アグナータの命運

一掃

138 弓使い

　リチャードとキースは、尾根を少し降りた先で、シリルローレルと合流した。

シリルローレルは五人の弓使いと一緒だった。
それに…怪我人の治癒をした、かつての《勇敢なる者》レグウルナスらも共に。

皆が気を引き締め《化け物》キーナンの“巣”に向かう。

尾根に近い100を超える《化け物》キーナンの“巣”が見下ろせる、高い岩の上に立つ。

シリルローレルとキースらが、低い岩へと移動すると、“巣”を見下ろして布に油を染みこませ、火を点けて“巣”へと投げ入れる。

直ぐ、《化け物》キーナンらは岩の上にいる皆に気づく。

リチャードもその岩の上にいた。

《化け物》キーナンが怒りに燃えて、続々と岩を登って来る。

そのおぞましい姿。
だがリチャードは剣を握った。

キースが、言った。

「《勇敢なる者》レグウルナスとしての誇りを…忘れるな！
《勇敢なる者》レグウルナスとは…どんな状況でも敵を殺し、生きて戻る強い男の事を言う！」

リチャードはキースを見た。
普段…甘い雰囲気を漂わせ…けれど戦う時は、厳しく激しい…。
黄金の髪を靡かせ、軽々と敵を切り倒す、強い男。

その男に瞳で
“絶対死ぬな！
生きてファオンに償え！”

そう言われて、苦しげに顔を歪める。

“死ぬのは楽…。
逃げる事…”

リチャードはおのれに言い聞かせた。

“生きて…償う！”

《化け物》キーナンの群れが岩に登って来る。
男達は一斉に、剣を振る。

それより高い岩から弓使いが、我先にと弓を飛ばす。

杖付き目がけて。

《化け物》キーナンの群れが男らの足元に到達。

一体！
二体！

三体目を斬った時もう、二体が岩下から飛び上がり、上から襲いかかってリチャードは見上げる。

「ぐふっ！」

どうしてだか、聞こえる。

「ぅぎゃっ！」

矢が杖付きの身に突き刺さる姿が、なぜか頭の中に浮かび上がる。

「ぎゃあっっっ！」

そして四本目の矢が、杖付きの心の臓を貫く。

飛び上がった二体の《化け物》キーナンは、けれどそのままかぎ爪を振り回し迫る。

ざしっ！

一体が矢で貫かれ、宙で体を捻り、岩下へと落ちていく。

ざっっっ！

リチャードは落ちて来るもう一体の、かぎ爪を避けて剣を、振り切った。

背にかぎ爪は届く。
肌が破れ、血が迸る。

キースが血糊のついた剣を下げて見つめる。

リチャードはしっかりと立って、キースを見つめ返した。

男達は皆、斬った《化け物》キーナンの遺骸を岩下に蹴り落とす。

岩を登り来る《化け物》キーナンらは、岩の下に落下していく遺骸を追って、降り始める。
落下した遺骸を、《化け物》キーナンらは食いちぎり奪い合う。

男達は皆、頷き合って岩へと登り、凄腕の弓使いらと合流する。

登ってみて解る。
その高さ。

豆粒程の杖付きの死体が、群れの端。
ぽつん…。と横たわっているのが見える。

やがて一匹の《化け物》キーナンが、杖付きの遺体に気づき、屈み込んで…その肉を、食べ始めた。


蠢く真っ黒な群れは互いを掴み合い襲い合い…しまいに“巣”を飛び出して、余所の“巣”へと襲いかかり始めた。

周囲、二つの“巣”へと雪崩れ込む。

弓使いらは岩続きに伝い、二手に分かれ、余所の《化け物》キーナンに襲われ、蜂の巣突いたような騒ぎの二つの“巣”の、杖付き目がけて矢を射る。

岩の向こう。
三人が次々に矢を放つ。

手前では二人が。

杖付きに次々と矢を放つ。

三人が放つ矢は、杖付きを殺し…。

二人の弓使いが放つ矢で、もう一つの“巣”の杖付きは傷付き…ヨロめき杖を手放し…落ちた杖は混乱した《化け物》キーナンに蹴られ、杖付きは必死で…杖を探す。

けれど矢で傷付き、血を滴らせた《化け物》キーナンはやがて…横の《化け物》キーナンに喰い付かれ…。

断末魔の叫びを上げて次々と仲間に喰われ、黒い群れの中に消えた。


「戻るぞ！」

シリルローレルの頼もしい声。

一気に“巣”は三つ潰れ…。

二つの杖付きを失った“巣”の《化け物》キーナンは次々と別の“巣”へと、襲いかかっていた。


「残る杖付きは、三体か？」

仲間に聞かれ、シリルローレルは頷く。

「だが用心しろ。
はぐれものの腹を空かした《化け物》キーナンに出くわさないように。
尾根の近くまで行けば、杖付きがいない限り襲われないが」

皆が頷く。

戦い慣れた…経験に富んだ男達…。

リチャードは背に受けたかぎ爪の傷が、熱く沸き立つのを感じた。

剣を振る興奮。
恐れる気持ちは微塵も無い、強い男達の中。

自分も変わって行く。

弱い自分を斬り捨てる。

ちゃんと…誰かを愛する為に。

そして自分を…愛する為に。


尾根近くで、シリルローレルと仲間達。
そして弓使いらは去って行く。

リチャードはキースを見る。

「俺は…」

「ちゃんと、役に立ってた」

キースの言葉に、リチャードはやっと…感激を滲ませ深く、頷いた。