森と花の国の王子

あーす。

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略奪

戦争調停と婚姻の儀式

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 床の上に下ろされた戸板の横に膝を付き、横たわる傷ついた父王の、無事を確かめるように。
レジィリアンスは父王の顔色を覗う。

王はまだ痛みで朦朧とする顔を、詰め寄る愛しい王妃と、愛しい息子へと左右交互に視線を送り、再度レジィリアンスに視線を落し、哀れな我が子に涙した。

「…すまぬ。
お前を、守ってやれなかった…」

レジィリアンスは傷付いても、なお詫びる父に喉を詰まらせ、震える声で囁く。
「何をおっしゃいます…」
涙が零れそうなのを、必死でこらえ、レジィリアンスは囁きかける。
「それよりお怪我は…お怪我はいいのですか?」

王は薬草が効いている様子で、ゆっくりと微笑んで見せた。
そしてレジィリアンスの反対横に顔を見せる、愛妻に視線を向ける。
「…レイア…」
「ご無事で…」
彼女のか細い声を聞き、妻の不安を感じ取って、王は安心させるように、王妃の頬にそっ…と指を触れる。
王妃はその指を、両手で握りしめた。

王は華奢な王妃の白い手の、その温もりに朦朧とした意識を引き戻され、途端、くっ!と痛みに眉を寄せた。

「…奥へ!医者が待つ部屋へ!
直ちに王をお運びしろ!」
高らかなエウロペの声が、断固として促す。

戸板と共に、王妃は王に付き添い歩く。
レジィリアンスも共に行こうとし、エウロペに遮るように目前に立たれ、はっと気づいて歩を止めた。

エウロペの、悲しそうな表情を見、努めて気丈に振る舞おうと、俯けた顔を上げ
『分かっています』
と、何とか微笑んで見せる。

エウロペにそっと、背に手を当てられ、背後に促され。
レジィリアンスは背後に立つ、侵略者エルデリオンに俯いたまま振り向いた。

そして顔を上げないまま、エルデリオンの前に進み出る。

広間にいた誰もが。
ラステル、ロットバルト、デルデロッテを含む中央王国〔オーデ・フォール〕侍従らや兵達ですら。

そんな頼りなげな少年王子に、一斉に同情を寄せた。

エルデリオンは自分の胸の高さのその美しい顔が、手の触れる程近くにある事に感動していた。

間もなく、ラステルの指示で婚姻の書状が運び入れられ、エウロペと中央王国〔オーデ・フォール〕の従者達との前で、書状にサインする儀式が執り行われる。

二領土と王の身柄の引き渡しと引き替えに、王子、レジィリアンスを中央王国〔オーデ・フォール〕王子、エルデリオンの花嫁として迎える旨、記した書状だった。

エウロペは書状の内容に目を通すと、不安そうに俯く、レジィリアンスに振り向く。

「内容には、ご納得頂けたか?」
茶色の肩までの髪。
鼻髭を生やす貫禄ある中央王国〔オーデ・フォール〕の重臣、ロットバルトの低い声に、エウロペは一瞬、かっ!と明るい緑の瞳を、射るように向けた。

隣でデルデロッテが
“無理も無い”と言わんばかりに短いタメ息を吐くのを聞き、ラステルはエウロペの横に進み出ると、柔らかな声音で囁く。
「貴方の国の王子に、サインを頂いて宜しいでしょうか?」

エウロペは射るようなきつい視線を下げ、一瞬項垂れて見えたものの、頼れる芯の強い態度は崩さず、首を下げて頷く。

ラステルは横の侍従の、両手の上に乗せられた、木製の手持ちテーブルの上に置かれたインク壺とペン。
そして広げられた書状を、エルデリオンの前へ運ぶよう、頷き促す。

エルデリオンは優雅な手つきで羽根ペンを持ち上げ、目前に差し出された小テーブルの上の書状に、すらすらとサインを書き入れた。

次に侍従は、レジィリアンスの前に小テーブルを運ぶ。

白く細い華奢な手で、レジィリアンスは羽根ペンを持ち上げる。
が、一瞬顔を、横に立つエウロペに向けた。

頼もしいその顔の、表情は少し厳しく、そして同時になぜか懐かしく感じられ、レジィリアンスは再び熱い涙があふれ出すのを、堪えなくはならなかった。

エウロペは、小声で囁く。
「お忘れですか?
私は、お側を離れません」

レジィリアンスはようやく頷くと、美しい文字で書かれたエルデリオンの名の下に、自分の名前を書き入れた。

侍従に運ばれてきたテーブルの上の書状のサインを、ラステルは目で確認し、頷いて手に持つと、ロットバルトの元へと運ぶ。

ロットバルトは書状を受け取り見つめ、後丸めて
「しかと。
確認させて頂きました」
と、高らかに告げる。

エルデリオンは頷き、レジィリアンスに手を差し伸べた。
レジィリアンスはその手を取ろうとして一瞬、気絶しそうになる。
が、背後、エウロペに他に気づかれないようそっ…と背を手で支えられ、なんとかエルデリオンの手を握り返す。

エルデリオンが今度は、レジィリアンスの背に手を添えようと、手で支えてるエウロペの手を見つめる。

エウロペはまるでじらすように、たいそうゆっくり手を引いた。
中央王国〔オーデ・フォール〕の侍従三人、ロットバルト、デルデロッテ、ラステルは、その無言の威嚇に気づいた。

“もし酷い扱いなどしようものなら…!”

忠臣のその男の緑の瞳は、射るようにきつくエルデリオンに一瞬注がれ、そして彼はゆっくり視線を下げる。

が、エルデリオンは有頂天でそんな威嚇にはまるで気づかず、手を引いてくれた森と花の王国〔シュテフザイン〕の侍従エウロペに笑顔で会釈し、嬉々としてレジィリアンスの背に、手を添えた。

エルデリオンの頬は喜びで紅潮し、ピンクに染まる。
一方顔を下げて俯くレジィリアンスの頬は、蒼白なまま。

大広間を出て、玄関広間を抜ける。
中央王国〔オーデ・フォール〕の騎士らが両扉の重い玄関扉を開け、眩しい陽光が差し込んだ時。

レジィリアンスはその眩しさに、目をしばたかせた。

けれど背を軽く押し、促すエルデリオンに従い、なんとか扉を抜け、玄関階段を降り始める。

足が、震えた。

久々に帰ることの出来た、王懐かしい城。
やっと帰ってきたこの場所から、こんな風に去ろうとは…………。
人質の方が、まだマシ。
花嫁だなんて…!

レジィリアンスは膝の力が抜けそうになりながらも、何とか横に幅広い、石の玄関階段を降りきった。
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