赤い獅子と淑女

あーす。

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花祭り

花祭り 5

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 陽が暮れ始め、夕べの冷たい風が吹き、一行が馬車に戻る頃…。
マディアンは馬車の座席に乗せられ、オーガスタスの腕の中から放され、心から残念に思った。

ずっとうきうきしていた気分が消え、暮れて行く窓の外を眺める。

オーガスタス…彼はこの夕暮れの中、一人馬上で、馬車の後を追っているんだわ…。

マディアンが、きっととても寂しげに、見えたのだろう…。
向かいに座っているローフィスが、そっと囁く。

「つがいの鳥から片方を離すと、今の貴方のようだ」
マディアンの横に座っていたアンローラは、突然叫ぶ。
「まあ!
やっぱり姉様が失恋されたお方って…!」

アンローラの叫びに、姉達は凝視する。
「ギュンター様じゃないの?」
アンローラの隣に座る、エレイスが聞き、向かいに座ってるラロッタも顔寄せる。
アンローラは二人に小声で
「…オーガスタス様よ…」
と告げるので、ラロッタは顔を上げ、びっくりして斜め向かいに座る、マディアンを見る。
「…オーガスタス様?!
お姉様、彼にもう告白されたの?!」
ラロッタの横に腰掛けてた、末っ子でみそっかすのアンリースまで、それを聞いて叫ぶ。
「オーガスタス様は、どうしてお姉様をふられるの?!」

マディアンはつい、真正面に座っていた、ローフィスの顔を伺う。
ローフィスは彼女達に、暖かい声で囁いた。

「恋仇が戦場だから、難しいんですよ。
あの男は…近衛の誰もが、負け戦の時、姿を現して欲しいと願うほど、勇猛な戦士なので」

エレイスが小声で尋ねる。
「…ローフィス様ですら?」

ローフィスは向かいの一番右に腰掛けてる、垂れ目の美女に頷く。
「男達に、頼られきっていて…彼もそれを知っている。
だから男達のどんな期待も、彼は決して裏切らない。
貴方の父親だってそうだ。
農民達の期待を裏切らない男だから…いつもご自宅にはくたくたで帰られて。
あなた方や奥方のお相手も、ロクにされないんでしょう?」

けれどラロッタが、左横に座ってるローフィス振り向き、ムキになって叫ぶ。
「でもお父様は、母様と結婚してるわ!
オーガスタス様は、どうして姉様を妻として迎えられないの?」

マディアンが、そっと呟く。
「とてもお優しいお方だし…。
父様と違って近衛騎士は…戦場でいつも、命の危険がおありだから。
自分は戦場で死ぬ。
と、思っていらして、残された妻が気の毒で、結婚は考えていらっしゃらないのよ」

ラロッタと末っ子、アンリース迄もがオーガスタスに失恋したように、残念そうに乗り出した身を、椅子の背もたれに寄せた。

エレイスが、そっと言った。
「オーガスタス様が逝(い)ってしまわれるなんて…私、嫌だわ」
アンローラが叫ぶ。
「それを言うなら、ローフィス様もギュンター様も、近衛でしょう?!
お二人の訃報なんて、私絶対!
耳にしたくないわ!」

ローフィスは、苦笑する。
「私より、オーガスタスとギュンターでしょうね。
二人は私より勇敢で、どれだけ危険でも飛び込んで行ってしまうから」

アンローラが、聞いた途端しくしくと泣き出し、エレイスが必死で取りなす。
「大丈夫よ。
お二人ともお強いから」
そして、ローフィスを見つめて告げる。
「ローフィス様もよ!
もし万が一私達に訃報なんて聞かせたら、私天国まで押しかけて、貴方に文句を言いに行きますからね!」
と怒鳴って、ローフィスに肩を竦めさせた。

マディアンが、小声で妹達に囁く。
「お母様が…いつもおっしゃってるでしょう?
待遇の良さを考えれば、近衛騎士を夫にする事は、この上ない幸福だけど。
でも近衛の騎士でも、出来るだけ危険の少ない部署のお方を選ばないと。
突然の訃報で、泣くことになるって」

アンローラが、沈みきる。
そっと顔を上げ、向かいに座ってるローフィスに、小声で尋ねる。
「…ギュンター様も…危険?」

ローフィスは、困ってしまった。
が、言った。
「彼は左将軍配下の部隊にいる。
我々、左将軍配下の騎士らが、本当に幸運なのは。
左将軍はいたずらに兵の死者を出さないよう、最善の策を毎度、こうじて下さることだ。
右将軍配下も同様。
死者が出るのは、他の准将配下達。
私達の代の、右将軍、左将軍は共に、歴代最高の名将達と讃えられている。
だから二人はいざ、戦闘になると。
兵の後ろには決して隠れず、むしろ先陣切って先頭で敵に斬り込まれ、自らの戦意で軍を鼓舞する、勇敢で素晴らしい将軍達だ」

女性達は、ローフィスのその賞賛に、呆けたように。
けど希望を貰ったように。
表情を輝かせた。

が、ローフィスは慌てて付け足した。
「…だからといって。
やはり戦闘は、予測の付かないことが起きる場所。
危険は覚悟で臨む必要は、あります」

アンローラが顔を下げ、けれどラロッタとアンリースは喜んだ。
「左将軍様を、一度街でお見かけしたけど!
素晴らしく崇高で、とても長身で男らしくて、お美しいお方だったわ!」
アンリースも叫ぶ。
「私は騎乗した右将軍様を、拝見しましたけど!
街道の皆が、通り過ぎられる右将軍様を見て。
みんながみんな、心から敬愛して、口々に褒め讃えていたわ!」

エレイスは、落ち込むアンローラに、そっ…と囁く。
「園遊会だって。
ギュンター様が除隊にならないよう、左将軍様の命で、オーガスタス様が付いていらしたのでしょう?
きっと戦場でも、左将軍様はご配慮下さるわ?
そりゃ…怪我ぐらいは…されるでしょうけど」

アンローラはやっと顔を上げ、小声で慰めてくれる、姉に告げる。
「…そうね…」

けれどラロッタが、言い切った。
「ギュンター様の、奥方になったつもり?
あんな競争率の高いお方!
訃報を聞く心配より、まずどうしたら妻になれるか。
そっちの攻略法が、先よ!」

途端、アンローラはラロッタを睨み付ける。
「そんなこと、分かってるわ!」

ローフィスとエレイス、アンリースまでもが落ち込みから突然回復する、アンローラに笑い。
噛みつかれたラロッタは、肩を竦めた。

アンローラは現実を思い知って、ため息をつく。

「…確かにそれが一番、大変かも…」

それを聞いて、とうとうマディアンまでもが、失笑した。
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