上 下
32 / 116
第2章

032.中学生と……

しおりを挟む
「それで、お兄ちゃん?」

 冷房の効いた我が家のリビングにて、妹の可愛らしい声が空気を震えさせる。
 その言葉は俺に向いているものの視線はまた別の方向を差していた。

 …………寒い。
 夏だというのに身震いをするほどの寒さだ。温度調節を失敗したのだろうか。
 俺は一瞬だけ視線を目の前に座る妹から上にズラしてエアコンに向けると、表示されている気温は26度。
 つまり適温だ。それなのにこの背筋を凍らせるような寒気は一体……。

 ――――いや、そんなこと最初からわかっている。目の前の少女から発せられる圧やら冷たい目が原因だ。
 しかしそんな事を感じているのは俺だけのようで、すぐとなりに座っている金色の少女は動じることなくニコニコと笑みを崩さない。

「お兄ちゃん?」
「はいっ!?」

 返事をした気になっていたが考え事に意識を向きすぎて言葉に出ていなかったようだ。
 再度呼ばれる声は低く、その冷たい目がこちらへと向けられたため少し上ずった声が出てしまう。

「この子……紹介してもらってもいいかな?」

 そう言って一瞬だけ隣に目配せをしてくる。
 たしかに、場をリセットさせる為に無理矢理家に連れ込んだはいいが俺が動かないでどうするというのだ。

「あー……下でも言ってたけど思うけどこの子は神代 愛玲菜。小学生ながら姉を自称する不審者だよ」
「ちょっと!! 誰が――――って訂正するところが多すぎるのよ!!」

 はて、何か間違ったことを言ったのだろうか。
 確かに下で会った時点で不審者モードでは無かったが、今まで散々その不審者姿を惜しげもなく披露していただろうに。

「えっ…………もしかして、お兄ちゃん……警察沙汰?」
「……残念ながら」
「それも違…………違うわよ! ちゃんと信頼関係は結んでるわ!」

 何故最初言い淀んだ。
 それにしても、俺の言葉に合わせてわざわざスマホまで取り出して小芝居をしてくれるなんて。さすが兄妹、わかっている。さすが兄思いの妹だ。

「そうなんだ……残念」
「本気で通報する気だったわね……」

 …………さすが兄思いの妹だ。

「ごめん、冗談だよ。 少し前に知り会って以来たまに遊んでるんだ」
「えぇ、決して小学生じゃないわ。 高2よ、高2。よろしくね?妹ちゃん」
「……前坂まえさか 紗也さや。 中2」

 エレナは彼女の目の前でしゃがみ、紗也は差し出された手を少し目を逸しながら握る。
 こうして見比べると逆の意味で3つ差に見える。紗也は背丈が年相応または少し小さい程度だが、エレナはそれよりだいぶ小さい。
 ……やはりエレナは小学生ということでいいんじゃないかな。

「紗也ちゃんね。お兄さんから聞いてるわ、海外に住んでるんですってね。同じ髪型同士、仲良くしましょ?」
「…………」

 しかし会話の主導権という意味では年の功なのか、エレナがグイグイ引っ張っている。
 当の紗也は先程までの圧が消え去ってしまい、どう接すればいいかわからないといった様子だ。

 エレナが言う同じ髪型――――
 今はふたりとも背中まで届くきれいな髪を二つに纏めて両肩から前に出している。
 髪色さえ同じならば姉妹と間違われてもおかしくないだろう。その場合、エレナが妹になるのは言わずもがな。

「それで紗也、どうしていきなり帰ってきたんだ?近況なら頻繁……じゃないけどそこそこ連絡してるのに」
「そう! そこだよお兄ちゃん!!」

 俺の言葉で目を覚ましたのか、エレナからスッと逃れて抗議のポーズを示す紗也。
 さっきまでの人見知りから一転、俺に対してはハキハキと喋る紗也に対してエレナは目を丸くする。

「お兄ちゃん、前ホテルのレストランに行ったって言ってたでしょ?」
「? あ、あぁ」

 そういえばそんなことメッセージで言ったっけ。
 あの時は料理を写真で撮るなんて余裕なかったが、後にサイトに表示されていたものを送った覚えがある。
 当時は「美味しそう」とかいう感想ですんなり終わったはずだが。

「それをママに見せたら激怒しちゃってね……『こんな贅沢をさせるために一人暮らしと仕送りを許したんじゃない!』って。それで直接調べるために急遽戻ってきたの!!」
「ぷふっ!」

 贅沢…………あぁ、それで紗也が今ここにいるわけか。

 説明を聞いて隣で吹き出している関係者。
 あれはちゃんと説明したはずなのに。

「紗也、それは奢ってもらったって言ったでしょ?」
「うん。それはそれで何か変なことに巻き込まれてるんじゃないかって心配で」

 変なことには巻き込まれてないけど変な人には……いや、言わないでおこう。

「そっか……。心配してくれて嬉しいけど、俺はこうして元気だから大丈夫だよ」
「うん、あたしも一目見て安心しちゃった。ちゃんと生活して、女の人まで連れ込むようになったんだね……私の見てないところで」
「…………」

 彼女が勝手に来たと言い訳しようとも思ったが、こうしてタイミング悪く下で出会ってしまった以上、何を言っても通用しないだろう。

「あら紗也ちゃん、お兄さんが女の子を連れ込むことに何か問題があるの?」
「むっ……」

 ふとエレナが零した言葉ににらみを効かせる紗也。
 しかし彼女は本気で疑問に思っているようで、そこに挑発などの雰囲気は全く感じられない。

「愛玲菜さん、でしたよね? お兄ちゃんの恋人かなにかです?」
「いいえ、慎也は私の……そうねぇ、弟分って感じかしら?」

 ここで本気で弟と言い切らないとは、さすがに空気を読んだのだろう。
 いつも振り回されている気もするが、その締める時は締める姿に感心する。

「弟分?」
「えぇ。 よく面倒をみる間柄かしら……友達以上~ってやつね」

 腕を組んで胸を張りながら解説するエレナ。
 それとは反対に紗也は身体を丸め、顔を伏せてしまう。

「紗也、どうしたの?」
「ぃらない……」
「へ?」

「いらないもん! お兄ちゃんが弟分とか!! お兄ちゃんの兄妹はあたし一人で十分だもん!!」
「さ、紗也!?」

 途端――――
 紗也が机を回り込んで俺に抱きついてきた。
 俺は当然彼女を受け入れるように抱きしめるも、その癇癪を起こすような姿に困惑してしまう。

「どうした紗也……?」
「知らない……お兄ちゃんには私がいるもん……」

 もはやその言葉の意図が読み取れなくなってしまった。
 抱きしめる力は段々と強くなり、俺にはもうどうすることも出来ない。

「…………そっか」

 取り残されたエレナは何か納得したように立ち上がり、抱きついて離れなくなった紗也の背中をゆっくりと撫で始めた。
 その表情は微笑んでいて、少し寂しそうな気にもさせるもの。

「紗也ちゃん」
「……なに?」
「お兄ちゃんが知らない人に取られるかと思っちゃったのよね。 大丈夫よ、彼はずっと紗也ちゃんのお兄ちゃんだから」

 その声はとても優しい口調で、撫でられていた紗也も徐々に力を抜いていき、顔をゆっくりと上げてくる。
 その瞳の端には涙が浮かんでいて、困惑している俺と目が合う。

「……本当?お兄ちゃん?」
「もちろん。俺が紗也を見捨てることは絶対に無いよ」
「……よかった」

 紗也の頭をそっと撫でることで気が緩んだのだろう。紗也が背中に回している力がスッと抜け、様子を伺った時にはゆっくりと寝息を立て始める。

「……寝ちゃったわね」
「長旅で疲れてたんだろうね」

 ここから向こうまでは飛行機だけで長時間――――12時間は余裕でかかる。
 それを超えて帰ってきたのだから疲れは相当のものだろう。

「エレナもありがとう。 おかげで紗也も落ち着いてくれたよ」
「いいのよ……というか、私は何もしてないわ。むしろ悪かったわね、混乱させちゃって」

 そう言いながら眠っている紗也の前髪をかき分けて微笑んでいるエレナ。
 微笑む様子ははたまに見る、年相応の姉然とした姿だ。いつもそんな感じなら箔もつくだろうに。

「……それにしても、キミと同じく紗也ちゃんも私のこと知らなかったわね」
「そりゃあ、海外居たからね」

 少し残念そうなエレナだが仕方ないだろう。
 向こうに居たらこちらの芸能事情なんて殆どわからないハズだ。

「でも、行く前とかにも知ってくれる機会あったはずなんだんだけど」
「きっと……行く前はずっと英語の勉強してたし、娯楽を見ることが無かったんだと思うよ」

 思い出すは1年ほど前の紗也の姿。
 あの時の紗也は随分と頑張っていた。普通ラインの成績だった英語を現地で話せるくらいまで習得するのは生半可な努力ではなかっただろう。
 俺は喋れないから余計にすごいと思う。

「まぁキミも知らなかったし、そのほうが私も素でいられて気軽でいいのよね。 なんだかんだアイドルって大変――――」
「ただいま~!」

 エレナが言葉を言い切る前に玄関の扉の音と共に、一人の帰還を告げる声が鳴り響いた。

 この声は……まさか……。
 そりゃそうだろう。紗也がいる。ならばその声の主が居ても不思議じゃない。
 俺はどうしたものかと思いつつ扉を見る。しばらくすると楽しげな鼻歌とともに扉が開き、一人の女性が姿を現す。

「ただいま~! 紗也、お昼ごはん……って――――」
「母さん……」

 入ってきたのは我が実の母親だった。
 母さんは買い物袋片手に元気よく紗也の名を呼ぶも、俺達の姿を見て固まってしまう。

「お、お邪魔してます……」
「えっ……あっ……」

 正確にはエレナの姿を見て固まっていたようだ。
 母さんは何度も瞬きをして目をこすり、その姿が本物か確かめている。

 同時についさっきの、紗也と会ったときのことを思い出す。
 紗也は恋人云々の勘違いで癇癪を起こした。今回も息子が彼女を連れてきたとか思われているのだろうか。そうだとしたら非常に面倒なことに……

「ス……ストロベリーリキッドの!! 色紙!色紙あったかしら!?」

 そんな俺の不安とは裏腹に、その反応はまた別種のものだった。
 買い物袋を机の上に放置したまま廊下に走り去ってしまう母さん。
 
 一瞬のうちに誰も居なくなった扉を見て俺達はともにポカンとする。

「……ねぇ」
「ん?」

 そんな母さんを見送った?エレナは廊下へ目線を向けたまま語りかけてくる。

「私はアイドルとして接したほうがいいのかしら……?」
「……素のままでいいよ。 きっと……」

 俺は一人騒いでる母さんがやってくる姿を、ただ呆然と見守るのであった――――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

18禁NTR鬱ゲーの裏ボス最強悪役貴族に転生したのでスローライフを楽しんでいたら、ヒロイン達が奴隷としてやって来たので幸せにすることにした

田中又雄
ファンタジー
『異世界少女を歪ませたい』はエロゲー+MMORPGの要素も入った神ゲーであった。 しかし、NTR鬱ゲーであるためENDはいつも目を覆いたくなるものばかりであった。 そんなある日、裏ボスの悪役貴族として転生したわけだが...俺は悪役貴族として動く気はない。 そう思っていたのに、そこに奴隷として現れたのは今作のヒロイン達。 なので、酷い目にあってきた彼女達を精一杯愛し、幸せなトゥルーエンドに導くことに決めた。 あらすじを読んでいただきありがとうございます。 併せて、本作品についてはYouTubeで動画を投稿しております。 より、作品に没入できるようつくっているものですので、よければ見ていただければ幸いです!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

処理中です...