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132話、人形寺と人形焼
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フウゲツの町から旅立ち、街道を進むこと約一時間。
やや曇り空だが雨が降る気配は無くて快適な旅路だったのに、意外な事で私達の道程は阻まれてしまう。
どうやらもう十日以上も前に大きな嵐がこの街道付近を襲ったようで、そのせいで街道にはいくつもの倒木があり通行止めになっていたのだ。
いまだ撤去作業をしているらしいが、それでも後数日はかかるとの話。まさかの街道の通行止めにより旅路を阻まれた私達は、このまま待ってはいられないと獣道を通って回り道する事にした。
件の嵐のせいで元々歩きにくかった獣道の荒れようも凄まじかった。その辺りに折れた枝や散った葉っぱ、あるいは飛ばされた土や石が散乱し、うっかりしようものなら確実に転びそうな悪路である。
それでも大木倒れる街道よりはまだましだと、私とベアトリスはえっちら歩き続けた。空を飛べるライラはいつも通り快適なようで羨ましい。
「リリア……あなた箒で空飛べたでしょ。私を乗せて飛びなさいよ……」
昼間だからか、それとも元々体力が私よりなかったのか、悪路に悪戦苦闘してぜえぜえと息を吐くベアトリスがそう訴える。
「あいにくだけど……はぁ、はぁ……できるだけ箒で空を飛ばないようにしてるんだよ……」
「なぜよ……」
「だって、自分の足で歩かないと旅って感じがしないじゃん……」
「そういう気分的な問題……?」
「後二人乗りは危ない気がする。一人で乗ってる時もたまにうっかり落ちかける時があるよ……」
「絶対あなたの箒には乗らない……今そう決めたわ」
お互い疲れから吐息を荒げ、そんな埒の開かない会話を続ける。
「それにこうして歩いてたら、思いがけない場所に出会うとかあるかもしれないでしょ。それも旅の醍醐味だよ」
「こんな荒れた獣道に何があるっていうのよ……あっ」
突然ベアトリスが足を止め、驚きの声をあげた。
「どうしたの?」
「あそこ……建物があるわ」
「やった! そこでちょっと休憩しようよ。食事休憩とかできる場所なら嬉しいけど」
「……何だか妙な建物よ。フウゲツの町にありそうな形してる」
この付近はまだフウゲツの町から離れていない。あの辺一帯があの独特な文化なのなら、似た建物がこの付近にあっても納得だ。
ベアトリスに先導してもらい、その妙な建物とやらを目指してみる。
……やがてそこにたどり着いた私達は、その建物の全貌を目にして絶句していた。
「寺だわ……」
「寺だね……」
それはこじんまりとしたお寺だった。寺とはフウゲツの町にもちらほらあった建物で、大雑把にいえば神社の亜種……というより、概念的にはほぼ同一の物。違いは宗教観や文化的な違いだろうか。私達にとって神社やお寺に値するのは神殿や教会で、神やそれに類する偉い存在を祀っている場所という概念は共通している。
お寺は独特な屋根の木造建物だが、フウゲツの町で見られる家屋と見た目は似通っている。なので見た目的には驚くべき所はない。
私達が驚いたのは……そのお寺にはたくさんの人形が置かれていたからだ。
お寺の敷地内の地面からお寺の廊下、屋根に至るまで、そこかしこに人形が置かれている。
その人形もまた独特で、フウゲツの町の人々が普段着としている着物を着せられている。髪は長く黒色で、見た目はまさしく人形で生気がない。なのにまるで生きているようにも見えた。
「ここ、廃寺じゃないの?」
ベアトリスが言った。廃寺とはもう廃棄された寺の事。つまり誰も管理していないという意味だ。
ベアトリスが言う通り、このお寺はかなりひどい見た目だ。そこらに蜘蛛の巣もあり、とても人が管理しているとは思えない。
そんな所にまるでさっき置かれたとばかりに保存状態の良い人形があるのが奇妙だった。
「さすがにこんな所で休むのはダメじゃない?」
私が言うと、ベアトリスは青い顔をしてこくこくと頷く。
「そうね……祟られそうかも」
祟られそうって……吸血鬼の言う事だろうか?
でもベアトリスからしてもそれだけ異様な場所なのだろう。
ここはそそくさと退散するべき。そして見なかった事にしよう。そう思ってきびすを返そうとした時、あろうことがお寺の襖が開いた。私の心臓が跳ねあがった。
「……あら、お客さんかしら?」
あまりの事に息を飲んだ私達の前に現れたのは……一人の少女だった。不思議な事に、ここに置かれている人形達とどことなく似た外見をしている。着物を着て、長い黒髪に切れ長の瞳。愛らしさがありつつも、どことなく冷たい印象だ。
「ひ、人、人いたんだけど……」
「いたわね……さっきの会話聞かれてないといいけど……」
小声で話し合う私達を、その少女がじっと見つめていた。
彼女は、やがてくすりと笑った。
「その服装から見るに、旅の方かしら? それならここを見て驚いたでしょうね。ここは人形寺と呼ばれるお寺で、古くなった人形を飾って祀る場所よ。このあたりでは人形を廃棄する際、一度お寺に祀って供養する習慣があるの。ほら、人形って人の姿に似てるでしょう? だから作られてから長い年月が経った人形は、自分を人間だと思い込んでしまう……そう言い伝えられているのよ。だから廃棄して燃やす前に、一度こうしてあなたは人形なのよ、と供養する。それがこのお寺の役目よ」
「へ、へえ……そういう文化があるんですね」
くすくす笑いながら説明してくれる少女に、私も愛想笑いを返しておく。正直ちょっと怖い話だったんだけど。
しかしそういうちゃんとしたお寺ならば、変ないわくとかはなさそうだ。意外にも管理者がちゃんと居たようだし。
でもやっぱりこの今にも動きだしそうな人形達は怖いので、できるだけ早く立ち去りたい。
「あー……私達旅の途中なので、このあたりで失礼します。人形寺を見学できて良かったです」
「ああ、ちょっと待って」
背を向けようとした時、そう言い止められる。
「せっかく来たのだから、お土産。さっき中で焼いていたの」
その少女は縁側に置いてあったゲタと呼ばれる靴を着用し、私達の元へと近づいて何かを差し出してきた。
それは白い絹の上に置かれた焼き菓子だった。四角い形で、まるでカステラみたい。
「人形焼、と言うお菓子よ。三人ともお一つずつどうぞ」
言われるまま私とベアトリスにライラは一つずつ手に取り、見守られながらぱくっと食べてみる。
「あ、甘くておいしい」
ふわっとした食感に、ねっとりとした甘みが広がる。焼かれた生地の中には黒い餡のような物が入っていた。
「カステラにあんこを入れて焼いた焼き菓子なの。元々は人形の顔に似せて焼いたお菓子だから人形焼。あいにく私が作ったのはただのカステラ焼きだけど、味は同じよ」
これが以前ベアトリスが言っていたあんこなのか。黒くてねっとりとした食感で、結構甘みが強いけど何となく落ち着く味だ。
外側のふわっとしたカステラ生地はほのかに香ばしくて、あんこの甘みに合っている。意外と紅茶にも合いそうな感じ。
「ありがとうございます。それじゃあ、これで」
私に続いてベアトリスとライラも食べ終え、最後に一礼をして人形寺を後にした。
途中でちらりと振り返ると、先ほどの少女はまだ私達を見つめていた。にこやかに微笑しながら手を振っている。
ある程度離れた所で、私は深くため息をついた。
「ちょっと驚いたけど、そんな変な場所じゃなかったみたいだね。ちゃんと由緒あるお寺だったみたい」
「そうね。人形焼というのもおいしかったし、まあまあ軽い休憩ができたわ」
最初こそその異様さに驚いていた私とベアトリスだったが、過ぎ去ってみれば良い体験だった。
「ね? 自分の足で歩いたほうがこういう出会いが期待できるでしょ?」
ベアトリスに向け、得意気にそう言う。
「まあ、それに関しては認めるわ。それでも箒に乗った方が楽だと思うけど」
「じゃあ乗る?」
「あなたの後ろに乗るのはごめんよ。落とされたらたまったものじゃないわ」
軽口を言い合い、二人笑い会う。
と、そこで先ほどからライラが押し黙っているのに気付いた。
「ライラ、どうかしたの? さっきの人形焼、口に合わなかった?」
「ううん、そうじゃなくて……」
ライラは少し戸惑ったように言葉を続けた。
「さっきの人、どうも私の事が見えてたみたいなのよね」
「え……」
そういえば、人形焼を渡す時に三人ともどうぞ、と言ってたような気が……。ライラが見えてないのなら、二人と言うはずだ。
でも、妖精が見える人間は少なからずいる。そう気にする事でもないはずだ。
はずなのだが……。
「それにあの人、リリアとか他の人達とはまた違った妙な雰囲気だったのよね。初めてベアトリスと会った時に感じた嫌な気配に近かったわ……」
「え」
「え」
私とベアトリスの声がハモる。
「ちょっとライラ、私から嫌な気配するってどういう事かしら!? 初対面の時そう思ってたの!?」
そっち? ベアトリス的にはそっちが引っかかる?
私はそんなベアトリスを抑えつつ、ライラに聞いてみる。
「つまりさ、どういうこと? ライラ的にはあの人はどんな感じだったの」
「ぶっちゃけていいの?」
怖い確認のしかた……。
でもここまできたら聞くしかない。私は恐る恐る頷いた。
「多分あの人……ベアトリスと同じで人間じゃない。だからといって吸血鬼でもないと思うわ。ならなんなのかって言われても分からないけど。……あとあそこにあった人形も嫌な気配だった。……っていうか、あの人とあの人形達はどれも同じ気配を持ってたわよ。……あとね、あの人形達、最初は皆色んな方向を向いてたのに、いつの間にかリリア達に視線が向いてたわ。多分あの女の人が現れてからだと思う。気づいてた?」
……。
今度こそ私とベアトリスは絶句していた。
思わず一度人形寺の方へと振り返る。だけどそこに足が向かう事は決してなかった。固まったかのように動かなかったのは、恐怖のせいだ。
「こ、これがあなたの言う旅の醍醐味っていうわけ……?」
ベアトリスが涙目でそう訴える。いや、ベアトリスって吸血鬼の癖にホラー系そこまでダメだったの?
「そんなわけないでしょ……私もこんな展開初めてだよ……」
震える声をできるだけ抑え、人形寺方向に背を向ける。
「と……とりあえず、逃げよう」
ベアトリスもライラも私の提案に乗り、全員急ぎ足で悪路を駆け抜け出した。
心なしか背中に視線を感じるのは……きっと気のせい。
やや曇り空だが雨が降る気配は無くて快適な旅路だったのに、意外な事で私達の道程は阻まれてしまう。
どうやらもう十日以上も前に大きな嵐がこの街道付近を襲ったようで、そのせいで街道にはいくつもの倒木があり通行止めになっていたのだ。
いまだ撤去作業をしているらしいが、それでも後数日はかかるとの話。まさかの街道の通行止めにより旅路を阻まれた私達は、このまま待ってはいられないと獣道を通って回り道する事にした。
件の嵐のせいで元々歩きにくかった獣道の荒れようも凄まじかった。その辺りに折れた枝や散った葉っぱ、あるいは飛ばされた土や石が散乱し、うっかりしようものなら確実に転びそうな悪路である。
それでも大木倒れる街道よりはまだましだと、私とベアトリスはえっちら歩き続けた。空を飛べるライラはいつも通り快適なようで羨ましい。
「リリア……あなた箒で空飛べたでしょ。私を乗せて飛びなさいよ……」
昼間だからか、それとも元々体力が私よりなかったのか、悪路に悪戦苦闘してぜえぜえと息を吐くベアトリスがそう訴える。
「あいにくだけど……はぁ、はぁ……できるだけ箒で空を飛ばないようにしてるんだよ……」
「なぜよ……」
「だって、自分の足で歩かないと旅って感じがしないじゃん……」
「そういう気分的な問題……?」
「後二人乗りは危ない気がする。一人で乗ってる時もたまにうっかり落ちかける時があるよ……」
「絶対あなたの箒には乗らない……今そう決めたわ」
お互い疲れから吐息を荒げ、そんな埒の開かない会話を続ける。
「それにこうして歩いてたら、思いがけない場所に出会うとかあるかもしれないでしょ。それも旅の醍醐味だよ」
「こんな荒れた獣道に何があるっていうのよ……あっ」
突然ベアトリスが足を止め、驚きの声をあげた。
「どうしたの?」
「あそこ……建物があるわ」
「やった! そこでちょっと休憩しようよ。食事休憩とかできる場所なら嬉しいけど」
「……何だか妙な建物よ。フウゲツの町にありそうな形してる」
この付近はまだフウゲツの町から離れていない。あの辺一帯があの独特な文化なのなら、似た建物がこの付近にあっても納得だ。
ベアトリスに先導してもらい、その妙な建物とやらを目指してみる。
……やがてそこにたどり着いた私達は、その建物の全貌を目にして絶句していた。
「寺だわ……」
「寺だね……」
それはこじんまりとしたお寺だった。寺とはフウゲツの町にもちらほらあった建物で、大雑把にいえば神社の亜種……というより、概念的にはほぼ同一の物。違いは宗教観や文化的な違いだろうか。私達にとって神社やお寺に値するのは神殿や教会で、神やそれに類する偉い存在を祀っている場所という概念は共通している。
お寺は独特な屋根の木造建物だが、フウゲツの町で見られる家屋と見た目は似通っている。なので見た目的には驚くべき所はない。
私達が驚いたのは……そのお寺にはたくさんの人形が置かれていたからだ。
お寺の敷地内の地面からお寺の廊下、屋根に至るまで、そこかしこに人形が置かれている。
その人形もまた独特で、フウゲツの町の人々が普段着としている着物を着せられている。髪は長く黒色で、見た目はまさしく人形で生気がない。なのにまるで生きているようにも見えた。
「ここ、廃寺じゃないの?」
ベアトリスが言った。廃寺とはもう廃棄された寺の事。つまり誰も管理していないという意味だ。
ベアトリスが言う通り、このお寺はかなりひどい見た目だ。そこらに蜘蛛の巣もあり、とても人が管理しているとは思えない。
そんな所にまるでさっき置かれたとばかりに保存状態の良い人形があるのが奇妙だった。
「さすがにこんな所で休むのはダメじゃない?」
私が言うと、ベアトリスは青い顔をしてこくこくと頷く。
「そうね……祟られそうかも」
祟られそうって……吸血鬼の言う事だろうか?
でもベアトリスからしてもそれだけ異様な場所なのだろう。
ここはそそくさと退散するべき。そして見なかった事にしよう。そう思ってきびすを返そうとした時、あろうことがお寺の襖が開いた。私の心臓が跳ねあがった。
「……あら、お客さんかしら?」
あまりの事に息を飲んだ私達の前に現れたのは……一人の少女だった。不思議な事に、ここに置かれている人形達とどことなく似た外見をしている。着物を着て、長い黒髪に切れ長の瞳。愛らしさがありつつも、どことなく冷たい印象だ。
「ひ、人、人いたんだけど……」
「いたわね……さっきの会話聞かれてないといいけど……」
小声で話し合う私達を、その少女がじっと見つめていた。
彼女は、やがてくすりと笑った。
「その服装から見るに、旅の方かしら? それならここを見て驚いたでしょうね。ここは人形寺と呼ばれるお寺で、古くなった人形を飾って祀る場所よ。このあたりでは人形を廃棄する際、一度お寺に祀って供養する習慣があるの。ほら、人形って人の姿に似てるでしょう? だから作られてから長い年月が経った人形は、自分を人間だと思い込んでしまう……そう言い伝えられているのよ。だから廃棄して燃やす前に、一度こうしてあなたは人形なのよ、と供養する。それがこのお寺の役目よ」
「へ、へえ……そういう文化があるんですね」
くすくす笑いながら説明してくれる少女に、私も愛想笑いを返しておく。正直ちょっと怖い話だったんだけど。
しかしそういうちゃんとしたお寺ならば、変ないわくとかはなさそうだ。意外にも管理者がちゃんと居たようだし。
でもやっぱりこの今にも動きだしそうな人形達は怖いので、できるだけ早く立ち去りたい。
「あー……私達旅の途中なので、このあたりで失礼します。人形寺を見学できて良かったです」
「ああ、ちょっと待って」
背を向けようとした時、そう言い止められる。
「せっかく来たのだから、お土産。さっき中で焼いていたの」
その少女は縁側に置いてあったゲタと呼ばれる靴を着用し、私達の元へと近づいて何かを差し出してきた。
それは白い絹の上に置かれた焼き菓子だった。四角い形で、まるでカステラみたい。
「人形焼、と言うお菓子よ。三人ともお一つずつどうぞ」
言われるまま私とベアトリスにライラは一つずつ手に取り、見守られながらぱくっと食べてみる。
「あ、甘くておいしい」
ふわっとした食感に、ねっとりとした甘みが広がる。焼かれた生地の中には黒い餡のような物が入っていた。
「カステラにあんこを入れて焼いた焼き菓子なの。元々は人形の顔に似せて焼いたお菓子だから人形焼。あいにく私が作ったのはただのカステラ焼きだけど、味は同じよ」
これが以前ベアトリスが言っていたあんこなのか。黒くてねっとりとした食感で、結構甘みが強いけど何となく落ち着く味だ。
外側のふわっとしたカステラ生地はほのかに香ばしくて、あんこの甘みに合っている。意外と紅茶にも合いそうな感じ。
「ありがとうございます。それじゃあ、これで」
私に続いてベアトリスとライラも食べ終え、最後に一礼をして人形寺を後にした。
途中でちらりと振り返ると、先ほどの少女はまだ私達を見つめていた。にこやかに微笑しながら手を振っている。
ある程度離れた所で、私は深くため息をついた。
「ちょっと驚いたけど、そんな変な場所じゃなかったみたいだね。ちゃんと由緒あるお寺だったみたい」
「そうね。人形焼というのもおいしかったし、まあまあ軽い休憩ができたわ」
最初こそその異様さに驚いていた私とベアトリスだったが、過ぎ去ってみれば良い体験だった。
「ね? 自分の足で歩いたほうがこういう出会いが期待できるでしょ?」
ベアトリスに向け、得意気にそう言う。
「まあ、それに関しては認めるわ。それでも箒に乗った方が楽だと思うけど」
「じゃあ乗る?」
「あなたの後ろに乗るのはごめんよ。落とされたらたまったものじゃないわ」
軽口を言い合い、二人笑い会う。
と、そこで先ほどからライラが押し黙っているのに気付いた。
「ライラ、どうかしたの? さっきの人形焼、口に合わなかった?」
「ううん、そうじゃなくて……」
ライラは少し戸惑ったように言葉を続けた。
「さっきの人、どうも私の事が見えてたみたいなのよね」
「え……」
そういえば、人形焼を渡す時に三人ともどうぞ、と言ってたような気が……。ライラが見えてないのなら、二人と言うはずだ。
でも、妖精が見える人間は少なからずいる。そう気にする事でもないはずだ。
はずなのだが……。
「それにあの人、リリアとか他の人達とはまた違った妙な雰囲気だったのよね。初めてベアトリスと会った時に感じた嫌な気配に近かったわ……」
「え」
「え」
私とベアトリスの声がハモる。
「ちょっとライラ、私から嫌な気配するってどういう事かしら!? 初対面の時そう思ってたの!?」
そっち? ベアトリス的にはそっちが引っかかる?
私はそんなベアトリスを抑えつつ、ライラに聞いてみる。
「つまりさ、どういうこと? ライラ的にはあの人はどんな感じだったの」
「ぶっちゃけていいの?」
怖い確認のしかた……。
でもここまできたら聞くしかない。私は恐る恐る頷いた。
「多分あの人……ベアトリスと同じで人間じゃない。だからといって吸血鬼でもないと思うわ。ならなんなのかって言われても分からないけど。……あとあそこにあった人形も嫌な気配だった。……っていうか、あの人とあの人形達はどれも同じ気配を持ってたわよ。……あとね、あの人形達、最初は皆色んな方向を向いてたのに、いつの間にかリリア達に視線が向いてたわ。多分あの女の人が現れてからだと思う。気づいてた?」
……。
今度こそ私とベアトリスは絶句していた。
思わず一度人形寺の方へと振り返る。だけどそこに足が向かう事は決してなかった。固まったかのように動かなかったのは、恐怖のせいだ。
「こ、これがあなたの言う旅の醍醐味っていうわけ……?」
ベアトリスが涙目でそう訴える。いや、ベアトリスって吸血鬼の癖にホラー系そこまでダメだったの?
「そんなわけないでしょ……私もこんな展開初めてだよ……」
震える声をできるだけ抑え、人形寺方向に背を向ける。
「と……とりあえず、逃げよう」
ベアトリスもライラも私の提案に乗り、全員急ぎ足で悪路を駆け抜け出した。
心なしか背中に視線を感じるのは……きっと気のせい。
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