魔女リリアの旅ごはん

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54話、自作塩ビスケットとチーズ

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 早朝、昨日の夕食後すぐ寝た私の目覚めは良好だった。
 頭はすっきりとさえ、体調も悪くない。全身に活力が満ちている様で、今日の旅も問題なく行えそうだ。
 体調が良い証なのか、寝起きなのに食欲は十分。私はまだ寝こけるライラを起こさないように注意しながら、朝食の準備に取りかかった。

 今日の朝食に作るのは簡単なビスケットだ。昨日の夜のうちに小麦粉に水と塩を混ぜて練り、ビスケット生地を作っておいた。後はそれを焼くだけでいい。
 しかしこの生地、卵も砂糖も使っていないので、ビスケットというよりもクラッカーに近いのかもしれない。だけどクラッカーほど薄く伸ばして焼くつもりはないので、やっぱりビスケットの方が近いかな。
 そんな堂々巡りの考えをしながら火を起こし、小型のフライパンをテレキネシスで火の上に固定。薄く油を引いて十分に熱していく。
 このフライパンはミルライクの町で買っておいたのだ。小さいから旅の邪魔にもなりにくい。その分一気にたくさん作れないけど、ライラと私二人分なら問題ないだろう。

 フライパンが温まったら、一晩寝かした生地を手ごろな大きさにちぎり取って丸め、更に手の平で押しつぶしてできるだけ丸く薄い形にする。
 それをフライパンの上に何個も並べ、ゆっくりと焼いていく。
 その間にケトルに水をそそぎ、また同じ要領で温めお湯を作っておく。このお湯は紅茶を淹れるためだ。
 そうしているうちにビスケットの片面が焼けてきたので、一つ一つひっくり返す。
 裏側を焼いているうちに、今度は取り皿を用意。ミルライクで買ったチーズの塊を適量削り、そこに乗せていく。
 ここまで準備ができれば、後はビスケットが焼けるまで待つだけだ。

「ふわ……なんだか香ばしい匂いがするわ……」

 焼けるビスケットの匂いで目が覚めたのか、ようやくライラが起きだした。彼女は小さくあくびをかいて、もぞもぞとブランケットから這いだす。ちなみにライラが被っていたブランケットは、裁縫用の生地を切って作ったものだ。わりと心地いいらしい。

「おはようライラ、よく眠れた?」
「うん……いっぱい寝た……おはよう」

 まだ眠そうにまぶたを擦るライラは、フライパンで焼かれている物に気づいて興味深そうに近づいて来た。

「それ朝ごはん?」
「そうだよ。ビスケットとチーズ、あと紅茶も」
「軽くていいわね」

 ライラは私のそばにちょこんと座り、朝食ができるのを待ち始める。そう時間は経たずにビスケットは焼き上がった。
 焼けたビスケットを取り皿に入れ、後は紅茶を淹れれば朝食の完成。簡単ビスケットに付け合わせのチーズ、そして紅茶。朝食としてはあっさりめで十分だろう。

「このビスケット、昨日リリアがこねてたやつ?」
「うん、ちょっと不恰好だけど思ってたよりうまくできた気がする」

 出来上がったビスケットの見た目は、さすがに既製品と比べるまでもない。形も大きさも不揃いで、手作り感満載だ。でも焦げているわけでもないので、私的には満足いく仕上がり。
 問題は食べてみてどうか、だ。卵やバターを使ってないので、市販のビスケットと比べるとかなり淡泊な味になっていると思う。しかも塩味だし。

 ただそれ以上に気になるのが食感だ。焼く際にできるだけ生地を薄く伸ばしたけど、へたをすると中がもっちりとした仕上がりになっているかもしれない。生地の水分は少なめにしたが、小麦粉に含まれるグルテンというたんぱく質の量でも焼き上がりも変わってくる。小麦粉のグルテン量に応じて薄力粉、強力粉と種別分けされて売ってたりもするが、今私が持っている小麦粉は安価なのでその辺りの分類不明なやつだ。多分色々混ざってるんだろう。
 とはいえ、小麦粉にくわえる水分量でだいたいの焼き上がりはコントロールできるから、多分サクサクとした仕上がりになっているはずだ。

 不安半分、私は焼き上がったビスケットを食べてみる。
 表面はサクっとした食感で香ばしい。でも中はサクサクとしながらも、もちっとした食感も感じられる。
 噛んだ際の断面を見てみると、中はまだら模様のように空気穴ができていた。ちょっとスコーンっぽいかも。
 味はかなり淡泊。塩気はあるが、卵やバター、ベーキングパウダーなど、その辺りを使ってないのでかなりシンプルな味わい。
 見た目はビスケットのようでいて、クラッカーのような味で、でも食感はスコーンに近くて、そんな不思議な焼き菓子になっていた。
 でもまずいということはない。小麦の風味が感じられる素朴な塩ビスケットだ。そしてその淡泊な味を補うために、チーズも用意してある。

 とりあえずビスケット単体を一つだけ食べた私は、次は違いを楽しむためチーズを乗せて口に運んだ。
 味は塩気があってクラッカーに、そして食感はスコーンに近いため、チーズとの相性は悪くない。チーズの濃厚さが淡泊な味を見事補っている。それにビスケットの塩気がチーズのおいしさを引き立てていた。
 そこに合わせて紅茶を飲むと、なんだか不思議と満足いく朝食のような気がしてきた。
 やや不思議な仕上がりとはいえ、ビスケットとチーズに紅茶という取り合わせは、朝食としては十分。

「ライラ、どう? おいしい?」

 黙々と塩ビスケットを食べるライラに、私は思わず聞いてみる。自作のビスケットだからか、どうしても感想が知りたかった。
 私としては、初めて作ったにしてはまあまあ良くできた方だと思っているのだが、それは作った本人だからかもしれない。ライラから見て、この塩ビスケットは満足いくものなのだろうか。

 すげない返答がくるかもしれない。でも、もしかしたらおいしいと言われるかもしれない。そんな期待と不安が私をドキドキさせる。
 ライラの答えを今か今かと待ちわびる時間は、短いながらも気が遠くなるほど長い体感だった。
 そんな私の気持ちなど知らないとばかりにライラはゆっくり紅茶を飲み、一息ついてから口を開いた。

「……普通、かしら」
「……普通」

 その言葉の意味を一瞬忘れてしまい、私は思わず首を傾げた。
 普通。どこにでもあるような、ありふれたもの。でもそれは、私の作ったビスケットが市販のものと変わらないという意味ではないだろう。

「おいしくないってわけではないわ。淡泊だけど塩気があるし、チーズと合わせたらまるで固焼きのパンみたいでおいしかったわよ。ただなんというか……総評すると普通って感じね」

 どうやらライラの言う普通とは、普通においしいという意味らしい。
 一応ライラは私のビスケットをおいしいと言ってくれているのだ。でもどうしてだろう……なんだか素直に喜べないこの感じは。普通ってなんだ、普通って。

「普通……普通かぁ」
「そうよ、普通においしいわ。普通にね」

 私はうわ言のように普通普通と繰り返し、塩ビスケットをまた一口食べた。
 確かにこれは、普通においしい塩ビスケットだ。市販品の仕上がりとはさすがに比べられないとしても、食べる分には何も問題ない。
 ただ、驚くほどおいしいわけでもなく、嘆くほどまずいわけでもない。淡々と食べられる、普通のビスケット。

「……ま、いいか」

 普通のおいしさという感覚にどうも釈然としない私だったけど、まずいというわけではないのでまあこれで良しとすることにした。
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