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サージュ村編
第12話 【過去と向かって】
しおりを挟む──お前は臆病者だな──
頭の中に響く。過去の音色。
──ねぇ、知ってる? こういうモンスターはね──
懐かしい日々。充実していた……あの頃。
──おい!! そっちに行ったぞ!! ──
──何言ってんだよ! ──
破滅する。
──こいつ!! このモンスターの数は!? ──
──振り返るな!! 走れ!!──
壊される。
──なぁ、知ってるか? あいつのこと? ──
──ああ、あの全滅したパーティの生き残りか。知ってるよ。仲間を囮にして逃げたんだぜ──
俺は……。
瓦礫の崩れる音。近くで洞窟の一角が崩れ落ちたのだろう。
そんな音を聞けば、普通なら恐れ、すぐにでも洞窟から脱出しようとするはずだ。
しかし、ガーラは悪い夢から目覚めたことに、深く安堵し、音の聞こえた方に無意識のうちに歩き出していた。
崩れた瓦礫の山を通り抜けると、開けた広場にたどり着いた。
そこからさまざまな音が聞こえる。
破壊。魔法。防御。音が混ざり合い、戦闘の激しさを物語る。だが、それ以上にガーラには聞こえた。
「そっちよ!」
「おい、まだだ。まだ早い!!」
「そうっすよ! 早すぎるっす!」
それは仲間に掛け合う音。助け合い、頼り合う声。これはガーラにとって恐ろしく。そして最も遠いもののように思っていたもの。
だが、今の彼にはこの声が、とても身近なものに感じられる。
「おい!! そこじゃねぇよ!!」
「すまないっす!」
「ゴメンで済んだら、騎士なんていらないのよ!」
そこが自分のいるべき場所のように感じる。
穴だらけの陣形。隙だらけの戦闘。とても褒められるようなものではない。
それを支えるのが、彼の役目。
「…………っ」
飛び出そうとしたガーラの脚は止まる。
それは過去の記憶。……強敵。敗北。恐怖。過去の記憶がガーラの動きを止めた。
この、一歩が重い。
重い。とても重い。
だが、今動かなければ……。
その時、ガーラの耳にある声が聞こえた。
「ガーラ師匠はまだっすか!!」
「本当よ!! まだなの!?」
「安心しろ! ガーラ師匠はいつだって、俺たちを助けてくれた。俺たちの師匠であり、仲間だ!」
それは仲間の声。ガーラにとってはもう出来ることのないと思っていた仲間の声であった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
15年前。オーボエ王国、冒険者ギルド。
「なぁ、あんた、新人か?」
冒険者試験に合格し、冒険者になりたてだったガーラに三人の冒険者グループが声をかけて来た。
駆け出し冒険者であったガーラにとって、未知の領海に勇気を持って足を踏み入れている先輩冒険者達。彼らはとても輝かしく憧れであった。だが、それと同時に緊張からなかなかパーティに入れないでいた。
そんな中、声をかけて来た一つの冒険者達。
「なぁ、お前まだパーティを組んでないのか? なら俺たちと一緒に来いよ」
軽い気持ちで声をかけただけだったのだろう。深い意味も感情もない。ただ挑むクエストに前衛の人数が欲しかっただけ。
だが、それでも
「ああ!!」
ガーラにとっては初めてのパーティ。それでとても嬉しかった。
クエストは王国から西に進んだ場所にあるオルジュ洞窟。そこに出現するという蛇型のモンスターの討伐依頼。
パーティメンバーはリーダーであり、前衛であるマルクスという男性と、女狙撃手のケティス、魔法使いのトーマに、ガーラの加わった四人パーティ。
「助かったぜ、引き受けてくれてありがとな」
「いや、はい。それでその蛇型のモンスターっていうのはどんなモンスターなんですか?」
「ああ、それについては俺たちに任せとけ。お前は知らなくていい」
ガーラはマルクスの受け答えに疑問を感じながらも、初めてのパーティでのクエストであることから、あまり深く考えずに彼らについていくことにした。
森を抜けてたどり着いたオルジュ洞窟。蔦で覆われた洞窟には様々なところに植物が生えていた。
自然の多いところには魔素が溜まりやすく、協力なモンスターも発生しやすい。
ガーラの中で想像していた、蛇型のモンスターは洞窟の様子を見て、一気に強敵へと変化する。どんなモンスターか分からない以上、ガーラにとっては未知数である。
だが、彼には今心強いパーティメンバーがいる。それがガーラに安心感と信頼を与えていた。
だが、ガーラの安心と信頼は全て裏切られる。
洞窟の最深部、そこで現れた巨大な蛇型のモンスター。それと対峙しようとした時、マルクス達はガーラを置いて逃げ出した。
「お、おい!!」
ガーラはマルクス達を追いかけようとするが、マルクス達はすでに目には見えない。
モンスターの標的にされているガーラでは背を向けて逃げ出すこともできず。ガーラはモンスターと対峙する。
マルクス達はどこに行ったのか。どうしてしまったのか。ガーラが心配していると、遠くから声が響いて来た。
「本当に置いて来てよかったの?」
「何言ってんだよ! 提案したのはお前だろ!」
「だってしょうがないじゃない。お宝を取ったら出てくるモンスター。逃げるにしても私たちじゃ、逃げきれない」
「だからって、新人を囮に使うか……。ま、これで金が手に入るなら、俺は文句はないがな」
それはマルクス達の声。
「だけど、あいつも間抜けだよな。囮にされてるとは知らずに真面目によ~」
そして衝撃の事実。
マルクス達はガーラに囮に使い、モンスターの出現を察知して、逃げ出していたのだ。
しかし、そんな事実を知って、ガーラは怒ることもできず、ただ呆然とするしかなかった。
憧れであった存在に裏切られた。
そしてガーラだけでは到底逃げ切ることのできない強敵。ガーラは諦めた。
だが、蛇型のモンスターはガーラをしばらく見つめると、体を捻り、ガーラの元から離れ、どこかへ消えていった。
そしてしばらくした後、洞窟に悲鳴が響き渡る。
悲鳴が聞こえなくなって数分後、洞窟の最深部に宝箱が降ってくる。
おそらくマルクス達の盗んだ宝箱なのだろう。
マルクス達がやられた以上、次狙われるのはガーラだ。
怖くなったガーラは何も考えることができず、ただ走り出した。
やっとの思いでギルドに帰り着いたガーラ。だが、マルクス達の姿は見えなかった。
それから何度も何度も、ガーラは裏切られ続けた。そしてやがて、仲間を作ることを恐れ、ひとり、孤独な冒険者となった。
そんなガーラの元に届いた声。恐れ遠ざけ逃れ続けた声。
ガーラは重い足を踏み締める。そして壊れた斧を手に声のする方へと走り出した。
「うおおおぉぉぉ!!」
ガーラはゴーレムに向かって飛び上がると、壊れた斧でゴーレムの後頭部を殴りつけた。
強化魔法を使っていないはずのガーラの攻撃だが、ゴーレムはその衝撃で体制を崩し、尻餅をつく。
「ガーラ師匠!!」
ガーラが現れたことにリトライダー達は歓喜するが、それをすぐにガーラは制御する。
「集中しろ! まだ敵は動けるぞ!!」
ガーラだって完璧に冷静なわけではない。リトライダー達の声がガーラの心を溶けてしまいそうなくらいに熱くした。
だが、それでもガーラは冷静さを装わなければならない。それはリトライダー達に失望して欲しくないからだ。ガーラ自身が味わった冒険者の本性。
それが真実だとしても、『こいつらの前ではこいつらの信じる冒険者でいたい』。そうガーラは思ったのだ。
「はい!!」
ガーラの参戦により、リトライダー達の指揮は一気に上がる。
戦闘開始!
ゴーレムが立ち上がっているうちに、ガーラはリトライダー達の元へと行き、作戦を伝える。
「いいか、お前ら、あいつの弱点を知ってるか?」
ガーラの言葉にリトライダー達は首を振る。
「ゴーレムは魔力を消費して活動する。そしてその魔力の源は体のどこかに仕込まれた格だ。その格を破壊すれば、ゴーレムの活動を封じることができる」
「じゃあ、その角はどこにあるの?」
「それが分かってたら、苦戦はしない」
ガーラは先の戦いですでに核を探して攻撃していた。しかし、それはゴーレムの長い腕のリーチと攻撃力、防御力によって見つけ出すことはできなかった。
「じゃあ、その角を探さないといけないんすね」
「ああ、そういうことだ」
話し合っているうちにゴーレムは立ち上がり、ガーラ達に向き直る。
そして長い腕を振り回し、攻撃を仕掛けきた。
「来るぞ、避けろ!」
ゴーレムの腕が地面に叩きつけられる。
それと同時に地響きがなり、飛び上がって避けた冒険者達に砂埃を被せる。
「前が見えないっす!!」
「私に任せて!!」
ミエが魔法計算を行い、杖から風を起こし砂埃を吹き飛ばす。
すると視界が一気に良くなり、リトライダーの目の前にゴーレムの腕が伸びて来ているのに気づいた。
「よ、避けられない!!」
次の瞬間、ゴーレムの腕が弾かれる。
「無事か?」
ガーラが強化魔法を使い、ゴーレムの腕を弾いてリトライダーを守った。
攻撃を弾くと、ゴーレムの体はその長い腕の遠心力で大きく揺れる。その大きく揺れたゴーレムの体を見ていたガーラは、ゴーレムの左目の奥に強力な魔力を感じた。
ガーラが腕を弾いたことにより、無傷で済んだリトライダーはガーラに深く礼をして感謝する。
「は、はい!!」
戦闘中に敵から目を背けるなと言いたいガーラだが、そんなことを言っている暇もない。
ゴーレムは攻撃が防がれても、もう片方の腕でもう一度攻撃を試みてくる。狙いはガーラ。
振り下ろされた腕がガーラに直撃した。
「ガーラ師匠!!」
しかし、ガーラは両腕でガッチリゴーレムの腕を挟み、ゴーレムの攻撃を真っ向から耐え切った。
「ミエ、奴の動きを封じることはできるか?」
ガーラはゴーレムの腕を支え、足を震えさせながらミエに問う。
「で、出来るけど……」
「じゃあ、やれ! それで動きを封じたら、リトライダー、ダズ。お前達で一斉に攻撃しろ。こいつの核は左目だ」
戸惑う彼らにガーラは笑みを見せる。
「俺なら大丈夫だ。お前達なら知ってるだろ。俺の頑丈さを」
ガーラの顔を見て、三人の体は動き出す。
ミエは杖をゴーレムの足元に向けると、魔法計算を開始する。
リトライダーは軽量化魔法を、ダズは身体強化の魔法を自身に付与する。
そして魔法計算を終えたミエ。
「行くよ! 氷魔法(グラース)!!」
ミエはゴーレムの足元に氷の魔法を放つ。その氷は地面を凍らせ、ゴーレムの足とガーラの足を地面に固定した。
「行くぞ。ダズ」
「おうっす!!」
二人はゴーレムに向かって飛びかかる。狙いは一つ。ガーラの教えた左目だ。
二人の攻撃がゴーレムの目の前にやってきた。
だが、二人の攻撃は空中で弾かれ、ゴーレムには擦りもしなかった。
戸惑いを隠せずにいるみんなに声がかかる。
「そこまでにしてくれ……」
それは洞窟の奥からの男の声。
そこに目をやると、青いフードをかぶったスケルトンがそこにはいた。
「新手のモンスターか!」
新たなモンスターの出現に、武器をさらに強く握りしめる。
現状、ゴーレムに苦戦している状態で、新しいモンスターが現れるのは最悪の事態と言っても過言ではない。
まさに最悪な事態。そう、思った時。
そのモンスターの隣から見覚えのある人たちが姿を現した。
「パト君!? それに他の方達も……」
それは一緒に洞窟に入ったサージュ村の住民達。無事でいたのは良かったことだ。だが、なぜモンスターと一緒にいるのだろう。
ゴブリンの大群の時や洞窟に侵入する時、何度も彼らに助けられたリトライダー達は、彼らを一目置いていた。だからこそ、あのモンスターと一緒にいるのには訳がある。そう思い疑問に思っていると、何も知らないガーラがパト達に向かって叫んだ。
「君たち!! 早くそのモンスターから離れるんだ!! 早くこっちに!!」
ガーラの声を聞いたパトは、ガーラとリトライダー達の姿を見て、合流できたことを理解したようで、安心したように一呼吸置き、首を振った。
「良かった、無事だったんですね。それと安心してください。この方は人間です。モンスターじゃないです」
続く
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