森と花の国の王子

あーす。

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帰還への遠い道のり 2

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 アイリスはディンダーデン同様、くねる長い焦げ茶の髪を背に垂らし、面長で気品ある綺麗な顔立ちをしていたけれど。
濃紺の瞳は、彼をとても理知的に見せていた。

すこしやつれた表情で、アイリスは背後からギュンターが、背や胴に喰い込む縄を緩めてくれて
「ありがとう。
だいぶ楽だ」
と礼を言う。

けれど今度はアイリスの前に乗るディンダーデンが、青の流し目を後ろのギュンターに向け、文句言う。
「…おい。
今度はこっちがキツキツで、喰い込んで痛いぞ!」

黒いたっぷりとした縮れ毛に顔を埋め、オーガスタスの背に顔を伏せていたディアヴォロスが、背後から囁く。
「ワーキュラスが。
君、背負うための革のベルト、持って来てるだろう?って、言ってるけど?」

弱ってるディアヴォロスといると、普段以上に男っぽく見えるオーガスタスが、奔放にくねる赤毛を揺らし、チラと背後に振り向く。
「…忘れてた。
あんたに使う予定で…。
ギュンター!
鞍の革袋に、背負いベルトが入ってる!」

ウェーブのかかった長い金髪、切れ長の紫の瞳の、美貌のギュンターは。
ディンダーデンの脇へと腕伸ばし、縄を引っ張りかけて手を止め、オーガスタスに振り向き睨む。
「…もっと早く言え!」

騎乗したエンジェルヘアのローランデが、澄んだ湖水の青い瞳を伏せ、気品漂うたおやかさで馬を下りかけた時。
気づいた銀髪のシェイルが、先にひらりと、妖精のように軽やかに馬から飛び降り
「君はそこに居て!」
と厳しく命ずるので、ローランデは苦笑し、馬から降りるのを止めた。

それを見たテリュスがまた、真っ直ぐの黒髪、狼を彷彿とさせる迫力で男らしさ全開の、横で騎乗してるディングレーに問う。
「なあ…。
こんな時でもギュンターって、あの貴公子が近寄ると、襲うのか?」
ディングレーは一見明るい栗毛の、可愛い子ちゃんに見えるテリュスに振り向き、無言で頷く。
「マジで?」
テリュスに念押すように問われ、それでもディングレーは二度にたび頷く。

テリュスに青い瞳で、じっ…と見つめられてるのに気づき、ディングレーは言葉を足した。
「…惚れすぎてるから。
近寄ると自動的に理性が吹っ飛び、押し倒すと予測出来る。
あっち(ディンダーデンとアイリス)で、出発遅れてるのに。
これ以上、遅らせたくないだろう?」

ギュンターはアイリスの縄を外しながらそれを聞き、チラと説明するディングレーを見る。

シェイルはザハンベクタに寄ると、鞍に括り付けられた革袋から、革の背中当てがついていて胸元と腰の部分にベルトのある、背負いベルトを可憐な手つきで取り出す。
その後ディンダーデンの黒毛の愛馬、ノートスへと寄って、アイリスの後ろに乗り込むギュンターに、差し出した。

ギュンターはシェイルから背負いベルトを受け取ると
「俺だって、今が非常時だと、分かってる。
襲ったりしない」
そう、受け取る相手がローランデからシェイルにすり替わって、明らかに不満そうに文句垂れた。

シェイルは呆れた視線を、ギュンターに向ける。
「それ、自信持って『しない』と、きっぱり言い切れる訳?」

ディングレーが、涼しげで青く鋭い眼差しをテリュスに向け、ギュンターを見ろ。
と顎しゃくる。

テリュスが促されるまま、視線を向けると。
シェイルに問われた金髪美貌のギュンターは、途端俯いて口ごもり
「…全然近寄れないから…。
寄って来られないと…どうなるか、自分でも想像付かない…」
と、結局シェイルの言い分を認める。

妖精のように可憐な銀の髪のシェイルは、エメラルドグリーンの瞳をテリュスへと向け、頷きながら
『だろう?』
と無言で促すので。
テリュスも
『納得』
と、頷き返した。

縄を全部解くと、ギュンター並の体格ながらも優雅なアイリスは、ぐら…と背後のギュンターの胸に、背をもたせかけた。
ギュンターは眉間寄せ
「お前じゃ無いんだよ…」
と小声で怒り、胸にもたれかかるアイリスの背を、ディンダーデンの背へと押し返しながら、背負いベルトをアイリスの背に、装着し始めた。

言われたアイリスは
「好きで君にもたれかかってない。
まるで力が入らないんだ。
何も、ローランデ扱いしろとは言わない。
けど私の扱い、ぞんざいすぎない?
もう少し、丁寧に扱えないのか?」
そう低い声で言い返す。

優しげに見える分、濃紺の瞳でジロリと背後に視線向け、そう告げるアイリスは割と迫力で意外に怖くて。
テリュスは思わず、言われたギュンターを凝視した。

けれど背当てから伸びた胸ベルトを、ディンダーデンの胸へと伸ばしながら、ギュンターは無表情で呻く。
「…なんで口まで、麻痺してないんだ」
アイリスは憮然とし、尚も言い返す。
「今は態度でも拳でも、対応出来ないから。
言葉で戦うしか、ナイだろう?」

前に跨がるディンダーデンは、ベルトを受け取り、胸元で絞めながら、呻く。
「お前は、黙ってろ。
それで無くとも日頃お前の言葉は、凶悪なんだ」

アイリスはとうとう笑い出し、陽気に言って退けた。
「それ、褒め言葉だな」

ディンダーデンは次に腰のベルトを背後のギュンターから受け取り、絞めながらも怒鳴る。
「褒めてる訳、ナイだろう?!」

ギュンターはアイリスから外した縄を手に、ノートスの背から滑り落ちて着地し、ディンダーデンに振り向くと、アイリスを親指で差して尋ねる。
「猿ぐつわでも、噛ましとくか?」

けどアイリスは、脳裏で怒鳴った。
“私を黙らせようったって、無駄だぞ!!!”

途端、ディンダーデンもギュンターも、顔下げて項垂れてる。

テリュスは一見品良く優雅で優しげなアイリスが。
体格同様態度でも、ディンダーデン、ギュンターに劣らないのを見、目を見開いた。

ディンダーデンは顔上げると
「お前まだ。
神聖騎士と繋がってんのか?」
と面倒くさげに尋ねる。
“ダンザインが助けてくれてる”
脳裏で言い返され、ディンダーデンはがっくり首垂れた。
「…その力、体力回復に使えないのか?」
アイリスは、しれっ…と言った。
“動き回れたら、回せる”

テリュスがぼそり、と告げた。
「じゃ、今はダメじゃん」
“そういう事”
脳裏にアイリスからの返答受け取り、テリュスは首を下げ気味で、頷いた。

ワーキュラスとダンザインがオーガスタスに、ゴーサインを出したのか。
突然オーガスタスが、ザハンベクタを促す。
背後にディアヴォロスを乗せたザハンベクタは、力強く地を蹴って走り出した。

ディングレーが手綱回してオーガスタスの方へと馬の首を向け、ディアヴォロスの愛馬デュネヴィスの手綱引きつつ、愛馬エリスに合図送り。
誇り高い黒馬エリスは、一気にザハンベクタを追って駆け出す。

テリュスも栗毛の馬を走らせ始め、シェイルも白地に茶の斑点のミュスを促し、ローランデの愛馬、艶やかなクリーム色のラディンシャもが駆け出す。

ギュンターは主同様手入れの行き届いた、艶やかな濃い栗毛のアイリスの愛馬サテスフォンの手綱握り、付いて来いと振り向き、焦げ茶に白の模様の入ったロレンツォに、拍車かける。

一斉に皆が駆け出す中、最後尾からはディンダーデンの
「ノートス!!!」
と怒鳴る声が聞こえ、全員、一斉に振り向いた。

黒馬ノートスは二人も乗って重いのか、ふてくされ。
駆け出さず、歩を止めたまま。

仕方無く、オーガスタスは手綱引いてザハンベクタに止まれと指示を出す。
ザハンベクタは止まらず、背後に振り向くと。
赤いたてがみ振って
「ヒヒン!!!」
と一声、叫ぶ。
途端、ノートスは目を見開いて駆け出し、オーガスタスも見たがノートスの主ディンダーデンもが、ザハンベクタを見た。

「お前、俺じゃ無くザハンベクタの言う事、聞くのか!!!」

ノートスはディンダーデンの言葉を無視し、ぐんぐん駆けて皆を抜き去り、ザハンベクタの斜め後ろに追いつく。

ディンダーデンは横に併走する、やはりノートス同様黒馬の、愛馬エリスに乗るディングレーを見る。
ディングレーはまじまじと、ノートスを見ていた。
ノートスはディンダーデンに命じられた時とはうって変わって、きりっとした表情で、エリスに張り合うように併走している。

エリスは黒く艶やかな毛並みで、手入れが行き届き気品すらあって、どう見ても王族に仕えるだけ在る、高級な名馬に見えた。

一方ノートスは、荒っぽく気まぐれ。
体はエリス同様、大きな黒毛だったけど。
エリスと並ぶと明らかに、雑種に見える。

ディングレーは張り合うノートスに呆れ、思わず囁く。
「分かってんのか?
そっち、二人乗ってるんだ!
エリスに張り合うな。
後でしんどくなるぞ?!」

エリスがまるで、主ディングレーの通訳するように
「ヒヒン(無理するな)!!!」
と促す。
が、ノートスは
「ヒヒヒン(ほっとけ)!!!」
と言い返し、ツン!と顔を背け、駆け続けてる。

ディアヴォロスは、オーガスタスの背に顔を埋めてたけれど。
顔上げると
「…デュネヴィスに乗せれば、良かったかな?」
そう尋ねる。

途端、ノートスはチラ…とディングレーが手綱引き、エリスの斜め後ろに駆けているディアヴォロスの愛馬で、自分とエリスよりも体の大きな艶やかな黒毛。
ゆったり大物の雰囲気かもし出してる、デュネヴィスを見ると。
嬉しそうに
「ヒヒヒヒーン(それ、最高)!!!」
といななく。

ディングレーは斜め後ろのデュネヴィスに振り向く。
が、デュネヴィスは指名されてもまるで怯む様子無く、挑戦的な瞳をノートスに向け、まるで
『お前には無理だ。
俺の仕事だな』
と言わんばかり。

途端、ノートスはムキになって速度を上げ始めた。
とうとうディンダーデンは、愛馬に呻く。
「…あっちは選抜され抜いた、王家の名馬。
張り合ってどーする。
あいつなら、二人乗せても余裕だぞ」

けどそれが余計プライドに触ったのか。
ノートスは無視し、怒濤の如くザハンベクタの尻を追う。

ディングレーは思わず
「飼い主同様、天邪鬼あまのじゃくだな…」
と呻き
「その内ノートスも疲れるよな?」
と、言い足した。

「張り合うだけ無駄なのに…」
シェイルが言うと、ローランデも同感のようにシェイルを見つめる。
シェイルはローランデを見つめ返し、二人共がため息吐く中。

テリュスは、笑った。

「あんなピカピカな名馬じゃ。
張り合いたくなる気持ちは、凄く分かる!」

ギュンターはそれを聞いて呆れ、シェイルとローランデは揃って、肩を竦めた。
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