魔女リリアの旅ごはん

アーチ

文字の大きさ
上 下
129 / 185

129話、神社とすき焼き

しおりを挟む
 フウゲツの町の近くには小さな山があり、そこの山頂には神社なる観光スポットがあるらしい。神社はこの土地の神様を祀っているらしく、参拝して神様に祈る行為が身近な文化なのだとか。
 フウゲツの町二日目。時刻は十時。私達はこの神社を観光する為に、山登りをしていた。

「何で朝っぱらから山登りをしないといけないのかしら……」

 登山用の杖をついてゆっくり歩くベアトリスが、頂上を睨み据えてぽつりと零す。この杖は山のふもとにあったお店で買った物だ。

「神社に行ってみたいって言ったのベアトリスでしょ……」

 えっちらおっちら歩く私は、長く息を吐きながらそう言った。
 そう、神社へ行ってみようと言いだしたのはベアトリスだった。正確には、パンフレットに書かれていた神社内にある料理店に行きたいと言っていたのだが、結果的には同じだ。

 ベアトリスは別に山登りが好きでも得意でもないらしく、肩で息をしながら私に付いてきていた。私の方はというと、以前そこそこ高い山を登ったからベアトリスより慣れている。多分五十歩百歩程度の違いだろうけど。

「それにしても、こんな山の上にある神社って何なのかしらね」

 一方、私の魔女帽子のつばを椅子代わりに腰かけるライラは余裕のてい。当たり前だ。自分で飛んですらいないのだから。いや、飛んだとしても普段とそう変わらない疲れだろう。飛んでたら山道だろうが坂道だろうが関係ないもん。
 対して二本の足で歩く私達には山道の影響大。とにかく間接に来るしそこから疲労がたまる。

「ベアトリスが行きたいって言うくらいだから、きっとおいしいお店があるのよね……楽しみだわ」

 のほほんと言うライラに、ベアトリスが疲れのせいで細くなった声で訴えかける。

「今食事の話は止めてちょうだい……胃がひっくり返る」

 ベアトリスはもう、杖に上半身を預けるようにして歩いていた。そういえば今は朝で日光もあるし、疲労感凄まじいのだろう。……がんばれ、吸血鬼。
 さすがに小さな山だけあって、二十分もあれば山頂へと到達できた。それでも結構疲れてしまったし、ベアトリスに至っては全力疾走を終えた後くらい息を荒げている。

 ようやくたどり着いた山頂で待っていたのは、真っ赤な鳥居。これが神社の入口、つまり門らしい。
 ここで一度、鞄に収めていたパンフレットを開く。パンフレットには神社の参拝方法が書かれてあるのだ。

 何でも鳥居は真ん中を歩くのではなく左右の端のどちらかから歩くらしい。右か左かは進行方向により決めるとの事だ。
 とりあえず全員で右側通行し、鳥居をくぐる。くぐる時はお辞儀をした。

 神社内は結構広く、拝殿と呼ばれる参拝用の建物に真っ直ぐ道が続いていた。この道は綺麗に切りそろえられた石造りで、道の左右には砂利が敷き詰められている。でも別にこの砂利道を通っても問題は無いらしい。
 そして拝殿に続く道の途中では手水舎と呼ばれる手と口を清める水場がある。ここで手と口を清めてから参拝するのがマナーらしい。

 手水舎は、私の腰くらいの高さの大きな正方形の石造りで、真ん中部分がくり抜かれて水溜めになっている。水溜めの上には細い竹が置かれていて、その竹の中から水がちょろちょろ注がれていた。これはどういう仕組みなのか分からないが、風情がある。
 手と口の清め方がまたややこしい。ひしゃくと呼ばれる水を汲む道具を使うのだが、まず左手、右手を水で流し、次に左手で水を受け、口をすすぐ。そしてまた左手を流し、最後に使ったひしゃくを洗い流すのだ。

 しかし作法は作法なので、できるだけ忠実に皆手と口を清めた。ライラは大変そうだったので私が手伝った。
 そしてようやく参拝。なのだが。

「参拝ってこの土地の神様に祈る行為でしょ? 旅人の私達が祈ってもいいの?」

 しかも魔女と妖精と吸血鬼。およそ神に祈る面々ではない。

「……観光スポットだから別にいいんじゃないの?」

 ベアトリスに言われ、はっとする。
 そうか、ここ観光スポットか。神様を祀っているって結構厳かなイメージなんだけど、意外と親しみやすい場所なのかも。
 でも参拝方法は事細かだったり、神社自体は立派だったり、軽々に扱っている感じでもない。

 何だか不思議な感じ。……こういうその町独特の価値観を体験できるのも旅の醍醐味だ。
 とにかくせっかく来たのだから、数日後に旅立つとしても祈っておくことにした。
 参拝する時は自分の願い事を願ってもいいらしい。というか、観光目的で来た人はお願い事をする為参拝するというのだ。
 なので私達も願望を訴えておく。

「これからもおいしいごはんが食べられますように」
「カニが絶滅しませんように」
「世界がラズベリーになりますように」

 ……ひどい。我ながらひどい集団。願望だだ漏れ。特にライラ。実はそんな願望持ってたんだ。……でもそれ、カニ食べたいから絶滅して欲しくないだけだよね……?

「さて、参拝も終わった事だし、お昼ごはんを食べに行きましょう」
「そういえばそれが目的だった……目当てのお店がここにあるんでしょ?」
「ええ、入り口の右手側に行った方らしいわ」

 入り口とは鳥居の事だ。早速鳥居をくぐって神社外に出て、右手方向を目指す。
 神社の右手側には観光客目当ての飲食店がたくさん立ち並んでいた。その中の一つをベアトリスが指さした。

「あれよあれ」

 そのお店は真っ黒い外観で、真っ赤な字で牛すき、と書いてあった。

「牛すき……って何?」

 料理名なのか、はたまたただの店名なのか、それすら分からない。

「料理名よ。性格にはすき焼きと言うらしいわ。あそこはそのすき焼きの専門店」
「すき焼き?」

 ピンとこない料理名に首を傾げるが、ベアトリスはさっさと店前に歩いて行ってしまう。

「実際に見ればどんな料理か分かるわよ。さあ、行きましょう」

 言って、そのままお店の中に入っていく。
 本当に思い切りが良い……まあ、ベアトリスが食べたい料理ならおいしいに決まってるだろうけど。
 私もすぐに後を追いかけ、ベアトリスと共にテーブル席に腰かけた。

「牛すきを一つ」

 どうやら牛すきは複数人で食べる料理らしく、ベアトリスがそう注文する。
 すると、パチパチと火が燃える深い鉄皿がやってきて、その上に鉄鍋が置かれた。
 鉄鍋の中には……何やら黒っぽい液体に牛肉や豆腐、ネギに春菊、シラタキが入っている。

「牛すき……いや、すき焼きって鍋料理なんだ」

 なるほど、これは確かに複数人で一つで十分かも。

「大雑把に言うと具材を甘辛いタレで煮込む料理ね。ただ色々食べ方はあるらしく、まず肉を焼いて食べてからタレをそそいで煮込み始めるところもあるらしいわ」
「へえー……鍋なのにまず肉を焼いて食べたりするんだ」

 何か不思議だ。
 しばらくすると、鍋がぐつぐつと煮えてきた。その頃合いに、私達の前にごはんと生卵が入った小皿がやってくる。
 ごはんは分かるけど……卵はなに?

「すき焼きは生卵を絡めて食べるのが一般的らしいわよ。ほら、この小皿に生卵を割って、箸で溶くの」
「ええ……卵を生で食べるんだ」

 なんだかちょっと抵抗感。半熟は好きだけど、完全に生は初めて食べる気がする。
 でもこの町ではそれが一般的なら……やるしかない。
 小皿に卵を割り入れ、箸で軽くしゃかしゃか溶く。

 ……うーん、これに具材を絡めて食べるのか。
 私はちょっと気が乗らなかったが、対面のベアトリスは平然とした顔で具材を絡め、ぱくっと一口食べた。ちなみに食べたのはネギ。

「あら、おいしい」
「え、本当?」
「本当よ。甘辛い味付けが卵でまろやかになっていい具合だわ」

 本当かなぁ……私は牛肉を掴んで生卵に絡め、思い切って口に入れてみた。

「……あ? 悪くないかも」

 意外と……意外といける。生卵に抵抗感あったけど、悪くないぞ。というかおいしいぞ。
 ベアトリスの言った通り、味がまろやかになる。それでいてしっかり甘辛く、濃厚。ごはんが欲しくなる味わいだ。

「リリア、私も食べる」

 様子見していたライラも私が意外といけたのを見て、小さい体で器用に箸を使って食べ始める。

「……うん、私は生卵全然問題なし。おいしいわ」

 もともと生卵への抵抗感が薄かっただろうライラは、軽々と受け入れていた。
 しかし……鍋で煮た具材を生卵に絡めて食べる発想はすごい。まず卵を生で食べるのが私の中には無かった価値観だし、それをまるでソースのように具材につけるのも考えられなかった。

「どうやらこの町では、生卵をごはんにかけて食べる卵かけごはんっていうものがあるらしいわよ」

 パクパク小気味良くすき焼きを食べていたベアトリスが、そんな小ネタを言ってくる。

「ええ……さすがに生卵をごはんにかけるのは……」
「もちろん醤油とかで味付けをするらしいけどね」

 うーん、それならいける……か?
 でも卵かけごはんは私にはハードル高そう。かなり思い切った気持ちにならないとできなさそうだ。

「確か卵かけごはん専用の醤油とかも売ってるらしいし、小ネギとかのトッピングを入れたり、醤油じゃなくてステーキダレで食べたりと、人によって多様なこだわりがあるらしいわ」
「……その卵かけごはんに対する情熱、なんなの?」

 この町の人そんなに卵かけごはん好きなの?
 ……もしかしてこのすき焼きの生卵、ただただ生卵が好きだから一緒に食べてるだけなのでは……?
 確かにすき焼きに生卵は結構おいしいから、別に良いけど……。

 卵かけごはんか……生卵をかけたごはん……うーん。
 すき焼きの生卵でハードルが少し下がっているのか、ちょっとやってみたい気持ちもありつつ……でも怖かったりもしつつ。
 悶々としながらすき焼きを食べ進める私だった。

 でもいつか挑戦してみたい。卵かけごはん。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

処理中です...