見た。
一年の彼は自分より小柄だったけれど、それでも他の一年に比べたら、明らかに背が高かった。

色白の肌に濃紺の艶やかな巻き毛が映え、とても奇麗な顔立ちで。
育ちが良さそうな気品に溢れ、見つめてる自分に振り向くと、人懐っこい微笑を向ける。

ローランデはこっそり、顔を傾けながらアイリスに囁く。
「…本当に…大丈夫だった?」
アイリスは振り向くと、にっこり微笑み返す。
「ええ。ご心配頂き、光栄です!」

あんまりきっぱりそう言われ、ローランデはつい、アイリスの顔を伺う。
「…でも…その、私は友人にシェイルがいる。
去年私達は一年で…。
四年に王族のディアヴォロスがいたから、グーデンも無茶はつつしんでたけど、それでも…。
シェイルは随分ずいぶん、嫌な思いをした」

ローランデからは…。
気品がどの仕草からも漂い、身の内にそなわっていた。
上げた顔も、その柔らかな濃い栗毛と淡い栗毛が混じる独特の美しい髪からもいい香りが漂い、触れがたい気品をかもし出していて…。

アイリスはつい、一つ上級の、貴公子に見惚れた。
大公家のもよおし物で、多くの都の貴人達との交流に慣れた自分だったけれど、これ程気品あふれ、崇高すうこうな若者には出会った事が無くて、アイリスは感嘆かんたんした。

そのくせ、見つめてくる青の瞳は柔らかな輝きを放ち、優しい。
が、おもてを上げて前を見据えると…明日が、学年無差別剣の練習試合のためなのか、りんとしたほのかな気迫が、目に見えるようだった。

つい…とても色白のローランデの横顔に魅入る。
並んで歩くたび触れ合う、腕の温もりを感じてなければ。
彼が人間だとは、信じがたい程の神聖さ。
思わずアイリスは、都の大貴族達の気品はあるものの、一皮剥けば我欲と自尊心の塊の、内情はそこらの農婦よりよほど下品な人々を、思い浮かべた。

かけ離れている。
彼は…ローランデこそは、天上に住む人種のようだった。

そのくせ隣で、兄のように優しく気づかわしげな“気”で。
優しく…とても優しく包んでくれていて、アイリスはローランデに心惹かれて、度々その顔を見上げる。

「…でも、本当に大丈夫だったんです」

けれどローランデは、本当に?と言う表情で、顔を覗き込んで来る。
だからアイリスはつとめて、にっこりと微笑み返した。

横に並ぶ、ほんの少し…高い背のローランデ。
この所、毎日骨が軋むように軽い痛みを伴って、背が伸びていたから、もしかして…。
いつか彼を簡単に、追い越す日が来るのかもしれない。

年の近い、兄のような大公エルベスはとても長身。
自分は、その叔父よりは女顔だが、とても似てると誰もが言う。
皆に
『エルベスぐらいか…それより少し、低い程度に、背が伸びるな』
と言われていた。

だからアイリスはまだローランデより小柄で、弟扱いしてくれるこの時期を、惜しんだ。

寄り添い護るような凛々しい守護天使に、幾度も微笑みかけながら。
ローランデに付き添われ、剣の講堂へと歩を踏み入れる。

「アイリス!」
休憩に入ったのか、講堂では一年の皆が布で汗を拭き、群れていて、スフォルツァが真っ先に気づき、駆け寄って来る。

ローランデがふっ…と隣から離れ、担当講師の姿を見つけ、話しかけていた。
スフォルツァに顔を伺われながら、詳細を訊ねられたけど…。
アイリスは心満たされる素晴らしい気配が隣から離れ、とても…残念で、寒々しい気持ちになって、講師と話す特別な貴人…ローランデの姿を、盗み見た。

仄かな、周囲にまるで銀の輝きをまとうような彼。

ローランデは事の仔細を、講師に簡単に話す。
講師は、微かに頷く。

茶の鼻ひげと顎鬚を上品にたくわえた講師は、その厳しい細面ほそおもてをローランデに向ける。
「…ディアヴォロスの卒業で…心配していた事がとうとう、表面化したか…」

ローランデは微かに頷く。
「マレーは、ディングレーが保護していて…。
アスランはギュンターが面倒見ています」

「ギュンター?
彼は編入したてだろう?」
講師の問いに、ローランデはおもてを上げる。
「でもディングレーの助っ人に、飛び込んで行きましたよ?」

講師は
「ムゥ…」
と唸って首を傾げた。
「ディングレーと近しいのなら…警告は必要ないか…」

ローランデは講師の顔を、見上げる。
「何も知らず…グーデンと敵対してはまずいと、お考えですか?」

問われて、講師は顔を上げる。
ギュンターは目立つしな」

ローランデは意図を察する。
「その…つまりグーデンは、おのれの容貌に自信を持っているから?」
講師は苦笑した。
「聞いた話では、ギュンターの顔を潰そうとした男達は皆、返り討ちに合ったそうだ」

ローランデは呆れた。
「…ではますます、目のかたきにされますね」
「だが大人しくしてるタマじゃなさそうだ。
早速オーガスタスと、つるんでるようだしな。
明日の試合で、君の強敵になるかもしれん」
が、言った後講師は、ローランデを見つめる。

品格に溢れ、普段は優しげにすら見えるローランデが。
どれ程の腕前なのかを、思い出して。

「失言だ。
ディアヴォロス卒業後、君の敵になる相手は、ここにはいない」
がローランデは首を横に振る。
「去年は皆、油断してくれましたから」

講師は剣を握る時、一切の私情を捨て去るその若き剣豪を見つめた。
が、ローランデは表情を曇らせ、ささやく。

「アイリスが…心配です。
もし、必要なら…今夜は私の宿舎に泊まってもらって構いません」
が、講師は口添えする。
「アイリスには、大きな後ろ盾がある。
必要なら釘を刺すよう、理事に告げる事も出来る」

「ならそう、なすって下さい。
一年では背は高いとはいえ…ここは体格のいい男ばかり…。
更にアイリスは、シェイルと比べても遜色ない容貌ですから」

講師はローランデの心配に、くすり。と笑った。
「まあ…そうだろうが…」

が、剣を交え始めたアイリスが、スフォルツァ相手に少し遅れを取り…振ってくる剣を受け止めそびれ、スフォルツァが慌てて駆け寄る姿を見て。
ローランデが心配げに視線を向ける様子を見つめ、講師は囁く。

「…ちょっと体力は心配だが、剣の腕は確かだ」

ローランデが顔を上げて、講師を見つめ返す。
講師は、アイリスに視線を向けたまま、独り言のようにつぶやく。
「…どころか、玄人くろうと筋だ。
よほど、きたえてきている。
ただ…言ったように、突然原因不明の熱を出し、体力に問題があるそうだ。
それさえなければ…一番実力ある、アイリスと今剣を交えてるスフォルツァ相手に、見応えのある試合を披露ひろうしてくれるはずだ」

ローランデは講師の見解に、疑問を口にする。
「つまり…性根しょうねは武人だと?」

その問いに、講師は無言で頷いた。

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