【R18】訳アリ悪魔の愛玩天使

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訳アリ悪魔の愛玩天使

4.無力で非力な天使

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 フィーリアの反応に、だろう。
 ルスフェス様は、目を伏せて落とすように、零すように笑った。


 その笑みに、フィーリアは自分の胸がことりと音を立てて動くのを聞く。
 少し前にルスフェス様が見せた、艶めいた微笑よりも、今ルスフェス様が見せた笑みの方が、フィーリアの好みだ。
 綺麗だ、美しいと見惚れる心と、好感に揺れる心というのが、全く違うものだと、フィーリアは初めて知る。


「調べのように美しい貴女の囀りに、無粋な金属の音が混じるのがどうにも不快だっただけだから、貴女に礼を言われることではない。 私の為のことだとは思わない?」
 思わない? とルスフェス様に問われて、また、フィーリアの胸がことりと音を立てる。

 誰かを好きになるというのは、こういう気持ちになることなのだろうか、とフィーリアは思う。
 ほんのりと温かい気持ちになっていると、ルスフェス様が表情を引き締めてフィーリアに顔を向けてきた。

 ルスフェス様はしっとりとした艶やか系の美貌の持ち主だと思うのだが、美人というのは得てしてそうで、表情を消すとなぜだか怖い印象になるらしい。
 そんなことを思いながらルスフェス様を見ていると、ルスフェス様の唇が動いた。


「…先に、謝っておく」


 言われている内容はわかるが、その意味がわからなくて、フィーリアが若干ぽかんとしていると、ルスフェス様は続けた。
「トビィは貴女のことを、天階からの間諜スパイではないかと考えているようだ」
「………そ…れは、逞しい想像力をお持ちの方なのですね」
 笑いそうになってしまったフィーリアは、口元を手で押さえる。
 思うのは勝手だが、フィーリアなど、この方の脅威になどなり得ないし、この方から情報を引き出すことも奪うこともできないだろう。
 よしんば、情報を引き出せたり、奪えたりしたとしても、それをこの方が外部に持ち出させるはずがない。 
 この方には、フィーリアの翼を手折り、もぎとって、首を落とすことなど造作もないはずだ。


 ルスフェス様にしても、同じ意見だったのだろう。
 慈愛に満ちた微笑をフィーリアに向けた。
「こんなに無力で非力な天使が一体墜ちてきたところで、何も変わらないというのに」
「無力で、非力」
 ルスフェスの言葉を繰り返しながら、フィーリアは先程の微笑の意味を考えた。


 まるで、【無力で】【非力な】ことを、哀れまれたようだ。
 慈愛とは、憐憫と近しい意味だっただろうか。


「…違う? あの無粋な装飾には、力を封じる効果があったのではないの? 貴女は言葉通り、無力だった。 それに、その細腕で、誰かをどうこうできるとは考えられない」
 嫌悪もしなかったし、苛立ちもしなかった。 それは、事実だから。
 この方が、【無粋な装飾】と表現したのは、フィーリアの腕と足に嵌められていた、枷のことだ。
 確かに、あれには、フィーリアのなけなしの能力を封じる力があった。


 そして、フィーリアは、ルスフェス様が口にした言葉を忘れてはいなかったので、その言葉に戻る。
「謝っておく、というのは、トビィ様がわたしを、間諜スパイと疑ったことに関して、ですか?」
 だが、ルスフェス様は、首を緩く横に振って、フィーリアの考えを否定する。


「いや、これから貴女の身に降りかかるかもしれない、疑念や悪感情、危険に関してだ」


 ルスフェス様が真面目な顔をして真面目に言葉を紡ぐので、フィーリアは思わず笑ってしまった。
 そうすれば、ルスフェス様は切れ長なのに艶っぽい瞳を瞬かせる。
「何か、可笑しかったか?」


 これは、きっと、本気でフィーリアが何に笑ったのかわかっていないのだろう。
 だから、フィーリアは微笑んだ。
「起こってもいないことを、謝られる必要はありませんよ」


 フィーリアの言葉に、またもやルスフェス様はそのブラックダイヤモンドの瞳を丸くする。
 次いで、落とすようにルスフェス様が微笑むものだから、フィーリアの胸は再びことりと音を立てた。
 フィーリアは、自分の胸をそっと押さえる。


「…訂正する」
 フィーリアの耳に、低くて耳に甘く、穏やかな声が届いた。
 それに誘われてフィーリアが視線を上げると、ルスフェス様は微笑していた。


「謝らない。 だから、貴女のその身に火の粉が降りかからないようにする」


 ルスフェス様が言った瞬間、ルスフェス様の周囲の空気がきらきらっときらめいた気がした。
 あまりにも、それが眩しくて、胸がどきどきとして苦しくなる。

 これは、よくない。
 瞬間的に思ったのはそんなこと。
 そして、思うと同時に、フィーリアは口にしていた。


「そういうこと、簡単に仰ってはいけません」
「なぜ?」
 目を瞬かせたルスフェス様は、本当にわかっていない様子でフィーリアに尋ねてくる。


 なぜ、と問われて、フィーリアは口を引き結んだ。
 けれど、ルスフェス様がじっとフィーリアを見つめたままで待っているから、根負けした。
 目を伏せたままでフィーリアは、白状する。


「勘違いを、しそうになります」


 錯覚する。
 自分が、この方に、恋をしているのではないか、と。


 フィーリアはまだ、恋をしたことはないが、フィーリアの心身に生じている色々なものが、ほかの天使たちが語る【恋】の症状に酷似している気がするのだ。
 フィーリアは真剣に悩み、困っているというのに、ルスフェス様は不思議そうな顔をして更に尋ねてくる。


「その勘違いは、貴女にとって良くないこと?」


 問われて、フィーリアは考えた。
 良くないこと、というのはつまりは、悪いこと、ということだ。
 誰かを好きになる気持ちが、悪いものということは、あり得ない。 それは、天使の教えだ。


 好きを悪いものにしてしまうのは、それに伴う言動だということも、フィーリアは知っている。
 想うだけでは、誰も不幸にしない。


「…良くなくは、ありませんが」


 フィーリアが躊躇いながら口にすると、ルスフェス様は再度微笑む。
「では、勘違いをしておくといい」


 フィーリアは、ぱっと胸を押さえる。
 これは、本当にまずい。
 ルスフェス様の周囲が、またきらきらっとして、フィーリアの胸がおかしくなる。


「貴方には、迷惑かもしれません」
「私は、困らないが?」
 フィーリアが最後の抵抗とばかりに発した一言は、ルスフェス様の言葉に一蹴されてしまう。


 切れ長で綺麗な目なのに、睫毛は長いし全体の印象が端麗というか甘いマスクで艶やかなルスフェス様にそんなことを言われては、勘違いする者など山と居るだろう。
 よろしくない、非常によろしくない。
 これでうっかり「好きかもしれない」とか思ったら、「そんなつもりはなかったが」と言われてしまうに決まっている。


「それから、フィーリア」
「はいっ!?」
 うんうんと悩んでいたフィーリアは、急に声をかけられてびくっとする。


「私は貴女が働こうが働くまいが全く構わないのだけれど、その美しい翼を、毎日私に見せることだけは貴女の仕事のひとつに組み込んでくれるね?」
 真面目な表情で、真面目に真面目に語るルスフェス様は、もしかしたら天然なのかもしれない。
 どこかつかみどころがなく、不思議な方だとフィーリアは思った。
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