【R18】サンドリヨンの秘密

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第1章 サンドリヨンが王子様に捕まるまで

12.ミッションを達成したはずなのですが。

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 王子様に合わせて何とか足を動かしているうちに、複雑そうに見えるダンスだが、実は単調なステップを繰り返しているだけだということに気づいた。
 余裕が出来てダンスが楽しくなってきたころに、音の余韻を残して音楽が途切れる。
 アシュリーは、ほっと安堵の息を吐いた。

 これで、ミッション達成だ。

 そう、アシュリーは達成感でいっぱいになったのだが…おかしい。
 なぜか、王子様がアシュリーの手を離してくれないし、背に添えられた手もそのままだ。

「あ、の」
 伺うように王子様を見上げれば、王子様は微笑んでいる。
「ダンスが楽しくなってきたのでしょう? 折角だから、もう少し踊っていくといいよ」
 そう誘われれば、それも事実なのでアシュリーは逡巡した。

 一瞬の、躊躇。
 その隙に、王子様は合図をしたらしく、また音楽が流れ出す。 王子様が足を踏み出すので、アシュリーも慌ててそれに倣った。
 今度は、先程とは違う曲だったけれど、王子様は同じステップを踏んでくれる。

 余裕が出てきたからこそわかることもあり、音楽に混じってざわめきが聞こえるような気がする。
 王都の平民の娘たちからは羨望と驚きの視線、貴族の令嬢からは嘲りと敵意の視線が向けられていたのだが、今は貴族の令嬢からの視線も驚きと敵意のこもったものになっている。
 一体どうしたことだろう。

 アシュリーが考えていると、アシュリーの気が逸れていることに気づいたのか、王子様がぽそりと呟いた。
「外野の声がうるさいね」
 アシュリーは是とも否とも言わなかったのだが、王子様は声を潜めてアシュリーの耳元で囁いた。
「余計な声など聞こえないようにしてあげる。 君には今、私の声だけ聞こえれば問題ないものね」

 またもや、アシュリーが是とも否とも言わない内に、王子様の唇が何か小さな音を紡いでいく。
 王子様の言葉が止んだ瞬間、何か、膜のようなものに覆われたような錯覚に陥った。
 アシュリーの知っているところだと、水中にいるときのような感覚だ。
 人の声は聞こえないのに、音楽だけは届いて、それがまた不思議であると同時に王子様のことを見直した。

 アシュリーの住まうこのオキデンシアは西の大国と呼ばれているが、王室の王子たちは、謎めいていて得体が知れない。 第二王子は女泣かせの女たらしで呪いを受けて人前に姿を現さなくなったという。
 その分、この第一王子には期待が集まり、膨大な魔力持ちの化物王子、(やる気はないがきっとやればできる)やり手の王子と言われているが、真偽のほどはわからなかった。
 だが、魔法を使うことに長けているのは、今の魔法で理解した。

 アシュリーには魔力がないし、魔法を使えないが、条件の付加が簡単にできることではないのは知っている。 全部の音を聞こえないようにするのは簡単だが、今現在アシュリーの耳には音楽が聞こえて王子様の声も聞こえる。 周囲の雑音だけを聞こえないようにするというのは、上級魔術師にしかできないことだ。

 そんなことを考えていると、王子様はまた、アシュリーの耳元で囁く。
「…それから君には、幾重かの魔法がかけられているね。 解除しても?」

 アシュリーは、軽く目を見張って王子様を見た。
 相も変わらず、王子様は穏やかで落ち着いた微笑みを浮かべてはいるが、アシュリーは目の前の王子様が怖くなる。

 ここで、幾重かの魔法――継母ままははにかけられた緊急通報の魔法と、オリヴィエにかけてもらったアシュリーの姿が別人に見えるという魔法だろう――を解除されては大変なことになる。
「それは、困ります」
 アシュリーが慌てて首を横に振ると、王子様は子どもの我儘を聞く大人のような笑みを見せる。
「仕方がないね」
 王子様が頷いてくれるので、どうやら一命は取り留めたようだと、アシュリーは胸を撫で下ろした。
 そして、改めて王子様の容貌を観察する。

 継姉ままあねたちは王子様のことを【闇属性】の色男、と言っていたけれど、このひとには【闇】というシンプルな表現よりも【混沌】という言葉の方が合うような気がする。
 複雑で、一言では片づけられないような印象を持ったひとだと思った。


 黒なのに、黒ではない、というか。


 遠目に見て、王子様のことを黒髪黒眼とアシュリーは判じたが、こうして近くで見ると、それが間違いだったことにも気づく。 王子様の髪は、光沢のある黒、というか、銀色が、深く、濃くなって黒に近く見えるらしい。 水銀のような、と言ってはあれだけれど、アシュリーの印象では一番それが近かった。
 オリヴィエの黒髪は、星の散る夜空のようだと感じたことを思い出せば、この王子様の髪は銀河のようだな、と感じる。
 王子様は瞳の色も、黒なのだが、黒ではない、というか。 オリヴィエの瞳が黒曜石オニキスだとすれば、この王子様の瞳は赤鉄鉱ヘマタイト。 黒曜石ほどシャープではなく、黒真珠ほどソフトでもない。

「そのドレスも、髪飾りも、とてもよく似合っている。 上品で、清楚で…まるで君のようだね」
 急に王子様の口から、装いに関する賛辞が出るものだから、虚を突かれて反応が遅れた。
「あ、りがとう、ございます。 ですが、これは、借り物で…。 ご用意していただいて、ありがとうございました」

 王子様が用意した訳ではないのだろうが、国庫から出ている(であろう)という点で王子様にお礼を言うべきだろうと判断したので、アシュリーはそのように言った。
「どういたしまして」

 そして、また、沈黙。
 衣装を褒めてもらったので、衣装を褒めた方がいいだろうかと考えて、アシュリーは口を開いた。

「王子様も、素敵です」
 世辞など言われ慣れているだろう、王子様は余裕で微笑む。
「ありがとう。 でも、そうだね…。 【王子様】ではなく、名前で呼んでもらえると嬉しいな。 【王子様】ではどの王子のことだかわからない」

 王子様を名前で呼ぶなんて、恐れ多すぎるが、当の王子様がそれを望んでいるのだから、仕方ない…のだろうか。 疑問ではあるが、目元を柔らかく和ませて、口元に笑みを湛えたままで王子様が待っているものだから、アシュリーはひとつ深呼吸をした。
「…では、クレイディオ、様」

 途端、王子様のバックにぶわっと黒薔薇が咲き乱れた。
 少なくとも、アシュリーの目にはそのように見えた。

 闇属性ではあっても、王子様はやはり王子様らしい。
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