森と花の国の王子

あーす。

文字の大きさ
上 下
194 / 418
記憶を無くしたレジィリアンス

髭を剃ったテリュス

しおりを挟む
 トラーテルでは女中が、夕飯を知らせる鐘を鳴らす。

デルデロッテは主寝室に戻って、レジィリアンスの横で寝入ってしまったけれど。
身を起こしてレジィの様子を伺う。

かなり大きな鐘の音も、聞こえないみたいに寝入っていた。

それでデルデは身を起こし、扉を開けて居間へと進む。
暖炉の炊かれた広い居間の、窓辺近くに、食事用のテーブルが置かれている。

エウロペも北の寝室の扉を開け、出て来たところ。
エリューンが廊下から姿を見せ、皆テーブルに着く。

エウロペは女中に
「給仕は私がするから。
もう下がって休んで下さい」
と声かける。

赤ら顔で田舎のおばちゃん風女中は、にこにこと頷く。
「…お偉い方だと伺っていたけれど。
お優しいお方だねぇ…」

そう言って、室内から出て行く。

デルデは椅子を引き、エウロペの横に腰掛けると、先に座って瓶からグラスに飲み物を注ぐエウロペに告げた。
「…とか言って、ホントは。
私がレジィと始めると…嬌声が響き渡って、バツが悪いからだろう?」

エウロペは座りかけるデルデを見やる。
「その通り」

けれどエリューンは、腰掛けながら年上の美丈夫に告げた。
「いつものエウロペの対処ですよ。
その気配りで、彼はどこでも、誰にでも大人気ですから」

デルデはエウロペの向かいに腰掛ける、エリューンを見ながらナプキンを取り上げ、膝に広げながらぼやく。
「彼、君の熱烈ファンだね」
その返答は、エウロペで無くエリューンが返した。
「大国の貴方方にしたら、大した事無いかも知れないけど。
我が国でエウロペは、誰もが近くで仕えたいと願う、人望溢れる偉人です」

デルデはそのエウロペからグラスを受け取りながら、言い返す。
「それは大変、失礼した」

が、エリューンはデルデを睨んだ。
「それ、ちっとも気持ち、こもってませんね?!」

デルデは突っかかられ、睨んでるエリューンに向かって顔を上げ、言葉を返そうと口を開き…後、思いっきり目を見開く。
エリューンはデルデのその反応の、意味が分からず首捻ったけど。
エウロペまでが自分の背後を見てるので、振り向いた。

見た途端、エリューンは冷静な声で尋ねる。
「…どうしたんです?
さっき笑われたの、堪えたから?」

廊下からやって来たテリュスは、エリューンの問いに頷く。
そしてエリューンの横の椅子を引くと腰掛け、目をまん丸に見開く、デルデを睨み付けた。

「…こいつが言うだけなら剃らなかった!
だがお前も!
エウロペですら!
似合ってないと、内心思ってたんだな?!」

エウロペが、呆れたように呟く。
「…何も、全部剃らなくても…。
テリュス、シュテフザイン森と花の王国で君はただの、軟弱な青年。
が、この国では。
君は女性と見まごう、美少年扱いされる。
身の危険が増すから。
いつにも増して、下品な言動と態度を心がけないと」
テリュスが即、言葉を返す。
「…つまりもっと。
地を出せと?!」
エウロペは黙して頷いた。

デルデはまだ、マジマジとテリュスを見つめてる。

テリュスが、穴が開くほど見てるデルデを激しく睨むので。
とうとうエウロペはデルデの腕を、肘で小突いた。

デルデはエウロペに振り向く。
「…ああ、失礼。
可愛らしい顔だとは、予想していたけど。
こんな…少女に見える程の美少年だとは…意外すぎて。
口を利かなきゃ、宮廷の美少年好きが、こぞって彼を口説きそう。
…で、ホントに私と同い年?」

テリュスが睨み付ける。
「…口を利かなきゃ?
つまり、下品って事か?」

「…その口調は明らかに私の知ってるテリュスだけど。
その顔は全く見慣れない」

エリューンは頷く。
「綺麗すぎて?」
デルデは即、訂正した。
「綺麗は君で。
テリュスは美しくて可愛らしい」

テリュスはぶすっ垂れた。
「それ、女に使う形容詞だろう?!」
デルデは頷く。
「美少女にしか、見えない」

テリュスはテーブルの下の、デルデの足を、思いっきり蹴りつけた。
が、察したデルデは蹴られる前に、足を後ろに引いて、避ける。

「…昔よく、少女達をからかって蹴られた経験から。
避ける癖がついてるから、簡単に蹴られない」

けれどテリュスは憤慨した。
「避けてんじゃ、ねぇ!!!」

デルデはエウロペに振り向く。
「髭剃った方が、口がもっと悪いって…どうして?」
エウロペはすまして言った。
「君みたいに、素顔をからかう男がたくさんいるから」

デルデは思わず、納得して頷いた。

廊下の手前にある玄関扉が開いて、ラステルが居間にやって来る。

「ああ、良かった!
部下を寄越したいところだけど、どうしても私が来たかったので。
こんな時間になってしまった。
食事はまだ?
食後は時間出来ます?」

言いながら、テーブルに近づき、エウロペの前に進み出て…。
気づいて座るテリュスにふと振り向き、エウロペに顔を戻し。

その後、目を見開いてゆっくり、テリュスへ振り向く。
「……………………あ、で?
食後の御予定は?」

ラステルの、何も見なかったような笑顔を向けられ、エウロペは暫く、そう言ったラステルの顔をじっ…と見た。

直ぐ後からロットバルトも来ると
「やれやれ。
食事前でした?
私もこちらで頂いても、構わな…」
と、ラステルの横に来て、テーブルに着く四人を見た後
「ああ、初めまして。
…あ、テリュス殿はどちらに?」
と尋ねるものだから、ラステルに視線で、髭を剃ったテリュスを目で示され、ロットバルトは意味を図りかねて
「お風呂ですかね?
いい酒があるので、食後ご一緒に…」
と言うものの、ラステルにまた。
視線でテリュスを示される。

そこでようやくロットバルトは
『初めまして』と挨拶した人物に振り向く。

暫く見つめ、どんどん目がまん丸に見開かれて行き…。
その後、沈黙するので。
テリュスは言った。
「美味い酒なら、ご相伴にあずかる」

ロットバルトは口を開けたものの、まだ言葉が出ず。
ラステルに肘で小突かれ。
やっと、言葉を吐いた。

「あ、ああ…ぜ…ひ………。
…髭でかなり…顔を長く見せてました?
と言っても、顎髭がかなり長かったから。
ほとんどどこが顎か、分かりませんでしたけど」

テリュスは嫌味で笑いながら聞く。
「…つまり想像よりうんと、童顔だったか?」

ロットバルトは素直に頷く。
「…私はまた。
ぱっちり愛らしい瞳と対照的な、長い顎を隠すために髭を伸ばしていたのかと………。
つまり予想より、うんと顎髭、長かったんですね?
まさか触って、顎がどこにあるのか、確かめるなんてそうそう出来ませんし…」

エリューンが顔を上げ、直ぐ横に立つロットバルトに告げる。
「…敬語になってるのは、どうして?」

とうとうエウロペが、ぷっ!と吹き出した。

その時、主寝室からレジィが寝ぼけ眼で姿を見せ、テリュスを見た途端
「わーい!
僕の良く知ってるテリュスだ!」

と、笑顔で駆け寄った。

テリュスはまだ、驚きに目を見開くロットバルトを、睨んでる。

レジィは背後からエウロペの背に抱きつくと、尋ねた。
「なんでテリュス、髭剃ったの?
もうこの国では、軟弱ってナメられないから?」

エウロペが口を開く。
が、ラステルが言葉をかっさらった。

「いや、この国では危険が増すでしょう。
テリュス殿にも警護を付けないと」

ロットバルトはまだ、テリュスを凝視してる。

テリュスがとうとう、怒鳴った。
「言っていいぞ!!!
どう思ったか!!!」

ロットバルトは促されて呟く。
「…こんな美少女では…今までみたいな口の利き方が出来ない」
テリュスは即、怒鳴り返した。
「女じゃない!!!」

とうとうエリューンがくすくす笑い始め、テリュスに
「それ以上笑ったら、殴るぞ!!!」
と怒鳴られたけど、もっと爆発的に笑いこけ、テリュスに胸ぐら掴まれても笑い止まなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あばずれローニャ

黒神譚
恋愛
ちょっとエッチで甘々なTSラブストーリー。 主人公は色欲の魔神シトリーを討伐した際に、いまわの際の魔神に強烈な呪いをかけられてしまう。 その呪いとは女体化および、その女となった体で男性を虜にする色欲の呪い。 女性となった主人公は女性名ローニャと名乗り、各地を転々として最高クラスの司祭でも祓うことができない呪いを解く術を探す旅を続けるのだった。 だが、ローニャにかけられた呪いは太陽の加護が失われた時により強力になる女性化の呪い。日没後に心身ともに完全な女性になってしまった時。ローニャは常に呪いに自我を支配され、往く先々で様々な色男たちと恋愛スキャンダルを巻き起こす。 そんなローニャを人々はいつの間にか「あばずれローニャ」「恋多き女・ローニャ」と呼ぶようになった。 果たしてローニャは無事に呪いを解き、魔神シトリーを討伐した英雄として帰郷し故郷に錦の旗を飾ることができるのだろうか? それとも女性としての生き方を受け入れて色欲の呪いのままに男性を誑し込んで生き続けるのだろうか? TS・恋愛・ファンタジー・魔法・アクション何でもありのラブコメです。 今回は、複雑な設定はなく一般的でありふれたい世界観でとっつきやすい物語になっています。 1話1200文字程度ですので、どうぞお気軽にお読みください。(毎日19時更新)

【完】オメガ騎士は運命の番に愛される《義弟の濃厚マーキングでアルファ偽装中》

市川パナ
BL
オメガの騎士は性別をアルファだと偽っていた。取り巻くのは事情を知らない同僚の騎士たちや社交界の面々。協力者は、添い寝でアルファのフェロモンを付けてくれる義理の弟と、抑制剤を処方してくれるお医者様だ。オメガだとバレたら騎士として認めてもらえない。夢を追うことは、本当は許されない事なのかもしれない。迷う日々の中、運命の番の騎士が赴任してきて、体に熱がともる。 ※総受け・攻め4人(本番Hは本命のみ)。モブレ未遂アリ。サスペンス風味。 ※IFはエロ詰めです。随時追加予定。 リクエスト受付は終了させていただきます……!! ありがとうございました!!

悪役令息はゾウの夢を見る

朝顔
BL
現実世界で過労死した健は、縁あってゾウの神様がいるBLゲームの世界のキャラクターに憑依する。 楽勝主人公を選ぶはずが、見た目が可哀想だと同情して悪役令息のキャラを選んでしまう。 超がつくほど真面目な性格の健は、選んだからにはシナリオ通りに悲劇を迎えるまでちゃんと演じなければと思い込んでしまう。 悪役令息の子供時代に憑依したので、それっぽく我儘で傲慢な子供時代を胃痛を抱えながら、必死に演じていた。 そんな中、ついに因縁の主人公が登場したので悪役として接するのだが、主人公は予想を超える人物だった。 嫌われようとしているのに、全然嫌ってくれなくてむしろどんどん懐いてしまう。 しかも儚げ美人主人公に成長するはずなのに、なぜか正反対に逞しく成長してしまい……。 なんとかシナリオ通りに軌道修正しようと奮闘するのだが思いもよらぬ方向に……。 嫌われ者の悪役令息なのに、他のキャラ達とも仲良くなってしまう。 健は新しい世界で幸せを見つけることができるのか。 ※※※ 悪役令息になりきれなかった主人公が総愛されするお話です。 恋愛面では固定カプ。 子供時代スタートなので、R18シーンは十八歳からなります。 ※他サイトでも同時連載しております。

転生したら第13皇子⁈〜構ってくれなくて結構です!蚊帳の外にいさせて下さい!!〜

白黒ニャン子(旧:白黒ニャンコ)
BL
『君の死は手違いです』 光の後、体に走った衝撃。 次に目が覚めたら白い部屋。目の前には女の子とも男の子ともとれる子供が1人。 『この世界では生き返らせてあげられないから、別の世界で命をあげるけど、どうする?』 そんなの、そうしてもらうに決まってる! 無事に命を繋げたはいいけど、何かおかしくない? 周りに集まるの、みんな男なんですけど⁈ 頼むから寄らないで、ほっといて!! せっかく生き繋いだんだから、俺は地味に平和に暮らしたいだけなんです! 主人公は至って普通。容姿も普通(?)地位は一国の第13番目の皇子。平凡を愛する事なかれ主義。 主人公以外(女の子も!)みんな美形で美人。 誰も彼もが、普通(?)な皇子様をほっとかない!!? *性描写ありには☆マークつきます。 *複数有り。苦手な方はご注意を!

シンギュラリティはあなたの目の前に… 〜AIはうるさいが、仕事は出来る刑事〜

クマミー
SF
 これは未来の話… 家事、医療、運転手、秘書など… 身の回りの生活にアンドロイドが 広まり始めた時代。  警察に事件の一報があった。それは殺人事件。被害者は男性で頭を殴られた痕があった。主人公風見刑事は捜査を進め、犯人を追う最中、ある事実に到達する。  そこで風見たちは知らぬ間に自分たちの日常生活の中に暗躍するアンドロイドが存在していることを知ることになる。 登場人物 ・風見類 この物語はコイツの視点のことが多い。 刑事になって5年目でバリバリ現場で張り切るが、 少し無鉄砲な性格が災いして、行き詰まったり、 ピンチになることも… 酔っ払い対応にはウンザリしている。 ・KeiRa 未来の警察が採用した高性能AI検索ナビゲーションシステム。人間の言葉を理解し、的確な助言を与える。 常に学習し続ける。声は20代後半で設定されているようだ。常に学習しているせいか、急に人間のような会話の切り返し、毒舌を吐いてくることもある。

たまには働かないと、格好がつかないし、ね?

氷室ゆうり
恋愛
さて、今回は異形化、というか融合系ですね。少しばかり男体化要素もあるかなぁ?杏理君はなんだかんだ私の小説では頑張ってくれます。ちょっとばかり苦手な人もいるかもしれませんが、なるべくマイルドに書いたつもりです。…たぶん。 ああ、ダークにはしていないのでそこはご安心ください。 今回も、r18です。 それでは!

A hero from the darkness of chaos. Its name is Kirk

黒神譚
BL
異界の神や魔神、人間の英雄が絡み合う壮大なスケールで描かれる本格的ファンタジー。 人間の欲望や狂気を隠すことなく赤裸々(せきらら)に綴(つづ)っているので、一般的に温いストーリー設定が多いWEB小説には似つかわしくない、かなり大人向けの作品です。(「小説家になろう」からの移行作品。) ※本作は本格的なファンタジー作品で単純にBL作品とは言い難いです。ですが主人公は両性愛者で男女にかかわらず恋愛をし、かなり濃厚な関係を持つのでBL、女性向けタグとさせて頂きました。 ●ストーリー 争いの絶えない人類は魔王ドノヴァンの怒りを買い、粛清(しゅくせい)されるが、そこではじめて人類は戦争をやめて協力し合うことができた。それを見届けた魔王ドノヴァンは人類に1000年の不戦を約束させて眠りについた。 だが、人類は1000年間も平和を保てずに、やがて争いを始めるようになってしまった。 時は流れて1000年の契約期間が終わりそうになってから、人類は自分の愚かさを悔やんだ。 世界が魔王に滅ぼされると恐れていたその時、一人の神官が今から30年後に救いの聖者が現れると予言するのだった。

王太子さま、侍女を正妃にするなど狂気の沙汰ですぞ!

家紋武範
恋愛
侍女アメリアは王宮勤め。宰相の息子のルイスに恋心を抱いていたが、それが叶ってルイスよりプロポーズされた。それを王太子に伝えると、王太子はルイスへは渡さないとさらって軟禁してしまう。アメリアは軟禁先より抜け出そうと苦心する。

処理中です...