冷たい雪の降る惨劇  

あーす。

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黄昏の神聖騎士達

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 その光る言葉…。
召喚呪文がその場に光と共に届いた時、五人居た室内の神聖騎士の三人が無言の短い囁きと共にその回路へと、一瞬で飛んでいた。

ダンザインは室内に残るもう一人。
神聖騎士団長、エルリースを見る。
先日大きな…空間の裂け目を閉じたばかり。

騎士達全ての力使い、大きく横に裂けた空間を、力尽くで閉じた。
だから…。

その閉じる直前、『影』の本体に近い大きな“障気”幾つも飛び…今、その後始末に皆が、そこら中を飛び回っている。

エルリースの考えが読める。
大物“障気”が飛んだ一つの先は、西領地(シュテインザイン)の北の森。

北の森は、払っても払っても地に染みこんだ小さな“障気”が後から後から、湧き出(いで)る…。
『光の王』の力、弱まると直ぐ、普段身を潜めているその“障気”は活性化する。

ダンザインはその心、読み取りそっと、囁いた。
「現代の『光の王』はもう…」
エルリースは気が重そうに、吐息と共に囁き返す。
「じき、没される…」
そして、ダンザインに振り向いた。

「…君が長の代は…大変な重責だな」
ダンザインはエルリースの…銀の炎連想させる奔放にくねる髪と、凄まじい浄化の光身の内に湛える、素晴らしく崇高で勇猛な姿、見つめる。

エルリースはダンザインのその不安、感じ取り微笑む。
「気にすることは無い。
次代の“輪の中心”、ミューステールは歴代の中で最も、光呼び込む力が大層強い。
十分な力得られれば…君は必ず、次の『光の王』の光臨迄この国を、『影』から護り切る」

ダンザインは光の言葉使わず、その言葉をはっきりと口にした。
人間の母。
…その、人間のように。

「…だが私は貴方程、勇猛でも強くも無い」
エルリースはどちらかと言えば優しげな、ダンザインを見つめる。
「…強さは…それぞれだ。
君の緻密で清浄な“気”は、誰より強い。
それは…『影』に取って致命的にその力奪う、間違いなく効力ある力だ」

ダンザインはふっ…とその、歴代神聖騎士団長の中でも一際長身で、誰もがその勇ましさと強さに焦がれるエルリースを見つめる。
やはり…自分同様人間の言葉で、告げてくれていた………。

誰もが皆、『光の王』の血を受け継いでいた。
が、人間の、アースルーリンドの王女との婚姻で産まれた末裔の一族…。
同様誰もが…人間の血をも、受け継いでいた………。

神聖騎士は誰もが、『光の王』の血を濃く受け継ぐ、優れた能力者ばかり。
だがそれでも…身に潜む人間の血は告げる。

『影』が、怖いと………。
これ程、『光の民』としての全てを知り尽くしている我々、神聖騎士でさえ………。

人間の血は告げる。
“理解を超えた者”
“ある筈の無い力。在る筈の無い存在”

確かに『影』は、元は『光の民』。
アースルーリンドの地に降り、光無いこの国で力、すっかり失い…。
再び能力使う為に、力の源を“人の苦しみ”に変えた者達…。

その人間を超えた能力は同じ『光の民』の血を受け継ぐ我々同様。
理解は出来る。
が、力の源全く違う『影』は我々とて…その性質は、理解出来ぬおぞましい者達………。

大昔の大戦で『光の王』は『影』をすっかり、別次元へと封じこの国から一掃した。
が今だその別次元より、『影』は“障気”飛ばし人の苦しみを狩る。
戦い…破れ“障気”にその身乗っ取られ、ついに『影』に下った仲間も居る………。

ダンザインは兄のように慕う神聖騎士を『影』に、奪われた。
『影』に囚われ苦しみ続け、今や『影』と化し敵と成った彼の魂を救う為、“障気”に相対す都度、彼を…その魂を、必死で探す。

“彼”を…浄化し昇天させ救う…。
それが…自分の果たすべき使命だった………。

心に流れる想いをエルリースは感じ取ったように微笑む。
“それだから君は誰より強い…。
敵を憎まず浄化しようとする。
『影』抜きをさせ、『光の民』の元来の姿に戻す…。
奴らはそれを、一番怖がる。
君は立派にやって退ける。
次代の長に、十分相応しい”

ダンザインはその、光に溶けたエルリースの言葉を心に…抱き止めた。
その光の言葉はダンザインの心の中でいつ迄も消えず小さく、でも強く…。
輝き続けた………。



 召喚された回路伝いその粗末な小屋に飛んだ時、ホールーンは怪我人を見つけた。
小さな女の子は、化け物と化した父親のもたらす恐怖と、振り下ろされた斧で裂かれた痛み…。
そして、愛する母が事切れていく様に声無く、泣いていた。
だから…召喚した者の作り出した回路から出た途端、吸い寄せられるようにその少女に、心添わせた。
“大丈夫だ”
と。
光で語りかけ、少女の苦痛と恐怖を鎮める。

が、この惨劇引き起こした“障気”付きの父親を封じるのが先。
“障気”は父親の中で黒く小さく、身を潜めていた。
すっ…と細い糸が伺い見える。

青味帯びた銀の髪。
先輩に当たるラフォンジュが直ぐ、その糸自分の意識から引き継ぎ辿り始めるから、ホールーンは父親を光で包み込み、中の“障気”が表に出ないよう封じてやっと。
怪我をした少女へと歩み寄る。

アーチェラスは細い糸手繰り敵探す、ラフォンジュに寄る。
長(おさ)エルリースより二つ程年下。
ほぼ新米の自分とホールーンにとって、大層頼りになるその先輩は、どこ迄も遠くを見通せる心の瞳を持っていた。

ラフォンジュは、アーチェラスが寄り添い自分が見つめるその先を同様、見つめてるのに気づく。
“障気”の主を追う。
父親の“障気”から伸びる糸手繰りその源を、ラフォンジュは頭の中で空飛び…探る。

アーチェラスは目前、浮かび上がる映像を見つめる。
…空が…飛ぶように景色が、後ろに流れ去る。
召喚された小屋よりもっと北西。
森を上空より見下ろしていた。

むろ…。
空間の、閉じられてない歪みに巣くった…『影』の大きな…殆ど本体に近い“障気”を見つける。

“障気”は周囲憑いた人間楽しそうに操っていたが、神聖騎士の“気”感じ途端、歪みの中に身潜り込ませる。

そこに…はっきりと一人の、人間が佇む様が見えた。
真っ黒。
顔上げたその瞳が一瞬赤く、光る。

ラフォンジュが、心の中で大きな吐息吐き出すのを聞く。
もう…出よう。と急く様見せた。

アーチェラスはホールーンに振り向く。
ホールーンはたった一人…。
死んでしまった小さな少年の魂が、動かぬ骸の側で途方に暮れたように…佇んでるのに少し、微笑む。

ホールーンの少年に囁く、心の声が二人にも聞こえる。
“皆は助かる”
少年は、母が妹が…兄が、光の中痛み消え、安らかな眠りに身、浸す様に少し、微笑んだ。

が、その小さな怯える魂が父親を心に浮かべた時…ラフォンジュもアーチェラスも…その様が映像として頭の中に飛び込んで来るのに無意識に“気”を向ける。
帰宅するなり…斧持ち、無邪気に駆け寄る自分の頭に一撃…。

熱い…。
頭が…。
痛んだのは一瞬。
直ぐ…自分の血に塗れ…倒れた床の見慣れた木板が視界に飛び込みそして…もう一度跳ねて天井を見た。

でもそれは、ぼやけてそして…暗くなった。
暗く…暗く………。
うんと暗く…………………。

でもその暗さに浮かび上がる父親の…最後の一瞬目にした、鬼のような形相……。
ぞくっ…と恐怖に戦(おのの)くその魂に…ホールーンが、そっと告げた。

““障気”は払う。
君の最期の記憶の中のその父親は…優しい君が知っている、本来の父親の姿に必ず、塗り替えられる”

少年の魂は、不思議そうにホールーンを、見つめていた。

ラフォンジュは召喚主、神聖神殿隊付き連隊騎士アドルッツァを見つめ語りかける。
ラフォンジュの見通す瞳は、この小屋横の納屋の中。
農耕馬の存在を知っていた。
「我々は直ぐ発つ」

ラフォンジュの頭の中は、もうとっくに見つけた…この周囲一帯に“障気”飛ばす『影』の本体に近い大物“障気”が、浮かび続け消えない。
飛べない歯がゆさに歯噛みしてるのを、ホールーンもアーチェラスもが感じる。

アーチェラスが言葉を足す。
「馬は一頭だが、荷車を引ける」
アドルッツァが直ぐ、こちらの心察し申し出る。
「俺と連れの馬を使ってくれ。
あんたらが飛ぶ程は早く無いがそれでも…農耕馬引く荷車よりは、うんと早い」

アーチェラスはありがとう。と微笑んだがラフォンジュは直ぐ、背を向ける。
ホールーンも、頭に浮かび続ける敵に“気”を向け続けるラフォンジュを見つめる。

アーチェラスは室内出る時、見つめる少年二人に心向ける。
凄惨な光景見た年下の、小さな少年。
そして…アドルッツァの連れの、大公家の毛並みの良い美少年。

二人…共がまだ幼くこの、おぞましい出来事に、大層心を痛めていた………。

雪で一面白で覆い尽くされる雪原に出ると、寒さに身が斬り裂かれるように感じ、神聖騎士達は一瞬で自分の周囲に空気の膜作り、防寒する。

二頭の馬が横木に繋がれているのを見つけ、早足で駆け寄る。
アーチェラスは素早く騎乗し手綱繰る。
その背後に乗り込み、ラフォンジュは心の中で叫ぶ。

“光…力を!”
“輪の中心”リュースに向け、叫ぶ。
回路伝いリュースから、光が一気に流れ込む。

が、ホールーンもアーチェラスも先輩であるラフォンジュの、心察する。
他の騎士達も“障気”と戦っている。
自分達ばかりに光与えれば…他に光行き渡らず戦いに勝てず…長引けばリュースは弱る…!

“輪の中心”
唯一、『光の国』より光呼べるリュース失えば我々は、今ある光使い果たせば敵の前で全く無力。
『影』へと下る………。

ダンザインの“気”が、その危惧感じたように包む。
“危険なら、呼べ!
いつでも力貸す!”
ラフォンジュは一つ、頷く。

ダンザインは自分より後輩。
エルリースの右腕として戦い続けて来た自分だが、消耗は激しい…。
『次代の長にダンザインを選出するつもりだ』
そう…エルリースに聞いた時、とうとう…その時が近いと…ラフォンジュは思った。
エルリースと共に戦い続けて来た時代が、エルリースの辞任と共に終わる。

『影』に苦しめられ続けた人の魂…。
その…悲哀にもう…。
報われぬ思いに泣き、怒り…同様の苦しみを他の人々に撒き散らし続ける辛い魂を…見なくて済む。

同族『影』の…怒りと復讐に燃えた執念と、もう…戦わなくて済むのだ………。

『光の谷』の山頂。
光の結界に護られた…休息の地に迎えられる、その時が近い…。

ラフォンジュは前で手綱繰る、アーチェラスと横に馬で駆け並ぶ、ホールーンを見つめる。

アーチェラスは金のくねる髪と碧の瞳の甘い顔立ちで、人懐っこく…その体躯は若さとしなやかさに満ちて力強かったし、ホールーンは“気”の加減で銀に見える金色の、真っ直ぐな髪と理知的な琥珀色の瞳をしていた。
その能力は、一瞬でその場の全ての“気”を読み取る程鋭く、ホールーンはいつも自分のその能力にうんざりし…が、それが人を救う事が出来る事に…安堵を感じていた。

その…自分にとっては疎ましい能力が…人に捧げられる感謝で、癒やされてる。
それが…彼(ホールーン)の救い。

アーチェラスはラフォンジュの脳裏に浮かぶ映像に“気”を向け続ける。
ラフォンジュは見つけた敵を上空から睨め付け、その場を動かない。

馬を光で包み手綱繰り、アーチェラスはその“気”読み取り、真っ直ぐ敵潜む空間の歪み…地理上では小屋より北西の、森の中へ積もる雪蹴立て馬を、ひた走らせる。

『影』の“障気”は、取り憑いた人間の心の奥深くに潜り込み…どこまでも見通す神聖騎士の“瞳”から、身を隠そうと必死だ。

アーチェラスもホールーンも…歪む空間の小さな小さな隙間から…『影』の本体へと。
苦しめた人間の“気”と、捕らえた魂を送る“障気”を睨め付け急く、ラフォンジュの“気”感じ、必死で馬、飛ばす。

が、雪原抜け森へと差しかかるとラフォンジュの“心眼”が、小さな“障気”に取り憑かれ…突然、旅の仲間殺す男や、殺し合う盗賊の一団へと注がれ…さらに小さな黒い“障気”が取り憑く人間の心の隙探し、空間を無数に飛び交う様を映し出す。

その小物“障気”操る大元の、『影』本体にほぼ近い“障気”は取り憑いた男の心の底に深く潜り…取り憑かれた男の佇む地の空間に開いた、僅かな僅かな空間の歪みに潜みながらも少しでも人の苦しみ。
奴らの“力”の源を別次元の『影』、本体へ送ろうと必死だ。

心の隙突かれ心操られた“障気”付きの仲間に、突然斬りかかられた旅の仲間達は和やかな時間を一変、恐怖の時間へと塗り替えられ逃げ遅れた者が呆気に取られ、訳も解らぬまま、傷付き呻く。

“封じてやる!”
ラフォンジュの、その強い気持ちを、ホールーンもアーチェラスも感じ、気を引き締める。

ざざざざざっ!
雪煙蹴立て、アーチェラスが馬を止める。
もう…ラフォンジュもアーチェラスも馬から飛び降り直ぐ、ホールーンが続く。

その…冬を越す小さく粗末な小屋の中…汚らしい髭に覆われた木こりが、凄まじい形相で自分達を迎えるのを、三人は感じていた。

厄介な…!
ラフォンジュが呟くのを、ホールーンもアーチェラスも聞いた。
相対すのは…人の心。

それを開けその中の奥深くに身隠す、“障気”の親玉引きずり出すのに…この男の激しい憎悪を跳ね退け…戦ってその心、無理矢理こじ開けなくては成らない…!

アーチェラスが気づき、告げる。
“この辺りの盗賊一味が皆…“障気”を自分の心に迎え入れた…!”
“…!”
ホールーンが心の耳、傾ける。
黒い小さな靄。
“障気”が盗賊の心に語りかける言葉が聞こえる。

“俺を入れろ。
お前を誰より強くしてやる。
さすれば、どんなお宝もお前の物だ!”

強欲な盗賊はもうそれだけで…“障気”を自分の心に住まわせる………。
その瞳が黒く…黒く変わり行き、光、無くしていくのがラフォンジュの瞳にも、伺い見えた。

“奴らがこの吹雪の中、殺す相手に出会わぬ前に、決着付けるぞ!”
ホールーンもアーチェラスもが、年上で経験豊富なラフォンジュの言葉に頷く。

ラフォンジュの、差し出された手から発動された光が、髭の木こりの男を包む。
次いで、アーチェラス、そしてホールーンからも光の輪が加わる。

三種の光に包まれ、木こりの男は凄まじい憎悪、放つ。
三人は光で包み込まれた男から放たれる、憎悪の“気”読むホールーンの心を見る。

…小さな娘…愛おしく誰よりも大切に可愛がった…。
けど旅途中の、大貴族に襲われる…。

引き裂かれ、犯され…。
子を身ごもりそれでも…娘はたった14で子を産む。

母親は…誰とも解らぬ者に犯され、抵抗し斬り殺されとっくに…死んでいた。
だから…たった一人の娘をこの木こりは大切に大切に、慈しんだ………。

娘が、産んだ赤ん坊の世話をせず…ぼうっとしている…。
抱きしめ…泣き…また、考え事に耽りある日…木こりは見つける。

小さな小川で浮かび事切れてる…娘と赤ん坊を。
だからそれから木こりは男の旅人を殺す。
旅で通りがかる男の旅人を幾人も。
幾人も…幾人も………。

男を斧で斬りつけ…動かなく成り虫の息の旅人の…男の象徴を切り取り…嗤う。
「もう…犯せないぞ!
俺の妻も!娘も!
もう決して俺から奪わせないぞ!!!」

ホールーンがそこ迄読み取って…火傷負ったようにちっ!と顔、しかめる。
アーチェラスが必死で、妻の娘の、魂心眼で探す。

ラフォンジュが叫ぶ。
“裂け目だ…!
『影』の次元へ吸い取られようとして…まだ、ひっかかってる!”
アーチェラスが見ると…次元の小さな小さな裂け目に、吸い込まれようとして、もがいていた。

少しずつ…魂は崩れ…ゴミのように小さく砕かれ…裂け目へと…自分が少しずつ粉々になって吸い込まれる恐怖に、泣き叫びながら…!

ラフォンジュが、赤子抱く娘の魂を光で包む…。
真っ白な光に包まれ…娘は裂け目から目前に。
けれど…膝から下は、崩れ吸い込まれ既に消えていた。

ラフォンジュが更に光送ると、膝下が黄金に光り、うっすらとその形、取り戻す。

そして…真っ白な光で魂は自分、取り戻し輝き始める。
木こりがその、赤子抱く幼い娘の安らかな表情に、目、細める。

木こりの中の、“障気”が呻く…。
“おのれ…………”

しゃがれ…しわがれた不気味に響く声。

ラフォンジュが更に…空間の裂け目に囚われた、娘の母親…木こりの妻の…頭しか残っていない魂を光で包み込む。
嘆き取り乱す魂をラフォンジュは必死に、説得する。
“思い出せ!
自分の全てを!
その思いが強ければ…砕け吸い込まれた身ですら…全部、取り戻せる!”

が…妻の記憶は数人の男に掴まり…無理矢理犯される恐怖と屈辱に囚われ続けていた…。
苦痛と…引き裂かれる心の痛み…。
そして散々辛い目に合い止めが……喉絞められ…それでも必死に生きようともがくと…太刀浴びせられ、止め刺され殺される絶望。

ホールーンは手を出しかね、が、ラフォンジュが光で包むその取り乱す魂を、両手で抱き止めるのを、見た。

“もう…終わった。
もうそれは無い。
犯す…傷付ける男はどこにも、居はしない…!”
“あの人は…?
ダッスル…助けて!
いつも…いつも大きな体のあの人が護ってくれていたのに…!
どうして殺されるの?!
どうしてあの人の元に戻れないの?!
あの人と毎日…粗末でつましい暮らしだけど可愛らしい娘が居て…とても…。
とても幸せだったのに!!!
どうして戻れないの?!
どうしてダッスルは、助けてくれないの?!”

ホールーンはそれを見た。
毎晩…天に昇れぬ妻の嘆き…。
小さな娘安らかに眠らせその後…木こりは酒を飲む。
亡き妻の…自分を責め続ける、絶叫聞き続けながら………。

アーチェラスの脳裏に突如はっ!と浮かぶ。
小屋を出た時見たあの美少年。
頭の中に映し出される、彼(アイリス)のその場の状況。
神聖呪文唱え武器の剣、光で包み“障気”憑かれた盗賊と、戦っていた。

…その様少し眺め…ほっ…と吐息吐く。
戦い方を、充分知っている………。
“大丈夫そうだ”

ホールーンもラフォンジュもが微かに頷き、アーチェラスにそちらに“気”を向け続けろ。と任せ、アーチェラスは二人に頷く。

二人は一気に敵、その心の内に隠す、木こりの心に“気”を向ける。

アーチェラスは心の片隅で美少年(アイリス)に“気”を向け続けながらも、他の二人同様木こり光で包みながら…その妻が少しずつ、落ち着き取り戻し生前の姿を…ゆっくり、ゆっくりと光の滴纏いながら、取り戻す様を目にする。

光、送り続ける手が、熱い。
砕かれた魂は神聖騎士らの光の力貰い、自分の生前の姿思い浮かべ続けて…別次元へ消え去った体を再生し続ける。

その姿が、膝下…腿…腰…と戻りつつあった時、アーチェラスは自分呼ぶ、美少年…アイリスに嗟に“気”向ける。
瞬間ラフォンジュとホールーンが、欠けたアーチェラスの“気”補い、妻の魂に力送り続ける。

アイリスは“障気”に憑かれた敵全て殺し俯いていて…アーチェラスは彼が、やり切った事に、安堵の吐息吐く。
が。
…その若年の少年は、自分が殺した生命の最期の痙攣に、ひどく気落ちしていた。

すっ…と“気”、光の力送る。
それをアイリスは、染みこむように身の内に取り込んだ。
アーチェラスは微笑む。
…アイリスは、“光”が何たるかを、知っていた………。

が、目前に“気”戻すと、光に包まれた妻の魂は、ゆっくり…その透けた胸元…首を取り戻す。
そして…木こりの前に、光に包まれて立つ。

途端、木こりは気が狂ったように叫ぶ。
彼に取っては恐怖。
毎晩自分責め続けた、亡き妻の姿………。

吠えるように、怒鳴るように…獣のように木こりは光に包まれたまま叫び続ける。

その顔の上…“障気”が数度も、取って代わるように浮かび上がる………。
青い“障気”が浮かび、がすっと引くと直ぐ真っ黒で大きな“障気”が一瞬、浮かび上がる。
ホールーンとラフォンジュの心の声が飛び交う。

“二体居る!”
“違う!
最初木こりに憑いた“障気”を、今の大物“障気”が、喰らい飲み込んだんだ…!”

『影』は、自分より弱く小さな『影』を喰う。
“障気”もまた、然り…。

浮かび上がる“障気”は幾度も…姿変える。
後から小さな“障気”を、覆い尽くすようにのし掛かる大物“障気”が、浮かび上がるのは一瞬。

丸で贄差し出すように…最初巣くった小さな“障気”を神聖騎士達に、その大物“障気”は押し出す。

小さな“障気”は押し出され、神聖騎士の光に怯え木こりの心に潜り込もうと身引き、が、大物“障気”に弾き出され、浄化の光に怯え戦(おのの)いて光の中、抗う。

ホールーンが、ラフォンジュを見る。
“あれを先にやるしかない…!”
ホールーンは頷くと、木こりをきつい光で縛り、絞り出すように青く小さな“障気”を木こりから完全に弾き出す。

小さな青の“障気”は、稲妻のように襲うラフォンジュの光に貫かれ…光の中、声も無く粉々に姿、消す。

が、ホールーンは光で縛り上げた木こり見つめ唸る。
“おのれ…姿また、消したか!”
大物“障気”はその隙に、木こりの心のもっと奥へと姿隠していた。

ホールーンが必死で…その姿読み取ろうと心で追い縋る。
僅かにホールーンの“気”がその大物“障気”を特定しようと、記憶の中の“障気”と幾度も照らし合わせていた。

ラフォンジュが、ホールーンが浮かび上がらせる大物『影』達の幾人かの姿見つめ気づき、アーチェラスも…………。
“もしや…!”

その時、神聖神殿隊付き連隊騎士、アドルッツァの苦悶の“気”がアーチェラスの心に流れ込む。
“死体が…!”
声にならぬ心の叫び。

アーチェラスが見た映像…死体が動く様を、ラフォンジュは一瞬で見通す。
雪の上、動く死体………!
“「傀儡(くぐつ)の凶王」…!”

『影』の世界の、大物。
取り憑き、狂気に追い込み乗っ取り…周囲を皆、殺す。
そして殺された死体の魂掴まえ、下僕として操る。
だから…「傀儡(くぐつ)の凶王」に囚われた死体は、動き出してもっと多くの恐怖を撒き散らし更にその力、増す…!

“やはり、「傀儡(くぐつ)の凶王」か?!”
アーチェラス問いかけるその声に、アドルッツァの声が皆の頭の中へ響き渡る。
“頼む…!アイリスがたった一人で外へ…!
「傀儡(くぐつ)の凶王」操る死体と対峙しに…!”

アーチェラスはアドルッツァの“気”辿り、小屋の外…冷気に縛られたように動けない、アイリスをも見る。
咄嗟、心の中で叫ぶ。
“敵の瞳から目反らせ!”

僅かに自分と繋がる回路から、アイリスへと力送る。
だが…!

“…とても、弱ってる…!
自ら受け取る気力が無い…!
この距離では!”

ラフォンジュが、アーチェラスの“気”辿り見つける映像…動けぬアイリスに迫る死体見つけ、咄嗟叫ぶ。
“封じるぞ!
リュース!
光を!”

“輪の中心”リュースから、光が渦巻き流れ込む。
真っ白な、光放射して木こりを包み込む。
木こりは発光する光の中絶叫し…その上に黒い靄が少しずつ…浮かび上がっては…消える。

黒い靄は木こりの中から出まい。と抗い、しゃがれた声で怒鳴る。
“いいのか…!
この男は耐えきれず、死ぬぞ!!!”

が、アーチェラスは気が気では無い。
“アイリスが死ぬ!
早く…奴から力奪わないと…!”

ホールーンもラフォンジュもが、その声に頷く。
ラフォンジュが、妻の魂木こりに差し向ける。
木こりは…妻が光に包まれ、微笑むのを見た。

その表情が真っ白な光の中、緩む。
差し伸べられる妻の両手に、木こりの瞳に涙が浮かぶ………。

途端、木こりに殺された旅人の魂、解き放たれ白い光となって輝き、光の粉周囲に解き放ちながら、空へと昇って行く。

“おのれ!”
「傀儡(くぐつ)の凶王」が、怒りに浮かび上がる。
ホールーンは微笑うと、木こりを光で包み、「傀儡(くぐつ)の凶王」を閉め出す。

光の中、戻る場塞がれ、「傀儡(くぐつ)の凶王」の“障気”は叫ぶ。
“くそっ!
神聖騎士め!!!
たかが『光の王』の、末裔では無いか!!!”

ラフォンジュの光は「傀儡(くぐつ)の凶王」の“障気”を光で、きつく締め上げる。
「傀儡(くぐつ)の凶王」捕らえる盗賊達の魂が、透けて黒く幾つも覗えた。
微かに黒い…一つ一つの魂から細い糸が伸び、その糸を手繰ると、動く死体へと伸びている。

細い糸は回路。
それを通じ、死体を動かしてる。と察し、ホールーンが咄嗟囁く。
“回路を切れば…!”
ラフォンジュが眉寄せる。
“…いや!
殺された時点で取り憑いた“障気”が、魂捕らえてる。
「傀儡(くぐつ)の凶王」の中の魂は、回路伝って吸い上げた半身に過ぎない…!
例え回路切っても死体に取り憑いた“障気”が死体を動かすだろう…”

アーチェラスは吹雪の中逃げ惑う、アイリスの姿心眼で追って、気が気では無い。
ホールーンが問う。
“では?”
ラフォンジュが眉寄せる。
“「傀儡(くぐつ)の凶王」の中の、魂の半身を解放するしか無い。
奴が魂捕らえてるから死体に取り憑いた小物“障気”が、魂を捕らえ操れる!
主の「傀儡(くぐつ)の凶王」捕らえる魂の半身解き放たれれば、死体に取り憑く“障気”の中に捕らえた魂もが、同時に解放される!”

ホールーンはそれを聞いた途端、アーチェラスの急かす“気”感じ、黒く透ける、「傀儡(くぐつ)の凶王」捕らえる魂の一つ一つに光、送る。

“ぐ…ぐふっ!”
人型のような黒い靄が、のたうつ。
力の源。捕らえた魂が白く輝き行き、「傀儡(くぐつ)の凶王」の“障気”は中から焼かれ、暴れ狂う。
アーチェラスが絶叫する。

“早く!”

ラフォンジュとホールーンの頭の中…アイリスと少年へ振り降ろされる剣、銀の閃光が一瞬、浮かび上がると同時「傀儡(くぐつ)の凶王」囚われた魂に、光の力思い切り注ぐ。

“ぐぅぅぅぅぅっ!”

「傀儡(くぐつ)の凶王」が、殺され捕らわれた魂、たまらず解き放つ。

アーチェラスは死体に取り憑く“障気”が、魂白く輝くと同時に、白い光の中粉々に砕け行くのを見た。
白く輝く魂が、捕らえる“障気”消えて空へと飛んで行く。

「傀儡(くぐつ)の凶王」捕らえた魂もが空を飛び、上空で二つに分かれた魂は重なり合い、一つになると生前の姿一瞬透けて浮かび上がらせ、そのまま…白い光となって天へ、昇って行くのを、アーチェラスは微笑んで見た。

死体は操り手無くし、魂飛び立つ瞬間死体へと戻り行き、その動きを完全に止めていた。

アーチェラスの、ほっと安堵する心感じ取る。
ラフォンジュとホールーンが、光で縛り付けた「傀儡(くぐつ)の凶王」の“障気”を、更に強い光の力で覆う。

他の小さな“障気”と違い、力の強い「傀儡(くぐつ)の凶王」の“障気”は、それでも消えず逃げ場伺う。
アーチェラスは咄嗟、この“障気”が湧き出た小さな空間の歪み、光で包み込んで逃げ場を断つ!
ラフォンジュが問う。
“一人で閉じられるか?!”
アーチェラスが、しっかりと頷く。

歪みを光で包み込みながら、アーチェラスは僅かに開いた穴の周囲を、力微細に加減し光の力で、慎重に伸ばし埋めて行く。

「傀儡(くぐつ)の凶王」の“障気”は気が狂ったように逃げ場閉じられ行き、叫ぶ。
“おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええ!!!”

が、その呪いの叫びが最期だった。

ラフォンジュとホールーンの更に増す強い光に包まれながら…「傀儡(くぐつ)の凶王」の“障気”は、光の中へ粉々に砕け、消えて行った…………。

「傀儡(くぐつ)の凶王」が消えると、繊細な作業に神経使い果たしたアーチェラスが、がっくり…と膝を付く。

ホールーンは俯き、消耗に耐えていた。
ラフォンジュは肩で息吐き、囁く。
“リュース…。
もう少し…光送れるか?”
“ええ…。
大丈夫ですか?”

ラフォンジュは頷き…渦巻き来る光に身、浸すと後輩であり、疲労から光自ら受け取れぬ、ホールーンとアーチェラスに光注ぐ。

光送られ、ホールーンがゆっくりと…顔、上げる。
アーチェラスは付いた膝上げ、立ち上がる。

ラフォンジュは二人の後輩に微笑みかけて言った。
“憑かれた男ら見つけ、清めたら…戻ろう”
ホールーンも…アーチェラスもが、頷いた。

雪が降り注ぐ中、アーチェラスは馬走らせラフォンジュ示す場に辿り着くと、倒れる賊らに光飛ばす。

ホールーンもが、ラフォンジュに示された雪の上に倒れる旅人見つけ、光送り包む。
気づいて目覚ます迄、これで凍えたりはしないだろう………。
ラフォンジュに示され続ける旅人達を光で包み終え、最期に、最初召喚された小屋へ辿り着く。

ラフォンジュとアーチェラスはもう…着いていて、雪の上に横たわる死んだ盗賊達を、清めていた。

ホールーンは小屋へと入ると、血飛沫飛び散る室内へ…光り飛ばし清めて回る。
悲鳴と恐怖の“気”がどす黒く…部屋の隅々に残ってる…。
光送るとそれは消え…代わって寛ぎ、団らん迎える家族の笑顔と子供達の笑い声の“気”が、壁紙を剥がすように戻って来た。

ホールーンはその“気”読み取り、微かに微笑む。

アーチェラスから、馬に乗るアイリスと…家族と荷馬車で揺られる少年から“気”が送られてきてるのを受け取る。

少年は死んだ兄の魂が、アーチェラスの光で包まれるのに微笑んでいた。
アーチェラスが小さな子供の微笑みに、嬉しそうに心、弾ませる映像を、ラフォンジュ同様ホールーンも、微笑って受け取る。

アーチェラスはたくさん妹と弟達がいたから子供が大好きで…彼らをとても、愛していた。

すっかり光で清める。
痛み。恐怖。
苦しみ。
そして、悲しみ……………。

外に出、吹雪で白一色の景色の中、ホールーンはそっ…と呟く。
「こんな…風に清められたら…………」

アーチェラスが手綱引く馬上、その背後で、ラフォンジュが言った。
「『光の王』の、次の光臨を待てば叶う」

ホールーンも…そして、アーチェラスもが…『光の王』座す、アースルーリンドの王宮。
『光の塔』の寝台の上。

光の国から…大勢の賢者達が送り来る光に幾重にも包まれ…寝台に横たわる没しようとする『光の王』の、まだ若々しく美しいその横顔を見つめる。

崇高な面の瞳閉じ………が、その力がゆっくりゆっくり…失われて行きつつあるのを、声も無く………。

『光の王』が天に昇るのは、直。

「帰るぞ」
ラフォンジュのぼそり…と囁く言葉に、アーチェラスは手綱波打たせ、ホールーンは拍車をかけた。

が、二人は聞いた。
ラフォンジュの微かな声音…。

“次の『光の王』の光臨を、君達は必ず見られる。
『光の王』の労(ねぎら)いを受けられる、滅多に無い栄誉ある神聖騎士に、君達は必ず成れる”

アーチェラスは髪を振ってホールーンに振り向くと、雪解けの暖かい春風のように微笑みかけ、ホールーンもアーチェラスを見つめ、その子供を愛する屈託の無い笑顔に、頷くように微笑みを返した。


     END



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