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63話、モニカとの旅路、ベーコンチーズパン
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クロエとの待ち合わせ場所である魔術遺産を目指して、私とライラ、そしてモニカの三人はテルミネスの町を出立していた。
まだ朝を少し過ぎた程度の時間帯。この地域は寒冷地で肌寒いが、今日は日差しがやや強い。
「日差しが強いのに全く暖かくないわね。これじゃあただ肌に悪いだけだわ」
モニカは嫌そうに空を見上げ、魔女帽子のつばを少し下げた。顔に日の光が当たらないようにしているのだ。
モニカは肌が弱いので、昔から日焼けには気を使っている。
一方私はというと、その辺結構無頓着。そんなに日焼けするたちでもないし。
それにモニカは暖かくないと言ったが、日差しが肌に当たるとほんのり暖かく感じる。日差しがやや強めなのは私としては歓迎だった。
「クロエとすれ違いになるって可能性は無いの? 私たちがたどりつく前にクロエが帰っちゃうとか」
これからクロエに会いに行こうとする私たちだが、今から手紙をやり取りして意志疎通をするのは不可能なので、とにかく件の魔術遺産へ向かうしかない。
しかしこうして徒歩で向かっては時間がかかるし、モニカいわくもうクロエは出発しているらしいから、そういったすれ違いも考慮しなければいけなかった。
だけどモニカはあっけらかんと言った。
「大丈夫じゃない? なんでも現地に一週間は滞在するつもりらしいわよ」
「一週間も? 魔術遺産に?」
どうやらクロエは、かなり本格的に調査をするつもりらしい。私だったら魔術遺産に一週間も滞在するとか絶対にごめんだ。
魔術遺産には、通常の法則とは違った独自のルールが流れている。いわば常識が通じない領域なのだ。そんなところに長く居座っていると、それだけリスクも高まる。
とはいえ、魔術遺産の全てが危険な物かというとそれは違う。以前出くわした卵がわく泉なんて、一見不気味だったけどただ泉から卵がわき上がってくるだけで、食べても大丈夫なやつだった。
ああいった変でありつつも危険性は低い魔術遺産がある一方で、一見普通でありながら危険度は高い魔術遺産ももちろん存在する。
幸い私はまだ出くわしてないけど、もしそんな魔術遺産を発見したらすぐにそこから離れるつもりだ。私は魔術遺産に詳しくないのだから。
これから行く魔術遺産もどういった物かは分からない。もしかしたら危険性のある魔術遺産かもしれない。そう考えると一週間も滞在するなんてありえないと思えた。
でもそう思うのはあくまで魔術遺産に詳しくない私だからで、クロエは違う。
クロエは昔から遺跡とか妖精とか古代文字とかに興味があった。しかも今は魔術遺産についてまとめた本を出したいらしいので、魔術遺産についての知識は私よりはるかに上だろう。
ならば、現地調査する前に調査対象の魔術遺産についてある程度調べているだろうし、そんなクロエが一週間滞在するつもりなら特に危険な魔術遺産ではないのかもしれない。
これから行く魔術遺産への不安は少々あったものの、まだ見ぬクロエがいるなら別に大丈夫か、と私は楽観的に考えることにした。
「ねえ……ねえリリア! ちょっと!」
「ん? どうしたの」
「もう何時間も歩きっぱなしよ、私疲れた」
しばらく街道を歩いていたら、突然モニカが立ち止まった。彼女は息をつきながら屈み、ふくらはぎを撫でている。
「あ……ごめん、いつものペースで歩いてたかも」
最初は肩を並べて歩いていたモニカが徐々に私の後ろへと遅れていたのは分かってたけど、それは周囲の景色を見ているからだと思っていた。でもどうやら普段の私の歩くペースについていけてなかったようだ。
「あんたは大丈夫なの? 私もう足痛いんだけど」
「んー……ちょっと疲れたかな。でもたまに丸一日歩きっぱなしの時もあるし、これくらいは普通かも」
「……あんた本当に箒を使わず旅してるのね。尊敬するわ。出不精の癖になんでそんな気力あるわけ?」
「……絶対尊敬してないでしょ」
言葉とは裏腹に呆れたように私を眺めるモニカ。
「私も最初はちょっと歩いただけですぐ疲れたよ。何時間も歩くことってそうそう無いもんね。でもそのうち慣れた」
「慣れの問題? とにかく一端休憩しましょ。朝少ししか食べてないから、お腹も空いたわ」
もう一歩も動けないとばかりに座り込むモニカへ肩をすくめ、ちょっと早いお昼休憩をいれることにする。
適当なスペースがある街道の端に陣取り、腰を落ち着ける私たち。こうして足を休めると、モニカ程ではないけど結構足に疲労が溜まっているのが分かる。
片手で軽くふくらはぎを揉みながら、鞄を開放して中身をごそごそ漁っていく。早いけど昼食の準備をするのだ。
「お昼どうするの? 言ってなかったけど、私基本あんたに任せるつもりなんだけど」
「モニカってさぁ、そういう雑なところ結構あるよね」
「しかたないでしょ、旅なんてしたことないんだから。それにあんたがこういう旅路の途中で何食べてるか気になるし」
「そんな大した物じゃないよ?」
やがて私は鞄から一つの袋を取り出した。袋の中には、やや大きめの真っ白な塊が入ってる。
「何それ?」
モニカは興味深げに袋の上から白い塊をつついてきた。
「パン生地。テルミネスの町について初日の夜にこねといたの。あれから二日立ってるからいい感じに発酵してるんじゃないかな」
「あんたパン作れるの? 驚きね」
私の魔女帽子のつばに座っていたライラが、ひょこっと顔をのぞかせる。
「以前ビスケットを作ったことはあったけど、パンは初めてね」
「ふぅん……じゃあ失敗する可能性もあるんだ」
「モニカ、不吉なこと言うの止めて」
実際本当にこれでパンを作れるのか私もよく分かっていない。
このパン生地は小麦粉と水と塩を混ぜて練った物。つまりライラが言っていた、前作ったビスケットと実質同じ成分の生地だ。
しかしあれとは違って、二日以上寝かせて発酵させてある。生地を寝かせるとはつまり常温で放置するという事で、そうするとイーストが生地内の糖分を取り込んで炭酸ガスを発生させ、それで生地が膨らむのだ。
今私が持っている袋詰めの生地も、最初練った時より二倍ほど大きくなっている。これは十分発酵できているという証拠だろう。多分。
十分発酵が進んだ生地は、焼くとふっくらしてモチモチとした食感になる。つまり、パンになるのだ。
逆に発酵が足りないと焼いた時に膨らまず、生地内に気泡も無いので固い焼き上がりになる。ビスケットやクラッカーがそうだ。
しかし、発酵が進んでいても焼く時の生地の形や火加減などで、固い焼き上がりにもできる。ちなみに細くカットして茹でれば麺になる。
小麦粉を水で練っただけなのに、発酵度合から生地の形、火加減、焼いたり茹でたりといった調理法、などで色んな料理に変貌する。
なんだか不思議だ。世の中に色んなパンがあるのは、この生地の不思議な特性のおかげなのだろう。
それで今日作るのは、いわゆる普通のパン。発酵させた生地なのでモチモチとした食感になるのを期待している。
「……で、ここからパンをどうやって作るわけ?」
料理についてさして興味が無いのか、モニカは全く見当がつかないようだ。
私は袋を開いて生地を取り出し、それを軽くこねだした。
「適当に形を整えてゆっくり焼くだけだよ。生地作って発酵させた段階でほぼできてるも同然なの」
「……本当に? にわかには信じられないわ」
「モニカってさ……料理とかしたことないの?」
「料理は食べる物よ、リリア」
「ああ、納得」
料理への興味は、魔術とマジックショーにかける情熱の一かけらも持ち合わせてないらしい。
とはいえ私もモニカへ大きなことは言えない。真面目に料理やるようになったのはつい最近だし。それも魔法薬の調合過程に似た楽しさが少しあるかなって思えるからやってるふしがある。
私もモニカとそんなに変わらないのかもしれない。
そんなことを考えながらパン生地を三つにとりわけ、角を丸くした長方形に形作る。その上にベーコンを一切れずつ置き、更にチーズを乗せていった。
「モニカ、火を起こしてくれる?」
「え? 魔術でいいのよね」
モニカは腰にさしていたステッキを抜き、地面に向けて一振りした。するとそこに程よい加減のたき火が生まれる。
私がそうであるように、モニカも魔術を使う際別にステッキなどを使う必要は無い。しかしモニカはショーでステッキを使うので、普段魔術を使う時もステッキを振るう癖をつけているらしいのだ。
なんでもそういう細かいところがショーでの自然な振る舞いに影響するとのこと。その情熱を料理にも向ければいいのに。
モニカが起こしてくれた火に触れるか触れないか程度離れた真上に、さっき作ったベーコンとチーズをのせたパン生地をテレキネシスで固定する。後はこうしてじっくり焼けば、パンの完成だ。多分完成すると思う。
パチパチと音が立つ魔術の火の上で、空中に固定されて浮かぶ三つのパン生地。その光景を眺めながらモニカがぽつりとつぶやいた。
「あんた、いつもこんな摩訶不思議な料理してるの?」
「え? どこが不思議?」
「不思議も不思議でしょ。テレキネシスで火の上に食材置いて焼くとか、なんか一周回って原始的よ。あんたは古代の魔女か」
「え、古代魔女っぽいのこれ……我ながら魔術の良い使い方だと思ってるんだけど」
「いや、私も古代の魔女がこんなことしてたのか知らないけどね。その辺りはクロエに後で聞いてみましょう」
でも確かに、古代のまだ文明が発達してない頃に魔女がいて魔術が使えたとしたら、こうして野外で魔術による火を起こしてテレキネシスで食材焼いてる光景はまざまざと目に浮かぶ。
あれ……? もしかして私って原始的魔女に回帰してるの?
魔女のマジックショーという現代の最先端を行く魔女であるモニカと比べると、確かに今の私は古臭い魔女感あるかも……。
「あ、そういえば、モニカ昨日料理ショーをするのもいいかもって言ってたじゃん? どう、これ。魔女の魔術料理って名目でショーできない?」
「こんなの料理ショーじゃなくてただのドキュメンタリーよ。発見! 古代魔女の料理術、とかそういう題目が必要になるわ。それもギャグでやってるのかどうか分からなくて、観客が困惑するタイプよ」
「私の料理、困惑するんだ……」
火の真上で静止するパン生地が香ばしく焼け、ふっくらとしていく。確かにこの光景は困惑するかもしれない。
「あんたの料理はヘンテコだけど、パンの方は結構よく焼けてるじゃない」
「おいしそうな匂いがするわよリリア。元気出して」
パンには程よく焼き目がつき始め、小麦の良い匂いも漂ってきている。ベーコンからも油が浮き出てきて、その上にまぶしたチーズも蕩けていた。
「もう焼けてるんじゃないかな。はい、どうぞ。まだ熱いからちょっと冷ましてから食べよう」
これまたテレキネシスを使ってそれぞれの前に焼き上がったパンを固定する。ついでに風の魔術を使って微風を吹かせ、寒冷地の涼やかな風によって粗熱をとった。
「本当、胴に入ってるわね。風を吹かせて熱も取るとか、あんた魔術料理の第一人者になれるわ」
「褒めてないよね?」
モニカにからかわれつつも、私たちは早速出来立てパンを食べることにした。
パンを持ってみると、感触は結構ふっくらとしていた。やはり発酵させた意味はちゃんとあったらしい。
そして小麦の香ばしい匂いにベーコンとチーズの香りも混じり、とても食欲がそそる。
大きく口を開けて、パンと具材のベーコンとチーズを一緒に口に含む。
中はまだ熱々だったがヤケドするほどではなく、ベーコンの油と溶けたチーズが絡み合って、それが素朴なパンの味と相まってとてもおいしかった。
「へえ、おいしいじゃない。古代魔女の料理も侮れないものね」
「うん、ベーコンとチーズの相性も良くて、とってもおいしいわよリリア」
ライラとモニカもお気に召したようで、上機嫌でパンをかじっている。ただ勝手に私を古代魔女にしないでほしい。
「もうちょっと発酵させたらもっとモチモチだったのかな。次は三日発酵させてみようかな」
あっという間にパンを食べ終えた私は、自然と次のパン作りを考えていた。
ただあまり発酵させすぎると、過発酵になって逆にパン生地がすかすかになる可能性もある。この辺りは何度か作って慣れていかないといけない。
ぶつぶつと次の料理に向けてつぶやく私を見て、ライラとモニカは顔を見合わせていた。
「どうするライラちゃん、リリア本当に古代魔女の料理術極めちゃうかもよ」
「おいしいならそれでいいんじゃないかしら。それにリリアには原始的魔術料理の方が似合ってるわ」
……なんか、もう私のことを好き勝手言ってる二人だった。
まだ朝を少し過ぎた程度の時間帯。この地域は寒冷地で肌寒いが、今日は日差しがやや強い。
「日差しが強いのに全く暖かくないわね。これじゃあただ肌に悪いだけだわ」
モニカは嫌そうに空を見上げ、魔女帽子のつばを少し下げた。顔に日の光が当たらないようにしているのだ。
モニカは肌が弱いので、昔から日焼けには気を使っている。
一方私はというと、その辺結構無頓着。そんなに日焼けするたちでもないし。
それにモニカは暖かくないと言ったが、日差しが肌に当たるとほんのり暖かく感じる。日差しがやや強めなのは私としては歓迎だった。
「クロエとすれ違いになるって可能性は無いの? 私たちがたどりつく前にクロエが帰っちゃうとか」
これからクロエに会いに行こうとする私たちだが、今から手紙をやり取りして意志疎通をするのは不可能なので、とにかく件の魔術遺産へ向かうしかない。
しかしこうして徒歩で向かっては時間がかかるし、モニカいわくもうクロエは出発しているらしいから、そういったすれ違いも考慮しなければいけなかった。
だけどモニカはあっけらかんと言った。
「大丈夫じゃない? なんでも現地に一週間は滞在するつもりらしいわよ」
「一週間も? 魔術遺産に?」
どうやらクロエは、かなり本格的に調査をするつもりらしい。私だったら魔術遺産に一週間も滞在するとか絶対にごめんだ。
魔術遺産には、通常の法則とは違った独自のルールが流れている。いわば常識が通じない領域なのだ。そんなところに長く居座っていると、それだけリスクも高まる。
とはいえ、魔術遺産の全てが危険な物かというとそれは違う。以前出くわした卵がわく泉なんて、一見不気味だったけどただ泉から卵がわき上がってくるだけで、食べても大丈夫なやつだった。
ああいった変でありつつも危険性は低い魔術遺産がある一方で、一見普通でありながら危険度は高い魔術遺産ももちろん存在する。
幸い私はまだ出くわしてないけど、もしそんな魔術遺産を発見したらすぐにそこから離れるつもりだ。私は魔術遺産に詳しくないのだから。
これから行く魔術遺産もどういった物かは分からない。もしかしたら危険性のある魔術遺産かもしれない。そう考えると一週間も滞在するなんてありえないと思えた。
でもそう思うのはあくまで魔術遺産に詳しくない私だからで、クロエは違う。
クロエは昔から遺跡とか妖精とか古代文字とかに興味があった。しかも今は魔術遺産についてまとめた本を出したいらしいので、魔術遺産についての知識は私よりはるかに上だろう。
ならば、現地調査する前に調査対象の魔術遺産についてある程度調べているだろうし、そんなクロエが一週間滞在するつもりなら特に危険な魔術遺産ではないのかもしれない。
これから行く魔術遺産への不安は少々あったものの、まだ見ぬクロエがいるなら別に大丈夫か、と私は楽観的に考えることにした。
「ねえ……ねえリリア! ちょっと!」
「ん? どうしたの」
「もう何時間も歩きっぱなしよ、私疲れた」
しばらく街道を歩いていたら、突然モニカが立ち止まった。彼女は息をつきながら屈み、ふくらはぎを撫でている。
「あ……ごめん、いつものペースで歩いてたかも」
最初は肩を並べて歩いていたモニカが徐々に私の後ろへと遅れていたのは分かってたけど、それは周囲の景色を見ているからだと思っていた。でもどうやら普段の私の歩くペースについていけてなかったようだ。
「あんたは大丈夫なの? 私もう足痛いんだけど」
「んー……ちょっと疲れたかな。でもたまに丸一日歩きっぱなしの時もあるし、これくらいは普通かも」
「……あんた本当に箒を使わず旅してるのね。尊敬するわ。出不精の癖になんでそんな気力あるわけ?」
「……絶対尊敬してないでしょ」
言葉とは裏腹に呆れたように私を眺めるモニカ。
「私も最初はちょっと歩いただけですぐ疲れたよ。何時間も歩くことってそうそう無いもんね。でもそのうち慣れた」
「慣れの問題? とにかく一端休憩しましょ。朝少ししか食べてないから、お腹も空いたわ」
もう一歩も動けないとばかりに座り込むモニカへ肩をすくめ、ちょっと早いお昼休憩をいれることにする。
適当なスペースがある街道の端に陣取り、腰を落ち着ける私たち。こうして足を休めると、モニカ程ではないけど結構足に疲労が溜まっているのが分かる。
片手で軽くふくらはぎを揉みながら、鞄を開放して中身をごそごそ漁っていく。早いけど昼食の準備をするのだ。
「お昼どうするの? 言ってなかったけど、私基本あんたに任せるつもりなんだけど」
「モニカってさぁ、そういう雑なところ結構あるよね」
「しかたないでしょ、旅なんてしたことないんだから。それにあんたがこういう旅路の途中で何食べてるか気になるし」
「そんな大した物じゃないよ?」
やがて私は鞄から一つの袋を取り出した。袋の中には、やや大きめの真っ白な塊が入ってる。
「何それ?」
モニカは興味深げに袋の上から白い塊をつついてきた。
「パン生地。テルミネスの町について初日の夜にこねといたの。あれから二日立ってるからいい感じに発酵してるんじゃないかな」
「あんたパン作れるの? 驚きね」
私の魔女帽子のつばに座っていたライラが、ひょこっと顔をのぞかせる。
「以前ビスケットを作ったことはあったけど、パンは初めてね」
「ふぅん……じゃあ失敗する可能性もあるんだ」
「モニカ、不吉なこと言うの止めて」
実際本当にこれでパンを作れるのか私もよく分かっていない。
このパン生地は小麦粉と水と塩を混ぜて練った物。つまりライラが言っていた、前作ったビスケットと実質同じ成分の生地だ。
しかしあれとは違って、二日以上寝かせて発酵させてある。生地を寝かせるとはつまり常温で放置するという事で、そうするとイーストが生地内の糖分を取り込んで炭酸ガスを発生させ、それで生地が膨らむのだ。
今私が持っている袋詰めの生地も、最初練った時より二倍ほど大きくなっている。これは十分発酵できているという証拠だろう。多分。
十分発酵が進んだ生地は、焼くとふっくらしてモチモチとした食感になる。つまり、パンになるのだ。
逆に発酵が足りないと焼いた時に膨らまず、生地内に気泡も無いので固い焼き上がりになる。ビスケットやクラッカーがそうだ。
しかし、発酵が進んでいても焼く時の生地の形や火加減などで、固い焼き上がりにもできる。ちなみに細くカットして茹でれば麺になる。
小麦粉を水で練っただけなのに、発酵度合から生地の形、火加減、焼いたり茹でたりといった調理法、などで色んな料理に変貌する。
なんだか不思議だ。世の中に色んなパンがあるのは、この生地の不思議な特性のおかげなのだろう。
それで今日作るのは、いわゆる普通のパン。発酵させた生地なのでモチモチとした食感になるのを期待している。
「……で、ここからパンをどうやって作るわけ?」
料理についてさして興味が無いのか、モニカは全く見当がつかないようだ。
私は袋を開いて生地を取り出し、それを軽くこねだした。
「適当に形を整えてゆっくり焼くだけだよ。生地作って発酵させた段階でほぼできてるも同然なの」
「……本当に? にわかには信じられないわ」
「モニカってさ……料理とかしたことないの?」
「料理は食べる物よ、リリア」
「ああ、納得」
料理への興味は、魔術とマジックショーにかける情熱の一かけらも持ち合わせてないらしい。
とはいえ私もモニカへ大きなことは言えない。真面目に料理やるようになったのはつい最近だし。それも魔法薬の調合過程に似た楽しさが少しあるかなって思えるからやってるふしがある。
私もモニカとそんなに変わらないのかもしれない。
そんなことを考えながらパン生地を三つにとりわけ、角を丸くした長方形に形作る。その上にベーコンを一切れずつ置き、更にチーズを乗せていった。
「モニカ、火を起こしてくれる?」
「え? 魔術でいいのよね」
モニカは腰にさしていたステッキを抜き、地面に向けて一振りした。するとそこに程よい加減のたき火が生まれる。
私がそうであるように、モニカも魔術を使う際別にステッキなどを使う必要は無い。しかしモニカはショーでステッキを使うので、普段魔術を使う時もステッキを振るう癖をつけているらしいのだ。
なんでもそういう細かいところがショーでの自然な振る舞いに影響するとのこと。その情熱を料理にも向ければいいのに。
モニカが起こしてくれた火に触れるか触れないか程度離れた真上に、さっき作ったベーコンとチーズをのせたパン生地をテレキネシスで固定する。後はこうしてじっくり焼けば、パンの完成だ。多分完成すると思う。
パチパチと音が立つ魔術の火の上で、空中に固定されて浮かぶ三つのパン生地。その光景を眺めながらモニカがぽつりとつぶやいた。
「あんた、いつもこんな摩訶不思議な料理してるの?」
「え? どこが不思議?」
「不思議も不思議でしょ。テレキネシスで火の上に食材置いて焼くとか、なんか一周回って原始的よ。あんたは古代の魔女か」
「え、古代魔女っぽいのこれ……我ながら魔術の良い使い方だと思ってるんだけど」
「いや、私も古代の魔女がこんなことしてたのか知らないけどね。その辺りはクロエに後で聞いてみましょう」
でも確かに、古代のまだ文明が発達してない頃に魔女がいて魔術が使えたとしたら、こうして野外で魔術による火を起こしてテレキネシスで食材焼いてる光景はまざまざと目に浮かぶ。
あれ……? もしかして私って原始的魔女に回帰してるの?
魔女のマジックショーという現代の最先端を行く魔女であるモニカと比べると、確かに今の私は古臭い魔女感あるかも……。
「あ、そういえば、モニカ昨日料理ショーをするのもいいかもって言ってたじゃん? どう、これ。魔女の魔術料理って名目でショーできない?」
「こんなの料理ショーじゃなくてただのドキュメンタリーよ。発見! 古代魔女の料理術、とかそういう題目が必要になるわ。それもギャグでやってるのかどうか分からなくて、観客が困惑するタイプよ」
「私の料理、困惑するんだ……」
火の真上で静止するパン生地が香ばしく焼け、ふっくらとしていく。確かにこの光景は困惑するかもしれない。
「あんたの料理はヘンテコだけど、パンの方は結構よく焼けてるじゃない」
「おいしそうな匂いがするわよリリア。元気出して」
パンには程よく焼き目がつき始め、小麦の良い匂いも漂ってきている。ベーコンからも油が浮き出てきて、その上にまぶしたチーズも蕩けていた。
「もう焼けてるんじゃないかな。はい、どうぞ。まだ熱いからちょっと冷ましてから食べよう」
これまたテレキネシスを使ってそれぞれの前に焼き上がったパンを固定する。ついでに風の魔術を使って微風を吹かせ、寒冷地の涼やかな風によって粗熱をとった。
「本当、胴に入ってるわね。風を吹かせて熱も取るとか、あんた魔術料理の第一人者になれるわ」
「褒めてないよね?」
モニカにからかわれつつも、私たちは早速出来立てパンを食べることにした。
パンを持ってみると、感触は結構ふっくらとしていた。やはり発酵させた意味はちゃんとあったらしい。
そして小麦の香ばしい匂いにベーコンとチーズの香りも混じり、とても食欲がそそる。
大きく口を開けて、パンと具材のベーコンとチーズを一緒に口に含む。
中はまだ熱々だったがヤケドするほどではなく、ベーコンの油と溶けたチーズが絡み合って、それが素朴なパンの味と相まってとてもおいしかった。
「へえ、おいしいじゃない。古代魔女の料理も侮れないものね」
「うん、ベーコンとチーズの相性も良くて、とってもおいしいわよリリア」
ライラとモニカもお気に召したようで、上機嫌でパンをかじっている。ただ勝手に私を古代魔女にしないでほしい。
「もうちょっと発酵させたらもっとモチモチだったのかな。次は三日発酵させてみようかな」
あっという間にパンを食べ終えた私は、自然と次のパン作りを考えていた。
ただあまり発酵させすぎると、過発酵になって逆にパン生地がすかすかになる可能性もある。この辺りは何度か作って慣れていかないといけない。
ぶつぶつと次の料理に向けてつぶやく私を見て、ライラとモニカは顔を見合わせていた。
「どうするライラちゃん、リリア本当に古代魔女の料理術極めちゃうかもよ」
「おいしいならそれでいいんじゃないかしら。それにリリアには原始的魔術料理の方が似合ってるわ」
……なんか、もう私のことを好き勝手言ってる二人だった。
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