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ギデオンと夕食

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「…ギデオン!」
ソルジェニーが、とても嬉しそうに出迎えた。

ギデオンは運ばれて来るソルジェニーの夕食を見、召使いにもう一人分用意してくれ。
と告げる。
途端、王子の顔が明るく輝いた。

いつも一人でぽつんと食事を取っていたら、食欲が無くても無理はないのだろう。
用意されたテーブルに付くと、ソルジェニーもフォークを持ち上げる。
食欲ある姿を目にし、ギデオンは心からほっとした。

「…ファントレイユを、早く帰したそうだな」

ギデオンの問いに、ソルジェニーは聞きたい事を次々思い浮かべる。
質問をしても答えてくれる、ギデオンは唯一の相手。

もちろん、ファントレイユが護衛に付く前までの話だったけど。

「…ファントレイユは夕べそれは見事な剣捌きだったし。
ギデオンだって、真剣にさせたら怖いって言っているのに。
彼は全然そんな事は無いし、ギデオンは特別自分なんかより強いって」

ギデオンは少し、俯いた。
フォークを口に運ぶのを止め、おもむろに唇を開く。

「……自分の能力も無いのに、誇張して私に売り込む輩はたくさんいる。
が、あの男は何を考えているんだかいつも、自分の評価を下げて、相手に伝える。
…いかにも自分はでしゃばりじゃなく、控え目なんだ。
というのを見せつける輩とも違い、ある意味本当に、自分は大した事が無い。
と思い込んでいるふしもある」

ソルジェニーはフォークを止め、ギデオンを見つめた。
「…ギデオンが護衛に推すくらいだから、ちゃんと実力があるんでしょう?」
ギデオンは頷く。
「…そうだ。
ああ見えて誰よりも頭の回転が早く、相手が何を思い、欲しているのかを直ぐに察知する。
剣の腕も同様だ。
あんな外見で、ああ見えて誰よりも肝が座っている……。
口を開くと途端、しんどい事も大変な事も……。
およそ優雅じゃ無い事は、全部嫌いだ。
みたいな情けない事を、平気で口にする癖にな。
だが、いざと言う時。
どれほど不利でも、決して逃げない。
更に、危険に飛び込む度胸もある」

そして宝石のような碧緑の瞳で、ソルジェニーを見つめた。
「…あの男の、護衛としての態度は私が保証する。
信頼に足る、人物だ」

ソルジェニーがそう告げる自分を、じっ…と見つめているのを見、少し俯く。
「……まあ、宮廷であいつの容姿はそりゃ…。
浮ついて見えるし。
周囲に騒ぎを撒き散らしてはいるがな。
当の本人はどこ吹く風で、始末に負えないが…!」

ソルジェニーは少しむくれてるギデオンを見て、尋ねた。
「…じゃあファントレイユは、ギデオンが全然自覚が無いって言っていたけど…。
彼も、そうなんだね?」

ギデオンは頷く。がふと、気に止めた。
「……私の自覚が無いって、そう言ったのか?あの男が?」

ギデオンの眉は寄っていたけど、ソルジェニーは素直に頷いた。
「……ギデオンは自分と違って、他に代えのきかない大事な人なのに…。
その自覚が、全然無いって……。
夕べだって……。
ファントレイユは実はもの凄く、ギデオンがちっとも来なくて心配していた……。
その後、怒っていたけど」

ギデオンは聞くなり、笑って首を横に振る。
「…心配は無駄だったと?」
ソルジェニーは、そう…!と笑い返す。

「…だがそれは間違ってるぞ、ソルジェニー。
覚えて置きなさい。
替えのきく人間なんて誰一人、居やしない。
一人一人が誰かにとって、本当に一番大切な相手なんだ。
だから誰かは必要じゃないから、命を落としたっていい。
…なんて理屈は、絶対に間違っている。
身分がどうとか皆は騒ぐが。
そういう事なんかじゃ、絶対に無い。
身分等関係無く、誰の命も等しく、大切なんだ」

ソルジェニーはそう言う、ギデオンを見つめ続けた。

だから……。
だからファントレイユはギデオンを、とても大事だと言ったんだ。

他の大貴族達はみんな、自分の為に下級貴族が命を落とすのは当然だ。
と、思っているから。

ソルジェニーはそんなギデオンに、そっと囁く。
「ファントレイユはこうも言っていた。
ギデオンは間違った事に猛烈に抗議するから、ギデオンがいなくなったりしたら軍で不正がまかり通って、それは居辛い場所になるって………」

ギデオンは、大きなため息を吐く。
「……そうか……。
いつも軽口しか叩かない、あの男の本音はそれか………。
だからあの男の軽口を、真に受けてはいけないんだ。
あれでちゃんと、物事の判断力もあるし、人間性もまっとううで潔い…。
だが解らないのは……」
「のは…?」
「………どうしてあの男は、ちゃんとした人間だと他人に思われるのを、あんなに嫌がるのかだな。
マトモな口をきこうとしない。
ちゃらちゃらした色男だとか、やさ男だと相手に思われても全く平気な癖にな!」

ソルジェニーはそのギデオンの言い様に、思わずぽかんと口を開けた。
「ギデオンは…そんな風に思われたら、やっぱり凄く嫌?」
ギデオンの眉が思い切り寄る。
「…当然だろう?
男として立派だと、人に思われたいに決まっている!」
「…だから例えば『綺麗』とかって言われたりしたら、相手を殴るの?」

ギデオンは飲み込みかけた肉を、一瞬詰まらせ、ゆっくり…ソルジェニーに振り向く。
「…だってソルジェニー。
『綺麗』と言われ、喜ぶ男がいるか?
そういう形容詞は、一般的に女性に使うものだろう?」

ソルジェニーは、そうだね。
と、素直に頷いた。
それを見て、ギデオンは言葉を続ける。

「…だろう?
男相手にそんな事言われたりしたら。
どう頑張ったって、侮辱されたとしか思えない。
侮辱されたら普通は、腹を立てるものだ。
まともな神経があるんなら」

ソルジェニーは、なるほど。と頷いた。

そして、ギデオンからしたらファントレイユって
『まともな神経の持ち主じゃない』
って思ってるのも、解った。

けれどやっぱり、美女のようなギデオンの容姿は…。
どうしたって綺麗だったから。
つい素直に『綺麗』だと感想を述べそうになって、でもギデオンに侮辱を与えたと勘違いされたく無くて…。
それは必死で言葉を控える部下達を、思った。

テーブルに活けられたピンクの薔薇に視線を落とし、ソルジェニーが尋ねる。
「…ギデオンは、薔薇を綺麗だと思う?」

ギデオンは存在をすっかり消去してた花瓶の薔薇に突然気づき、視線を向けて頷く。
「…ああ。綺麗だな」
「…じゃあそんな風に、ギデオンの事を言ったりしたら。
侮辱になる?」

ギデオンの眉が、思い切り寄る。
「…ソルジェニー。そういう問題じゃない。
他人の瞳に私の容姿がどう映ろうと勝手だ。
が、私は他人に『綺麗だ』と言われるのは、死んでも嫌なだけだ」

ソルジェニーはそれを聞くなり、食べた物を喉に詰まらせそうになった。
が、やっとなんとか飲み込んで、頷いてみせた。

ギデオンはソルジェニーが頷くのを見て、納得したか。
と了承の頷きを返した。


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