魔女リリアの旅ごはん

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90話、朝食代わりのドーナツ

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 一度帰宅すると決めた翌日の朝。私は早起きをして湖町クラリッタを出発する準備をしていた。
 準備とはいうが、別に大荷物を持っているわけでもなく、宿屋で借りた部屋に私物を広げていたわけでもない。一通り部屋を見て回り、何かうっかり置き忘れていたものが無いか確認した程度だ。

 準備というのはむしろ、家に戻るまでの経路を改めて確認し、経由する町までの道のりをある程度予想することの方だ。これをしておかないと、出発するに当たって野宿用のごはんを買い置きできない。
 夜ごはん抜きの野宿なんて想像するのも嫌だ。外で寝るしかないのなら、せめてごはんくらいは食べておきたい。

「ふわぁ……おはよう、リリア」

 帰宅経路を確認し終えた頃、ライラがもぞもぞとベッドのシーツをかき分け起きてくる。

「おはよう、ライラ。今日は朝ごはん食べて買い物をしたら出発するつもりだけど、お腹すいてる?」
「まだ眠いけどお腹は空いてるわ……眠いけど」

 こっくりと首を揺らしながら目をこするライラは、なぜかまたベッドに横たわった。

「二度寝するつもり?」
「ううん……最後にこのベッドの柔らかさを体で覚えているの。別に野宿は全然平気だけど、一度この柔らかいベッドを体験したらどうしても比べちゃうわ」

 自然の中で生きる妖精であっても、ベッドに慣れると名残惜しいんだ……。
 別に急いでいるわけでもないので、ライラの気が済むまでしばらく待っておいた。
 やがてライラはのそりと起き上がり、ベッドからジャンプするように勢いをつけ羽ばたきだした。

「うん、完全に体がこのベッドの感触を覚えたわ。これで野宿でもベッドで寝ているのと同じよ」
「どういう理屈?」

 発言の意味はさっぱり理解できなかったが、もし本当にそうであるなら羨ましい。私も野宿であってもベッドで寝た気分になりたい。

「それで、朝ごはんはどうするの?」

 眠気が覚めて食い気だけが残ったライラが、催促するように私の周りを飛び回る。

「近くにドーナツ屋さんがあったから、朝ごはんはドーナツにしようかなって」
「ドーナツ? それってお菓子みたいなものじゃないの?」

 妖精とはいえ、さすがに私と旅をしてきたからか、ドーナツがどういうものか知っているらしい。教えたことあったか分からないが、多分町中で見かけて覚えていたのだろう。

「お菓子みたいなものだけど、別に朝ごはん代わりに食べても問題ないよ。甘いから目も覚めるし」
「ふーん、おいしいなら別に問題ないわ」
「ドーナツって言っても、色々種類があるけど……まあここで話すよりお店で食べたい物探そうか」

 宿屋を後にして、早速近くのドーナツ屋へと向かう。
 朝から開いてるドーナツ屋さんだけあって朝食代わりに食べる客が多いのか、店内はそこそこひと気があった。

 ドーナツの甘い匂いだけでなく、コーヒーの良い香りも漂っている。甘いドーナツを食べて苦めのコーヒーを飲むなんて、中々しゃれた朝ごはんだ。
 普段コーヒーは飲まないけど、今回は頼んでみるのもいいかもしれない。何より甘い匂いの中漂うコーヒーの香りは、かなりそそられるものがあった。

 このドーナツ屋は、店内に設けられているドーナツコーナーに置いてあるドーナツの内、食べたいのをトレイに取って清算。そのまま店内の一角にあるテーブル席で食べられるタイプのお店だ。コーヒーなどの飲み物は、ドーナツを購入する際に注文できる。

 どうやらお店の奥ではドーナツを作っているらしく、順次出来たてのドーナツが陳列台へと運び込まれてくる。
 私もお店のルールにのっとって、まずはトレイを手にしてドーナツコーナーを物色し始めた。

「何だか色々な物があるのね」

 ライラは物珍しそうにドーナツコーナーを飛び回る。言う通り、ここには色んなドーナツが並んでいた。

 ドーナツと一口で言うが、種類は色々ある。
 まず最初に思い浮かべるであろう中心に穴が開いたタイプはリングドーナツ。おそらく一番ベーシックなドーナツで、砂糖が軽くまぶされたプレーンな物のほか、チョコなど甘いソース系でコーティングされた物も多い。

 生地をねじって輪っかにして作るタイプもあり、これはリングドーナツと比べてよりサクっとした食感が特徴的。こちらもチョコソースなどでコーティングしたりする。
 反面、中心に穴が開いてないタイプのドーナツも存在し、これらは大体中にクリームなどが詰められていたりする。

 おおざっぱにドーナツと言うと私はこれらが思い浮かぶが、おそらく種類はもっと色々あるだろう。
 なにせドーナツは、小麦粉に砂糖や卵、水や牛乳などを混ぜて生地にし、それを揚げる料理。シンプルなお菓子ゆえ、形も味も色々とアレンジが加えられるのだ。地域地域に特徴的なドーナツが存在していても不思議はない。

 この辺りは、知れば知るほど何がドーナツなのか分からなくなってくる。ドーナツだけじゃない。同じ名前の料理でも地域によって差があるので、知るほどに元々抱いていた概念が崩されていくのだ。
 だから細かい理屈は抜きにして、おいしければそれでいいじゃん、と開き直る方がいいと私は旅の中で悟った。

 なので今回もおいしそうなドーナツを食べよう。まずはどれを取ろうかな……。
 ひとまずライラ向けに、一番ベーシックなリングドーナツを選択する。プレーンな奴を取りつつ、チョコでコーティングされていたのがおいしそうだったのでそちらも取っておく。

 これでもう二個。正直朝食には十分だけど……穴が開いてないタイプのも食べたい。クリームが入ったドーナツって、結構好きなんだよね。
 だからクリームドーナツもトレイに乗せてしまった。これで三個……ライラも居るし、朝から食べ過ぎって事にはならないよ、多分。

 これ以上ドーナツコーナーにいると、あれもこれも食べたくなって迷い始めるので、すぱっと清算してもらう。料金を払いつつ、コーヒーを一つ注文。紙コップに入ったコーヒーをトレイに乗せて、適当なテーブル席に座る。
 とりあえずプレーンなリングドーナツとチョココーティングドーナツを二つに割っていると、ライラがトレイの傍へと座って言ってきた。

「三個もあるから、私もうちょっと小さ目でいいわ」
「えっ」

 ライラと半分こにする計算だったが、当てが外れてしまった。朝からこんなに食べきれるかな……。
 ちょっと不安になったが、最悪最後のクリームドーナツは手を付けずに持ち帰り、後でおやつ代わりに食べてしまえばいいと前向きに考える。

 ライラの希望通り、二つに割ったドーナツの片方をもう少し小さく割り、準備ができたので一緒に食べることに。
 まず最初に食べたのは、プレーンなリングドーナツ。軽く砂糖がまぶされているので甘さが強く、食感はしっとりとしていた。

 油で揚げているとはいえ、ドーナツの食感は基本しっとり系だ。パンとは程遠いが、ケーキなどの焼き菓子に近い感じ。
 朝食代わりに食べるドーナツは、中々おいしい。朝から甘い物って重そうに思えて意外とぺろりといける。寝起きでエネルギーがない体が糖分を欲しているのだろうか。

「うん、甘くておいしいわね。毎朝これでもいいかもしれないわ」

 ライラはドーナツの味にご満悦なのか、リスのように頬を膨らませながらもぐもぐ食べていた。いつも比較的上品に食べるのに、珍しく口の端にドーナツの欠片がついている。それだけ夢中なのだろう。

 次に食べたのはチョコでコーティングされたタイプ。こちらはチョココーティング部分がパキっとした食感で、ドーナツ部分はやはりしっとり系。パキパキしたチョコの食感は中々いいアクセントだ。
 しかしなぜだろう、チョコよりドーナツ部分の方がはるかに甘く感じる。甘さの質の違いか、それともこのチョコがビタータイプなのか。おいしいからどちらでもいい。

 二つを食べ終えた所で、一度コーヒーを飲んでみる事に。
 甘ったるいドーナツの味が口に残る中でコーヒーの香りを嗅ぐと、すごく飲みたくなってくる。その気持ちのまま口をつけ、少量飲んでみた。

「……やっぱり苦いな」

 今回甘いドーナツに合わせるという事で、コーヒーには砂糖も牛乳も入れてない。
 苦いのは予想のうちだが、ブラックだと何だか口当たりが重く感じてしまう。飲み慣れていないからだろうか?
 ドーナツの甘さを中和するのはいいんだけどね……口の中が重い。砂糖はともかく、牛乳は少し入れても良かったかな。

「リリア、私もコーヒー飲みたい」
「苦いけど大丈夫?」
「あら、そうなの? こんなに良い香りなのに苦い飲み物なのね」

 ライラは少し戸惑っていたが、やがてゆっくり一口飲んでみた。

「……本当ね、苦い。でも苦みの中にほど良い酸味があっておいしいわよ」
「……ライラ、ブラックコーヒーのおいしさ分かるんだ。大人だね」
「私だってレディだもの」

 ……誇らしげなライラに、口の端にドーナツついてるとはとても言えなかった。
 私はあいにくブラックをそこまで好きになれなかったけど、この苦さのおかげで最後のクリームドーナツを食べたくなった。

 ライラはやはり三分の一程度で良いようだが、残り全部私だけで食べられそうだ。
 なのでライラの分を取り分け、残り三分の二のクリームドーナツに口をつける。
 最後に残していたクリームドーナツは、前の二つと違って生地の甘さはそれほどでもない。代わりに中のクリーム部分が甘く、ちょっと淡泊なドーナツ部分と高相性だ。

 中のクリームの甘さが一番目立っているが、生地のおかげでシュークリームとはまた別の食べ物になっている。
 ドーナツ生地はもちもちした感じで、揚げパンのような食感だ。シュークリームよりクリームパンの方が近いかも。

 コーヒーを飲みつつ食べていると、あっという間に全て食べ終えてしまった。
 意外とぺろりと平らげてしまったが、食べ終えると中々ずしんと胃にきていた。
 私は残った苦いコーヒーを飲みながら、しばらくゆっくりと時を過ごすことにした。
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