魔女リリアの旅ごはん

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64話、モニカの好きな雑な焼肉

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「あ~、ついにこの時間が来ちゃったか」

 太陽がすっかり沈み込み、夜が訪れていた。辺りは暗闇に包まれてしまっている。
 そんな中私たちは、テルミネスの町で買ったランプをつけて簡易照明としながら、野宿場所を探していた。

「街道を少し外れたところに原っぱっぽいのが見えるから、今日はあそこで野宿しようか」

 ちょうど野宿に適した場所を見つけ、早速そこへ向けて歩き出す私。モニカはため息をついて、数歩遅れて私の後をついてくる。

「あんた本当に野宿するつもりなのね」
「言ったじゃん、普通に野宿するって」
「聞くのと実際当たり前のように行動するあんたを見るのとではねぇ……はぁ、いつからこんな野宿をするような子になったのか」
「旅を始めてからだよ」

 モニカはやはり野宿をするのが心底嫌なようだ。
 私だって別に野宿するのが好きだという訳ではない。魔術で火を起こせるとはいえ、やはり外で一晩過ごすのは落ち着かなくて不安になる。
 でもライラが着いてくるようになってからは、野宿に対する不安はそこまで感じなくなってきた。暗闇の中一人でじっとしているのは辛いが、そこに話し相手がいれば気が楽になる。

 そうやって余裕ができると、夜の風景を楽しむ心も生まれてくるし、野宿なりの楽しみが見いだせてくるのだ。
 なにより外で作って食べるごはんは、どれだけ簡単な物でも不思議とおいしく感じる。
 暗い夜の中、微かな明かりをしるべとして食べる暖かなごはんは、旅の中でしか味わえないごちそうだろう。

 今日はモニカもいるので、なおさら野宿も憂鬱ではなかった。モニカはこう、華があるというか、周囲を明るくさせる雰囲気を常に纏っている。暗闇の中でもそれは損なうことがなく、私を明るい気分にさせてくれるのだ。
 原っぱにたどりついて、まずは適当な大木のそばに陣取り、魔術で火を起こす。これで大きな明かりは確保できたし、大木の幹を背もたれにすることもできる。

「よし、じゃあ早速ごはんにしよっか」

 野宿での楽しみといったらもうごはんしかない。辺りはすっかり真っ暗闇だが、ここは寒冷地なので日が落ちるのは結構速いので、まだ夜ごはんには少し早い時間帯だろう。
 でも野宿をするのなら、余計な体力消費を抑えるため基本早寝をした方がいい。だからさっさとごはんを食べてしまうのも手だ。
 それに野外で料理をするとなると結構時間を食うので、早め早めに行動するべきだろう。

「今日は何を食べるの?」

 ライラは夜ごはんが待ちきれないとばかりに私の魔女帽子のつばから降りてきた。
 ライラの質問に答えるため、とりあえず鞄の中を覗き込む。適当に見繕って料理をするとしよう。

「あー、ちょっと待ちなさいリリア。夜ごはんなら私が準備するわ」

 モニカに言われ、私は驚きに目を開く。

「え、モニカが?」
「そうよ。こんな野宿をするならせめてごはんはおいしいのが食べたいから、色々買っておいたの」
「……モニカって、料理できたっけ?」

 私の記憶では、モニカは家事全般ダメだった気がする。しかも本人も家事をうまくなろうとするつもりすらなかったはずだ。
 でもこうして会うのは数年ぶりの幼馴染は、あるいは料理の一つや二つできるようになっているのだろうか。

 私の訝しむ視線を受けとめて、モニカは自信たっぷりに微笑んで自分の鞄を開け放った。
 そこに詰まっていたのは……大量のお肉。おそらくテルミネスの町で買ったのだろう。簡単にパック詰めされた様々お肉がひしめいている。

「肉よ。肉を焼きましょう」
「……」
「なによ、黙っちゃって」
「いや、もしかして料理できるようになったのかと思っちゃったから」
「できるわよ、お肉焼くくらい」

 料理かな、それ。

「それにしても肉ばっかり……」
「肉だけじゃなくて、肉にかけるタレもいくつか買ってきたわよ」

 呆れる私の視線を意にも介せず、モニカは鞄の中から次々肉を出していく。
 モニカは小さい体のくせして、結構な肉好きだ。
 肉が好きな理由は、多分本人が料理できないのも影響しているのだろう。お肉はしっかり焼いてタレをつけて食べれば、文句なくおいしいもん。

「こんなにたくさん食べられるかな」

 モニカが買ってきた肉の山を見ながら私は呟く。どれも新鮮なお肉だった。おそらく常温で放置するには今日一日が限界だと思う。

「とりあえず全部焼いて、食べられなかったら明日食べればいいのよ。焼けば後一日くらい持つでしょ?」

 モニカの言う通り、しっかり火を通せば明日一日くらいは持つかもしれない。それにただ焼くだけではなく、煙でいぶして燻製にすれば保存食にもなるかも。
 そう考えるといっぱいあっても問題にはならないか。

「さあ、焼くわよー。あ、リリア、フライパン持ってる? あったら貸して。リリア方式でテレキネスで焼くのもいいけど、そうすると肉汁がもったいないのよねー」

 小さいフライパンなら持っているので、鞄から出してモニカに手渡した。それにしても、私がフライパン持ってなかったらどうするつもりだったんだろう。肉汁全部火に零れていたぞ。
 モニカは慣れた手つきで包装紙を外し、お肉をフライパンに並べて焼いていく。
 あっという間にフライパンからは肉の焼けるおいしそうな匂いが漂いだした。

「良い匂い。お肉ってシンプルに焼くだけでこんなにおいしそうなのね」

 匂いにつられたのか、ライラは羽根を動かしてモニカの魔女帽子のつばにとまった。

「もしかしてライラちゃんって、こういうシンプルな焼き肉は食べたことないの?」
「お肉類は結構食べたことあるけど……確かに、ただ焼いただけのお肉は初めてかも」
「そうなんだ。もったいないわ。いい? お肉ってのはこうしてただ焼いて適当に味付けして食べるのが一番おいしいのよ」

 それはモニカの一番だと思うんだけど。
 でも思い返してみると、確かにこういうシンプルな焼き肉は食べてなかったな。お店で食べる時は野菜と一緒に絡めてあったり、もっと調理が施されているのが普通だもん。
 手間もかからないし、シンプルな焼き肉は旅途中の野宿には意外と悪くないかもしれない。問題はお肉が日持ちしないことだけど。

 モニカは軽く塩コショウで味付けしながらお肉を焼き、ちょうどいい具合に焼けたところで取り皿に肉汁ごとうつした。

「ライラちゃん食べてみて。これだけで本当おいしいから」

 モニカは私が準備した食器類の中から箸を選び、ライラが食べやすいような大きさのお肉をつまんで彼女の口元へと近づける。モニカってお箸普通に使えるんだ。
 ライラは出来立ての焼いたお肉をおずおずと口に迎え入れ、もぐもぐ食べ始めた。

「んっ! おいしいわよっ」

 おいしさのあまりか、ぱぁっと顔を明るくさせるライラ。モニカはそれを見て、嬉しそうに笑った。

「そうでしょ!? そう、これよ。お肉はシンプルに食べるのが一番なのよ!」

 力説しながら自らもお肉を頬張っていく。
 私はその様子を見ながら、かつてモニカと過ごした幼馴染の日々を思い返した。

「モニカってさ、そういう焼いただけの雑な料理好きだよね」
「雑じゃなくてシンプルな料理って言ってちょうだい」

 モニカは拗ねたように眉をひそめる。

「いい? 素材が良ければシンプルな料理の方が味が映えるのよ。マジックショーだって、変にこねくり回して複雑な魔術を使うより、ぱっと明るく光を動かす方が見る人を惹きつけるの。料理もそれと同じだわ」

 なんてもっともらしいことを言いながら、意気揚々と次の肉を焼きだした。

「ふんふんふーん♪ ささみバラロースサーロイン♪ ももかわ手羽胸タンにヒレ♪」

 しかも意味不明な鼻歌まで歌いだした。耳を澄ましてよく聞いてみると、肉の部位の鼻歌だ。焼き肉好きにもほどがある。
 鼻歌つき全自動焼き肉器と化したモニカは一端放っておいて、私は小さなボウルを取り出してそこに肉を入れタレをそそいでいく。

「リリアはなにしてるの? 食べないの?」

 子供用お箸を手にして器用にお肉を取り食べていたライラが、一向に食べようとしない私に気づいて近づいて来た。

「食べるよ。ただ今はちょっと作業中」
「じゃあはい」

 ライラは、モニカが彼女にやったように、私の口元にお肉を運んできた。
 ボウルにとぷとぷタレをそそぎながら、差し出されたお肉をぱくりと食べる。

「んっ、本当だ、普通においしい」

 肉汁をまとったお肉は、少し時間が経ったのでちょうどいい温度になっている。塩コショウがほんのり効いているだけのとてもシンプルな味だったけど、とてもおいしい。モニカの言う通り、お肉は軽く味付けして焼くだけでおいしさ十分かも。

「で、リリアは何の作業中?」
「お肉をタレにつけこんでみたんだよ。こうして味付けがてら水分を含ませ続けたら、焼かなくても後一日は持つかなって思って」

 軽くボウルを揺すり、肉とそそいだタレを均一にする。十数分くらいおけばしっかり味が染み込むはずだ。
 するとモニカは、こちらを見もせずお肉を焼きながら言った。

「それいいわね、タレ漬け肉。後で焼くわ」
「……私の話聞いてた?」

 保存するつもりないじゃん。完全に全部焼く気だ。
 でもまあ、いいか。今日はもう肉をじゃんじゃん焼いてパーティーにしてしまおう。残ったら残ったで、その時処理を考えればいいのだ。せっかく三人で野宿なんだから、明るくごはんを食べてしまう方がいい。

「はい、次の肉が焼けたわ。次はレモン汁で軽くさっぱり食べましょう」

 どうやらモニカなりにお肉を食べる際の味付けのローテーションがあるらしい。最初は塩コショウ、次にレモン汁、そしてタレと、どんどん味付けを濃くしていくつもりのようだ。

「濃い味付けのをいくつか食べた後は、また塩コショウやレモン汁に戻るのよ。そうしたら無限に食べられるから。実際私はこのローテーションで無限に肉を食べたことあるわ」
「……真顔でなに言ってるの?」

 でもモニカの言う通り、途中でさっぱりした味付けで食べると結構食欲が増していく。
 パンやごはんなどの炭水化物無しで食べているせいもあってか、私たちは用意したお肉を全部食べ尽くす勢いだった。
 こうして、モニカとの雑な焼き肉パーティーは過ぎていく。不思議なもので、たった三人で軽く言葉を交わしながら肉を焼いて食べているだけなのに、この場が明るくなったような雰囲気があった。

 やっぱり、モニカは場を明るくする華を持っているのだ。マジックショーはきっと、彼女の天職なのかもしれない。
 モニカのもう一つの天職があるとすれば……きっとこうしてお肉を焼くだけの仕事だろう。そんな職、あるはずないけど。

「はい、追加の肉焼けたわよ~」

 またモニカが肉を焼いたようだ。私たちの焼き肉パーティーは、まだまだ続いていく。
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