魔女リリアの旅ごはん

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4話、ハムチーズサンドとコーヒー

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「ま、町だ……」

 がさがさと枝葉をかき分けながら森の外に出た私は、目の前に広がる町を目の当たりにして感動していた。
 それはケルンの最寄りであり、ここら一帯で一番大きな町、フェリクスだ。
 昨日森で野宿した私は朝早くに目が覚め、どうせ朝食を取るなら町で食べたいと思い、必死で森を抜けてきたのだ。
 そのおかげでまだ時刻は朝食時。これならお店に入ってゆっくり朝食を取れそうだ。

 私は浮足立ってフェリクスの町に入っていった。
 普段なら人で溢れているだろう町中も、朝早くとあってはさすがに人もまばらだ。
 本格的なお店がこんな朝早くから開店するはずもなく、歩けども歩けども開いている店は見つからない。
 しかし私は焦ってなどいなかった。お腹は空いているけど頭はとても冷静だ。

「お、あった」

 ようやく私は目当てのお店を発見した。
 それは、コーヒーの匂いが漂ってくるちょっとしゃれたお店。いわゆる喫茶店だ。
 朝からやっていて朝食も取れるお店となると、もう喫茶店しかありえない。
 迷わず喫茶店のドアを開けると、からんからんと鈴の音が聞こえた。それに遅れて店員さんが挨拶をしてくる。

 コーヒーの匂いが漂う店内にお客は私一人だった。さすがに朝早くに来るようなお客は少ないらしい。
 いくつかのテーブル席と、カウンターがある店内。
 カウンターの先では髭を生やした四十くらいの店主さんがいた。
 一人なのでカウンター席に座った私は、店員から渡されたメニューを眺めてみる。

 喫茶店の朝メニューは、だいたいモーニングセットと銘打たれておすすめされているものだ。
 この喫茶店も例外ではなく、メニューを開くとすぐにおすすめのモーニングセットという文字列が目に飛び込んできた。
 セットの内容はハムチーズサンドにコーヒー。

 私は正直コーヒーより紅茶派なのだが、今回は意地をはらずにこのモーニングセットに乗っかることにした。
 とにかくお腹が空いているのだ。悠々とメニューを眺めている時間がもったいない。早く朝ごはんが食べたいという気持ちでいっぱいだ。

「モーニングセットを一つ」

 店員に注文を告げた後、手持ち無沙汰なので喫茶店を見回してみた。
 壁は全部シックな色合いで、なんかよく分からない絵画とかが飾られている。
 それに紛れてアンティークなども飾られていて、なんだか店主の趣味が伝わってくる店内だ。

 そういえば私は魔法薬店を経営してたけど、あまり内装にこだわらなかったな。とにかく薬瓶置ければいいやって感じだった。
 それに呆れたのか弟子たちが勝手にお店の改装を始めたりして……今はちょっとおしゃれな感じになっているけど。
 そんな遠い昔というほどでもない過去のことを思いかえしていたら、モーニングセットが運ばれてきた。

「へぇー……パンは焼いてあるんだ」

 ハムチーズサンドとだけ書かれていたからサンドイッチみたいなものかと思っていたが、意外にも一度焼いてあるらしい。

「焼いた方がコーヒーに合うんですよ」

 私の呟きに反応したのか、コーヒー豆を挽いていた店主がそう言ってくれた。
 なるほど、喫茶店だからコーヒーを一番に楽しんで欲しいのか。それがこのお店のこだわりなのだろう。
 ということで、私はまず湯気が立つコーヒーを口に運んだ。

「うぐ……」

 ブラックだった。無糖だった。苦かった。
 コーヒーなんてあまり飲まないから気づきもしなかったけど、そうか、そのままだと苦いんだ。
 できれば砂糖とミルクを入れたいところだけど、こういうお店でそういうことするのは失礼だったりするのだろうか?
 ちょっと戸惑ってカウンター越しに立つ店主を伺うと、彼はさりげなく砂糖の入った小瓶とミルクを差し出してくれた。

「ブラックが苦手なら入れた方がおいしいですよ」

 そう言って店主は微笑んだ。大人の余裕というのを感じさせてくれる。お店のこだわりはこだわりとして、人それぞれに合った楽しみ方をして欲しいのかもしれない。
 お言葉に甘えて私は砂糖とミルクをスプーン一杯ずつ入れた。そしてあらためて一口飲んでみる。
 苦みがやわらぎ、コーヒーの良い匂いを余裕を持って楽しむことができる。味もおいしい。コーヒーは少し甘めの方が私好みだ。

 コーヒーの次はハムチーズサンドを食べることにする。
 ハムチーズサンドは軽く焼かれているので表面に焼き目がついていて、香ばしい匂いがした。
 一口かじると、サクっとした音が響く。中に入っているのはハムとチーズだけというシンプルなものだ。
 一度熱が入っているせいかチーズはとろけていて、ハムとパンによく絡んでくる。
 ハムの塩気とチーズのなめらかでクリーミーな味わい、それに焼けたパンの香ばしさ。シンプルながら文句なくおいしいサンドだ。

 確かにこの焼いたサンドはコーヒーと合いそうな気がする。
 そう思って私はかじったハムチーズサンドを飲み込み、コーヒーに口をつける。
 コーヒーの香りと味が、さきほどまで口の中に広がっていたハムチーズサンドの風味を包み込んでいく。
 そしてコーヒーの後味のせいかまたハムチーズサンドを一口食べたくなり、今度はハムチーズサンドの後味がコーヒーを求めさせる。

 食べては飲み、食べては飲み。私は夢中でモーニングセットを堪能する。
 ハムチーズサンドを食べ終わり、最後にコーヒーを飲み干して一息ついた。
 なんかすっごく満足。昨日森の中で簡素な食事をしたのが嘘のようだ。

「コーヒーのおかわりはいかがですか?」
「あ、お願いします」

 私のコップが空になったと気づいた店員さんがおかわりを勧めてくれたので、お店を出る前にもう一杯だけ楽しむことにした。
 さっきはハムチーズサンドと一緒に飲んでいたが、今度はコーヒーだけを楽しんでみよう。
 私は湯気の立つ熱々のコーヒーに口をつけた。

「にがっ」

 するととたんに口の中が苦みで満たされ、私は思わず表情を歪めてしまう。
 そうだ、忘れてた。これはブラックだった。
 店主さんと店員さんは、私のその様子を見て失笑していた。

「あ、あはは……」

 乾いた笑いを返す私だったが、ちょっと恥ずかしかったけど不思議と悪い気分ではなかった。
 ゆっくりとコーヒーを飲んでいるうちに、段々とお客さんが来店してくる。
 慌ただしくなる店内とは裏腹に、私はこの喫茶店の空気を楽しみながらコーヒーを飲み続けた。
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