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第3章

064.決意の果てに

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「いやぁ~! 突然のお泊り、お世話になりましたぁ!」

 早起きの太陽が憎たらしく世界を灼熱に染め上げ始める、翌朝の玄関口。
 まだ朝も早く道行く人もほとんどいない時間帯。
 昨夜突然泊まることが決まった来訪者――――神鳥さんが他の三人を代表して母さんに挨拶する。
 
「私も久しぶりに話せて楽しかったわ。何時でも来てね?」

 母さんも随分と遅くまで話し込んでいたにも関わらず元気そうだ。
 起きてから聞いたところ俺たちが寝た後も二人はお酒も交えて話し込んでいたらしい。それも1時すぎまで。
 紗也を加えた女子会も大人二人ほどでは無かったが随分と盛り上がったようだ。

 俺がリオに起こされたのは2時だからもし気づかれたらと思うと背筋が凍ったが、全員の様子から察するに誰に気づかれなかったみたいだ。あれからのリオも随分と調子を戻して俺の知っている自由な彼女に戻っていたし、こころなしか何か肩の荷が下りたのだと思う。


「そういえば母さん、紗也は起こさないの?」
「あの子は寝かせときなさい。また癇癪起こされたら大変でしょう?」

 こっそりと耳打ちしたらそんな返事が返ってきた。
 どうやら最後まで紗也は彼女たちと良好な関係を築けなかったようだ。せめて、幼馴染になるであろうリオとは仲良くしてほしかったんだけど…………


「ホントですか!?じゃあ次はご主人が帰宅される日にお泊りを――――いたたたた!!」
「貴方は20年経ってもほんっと懲りないわねぇ…………もうその話は昨日散々したでしょう?」

 母さんの言葉に目を輝かすと、すぐに耳を引っ張られて言葉を遮られてしまう神鳥さん。
 深夜に行われた会話……ちょっと気になる。三人の間に何があったのだろう。

「いいですよー。それなら毎日この家に通って帰りを待ってやりますよ~だっ!」
「あら、それは良いわね。家事も毎日やってもらうし、私と紗也がいなくなっても慎也を見てくれる人がいるんだから」
「ごめんなさいやっぱり辞めておきます」

 使い潰されることが目に見えているのか棒読みの神鳥さんは、笑顔で提案する母を前に一瞬で掌を返してしまった。

 俺も、一人暮らしは気楽だから2学期入ってまでお目付け役いるのは勘弁したい。
 でも、ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ1ヶ月も経たないうちに母さんたちが発つことに、寂しい気持ちも無いこともないけれど。

「あの人にはしばらく帰らないよう言っておくわね。帰っても決して後輩には連絡を入れないようにとも」
「え~~!」

 母さん……
 なんだかんだウチの父母の仲はよろしいほうだ。喧嘩もなくは無いが深刻なものは一切ないし、お互い暇な時は互いの家事をしたりして助けているから夫婦円満といっていいだろう。俺も紗也も、そんな二人の愛を存分に受けて育った自覚がある。

 けれど、そんな母さんでも嫉妬することもあるとは知らなかった。見事に打つ手なしの神鳥さんはちょっとだけその目の端に涙が浮かばせている。

「でも……ちょっとくらいいいじゃないですか! 私だってあの人以上の人が見つからなくって20年経っても未だに処――――」
「はいストップ! それ以上余計なこと言う前に退散するわよ。マネージャー」

 ……なんともシンミリ感をぶち壊す発言だった。
 なんて事を言い出すんだこの人は……エレナが止めなかったら朝っぱらからとんでもないこと口走ってたぞ。

「止めないでエレナ! 私は先輩と20年前の勝負の続きを……」
「はいはい、そういうのはタクシーの中でいくらでも聞いてあげるから。これ以上迷惑掛ける前に行くわよ…………それでは、お世話になりました。とても楽しい時間をありがとうございます」
「え、えぇ……」

 保護者よりも保護者じみているエレナの行動にさすがの母さんも面食らっている。
 俺も驚いた。偶に彼女はそんな一面を見せるが此処まで様になるのはむしろ美しい。さすが姉だ。

「アイ、リオ。二人はマネージャーの腕を取って」
「らじゃー」
「わかった」

 二人はエレナの指示を素直に従い、神鳥さんの両腕を連行するように掴んでエレナが扉を開ける。そして俺たちに一礼し、四人はこの家から立ち去ろうと――――


「まってっ!」

 一歩。彼女たちが外へ足を踏み出したところで廊下の奥から呼び止める声が響いた。
 その、よく通る高い声に彼女らは全員足を止めてそちらに顔を向ける。

 そこにはピンク色のパジャマを羽織って髪が所々飛んでいる黒髪の小さな少女――――紗也が自室から飛び出していた。
 俺たちの会話で目が覚めて慌てて来たのだろう。現に右肩は露出していてパジャマのボタンも所々空いている。

「あの……その……お忙しい中来てくれてありがとう……ございます」
「いいのよ。私達も来たくて来ているのだから。 紗也ちゃんも、わざわざ起きてお見送りありがとね」

 一つ一つ言葉を選びながら答えゆく姿にエレナは優しく応える。
 そして一度深呼吸をして気持ちを整えたのか、その視線は一人の少女の元へ。


「それと――――璃穏ちゃん」
「…………うん。紗也ちゃん」

 紗也はエレナの返事に頷いて答えた後、リオと視線を交差させる。
 紗也も彼女も、その目は眠たげなものではなく、しっかりと意思を籠もらせて。

「璃穏ちゃん……また、何時でも来ていいからね」
「うん」
「また遊ぼう? 次は私たちだけじゃなく、お兄ちゃんも一緒に」
「……うん!」

 何拍かおいて出したリオの表情は笑顔だった。それもいつか学校で見たような、心のそこから出たような笑顔。

「あっ!でも! いくらリオちゃんでもお兄ちゃんは渡さないからね!」
「でも、トップアイドルに……なったよ?」
「そ、それは…………それでも! お兄ちゃんはまだ渡さないの!」

 『まだ』――――
 それは彼女の内心を表す全てだと思った。

 紗也は俺が誰かとくっついたらそちらにかまって見向きもされなくなると思ったのだろう。
 だから取られるくらいなら独り占めする。けれど昔言ったことを反故にすることは出来ない。そこまで考えてるかは知らないが、無意識的にでもそこから出た苦肉の策が『まだ』という言葉に収束されているのだと思う。
 俺は隣まで歩いてきた紗也の頭を優しく撫でた。

「そっか……わかった。 今はそうしておく」
「うん……。―――――。」

 きっと、小さくてリオには聞こえなかったのだろう。
 でもすぐ近くにいて、頭に触れている俺にはその僅かな言葉を捉える事ができた。小さく、『ごめんね』と。

「…………それじゃあ……また、ね?」
「うん。……また」

 そうして今度こそ彼女たち"ストロベリーリキッド"一行は我が家を後にする。

 どちらかともなく振った手は次も会おうという気持ちの表れで、見えなくなるまで振り続けた。
 そして取り残されるのは俺たち家族三人。しばらく俺と紗也はその閉まった扉を見つめていたが、母さんの伸びをするような気の抜けた声に現実へと引き戻されてしまう。

「ん~~!! それじゃ、紗也はこれから朝ごはんにしましょうかね。 慎也は今日何も無かったでしょ?付き合いなさい」

 そう、何事も無かったかのように切り替えてリビングへと向かっていく母さん。
 珍しく、唐突に俺へのスケジュールが埋められたことに対して紗也と一緒に顔を見合わせてから慌ててその後を追っていく。

「母さん、今日なにかあるの?」
「ん~? いや、たまには外でお昼でもと思ってね」
「外?どこに?」
「そうねぇ……紗也、どこに行きたい?」

 そこで聞かれたのは紗也だった。
 紗也もまさか自分に振られるとは思っていなかったらしく「私?」と首をかしげてしまう。

「そうよ。今日は紗也が主役だもの。好きなもの選んでいいわよ」

 主役…………。
 そうか。母さんも昨日一日中、紗也の暴れっぷりについて一番見てくれていたんだよな。原因が何かなんて把握していたのだろう。
 紗也とリオとのわだかまり。さっきの会話で向き合って、少しだけでも受け入れた事をきっと感じ取ったのだ。だから主役は紗也だと。

「いいの!? じゃあねぇ……お寿司!」
「……なかなか痛いところ突いてくるわね……一人10皿までよ!」
「わ~いっ!」

 所々跳ねた髪を揺らしながらテーブルへと駆けていく紗也。
 俺はそんな紗也の成長した後ろ姿をただただ黙って見守っていた。
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