冷たい雪の降る惨劇  

あーす。

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冷たい雪の降る惨劇

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 雪が、降り始めた。
神聖神殿隊付き連隊騎士、金髪の粋な美男アドルッツァは一晩宿を借りた農家の主人に、馬の手綱を手に玄関口で挨拶をしていた。

アイリスは馬の背から、一面真っ白な雪景色の中、雪蹴散らしはしゃぎ回る農家の小さな子供達を見つめながら、落ちて来る雪に顔を上げる。

数日前、大公邸に寄ったアドルッツァが
『これから神聖神殿隊付き連隊騎士任務の、見回りの旅に出る』
と言ったから、アイリスは同行を頼み込んだ。

仕事だからと渋られたし、危険を伴う可能性がある上、11と言う若年を理由に断られかけたが、絶対足手まといにはならないから。とゴリ押しした。

出向く先は西領地(シュテインザイン)の北方の森。
別次元に『光の王』が封じた『影の民』の“障気”
(本体よりも力の弱い、靄のような分身)
が出ると危険指定された地域が間近。

『今迄の旅では大した“障気”に出会わなかったが、場所が場所だ』
アドルッツァに睨まれたが、それでもアイリスは引かず言い返す。
『依頼の場所は危険指定地域の手前。
危険指定地域、内じゃない。と、言ったのはあんただ』

アドルッツァはアイリスの兄のような叔父、エルベス見つめ肩竦め、結果二人は言い出したら絶対引かない性格だと、アイリスの事を思い知っていたから渋々承知した。

“障気”に憑かれた。
と報告された農家の女将さんは結局流感で、アドルッツァが携帯している薬草で熱も下がり幻覚も収まった。
母親の、熱に浮かされた虚言に心配げだった子供達も、今は降り始める雪の中、雪玉投げ合って、無邪気にはしゃぎ回ってる。

幾度も感謝を告げる農家の旦那さんに付き合って、この後の指示を伝えるアドルッツァにアイリスは、早くしないと雪に埋もれる。
と、急かそうと口開きかけた、その時。

子供の一人が空を指す。
次第に他の子供達がその方向見上げ、アイリスはつられて…空を見た。
曇り空から雪が螺旋描き、放射状に落ちて来る。
が、光る何かが動いてた。

農家の主人と話してた、アドルッツァもが顔、上げる。
そしてゆっくりと馬の手綱を持つ反対側の腕を上空に、差し上げる。
白く光って見えた白鷹は翼大きく広げ、アドルッツァの高く差し出された手の甲に、羽ばたき止まる。

アドルッツァが鷹毎手引き寄せ、その嘴に挟まれた小さな羊皮紙を手綱握る手で取り、顔傾けて読んでいるのが、馬上のアイリスから伺い見えた。

さっ!と金の髪振ってアドルッツァが、振り向く。
濃い栗色の艶やかな巻き毛を、防寒用の暗いオレンジ色をしたマントの肩と背に流し、濃紺の瞳の整いきった色白の美少年、アイリスへと。
アドルッツァの、その鋭い青の瞳。
異変だとアイリスは即座に気づき、一瞬で緊張に身がざわつく。

アドルッツァは鷹に何か小声で…神聖呪文のような言葉を囁きかけ、白鷹はその言葉に頷いたように見え、一気に白い羽根広げ、アドルッツァが鷹乗る腕、前に差し出すのを合図のように、ふわっ…と浮き立ち一直線に、空に飛び立って行った。

はしゃいでいた農家の子達は一斉に口噤み、空(くう)へ飛び立つ鷹が白く降り注ぐ雪の中、遙かに高く、遠く消え去るのを見送っていた。

アドルッツァが素早く騎乗し、アイリスの横に馬付け告げる。
「飛ばすぞ!」
その、青の鋭い瞳。
アイリスが頷く間も無く、アドルッツァが前へと飛び出す。
一気に駆け去る馬の尻追って、アイリスは慌てて拍車かけ、後を追う。


周囲、一面雪に覆われた木立の中。
ともすれば見失いかねない速度で飛ばすアドルッツァの馬の尻を、必死で見失うまいとアイリスは歯を食い縛り馬を急かす。

駆け抜ける冷風に頬が斬り裂かれるように感じるが、アドルッツァが手綱を緩める様子は丸で無い。
どころか速度は、増すばかり。
顔に降りかかる雪に片目瞑りそれでも見失うまいと、置いて行きかねない程の速度にそれでも必死で、追い縋った。



小一時間も、走ったろうか。

突然木立が途切れ広い雪原の中、屋根に雪積もる粗末な一軒家が見える。
木こり小屋のようだった。
が、アドルッツァはもう、馬を飛び降りてた。

アイリスは雪煙上げアドルッツァの馬の横に強引に馬付けるなり飛び降り、馬止めに軽く手綱巻き付けアドルッツァの背を、追う。

扉開け飛び込んだその先、視界に飛び込んできたのは……。

木板に囲まれた壁。
暖炉の灯りだけがチロチロ揺れる、不気味な雰囲気漂う暗い室内。

が、目を引いたのはアドルッツァの背の向こう。
栗色の巻き毛と髭の…まだ若い、逞しい体躯の男が血塗れの斧持ち、凄まじい形相でこちらを睨んでいた。

アイリスはごくり…。と唾、飲み込む。
その男の足元。
まだ若い女性と子供達が体中切り裂かれ、血塗れで床に転がっていた。

…初めて見る、その凄惨な光景に一気に身が、凍る。
アドルッツァはアイリスの目前に立ち、が微動だにしない。
アイリスは、ふ…と気づく。
アドルッツァの背の向こう。
まだ小さな、五・六歳くらいの…斧持つ男と同じ栗色巻き毛の子供が、こちらに背向け立ち竦んでいた。

その手には、小さな男の子には大きすぎる出刃包丁が握られ、斧持つ男に凄まじい気迫放ってる。
瞬間、感じる。
二人は、親子だと………。

男の足元、床に倒れ伏す一人が呻く。
多分…あの子の母親………。
仰向けに倒れてる彼女の、胸に腕に深い切り傷…。
額にも血が滴り、足…腿にさえ。
粗末なスカートはビリビリに裂かれ、赤い血飛沫で濡れている。
だがその左腕は…横の小さな女の子の体に回されていた。

母親に抱かれた三つか四つ位の…とても小さな女の子は、血に塗れた手を母親に伸ばそうと呻き…が、その小さな手落とし、苦しげに首、微かに横に振る。
横脇腹の大きな切り傷から、後から後から血が滴り続けていた。

…その向こう。
少し体の大きな…きっと、長男だろう。
年の頃14・5。
俯せで胸の傷押さえ、腕で床で擦りながら、何とか起き上がろうと呻いていた。
もがく腕にすら深い切り傷。
腿…横脇腹にも傷が伺い見え血流し、苦しげな呻き上げ続けていた。

その更に向こう側には…仰向けで空色の瞳見開き…事切れていると直ぐに解る、七歳くらいの男の子が見える。
栗色の巻き毛の…頭がべっとりと、血で濡れていた………。

一目で一家族だと解る、皆同じ栗色で巻き毛の…けれどその、頼れる筈の父親がこの惨劇を引き起こし、今、目前で最後の子供を殺そうとしてた。

アイリスは愕然とした。
この、父親こそが“障気”に憑かれていた。

『影』の“障気”の話は幾度もアドルッツァから聞いた。
『影』によってその“障気”の種類も症状も違う。
けれど大抵“障気”は人を苦しめ、その苦痛を力として蓄え、『光の王』が封じた別の次元の本体である『影』に送っている。
そして『影』は封じられた次元から出ようと幾度も“障気”飛ばし、力付けて封印を揺さぶる。

その綻びを、アドルッツァ所属する神聖神殿隊付き連隊騎士達は見回り、封印を強化し、『影』の本体が封印破り出て来ないよう、“障気”を払う。

幾度も陰惨な噂は聞いた。
たくさんの簡単な神聖呪文も覚えた。
が目前で、これ程陰惨な光景見たのは…初めてだった…。

けれど背向けるまだ…たった五つ位の少年は、愛し頼れる筈の父親が化け物と化し、母親を兄弟達を…傷付け殺そうとするのに動揺も見せず、小さな手に武器持ち立ち向かおうとしている。

アイリスはそっ…と一歩踏み出すと、アドルッツァの背の衣服握り小声で告げる。
「あの子…」
アドルッツァは頷いたように見え、一瞬で右手懐に潜り込ませ、さっ!と短剣父親に投げつけた。

銀の閃光が一直線に走る。
「っ!」
父親は肩押さえ俯き、少年は咄嗟こちらに振り向く。

…事切れた少年と同じ、見開かれた空色の瞳。

が、斧持つ父親はそれでも顔、上げる。
肩に短剣刺したまま、血が滴るのも構わず痛む様子も見せず。
その、暗く陰惨な何も映さぬ真っ黒な瞳を見た時、アイリスはその、光と暖気に永久に見放された冷たさと暗さに、ぞっ…と寒気が襲い身が、震った。

が目前のアドルッツァの、小さく呟く声が聞こえる。
明るい春の日差しがその暗い小屋の中、言葉と共に流れ込む。

『神聖呪文…!』

途端火傷負ったように“障気”に憑かれた父親は苦悶に顔しかめ、くっ!と身、前に折るとその手から斧床に落とし、両手で顔覆い、膝を折って崩れ落ちた。

小さな少年の瞳が、アドルッツァに注がれ惚けたように、見つめ続ける。
アイリスは、片腕掴み身の震えが引き始めるのに、ほっと安堵した。
やがて高らかに響くアドルッツァの呪文に、とうとう父親は床に転がりそしてやがて…気絶した。

それを見届けアドルッツァは、ゆっくり歩運び少年の横に並ぶ。
少し屈み、その小さな手から包丁をもぎ取りその小さな頭に手当て、くしゃっと軽く掴む。
少年は気づいたように顔上げ、救ってくれた男を尊敬混じる瞳で見上げていた。

アドルッツァのその横顔は、苦い表情(かお)。
が、胸に飾る黄金の首飾り手で持ち上げ、高らかな、歌うような、突き通す明るい意志のような理解出来ない言語の言葉を唱え始める。

アイリスはその場の暗さ忘れ、その言葉を聞き取ろうとした。
明るく爽やかで美しく響く声音。
次の瞬間周囲が真っ白な光に包まれ、あまりの眩しさに目、細めた。

白い光の中、人の気配と体温感じ、収まり行く光に白いマントが見え…光が完全に消え去った後(のち)、その人達はそこに居た。

白いマントに豪奢な金の刺繍。
白い隊服。
周囲仄かに白い光で包まれた、誰よりも長身の美しい騎士達。

“神聖騎士…!”

その声に出さぬ呟きが聞こえたように、突然現れた三人の内の一人が振り向く。
噂で伝え聞いた通り…崇高で整いきった容姿の、神の如くの美しい騎士だった。

現れた三人の内の一人はさっと進み、床に転がる父親に屈み込む。
振り向いた騎士も直ぐ前。
人の目に見えぬ何かを見ようとしている、もう一人の仲間の元へ寄る。

思わず、ぽかん。とその空中から突然現れたとても長身の訪問者達を惚けて見ていると、同様驚いて声も出ない、小さな少年にふ…と気づき、その横に並び立つ。

アドルッツァを見上げ…問おうとした。
一緒に彼と旅に幾度が出たけど、神聖騎士を召喚するなんて初めて。
アドルッツァ仕える「神聖神殿隊騎士」らより更に、格上。
『光の王』の末裔達である「神聖騎士」

アドルッツァは召喚した神聖騎士の作業を、見守っていた。
アイリスは旅の間に話してくれたアドルッツァの言葉、思い出す。
“神聖神殿隊騎士と違い、神聖騎士は呼んだら直ぐ来てくれる。
が、緊急の場合だけ。
召喚呪文は消耗するし、あちらも大変だからな”

…つまりそれだけ大変な事態。

不思議だった。
あれ程…寒気と悪寒襲うぞっとする小屋の中…彼らが現れただけで清々しく…じんわりと暖かな空気が流れ…血の、胸が悪くなるような生臭い匂いも恐怖迄もが、消え去っていた。

父親に屈み込んだ騎士の一人は手から白い光放射し、その光で父親包み込む。
そして床に倒れた一人一人に屈み…その美しい騎士は、瀕死の怪我人達を光で包んで行った。

唯一…七歳ほどの仰向けに倒れ頭に傷負った…空色の瞳見開く少年を見た時、苦しげに首、微かに横に振って、光放射する手、そっと下げ握り込み、立ち上がる。

光で包まれなかった唯一人の少年。
母親や小さな女の子、そして14・5才の男の子は虫の息だがまだ生きていて…けれどその子供だけはもう、神聖騎士ですらどうしようも無いのだと、その光に包まれなかった骸は語っていた。

咄嗟、短い嗚咽に振り向く。
小さな小さな…まだ5つくらいの男の子は両手口元に当て、微かな嗚咽上げ…その瞳をみるみる潤ませ涙頬に、滴らせた。
その少年の背に、アイリスはそっ…と手を、添える。
一番年の近い兄弟なんだろう。
仲が、とても良かったに違いない…………。

アイリスは唇噛んだ。
何一つ…かける言葉が出て来ない。
どんな言葉も戯れ言でしか無い。
愛する父親が突然…化け物と化し愛する大切な家族を全て、滅ぼそうとしたのだから。

大切な人達が目前で斧に斬り裂かれ…血飛沫上げ傷付き、倒れ伏す様を見る恐怖。
そしてその…大好きな大好きな父親が鬼の形相で、今度は自分に向かいその斧を振り上げようとしていた…。

少年の背に手、当てただけでその戦慄の時間(とき)が伝わり来る。

大事な母親が、頼りになる年上の兄が…可愛い妹そして…一番年の近い………。
仲の良い兄が…。
斬り裂かれ血にまみれ、事切れて行く様を、見てるしか無い絶望。
彼の、声の無い絶叫が、聞こえて来るようだった………。


幾度も声かけようと口開きかけその都度、アイリスはかける言葉失う。
…だって何が、言えただろう?

けれど自分に向かいその鬼と化した父親が斧振ろうとしたその直前、この子は武器持ち、それでも、その恐ろしい形相の父親に、立ち向かおうとしたのだ………。

“…とても、とても勇敢だ”
言いたかった。
けれどそんな言葉ですら、今の彼には慰めにすらならない………。

長身のその仄かに白い光纏う崇高で立派な騎士の一人が、アドルッツァに寄り、告げている。
「“障気”の元を絶たねばならない。
あの男に巣くった“障気”を操る“障気”が居る」
アドルッツァの、眉が険しく寄った。
「…まさか…『影』の、本体か?」
「いや。『影』の濃い分身のような“障気”だ。
が、その主(ぬし)のような“障気”が次々小さな“障気”解き放ち…この辺り一帯を覆ってる。
私達を召喚して、正解だ。
神聖神殿隊騎士には手に余る」

横の一人が進み出る。
「我々は一番力持つ主(ぬし)のような“障気”を払いに行く。
この辺り一帯に“障気”は広がっているが、多分その主を払うことで、殆どの小さな“障気”は力失う筈」

もう一人が小声で囁いてる。
三人ともとても似て見えたけど、少しずつ違う事にアイリスは気づく。
あっちの騎士は髪が銀色で真っ直ぐ。
アドルッツァの右に居る騎士は金色でくねっていて…。
左に居る騎士は、銀髪が微かに青っぽく見えた。
見惚れていると、突然アドルッツァの声に気づく。
「…つまりまだ、油断するな。と?」
くねる金髪の騎士が頷く。

生きて、動いているのが不思議な位神のように崇高で…彫像のように美しい騎士達…。
初めて目にする神聖騎士に、アイリスは見惚れた。
が、ふと気づくと、横の小さな少年も同様、彼らに見惚れていた。

それに…凄惨な、暗く淀んだ不気味な場所が、彼らが居るだけで湖水の波紋が広がるように清々しく、心地良く感じる。

醸し出す、空気が違う………。
アイリスは初めて目前で見る、異人種の『光の王』の末裔達のその不思議を心で感じようと、彼らの一挙一動を見守った。

アドルッツァが頷くと突然、その騎士らは戸口に向かいアイリスと少年の横を、通り過ぎて行く。

うんと見上げる長身。
秘やかですらりとした印象の…けれども通り過ぎる時、彼らが纏う白く豪奢な金刺繍入った衣服の下…その筋肉から確かに、人の温もりを感じる。

アイリスは少し…ほっとした。
彼らも温もりある生きた人間。
風や光のような幻なんかじゃない。

けれど…少年も俯いたがアイリスもが同様。
彼らが去った後そこは、惨劇起こった暗く陰惨な雰囲気する…血なまぐさい小屋に、戻って行った…。

外で直ぐ馬の駆け去る駒音し、アイリスが振り向くとアドルッツァがぼそりと告げる。
「お前の馬も彼らに貸した」
「飛べないの?」
聞いてから、アイリスは思い出す。
彼らの力の源の光は、彼らの住む『光の谷』には満ちているが…我々が住むこの地には無く、彼らは『光の谷』と回路を通じ光を得て神の如くの力使うが、十分な力得られず、『光の谷』の結界内同様の能力はこの地では、使えないんだと………。

アイリスが俯く様でアドルッツァは、アイリスが自分の質問の答えに気づいたと知る。

突然少年が駆け出す。
アイリスもアドルッツァもが、振り向く。
少年は母親に駆け寄り床に座り込み…白い光に包まれた母親を、揺さぶり涙浮かべ、その胸に突っ伏す。
…血で顔が汚れるのも構わず。

アドルッツァが吐息交じりの、重い口開く。
「神聖騎士が光で包んだから、それ以上は悪く成らない。
彼らか俺の仲間が駆けつけ次第、怪我人を『光の谷』に移す。
『影』の“障気”が施した傷だから…清めないと」

少年が、振り向く。
その頬の涙見た時、アイリスの心が激しくズキン!と痛んだ。
「死なない?!」
問われたアドルッツァを、咄嗟見つめる。
アドルッツァは躊躇い、だが言った。
「ああ。大丈夫だ」
少年が安心したように顔を…涙顔だったけれど、表情を綻ばせるのを、アイリスは少しほっとした面持ちで見つめた。

「休んでろ」
アドルッツァに言われ、木の粗末な椅子に、かけようとしたその時。
何か…異様な雰囲気に肌がぴりつき、雪を踏む足音が遠くで微かに…聞こえた。
アドルッツァが金の髪ばっっ!と振り、ガラス窓の外に向ける。
アイリスは椅子から腰浮かせ、アドルッツァの視線の先追う。
透けた曇り硝子の向こう…数名の、賊のようなガラの悪い男達が小屋に向かって雪の中、遠目に歩いて来るのが見えた。

「ふぇ!」
少年の短い叫び声に振り向くと…気絶したはずの父親の周囲の光が殆ど消えかかり、再び斧握り床から…起き上がろうとしていた。
その…底の無い洞穴のような真っ黒な瞳に、瞬間ぞっ…と鳥肌立つ。
アドルッツァが大急ぎで駆け寄り、金のペンダント翳し、呪文唱え始めた。
すると…父親の周囲光輝き始め、覆う白い光に捕らわれたように、化け物と化した父親は光の中、もがく。
まるで…アドルッツァ唱える呪文と、力比べするように。
…光に捕らわれる事に、抗うように。

アドルッツァがさっ!とこちらに向く。
その青の瞳が鋭くて、アイリスは咄嗟、窓の外を見る。
あの…賊らが“障気”に憑かれ、父親に力送ってるんだと思い当たった途端、戸に駆け寄り開け、外を伺い見てた。

「…………っ!」
…雪が一層激しく降り、視界の全部を無数の大きな雪粒が覆う。
その吹雪の中、賊らは横一列に広がりこちらにやって来る。
左に一人…二人…視線移し右に、三人…四人、五人…。
その、背後からも黒く蠢く賊の姿。
身なりからして多分盗賊。
この辺りに来て“障気”に、憑かれたに違いない。
まるで…仲間助けるように小屋に寄って来る。

素早く小屋の中へ駆け込む。
小屋の奥でアドルッツァが振り向く。
必死で呪文、唱えていた。
その瞳が…告げている。
もし今呪文を止めれば…!

アイリスは愕然とする。
開けた戸口からは後から後から大粒の雪が降り込んで来る。
小さな男の子が母親の胸から顔、上げる。
その伏せた顔、母親の血に染めて。
けれど…アドルッツァを見、戸口で見つめるアイリスを見…咄嗟、素早く起き上がると駆けて床に置いた…さっき迄手に持っていた大きな包丁を握りしめ、アイリスの横に駆け寄って来る。
見上げるその空色の瞳は…戦う!と告げていた。

アイリスはもう一度、アドルッツァを見る。
アドルッツァは光の中もがく、鬼の形相の父親見つめ、迷ってた。
呪文を止めればその後方法は唯一つ。
………斬り殺すしか無い。
少年は一家は…父親を亡くすのだ…………。

アイリスが咄嗟、頷く。
「外は私が!
呪文をそのまま!」
アドルッツァが待て!
と言うように振り向き顔、しかめる。
が、アドルッツァはアイリスが幼少の頃から剣持ち慣れた、年の割には知恵ある腕の良い剣士なのを思い返す。

アイリスが外に顔向けた途端、無数の降り注ぐ雪に顔叩かれ睫しばたかせ、戸口で一瞬雪で足滑らせそうになり、踏み留まり敵を確かめようと、雪避け顔下げ、雪景色の中凝視する。

降りしきる真っ白な雪の中。
蠢く大きな、大人の男達。
だが横に付く少年は、戦う気構え崩さない。
懐を探りペンダントを取り出す。
少年に手渡し告げる。
「首にかけろ!
盗賊より多分戦いやすい。
“障気”憑きの奴らは“光”が苦手だから!」

少年は年上の、アイリス見つめる。
とても綺麗な顔立ちの、品良く艶やかな濃い栗色の長い巻き毛を胸に流し、決意秘めた濃紺の瞳をしていて、そして…暗いオレンジ色の、マントを付ていた。
アイリスの高い声が神聖呪文を唱え始める。

アドルッツァに旅の途中教わった。
武器を光で包み込む。
唱えながらアイリスは祈る。
呪文が効力発揮するのを。

手にした剣が、微細に光り始める。
次にアイリスは少年の包丁に向け、呪文と“気”を飛ばす。
少年がびっくりしたように…手に握る包丁を見つめていた。
真っ白に光ってた。

振り向くとこちらに向かい来る賊が、歩止め怯む。
『やはり、“障気”付きか…!』
内心呟くとアイリスは、背後アドルッツァに振り向く。
アドルッツァの青の瞳は『絶対無茶するな!』
と告げていて、アイリスは一つ、頷く。
横の少年に振り向く。
「絶対に、掴まるな!
君の方が小さく素早い!」
少年が、大きく頷く。

雪の中へ、突っ走っていた。
恐怖は無かった。
だって、感じていた。
発動した呪文が、ペンダントから光放射し手に握る剣に流れ込む、暖かな“気”を。

賊の最前列、一人目の前に飛び出した時、賊はアイリス手にした光る剣を恐れ、まるで焼かれたように両腕振り上げ顔、背ける。
一気に間を詰め体毎ぶつかって腹、力任せに突き刺し、柄きつく握り一気に、引き抜く。
ズシャッ!

賊の腹から血が噴き出し、咄嗟背後に下がりアイリスは少年に叫ぶ。
「足を狙え!
歩けなくするんだ!」

少年は男が一瞬光る包丁に顔背けた後掴まえようと伸ばす腕避け、素早く後ろに回り込むと、さっ!と脛斬りつけた。
男が傷付いた足の痛みに一瞬体傾け、そのまま崩れ落ちるように雪の上に膝を付く。

アイリスは剣、左右に大きく振る。

詰め寄る賊が腕で顔庇い、顔背けてる間に少年に視線振り叫ぶ。
「後ろ!」
鋭く叫ぶと少年は、背後から腕伸ばす別の賊に包丁翳す。
やはり…賊は白く光る包丁恐れ、腕で顔庇い避けていた。
その隙にまた少年が背後に回り込む。

アイリスは身屈め、体毎突っ込むと賊の腹、剣で突き通す。
ザンッ!
両手で柄、握り込み腰落とし、一気に引き抜く。

ズッッッ!
背後より襲い来る賊に振り向き、引き様剣横に、思い切り振る。
ざっっっっ!

賊がその白く光る剣に戦(おおの)く間にもう一振り、剣斜めに振り入れる。
賊は浄き光恐れるようにもっと顔、背けてた。

アイリスは剣、ざっっと背後に引き下げ睨め付けると賊の腹目がけ、身屈め突っ込む。
両手で剣の柄握り込み、真っ直ぐ前に突き立てて。

ぐさっっっ!
肉にめり込む確かな手応え。
「ぐはっ!」
両手で柄握り込み賊が身、前屈みにする前一気に力込め、思い切り引き抜いて下がる。

賊は口から血飛沫吹き散らし、両手腹に当て屈み込んだままゆっくり膝折って雪の上に転がると、腹からの血で白い雪、赤く染める。
眺めてる間無く気配感じ咄嗟横に、振り向く。

ざんっ!
真横から降って来る剣視界に飛び込み、瞬間身屈め避ける。
激しい吹雪が視界遮る。
賊は鬼の形相で剣振り上げ、目前に迫ってた。

アイリスは睨め付け返すと剣振り上げる。
瞬間賊は真っ白な雪景色の中、更に白く光る剣に怯えるように顔下げ、身、前に屈める。

頬は鼻は耳は…冷たかった。
けど剣握る手だけは…その暖かな光に包まれ…汗が滲み出る程に暖かかった…。
剣引き一瞬で走り抜け賊の、背後に回り込む。
賊は顔上げ、降りしきる雪の中目見開き、周囲に首振り消えた敵探す。

アイリスはその様背後で見つめ、両手で剣握り込むその手に、汗滲むのを感じながら身屈め突っ込んで行った。

ぐさっっっ!
肉突き通す重い手応え………。
ざっっっっ!
力任せに一気に引き抜き、同時に下がる際見上げると、賊は上体捻り驚愕に目見開き振り向いてる。
見開かれた目からは一瞬暗い炎吹き上げたように感じ、が。
賊は体捻ったまま雪の上に倒れ行き、転がり腹に手、当てようとし出来ず、空に手彷徨わせたままぴくぴくと痙攣し始める。

チラと戦って来た場に視線移す。
雪の上に転がる二体の黒い骸。
…殺さなくては!
息の根止めない限り“障気”に憑かれた賊は、痛みほぼ感じず襲い来る。

“障気”に憑かれた奴は光が怖い。
が、傷負わせても怯むのは一瞬。
殺せ。それしか攻撃止める方法は無い”
心の中のアドルッツァの声にアイリスは、解ってる。と頷く。

雪の上転がり痙攣していた賊が、だらりとその身雪の上に投げ出す。

これで…三人。
ざっっっっ!
突如剣振られ、アイリスが咄嗟後ろに跳ね飛ぶ。
剣後ろに引き一気に横に振る。
賊はやはり上体捻り顔、思い切り背ける。
白い雪の中剣が、その雪より更に白く鮮烈に光る神の光を力に変え、アイリスは身屈め両手で剣持ち突進する。

ぐさっっっ!
「ぐ…ぐぇぇっ!」

咄嗟アイリスは賊の吐き出す血飛沫避けようと、剣ごと身背後に引く。
ばっっっっ!
真っ白な雪の中赤い血飛沫口から噴き、賊は……一度剣、握りしめこちらを睨め付け、だが………剣、握ったまま膝を折る。
そしてそのまま雪上横に、転がり伏した………。

…これで………四人。
後もう…二人!

敵探し視線振る。
大粒の雪の中、それでも少年が回り込もうとし雪に足取られ、滑り転ぶ様が視界に映る。
賊が後ろへ体捻り、少年掴もうとする。
少年が転がったまま、さっ!と包丁で掴もうとする腕に切りつける。
「ぎゃっ!」
包丁で斬られた賊は、火傷負ったように仰け反る。

ほっとする間無く背後に賊見つけ、剣下げアイリスは突っ込んで行く。
…気が気で無かったから、最後の一人に駆け寄りながらも幾度も視線、少年に振る。
少年は雪の上転がりながら、賊の足幾度も斬りつけてた。

目前に敵。
アイリスはさっ!と白く光る剣翳す。
が、派手に腕振り上げ光から顔背けながらも賊に剣、振り下ろされ、アイリスは思い切り身屈め剣避けそのまま、両手で剣の柄握り込み賊の懐に飛び込む…。

ぐさっ!
重い…手応え………。
吹雪が周囲を覆い尽くす。

一歩後ろ下がり、一気に剣、引き抜く。
血が、下がると同時腹から噴き出す。
ざっっっっ!
どさっ!

雪の上仰向けで、倒れる男見た時初めてアイリスは、自分が肩で息してるのに気づく。

空色の瞳が視界に入る。
少年も息切れしながら…こちらに振り向いていた。

素早く周囲見回す。
もう…他は居ない…………。

少年が、嬉しそうに微笑浮かべ、駆け寄って来る。
突進するように抱きつく少年の背に手当て、アイリスは素早く囁いた。
「…中に…!凍えてしまう」
言って、共に走り開いたままの扉に小さな体を押し入れる。
振り向き素早く、雪の上を走った。
少年が動けなくした賊に最期の止め、刺す為に。

傷付いた片足、両手で押さえる男の元へ一瞬で駆ける。
手にした光る剣は自分を後押しするように暖かい。
デカい男だが尻付いて雪の上に座っていたから…思い切り剣引き、一瞬で横から首に切りつける。
ざっっっっっ!
肉斬る確かな手応え。
横真一文字に刀傷。
血が一直線の傷から滲み出やがて…喉から一気に血噴き賊は仰け反り背後に倒れる。
気づき視線送るとその横のもう一人は、足から血流しながらも、立ち上がっていた。

駆け寄ると身前に屈めたまま剣振り来るから一歩下がり剣、翳す。
男は光に怯え、両腕で顔、覆う。
腹がガラ空き。
瞬間、頭から身毎突っ込む。

ぐさっっっ!
腹へ深々と剣、突き通す。
息が切れたが耐えて剣、力一杯引き抜く。
ざっっっっ!

引き抜き下げた剣先から血が、雪の上に赤く滴っていた。
肩で幾度も息吐き整えながら…最期の一人にゆっくり…視線向ける。

振り向くと…降り注ぐ雪の中、切れた足から血の跡雪の上に残し…這って男は逃げようとしていた。
駆け寄り…這いずる、賊の腹足で下から思いっきり蹴り上げる。
どっ…!
仰向けに倒れた賊に両手で柄握り剣、振り上げる。
上から力込め、一気に腹に突き通す!
ぐさっっっっ!

柔らかな肉刺す手応えが剣から伝い来…男が顔歪め口から血、吹き出していた。
ぐっ!と力込め、もっと深く下に押し下げた時…男はぴくぴくし痙攣しやがて…がくっ!と首垂れ、だらりと伸びた。

虚ろな見開かれた真っ黒な両目。
寒いはずなのに…額から、汗滴る。
が、拭う間無く力振り絞って剣、一気に上に引き抜く。
剣が弧描くと同時、血飛沫も弧描き白い雪の中、赤く飛び散る。

足がヨロめきそうになる。
吐き気が…最初、この小屋の有様見た時から感じていた吐き気が、とうとう無視しきれぬ位はっきりと、悪寒のように喉元に昇って来る。
それでも抑え込み進み………戸口に身、寄せて支える。

ぐっ!と、肉斬る感触と命断ち切る痙攣とが、剣通し手に伝い来る嫌悪感にぞっ!と身が震う。
これ程一気に…大量に、人を殺したのは初めてだった……。

体が総毛立つ。
『気持ち悪い…!』
咄嗟口に手、当てる。
我慢なんて、出来なかった。
が………。
“危ない時は神聖騎士を、思い浮かべろ”
…咄嗟、旅の途中言われた、アドルッツァの言葉が頭に響き渡る。
吐き気が体を覆い寒さと悪寒が体中を包む。
血の生臭い匂いが鼻に付き、最悪の気分だった。
だから…縋るように必死で、さっき見た一人…金髪の…くねる髪の神聖騎士の、美しく崇高な姿、思い浮かべる。

途端…だった。
光に包まれたように…清々しい空気が自分包み込み…悪寒も寒気もゆっくり消え去り、体がほんのりと、暖かくなった。
気分の悪さが去り行き、戸に掴まり、室内へと入る。
足元はヨロめいたがそれでも…吐いたり倒れたりする気分の悪さはほぼ完全に、消え去っていた。

が、室内でまだアドルッツァは呪文唱えていて…。
少年の父親はアドルッツァの呪文と力比べをし、繰り人形のように斧握る腕振り上げようとし、出来ずずっと…腕振り上げようと包む白い光の中、もがいてた。

その光景に愕然とし、アイリスは目、見開く。
『あいつらは全部…殺したのに、どうして?!』

嫌な予感がし…アイリスは咄嗟、戸口へと振り向く。
少年が戸口で雪に頬叩かれ、外見つめながら驚きに目、見開いていた。

戸口へ。
少年の横へ、アイリスは駆け並ぶ。
ざっっっっ!
戸に手付き…外見た途端…………アイリスは少年が見つめている、それを見た。


…殺した男達がゆっくり起き上がり、ヨロめきながらも剣手に持ち…歩き、始める様を…………。

その身血に塗れ…真っ黒な虚ろな目の、血の気の引いた青冷めた死人が、歩いてる………。

咄嗟、アイリスは濃い栗毛の髪振ってアドルッツァに振り向く。
「死体が動いてこちらに来る!」

アドルッツァは…弾かれたように顔揺らし、詰まるように言葉、途切れさせ…が、身起こそうとする父親に気づき、途切れた呪文高らかに唱え始める。

必死に…アイリスは会話出来ないアドルッツァを見る。
その考え読み取ろうと。
『何とかこの場から、子供達逃がしたい…!
が、足が無い!
馬は神聖騎士らが乗って行った。
この小屋を光で包む神聖呪文を、アイリスにまだ教えていない…!』
アドルッツァの顔が、悔しそうに歪む。

アイリスは少年に振り向く。
横で…恐怖と絶望で震えていた。
ふっ…と吐息吐く。
父親代わりの兄のような叔父、いつも護ってくれていたエルベスの言葉を思い出す。
『何一つ、方法が無いなんて事は無い。
恐怖を退け勇気を持てば…どんな悪い事態でも必ず一つくらいは、事態を好転させる方法が見つかる!』

…その言葉道理…エルベスはどんな時でも、幼い自分を身を盾にして、護りきってくれた…!

顔、下げる。
聞いた事がある。
死体を操る「傀儡(くぐつ)の凶王」と言う『影』。
多分この“障気”はその、「傀儡(くぐつ)の凶王」の“障気”。
分かったとしても、身が震える。
だって、殺さなくては成らなかった。
が…血の臭いと断末魔の腕に伝わる痙攣は最悪だ。
やっとの思いで全部、殺した。
なのにその相手ともう一度………。


雪は静かに降りしきる。
アイリスは俯き、が恐怖に震える少年を思った。
“愛する父親が化け物になって、自分殺す以上の恐怖なんて、断じて無い!”

きつく自分に言い聞かせ、アイリスは顔を上げる。
室内に振り向くと、父親は暴れるように、上体上下に揺すり始めてる。
暴れ狂ったように激しく波打つ鬼人を、アドルッツァの高らかな呪文は封じ、力尽くで抑え込んでた。

アイリスは俯く。
さっき…神聖呪文を自分と…そして少年の包丁へと送った。
“気”を向けている間呪文は効力発揮し続けた。
が。

“神聖呪文は使った後、気力ごっそり持って行かれる”
アドルッツァの言葉思い出し、呪文唱え続けるアドルッツァにもう一度視線振る。
確かに、そうだ。
もう…呪文唱える気力が無い程…力抜けて感じる。
剣握る手痺れ…剣は、ひどく重い………。
体は…さっきあれ程暖かかった体は、“気”抜き剣から白い光消えた途端…寒々と冷たく感じる。


だって…死体をもう一度…どうやって殺す?
アイリスは泣き出したく成る気持ち必死で堪(こら)えた。
少年は縋るような空色の瞳、向けていた。
アドルッツァが呪文唱えながら…父親斬り殺す決断迫られるように剣、鞘から引き抜いていた………。

顔が、歪む。
少年を、見つめる。
だって私は知っている。
“障気”払えば彼の父親は戻って来る!
生きて…さえいれば必ず!

アドルッツァは二度、首横に振る。
剣握りしめ…父親殺そうと決意の表情(かお)して。

アイリスは怒鳴った。
「駄目だ殺すな!
絶対私が何とかする!!!」
アドルッツァが目見開き振り向く。
戸を蹴立て外へ飛び出す。

“方法は!
ある筈だ!絶対!!!”

勝算なんて、無かった。

体は冷えて力、抜けきってた。

けど…!

諦める、訳に行かない…!
あんな年端の行かぬ少年が必死で…愛する家族、護ろうとしている…!
私は彼より年上だ!

だから…!


降りしきる真っ白な雪の中…死人の姿がくっきり…見え始める。
鮮血滴らせ…不気味な…生きた人間なんかの動きじゃ無く…不器用な繰り人形のように、一歩一歩…。

死体がこちらに向かって、歩き寄り来る。

少年の体温、背後に感じる。
さっきあれ程果敢だった少年が、死体が動く凄惨な光景に怯え、アイリスのマントの裾、握りしめてる。

途端ふ…とアイリスは気づく。
目前迫って来る死体のそのうんと後ろ…白い吹雪の視界がきかないその遙か向こう。
少年が足、斬りつけた死体が、ひどいびっこ引いてヨロヨロ蹌踉めき、他の死体よりうんと…遅れて歩いて来る様が、雪の随(まにま)に目に映る。

「…足…!
足を切れば死体は歩けない!」
咄嗟叫ぶ自分を、少年が見上げてるのにアイリスは気づいてた。
振り向くと少年室内へ突き飛ばし、戸を閉める。
ばんっ!!!
「……………っ……」

頬に雪が降る。
冷たい…と感じたのは最初の一降りだけ…。
後から後から降る雪に…冷たさは消える。
剣きつく、きつく握りしめる。
目前に迫る男は腹から血流し続け、虚ろな真っ黒な瞳向け、剣構えてる。
おぼつかない足取りでけれど一歩一歩確実に雪の上、歩進め寄り来る。

『足を斬る!それで歩を、止められる…!』
分かっていた。
が体が動かない。
凍り付いたように、動けない!

アイリスは目見開き、迫り来る死体見つめる。
腹から…自分が突いた抉れた傷口から今だ鮮血滴らせ続けるその、骸と化した敵を…!

剣を、振り上げようとした。
が凍り付いたように動かない!
どうして…?
冷たいから?寒いから?!

…そしてその死体の…真っ青で血の気の引いたおぞましい顔が…直ぐ目の前に迫った時………ようやく理由が、理解出来た。

………怖いから………。

恐怖に竦み、体が凍り付いていた。
その暗い洞窟のような真っ黒な瞳が真っ直ぐ見つめ来る。
恐怖で凍り付いた身に縛られた時、ふ…と思い浮かぶ…。

“…あいつに斬られ死んだら………あいつと同じになったら…恐怖は終わる。
きっともう、それ以上怖く無い………”

身は微かに震い続ける。
恐怖の為なのか、寒さなのか…もう…アイリスには、解らなかった。




 少年が、必死に自分を見つめているのを、アドルッツァは知っていた。
剣は鞘から抜いていた。
アイリスの、気持ちが痛い程解った。
これ程の惨劇を味わった少年の…例え鬼と化そうがその父親を、斬り殺したり出来はしない…!

が、死んだ少年の骸が、ゆっくり身起こそうと震い始める様が目の端に映る。
少年が、死んだ兄迄もが不気味な姿曝す様に、戦慄に肌ぴりつかせるのを感じたから…アドルッツァは懐に手入れ、ばっっっ!と光の粉、動き始める子供の死体に振る。

側に居た長男を包んでた光が、粉が散った空間へ伝い行きその場を、真っ白な光が覆う。
途端、白い発光に包まれ、死体は繰り人形から安らかな表情をした骸へと、戻り行く。

“有り難い!”
心の中で叫ぶと、金のくねる髪の神聖騎士が思い浮かぶ。
“やはり、「傀儡(くぐつ)の凶王」か?!”
問いかけるその声に、アドルッツァは心の中で、頷いてた。
“頼む…!アイリスがたった一人で外へ…!
「傀儡(くぐつ)の凶王」操る死体と対峙しに…!”

アドルッツァは心の中で叫ぶが、呪文を止める訳にはいかない。
“気”を余所に向け呪文の効力が落ちると途端、父親は鬼の形相で斧、振り上げようとする。

“畜生…!
アイリスが殺(や)られたら、俺がエルベスに殺される…!”

その声が、届いたように頭に浮かぶ金のくねる髪の神聖騎士が、微笑ったように見えた…。


 アイリスは必死で急く心に体を、繋げようとした。
指先を…剣握る腕を、振り上げようと…!
が。

…迫り来る死体の、家族を殺した父親と同じ、何処までも陰惨で真っ黒な…虚ろで不気味な瞳がずっと…自分に注がれ続けてる………。

すうっ…と、気が遠のく。
その何も無い洞穴のような“黒”が…静かな終着駅のように感じる。
それ以上の、恐怖も苦痛も無い…。
最期の到達地点のように。

“…死…………………”
まるで誘い込まれる罠に捕らわれたように、アイリスは動けなかった………。
がその時、頭の中に飛び込んで来る声。
白金の、光の洪水と共に。
“見るな!
死体の目から瞳反らせ!”
咄嗟金のくねる髪の、神聖騎士が思い浮かぶ。
…冷え切った体が仄かに暖かく感じた途端、アイリスはぶん…!と音立て、自分目がけ振られた剣を身屈め避けていた。

『足だ…!足を…!』
呪文のように唱える。
身屈め横に雪蹴散らし滑り込み…その側に居た死体が振る剣をも首屈め避け…。

が、目前にもう一体の自分の殺した死体、立ち塞がった時…足が、止まる。

振られる剣、身屈め避け…動く場必死に成って伺うが、降り注ぐ雪に視界阻まれ逃げる機会逃し、背後に横に…迫り来る死体に、とうとう取り囲まれる。

びゅんっ!
剣は頭上抜けて行く。
ペンダント…光…呪文を!
が、びゅんびゅん剣が、振って来る。


吹雪は更に激しく視界を奪う!

普通のこんな場なら、敵の気逸らしさえすれば輪の中から抜けられる!
が奴らは死体。
真っ当な神経すら無い!
手段が…!

それでもアイリスは振って来る剣身捻り避ける。
がいずれ…輪は縮まり行き逃げ場無くし、三本の剣のどれかは自分を貫く。

奴らと同じになる。
死体に。
そして………。

そこ迄考えに及んだ時、アイリスはぞっ…と総毛立った。
あんな…暗い洞窟のような瞳をした化け物に?!私が?!


『…死んだら魂もが捕らわれ…暗い世界で『影』の下僕へと成り下がる。
明るい世界は遠ざかり…恐怖と苦痛。
魂、鎖に繋がれた苦悩が、永遠に続く』
それを言ったのは…誰だっけ?
それがどこ迄本当かなんて、その時考えもしなかった…!

“いいから避けろ!
動ける限り避け続けろ!
俺が絶対!
お前を死なせない!”

アドルッツァの言葉が大音響で頭の中鳴り響いた途端、アイリスは一瞬で転がって輪の中から抜け出、背を向けた死体の足を、渾身の力込めて斬りつけた。
ずさっっっっっ!

必死に剣振りきり肩で息吐き、頭の中でアドルッツァに怒鳴り返してた。

“だってあんたも今は…!
呪文で忙しくてここに居ないじゃ無いか!!!”

進む歩が、止まる。
目前の黒い影振る銀の剣がぶんっ!と音立て唸る…!
アイリスは必死に身、屈め避ける。
どっちに逃げるか判断見失い…背後から剣振る気配に振り向く。

びゅんっ!
“嫌だ!”
アイリスは死体に叫んでた。

“嫌だ私は…!
愛する人が居る!
祖母や叔父…母や妹達…!
世界は明るく優しく美しく…生きてる事は豊かで確かで…………。
爽やかに風抜ける草原も暮れゆく陽が、城に落ちる光景をも私は、心の底から愛してる…!
笑うことも人と時を分け合うことも…!
美しい女性達をも愛してる!
ここで終わり…自分が世界から消え去り永久に…闇に囚われるなんて、絶対に嫌だ!”

悲鳴のようだ。
アイリスは自分でも感じてた。

“死なせないなんて言ったってあんたどこにも…居やしないじゃないか、アドルッツァ!!!”
八つ当たりだと…アイリスにも、解ってた。
けどもうお終いなら…アドルッツァだって何言おうが解ってくれる!

息が切れる。
疲れ切って体が凍え、立ち止まると剣がぶん!と音立て唸る。
掴まえようとする、死体の腕を避け身屈め…剣を………。

頬が冷たい。
その時初めてアイリスは自分が、泣いていると気づく。

はぁはぁはぁはぁ………。
息吐く度、白い湯気が幾重にも目の前に輪作る。
暖かいからだ。
自分が。
生きてるから…!だから!!!

…死にたくない…!!!
ずさっ…!
雪で滑り、派手に転ぶ。
目前に詰め寄る死体の両足。
剣思い切り振り、振りかかる剣をそれでも必死に弾く。
がんっ!
死体の、腕が捻れ飛ぶ。
変な風に肩で捻れたまま…それでも寄って来る。
身、起こそうとすると背後に気配…。
右横からも足斬られ遅れていた死体が進路を塞ぐ。

“お前が殺した。
だから俺はここに居る………”
呪いのような黒い瞳が、吹雪の向こうからじっと降り注がれる。

ずしゃっ!ずしゃっ…。

足音は続く。
虚ろな死体が取り囲む…。
膝立て、立ち上がろうとし、滑る。
逃げ場を必死で探し雪の上、手を付き這い心の中で叫ぶ。

“アドルッツァ!”

ばんっ!
派手に戸の開く音。
振り向く。

が、少年が転がるように…包丁掴み駆け寄って来る。
“駄目だ君では…!”

少年の目前、足切った死体が、雪の上片膝折ったまま剣を振る…!
「避けろ!!!」
アイリスの、絶叫が響き渡る。

はっ!と振り向く。
アイリスはその時、自分目がけ振り降ろされる剣を目にした……。

アイリスは目を、閉じた。
それしかもう他に何一つ、手段が無かったから…………。



静かだ。
どうして…剣唸る音しない?
剣で斬られる、衝撃も痛みもやって来ないなんて……………!
目を、開けようとしたその時、瞼の裏に金のくねる髪の神聖騎士の微笑が見える。
金の光に包まれて。
途端冷え切って凍えた体がほんのり…暖かくなった。

…目を開けた時、死体は全て静止していた。
剣を真横に、自分目がけ振ろうとした、そのままの姿勢で。
少年を見やる。
雪の上に尻餅ついて…横の、剣届かんばかりに迫る銀の刃を、目見開き見つめていた。
つい…微笑が、洩れた。
もしかしたら彼は幼いが、私よりうんともっと、剛胆なのかもしれない。
自分切り殺そうとした、剣先見つめてるなんて。

つい、笑いが込み上げ肩揺らし笑う。
少年が気づいて、呆れたようにこちらを見た。

心は恐怖消えた安堵で泣き出していた。
が…どうしてだか体はその反対。
笑いが止まらなかった。

彫像のような静止した死体の間抜け、アイリスは止まぬ笑いに肩、揺らしながら尻餅付いた少年に手、差し伸べた。
少年はぽかん。と口開けアイリスに、手を借り立ち上がった………。

開いた戸を、潜ろうとした時だった。
多数の駒音聞こえ、木立の向こうからアドルッツァの仲間達…神聖神殿隊付き連隊騎士ら7・8人が、騎乗し駆け込んで来た。
アドルッツァは戸口に姿現すと、憮然と言い放つ。
「遅いぞ!何してた!!」




 アドルッツァは馬上で、横で並んで手綱繰るアイリス覗き込む。
放心していた。

アイリスはぼんやり、さっきの事を反復していた。
頭の中で。

アドルッツァの仲間達は、一家の皆を運び出し、次々荷車に乗せていた。
少年は荷車の上に横たえられた、安らかに眠ってるような…一番上の兄…母…妹を見つめ…今やすっかり邪気の消えた父親の気絶した顔を、荷車の横でじっと見つめてた。

そう…あの…微笑。
少年は、笑ってた。
雪が溶け、春が訪れたような…柔らかで優しい微笑み。
きっと…気絶した父親の顔は少年の良く知る、優しく頼れる父親の顔だったに違いない。

けれどアドルッツァの仲間の腕に抱き上げられ、目を閉じられた…年の近い死んだ兄が運ばれて来る姿見た途端、顔、くしゃっ!と歪める。

…ひどく胸が痛んだ。
私の父親は…居ないに等しかったから、年の近い叔父エルベスがいつも面倒見てくれていた。
少年にとっては私の、エルベスを失ったに等しい…。
そう、気づいたから。

どれ程辛い事か。
エルベスがもし、亡骸なんかになった日には。
恐ろしい空虚感に、立ち向かうことすら出来るかどうか…。
乗り越えられる、自分を想像することすら、難しかった………。

が、死んだ兄の亡骸抱(いだ)いたアドルッツァの仲間は気づき、ぼそりと少年に告げる。
「清めれば魂は天に昇れる。
あいつらの、仲間にならずに済むんだ」

少年はそれでも…微かに微笑み、そして…兄の亡骸を見つめてた。

最後に小屋を出た一人が、少年の前に立つ。
「…行こう」
少年は頷き、アドルッツァの横に立つと言った。
「ありがとう………」

アドルッツァはやっぱりくしゃっ!と、少年の頭を軽く掴み、無言で頷いてた。

そして少年は私に振り向き、口開く。
“…何と…言ってたっけ?”

頬に降る雪の冷たさだけが、かろうじて正気を呼び戻す。
ごっそり力抜け、背起こしてる事すら不思議で、良く馬から落ちずにいるものだと、アイリスは自分に感心する。

“ああ…そうだ”
「名前を…聞いていい?」
“…だから私は名乗り…彼の名を聞いた………”
「ソドス」
“そう…その名だ。
そして彼は私に…抱きつき………。
体温を僅かに感じ…しがみつく彼の指の感触も微か。
けれど…明るい栗色の艶やかな巻き毛。
それだけがくっきりと視界に、残像のようにいつ迄も残り続けていた………”

アイリスは馬から滑り落ちそうに成って、はっ!と気づく。
雪は肩に降り積もっていた。
この…雪の中あの背の高い不思議に明るく澄んだ“気”持つ神聖騎士達はまだ…周囲を浄化して回っているのだろうか………?

そう…アドルッツァの仲間は
「馬を残して行く」
そう言って出て行った。

彼らが荷馬車引き騎乗して雪景色の中、遠ざかって行く。
荷馬車の荷台に揺られながらいつ迄も…少年はその空色の瞳、こちらに向け続けてた………。

白一色の景色の中その空色の小さな瞳はいつ迄もはっきり、くっきりと浮かび上がり続け…。
…そしてとうとう降りしきる雪の中、一面覆う真っ白な景色の中へと消えて行った。

彼らが消えると気が抜けて…気絶しそうな程意識が遠のく。
が、ふっ…と横の体温に気づき、仲間を見送るアドルッツァを見上げ、尋ねた。
「死体が突然止まったのは…あんたの仲間が来たから?」
アドルッツァはむっつり言った。
「奴らにそんな力、あるか?
神聖騎士達が「傀儡(くぐつ)の凶王」の、親玉“障気”をやっつけたからに決まってる!」

だから…感謝した。咄嗟に。
金のくねる髪した神聖騎士に。

気づいてた。私の危機を。
だから…姿見えぬ遠い地から…助けてくれた………。

少年の空色より濃い、明るいきつさを放つアドルッツァの青の瞳が見つめて来る。
「行くぞ。くたくただから、近くの宿屋に辿り着くのが精一杯だ」
「…神聖騎士を、待たないの?」
「連中はまだこの一帯を清めて回る。
待ってられるか。
その前にお前、絶対気絶するだろう?
もう11で十分デカいんだ。
呪文でくたくたの俺に、担がせる気か?」

そこ迄思い出し、アイリスが顔、上げる。
降り注ぐ雪の中、馬上のアドルッツァが顎をくい…!と上げ、合図寄越してた。
見ると雪に埋もれたレンガ作りの宿屋が目に映る。
アイリスは吐息と共に俯き、手綱波打たせ雪に塗れた鉄の飾り門を、潜った。

粗末な厩(うまや)小屋、雪の中見つけ乗り入れる。
馬から降りて馬止めの横木に、手綱括り付け………。

無心で手綱横木に括り付けてる、アイリスにアドルッツァは同様、手綱括り付けながらそっと見る。

デカくなったと言ってもまだ、11。
少女のような優しい顔立ちの美少年だが、小賢しい程頭の回転早く運動神経も良い、生命力の固まりのような奴がひどく消耗し、やたら、しおらしく見える。

そっと…小声で出来得る限り優しい声音で、労(ねぎら)う。

「…良くやった」

アイリスはふ…と振り向き、微笑浮かべるアドルッツァの、金髪で軽そうな整った顔見た途端、一気に膝から力抜けその場に、崩れ落ちた。

…瞼の裏にはくねる金髪の崇高な神聖騎士の微笑が、輝きを放ってた。

意識が無くなる直前、アドルッツァの暖かい腕に抱き止められたのをアイリスは感じてた。
だから心の中で思った。
『馬鹿だなアドルッツァ。
もう一っ欠片も力なんて残ってなくて、ほんのちょっと気を抜けば意識も保てない程なのに。
…労(ねぎら)いの言葉は借り部屋の、寝台前で言うべきだったな………』

腕に抱かれ運ばれ行き、揺れと…そして、アドルッツァの疲労困憊の、大きな溜息が遠くに聞こえた。

…目の奥に情景が広がる。
空色の瞳の、ソドスが笑っていた。
亡くなった一番仲良しの兄と楽しげに、明るく差す陽光の中、豊かな緑の草原を爽やかに抜ける風に髪なぶられながら、並んで笑いながら転がるように駆けていた。

祖母…叔母…母…そして愛らしい妹達の顔が浮かび来る。
大好きな年の近い、兄のような叔父エルベスの、品良く端正な顔が一際大きく。
『大好きだ…みんな』
言うと一斉にみんなが、微笑みかけてくれた……………。

アドルッツァはかなり重くなったアイリス両腕で抱きかかえ、宿屋の主人に部屋の場所を聞く。
がふ…と気づいて抱き上げてる、腕の中のアイリスを見る。

「………何がクソ面白くて動く死体なんてゾッとする代物見た後だってのに、目閉じて笑ってやがるんだ?」
意識遠のくアイリスの耳に、アドルッツァの声がやけにはっきり聞こえ、答えようと口、開いたが声は出なかった。

やがてアドルッツァの、怒鳴り声。
「畜生!ふざけやがって!
部屋は三階だ?!
俺は神聖呪文唱え続けでクタクタなんだぞ!
どうして階段、登りきった後気絶しない!!!」

アイリスはその愚痴に目を閉じたまま心の中で笑い転げ…が、とうとう深い眠りに引きずり込まれ、夢の中でソドスと共に神聖騎士らに礼を言った。

ソドスはあんな…凄惨な死に方をした年の近い兄が、金色に透け…それでも、微笑っている事に心からの感謝を、神聖騎士に捧げていて………金色のくねる髪の背のうんと高い、とても綺麗な顔をした神聖騎士は少年に少し屈み、微笑んでその感謝を、受け取っていた…………。

その騎士の周囲はやっぱり…ほんのり白く、柔らかく暖かな、澄んだ輝きを放ってた………。


背に遠くでぼんやり寝台の感触感じ、アドルッツァに心の中でそっと告げる。
『無事運んでくれたんだな。
階段途中で、放り投げたりせずに』

けれどアドルッツァは寝台にアイリス降ろした途端、横に転がり込んでアイリス同様、気絶した。
アイリスは押し寄せる眠気に身を任せ、次に目が覚めた時礼を言おうと思った。
が声は勝手に心に響いてた。
『アドルッツァ。
あんたはやっぱり凄く頼りになる。
本当に感謝してる。
どうも、ありがとう…………』

そのまま眠ろうとしたが、アドルッツァの返答が頭の中で大きく響く。

『何素直に礼なんて言ってんだ?
何が狙いだ?
素直で萎(しお)らしいお前なんて
全っ然!らしくないぞ!!』

………………アイリスは目が覚めたらやっぱり、アドルッツァに礼を言うのははよそうと思いながらとうとう…深い眠りに引きずり込まれた。


        END


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