アグナータの命運

あーす。

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キーナンの森

105 火花散らす三対三

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 レオ達が岩陰から登って来るファオンらを、下りながら出迎える。

キースは背後の皆に首を振り、岩陰から出ると、《化け物》キーナンの群れが駆け上っていた広い坂を下り来る、レオらの方へと歩出す。

赤い髪を風に嬲らせ、レオが言った。
「杖付きを、殺ったのか」

キースが言葉を返す。
「ファオンが。
が、向き変えて戻る《化け物》キーナンの群れにぶつかられ、肩を少し痛めてる」

レオとファルコンの背後から、リチャードが咄嗟叫ぶ。
「…重傷?!」

キースはリチャードに向くと、呟く。
「いや…桃の“力”で治癒したので、殆ど痛まないらしい」

ファルコンが頷く。
「お前の怪我も治したしな。
…だが驚いたぜ。
一斉に向かって来る《化け物》キーナンの群れが…一瞬にして向きを変え…」

レオも頷く。

「頭で解っていても…幾度もあれ位の規模の群れと相対した時の、緊迫感に包まれたから…思わず剣を、握り込んでいたが…」

ファルコンも頷く。
「…俺も覚悟を決めた。
だが群れが引いて行った時…正直、心の底からほっとした」

岩陰から歩み来る、アラン、セルティス、デュランの背後に、ファオンが姿を見せる。

両側に、アリオンとシーリーンを連れて。

皆が一斉にファオンを見つめる。

…が。

ファオン、それにデュランが、まじまじとレオを見る。

「?」
「?」

レオも思ったが、ファルコンも思った。

「…どうしてレオを、あんな目で見てる?」

ファルコンが、ファオンを親指で指し、キースに尋ねる。

キースは振り向き、苦笑した。

「…レイデンの話をしたせいかな」

はぁ…。
レオが俯き、額に指を付けて、溜息を吐く。

ファルコンが腕組んで尋ねる。
「…なんでそんな話になった?」

キースが肩竦める。
「成り行きで」

だが、アランらがレオの前に来た時、背後から声。

「200の群れを下したと!
東の伝令から知らせが入ったが、あんたらがやったのか?!」

東尾根の長、レドナンドが、白っぽい髪を靡かせ、坂の上から姿を見せる。

長身で逞しく美丈夫の東尾根の長は迫力で、北尾根の誰もが彼を敬意を込めて見つめる。

が、寄って行く赤い髪のレオには、それレドナンドに負けぬ迫力があって、北尾根の一同は、ほっと胸を撫で下ろす。

レオはレドナンドの前に立って言う。

「…ファオンが。
岩陰を伝い、群れの下に移動して杖付きを殺った」

レドナンドは皆の一番後ろにいるファオンに、感じ良く微笑んで、頷く。

ファオンは従兄弟なのに殆ど話した事の無い、立派な東尾根の長に、少しはにかんで頷き返す。

「で?
まさか、北の長が自分の地を放り出し、東尾根を見回ってた訳じゃあるまい?」

レドナンドに問われ、レオは少し躊躇い、だが顔を上げて言った。

「北東の森の“巣”を、幾つか潰そうと思って」

レドナンドはレオの言葉に目を見開く。

そして、北尾根全員と、その後ろに控える雑兵アルナの精鋭ら10数人を見つめ、苦笑する。

「その人数で、本気で《化け物》キーナンの森に入る気か?」

レオが少し背の高い、レドナンドを見つめ、言う。
「無謀か?」
「かなりな」

ファオンは、遅れてやって来た東尾根の《勇敢なる者》レグウルナスらの先頭に、長兄ファーレーンの姿を見つけ、目を輝かせる。

ファーレーンは背後に、三人の逞しく美男な《勇敢なる者》レグウルナスらを引き連れ、長レドナンドの後ろに立つ。

レドナンドはチラと見、けれど顔をレオに戻して言った。

「手助けする」

レオが頷く。

ファルコンが顎をしゃくる。
「新人デュケスは昨日の激戦で怪我でも負ったのか?」

ファーレーンの顔が揺れる。
「いや。
シーリーンの足が治ったと聞いた」

ファーレーンの言葉の後を、レドナンドがくすり。と笑いながら継ぐ。
「…治ったところを、また怪我をさせても不味いだろう」

シーリーンが、ほっとしたように肩を落とす。
アランとアリオンに見つめられ、眉を寄せて怒鳴った。

「あいつ、不意打ちするんだぞ!」


が、ふとシーリーンがファーレーンの背後。
三人の東尾根、《勇敢なる者》レグウルナスに、怪訝な視線を送る。
次に、アリオン。
そして、キースまでも。

ファオンはファーレーンしか目に入らず、兄を嬉しそうに見つめている。
ファーレーンも末弟の無事な姿に、安堵を滲ませ、見つめ返す。

が。

まず、キースが睨む。
次にシーリーン。
そしてアリオンもが。

ファーレーン背後の三人の《勇敢なる者》レグウルナスらが、ファオンをじっと…スケベな目で見てるのに気づいて。

東尾根の三人も、キース、シーリーン、アリオンが睨んでいる事に気づく。

ファーレーン背後の一人、明るい真っ直ぐの栗毛でグレーの瞳の、柔和な顔付の美男、ザスナッチが口を開く。

「…北尾根はいいですね。
こんな…愛らしくて綺麗な…セグナ・アグナータ戦う皆を繋ぐ者の体を、思う様好きに出来て」

そう言ったザスナッチは、どちらかと言えば三人の中では一番口達者で愛想が良い男。
顔だけ見てると、苦労知らずのぼんぼんに見える。
東尾根の男らしく、それは逞しく、引き締まった体付きをしている。

が…。

「(相変わらず、ど・スケベだな…)」
シーリーンが目を剥く。

たまに出会うと、どの女が名器か。
とか、南尾根の《皆を繋ぐ者》アグナータの口は凄い。
だとか、丁寧な言葉でずっと下(しも)の話しばかりしてる、不愉快な男。

「(俺の外観が軟弱に見えるから、同類と思って寄って来て、延々スケベな話しかしない)」
と睨み付ける。

だがまた別の男が言う。

「…本当に、表情が愛らしい…。
顔立ちは…ファーレーン殿を幼くしたようなのに。
…けれど…やはり、咥えたりハメたり、するんですね」

ファオンはそう言われて、真っ赤に頬を染める。
アリオンはずい!と出ると、ファオンを背後に隠して睨め付ける。

「物は言い様だな。
あんただって、好きな女とやるんだろう?」

レオは静かにそう言う、アリオンの怖じない態度に振り向く。

言った男。アンドレアは、プラチナの巻き毛。緑色の垂れ目の、やさ男風美男。
但し体付きは東尾根のどの男もそうだが、引き締まりきって逞しい。

「…ファーレーン殿とそっくりなお顔立ちで…。
どんな体位もされると聞くと…確かに我々東尾根の男達には、たまらない」

濃い栗色巻き毛のスカした美男、ドロイドがそう言うと、キースがぎっ!と一瞬目を剥き…。
が、いつもの王者の風格を醸し出して言い返す。

「…そう聞くと、普段東尾根の《勇敢なる者》レグウルナスの皆さんは、《皆を繋ぐ者》アグナータでは無くファーレーン殿をオカズに、抜いてるように聞こえる」

が、これに怒ったのはファーレーンだった。

「そんなふざけた男は、お前くらいだ!」

キースが、綺麗な顔を怒りで満たして怒鳴るファーレーンに、肩を竦める。

ドロイドが冷たく笑う。
「…ずっと北にいた頃口説き続けて…けれどファーレーン殿は東の《勇敢なる者》レグウルナスに志願され、君は振られたと。
噂で聞いたが、まさか本当か?」

アランも思ったが、セルティスも同様。
そう言ったドロイドは嘲笑を浮かべ、キースを侮辱した態度で、二人は同時にドロイドに、むっ。とする。

ファルコンがキースを庇い、静かな口調で嫌味を言い返す。

「…だがもしそうだとしても、目当ては誰より男ぶりのいいお従兄弟殿のレドナンド殿だろう。
間違っても、その他大勢の、体、だけ良い、男ぶりはウチのキースよりかなり劣る東の《勇敢なる者》レグウルナスらには、ファーレーンは見向きもしないだろうな」

ドロイドが、一瞬でファルコンを睨み付ける。

レオがファルコンに振り向くが、ファルコンは視線を下げたまま平然としていた。

レドナンドが、その場の敵対する雰囲気に気づき、振り向く。

《化け物》キーナン繁殖期の真っ最中だ!
昨夜ですら、南尾根の手助けを受けている!
少しは気を引き締めたらどうだ?!」

一番口達者な、ザスナッチが言い返す。
「が、今年は杖付きを殺ると群れは引く。
去年の1/10も《化け物》キーナンを斬ってない」

アンドレアも長に、言い訳る。
「体力、気力共に多少余裕が出来ても仕方無い。
…昨夜は暗がりだったが…真昼の陽の中で見ると、ファーレーン殿と良く似た顔立ちのファオン殿は、あまりに可憐で美しいのでつい、北尾根の男が羨ましかっただけだ」

レドナンドがその言葉に、眉を寄せる。

「…まさかお前達、日頃本当にファーレーンに夢想して抜いてないな?!」

レドナンドがそう言った時、“氷の男”ファーレーンが、周囲が凍り付くような、冷たい空気を醸し出して背後の三人を、じろり。と見た。

三人は途端、所在なげにファーレーンから、視線を下げて俯く。


レオも背後の、アリオン、シーリーン、キースを見る。
が、キースはドロイドを。
シーリーンはザスナッチ。
アリオンはアンドレアを。

それぞれきつい眼差しで見つめていた。

背後、アランを見る。
アランはレオと目が合った途端、肩を竦めて見せ、セルティスは俯き加減。

一番長身のファルコンは腕組みし
『またウチの男を侮辱したら、何だって言って、嫌味返してやる』
とすましてる。

リチャードは溜息を吐いて顔を下げ…そして、横にいたデュランがついに、口を開く。

「ファーレーン殿とどれだけしたくても相手にして貰えないから、ファオンをどスケベな目で、見てるんですね…」

と、そう、心から気の毒げに、首を横に振る。

アランがとうとう吹き出す。

東尾根の三人の《勇敢なる者》レグウルナスらは一気にむっ。として、ぎっ!とデュランを、目を剥き睨めつけた。

ファルコンとセルティスが珍しく
『よく言った!』
と揃ってデュランに、微笑みを送った。
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