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after the rain
seventh color
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凌士さんのご実家に伺うにあたり、天音は服装やメイクのことなども凌士さんに相談したのだが、「ありのままの天音を見てもらった方がいいよ」と言われてしまった。
唯一相談に乗ってくれたのは、お土産のことだけ。
お母様の好きなお菓子と、お父様の好きなおつまみをお土産に買った。
凌士さんのご実家に向かう車内で、天音は緊張しっぱなしでろくに会話もできなかったし、そんな天音を凌士さんはそっとしておいてくれた。
そして、凌士さんのご実家というところについたら、豪邸で、天音は度肝を抜かれることとなる。
「りょ…凌士さんのご実家って…?」
と天音がおそるおそる問えば、凌士さんは「普通の家だよ」と微笑むばかり。
とりあえず、凌士さんのご実家に、執事さんとかお手伝いさんがいなかったことにほっとしつつ、天音は美人なお母様と、ダンディなお父様に紹介をされたのだが…。
「まだ、結婚はなさらないの?」
その、美人なお母様が、直球で訊いてきたので、天音は危うく吹き出しそうになった。 吹き出すことは免れたけれど、咳き込んでしまった天音の背を凌士さんが撫でてくれながら、美人なお母様を窘めるような声を出した。
「母さん」
天音は、何度か咳払いして落ち着いたところで、姿勢を正してお母様に向き直る。
「あの、わたしが、もう少しお仕事していたいと、我儘を言いまして…。 その、同じ職場の、方なので」
もともと天音と凌士さんは別の部署なので、結婚に際して異動、ということはないだろうけれど、職場結婚の場合どちらかが寿退社するのが暗黙の了解のようになっている。
今はまだ、入社三年目で仕事が楽しいし、三年目はお仕事をしていたいな、と思う天音を凌士さんは尊重してくれているだけなのだ。
天音が申し訳ない気持ちになっていると、美人のお母様が天音を労るような表情になった。
「天音さん、あなたを責めているんじゃないのよ。 凌士さん、こんなに可愛らしいお嬢さんなのよ? 大事にするのもいいけど、大事にしすぎて誰かに取られてもみなさい。 あなた、一生後悔するでしょう?」
つい、とお母様の顔が凌士さんに向き、意地悪く笑った。
天音は目の前で、女性の二面性をまざまざと見せつけられたような気分になる。
「女性に慎重になりすぎるのは、わたしの家の血かしら…。 お父さんくらい強引だったらよかったのに」
「更紗」
お母様のマシンガントークは、お父様の小さな咳払いと、お父様がお母様を呼ぶ声によって遮られた。 だがお母様はお父様を怖れてはいないようで、目を丸くすると、全く悪びれもせずに小首を傾げて微笑んだ。
「あら、ごめんなさい?」
女性がしっかりしていると、家は安泰だというけれど、きっと榊家はその典型だろう。 その観点で言えば、多少がさつで雑で田舎っぽくはあるが、間宮家の母もしっかりしている。
お母様は、お父様からの、「更紗(、そのくらいでやめておけ)」という言外の言葉は拾わなかったようで、また口を開く。
「凌士さんのところ、職場恋愛、厳禁の会社なのかしら? 確か、都内以外に転勤はないようだから、とあの会社にしたのでしたっけ…」
顎に手を当てて、小首を傾げながら呟いていたお母様だったが、ハッと何か閃いたようで、ぱんっと手を打ったかと思えばにっこりと微笑んだ。
「いい機会ですもの、凌士さん、会社、辞めてしまったら?」
「!?」
お母様、何を仰っているのですか!?
天音がぎょっとして目を剥いていると、凌士さんとよく似た、落ち着いた雰囲気のお父様までもが頷いた。
「それがいい。 丁度、それなりのポストが空いているんだ」
それがいいわねぇ、それがいいな、と笑顔で頷き合っているお母様とお父様に、説明を求めることはできない。 天音が、隣に座る凌士さんに顔を向けて、「どういうことですか」光線を送っていると、凌士さんは肩を竦めた。
珍しい動作だ、と天音は思った。
「…俺の親、一応会社経営してるんだ。 兄が後を継ぐから、俺は今のところ好きにさせてもらってるんだけど…兄はいずれ俺に下についてほしいと思っているようで」
凌士さんは目を伏せて、小さく息をついているけれど、天音はそれどころではなかった。
「凌士さん、御曹司だったんですか…!?」
天音が胸の内の動揺を消化できずに声を上げると、お母様が口元に手を当てて、ほほほと笑った。
「御曹司www」
さすが社長夫人、上品な笑い方だと思ったが、草が生えていたのは気のせいか。
お父様もなぜか天音に優しい笑顔を向けてくれる。
「可愛らしい方だね。 …凌士、もたもたしていていいのか?」
お父様の、前半部分と後半部分の声音が、若干違ったような気がするのも、天音の気のせいだろうか。
お父様の問いかけに、凌士さんの顔つきというか目の色が変わった気がする。
凌士さんのご両親が、天音の予想に反して乗り気で歓迎ムードなことを、天音は意外に思う。
凌士さんと結婚するつもりではいるけれど、退路を断たれるというか、外枠を固められるってこんな感じなんだなあ、と天音は思った。 ばかりか、この展開だと、凌士さんのご両親に結婚をせっつかれる形になりそうだ。 嬉しいような、けれど、凌士さんが御曹司となると、複雑な気分でもある。
天音で、凌士さんの支えになれるだろうか。
天音がこっそりと溜息をつくと、手が温かくて大きくて、しっかりとした手に包まれる。
視線を上げれば、凌士さんが天音に微笑んでくれていた。
それで、単純だけれども、天音は、きっと大丈夫だ、と思った。
結婚がゴールでないことは、百も承知だ。
けれど、凌士さん以上に好きになれるひとにも、凌士さん以上に天音を大切にしてくれるひとにも、この先きっと出逢えることはないだろう。
だから、これから二人の幸せを、二人で探りながら、つくっていく。
雨の日もあるだろう。 けれど、止まない雨はない。
そして、雨の後には陽が差して、時には綺麗な虹も架かる。
そう、思えたから。
天音は微笑んで、凌士さんの手を握り返した。
貴方が、わたしにとっての太陽であり、虹。
唯一相談に乗ってくれたのは、お土産のことだけ。
お母様の好きなお菓子と、お父様の好きなおつまみをお土産に買った。
凌士さんのご実家に向かう車内で、天音は緊張しっぱなしでろくに会話もできなかったし、そんな天音を凌士さんはそっとしておいてくれた。
そして、凌士さんのご実家というところについたら、豪邸で、天音は度肝を抜かれることとなる。
「りょ…凌士さんのご実家って…?」
と天音がおそるおそる問えば、凌士さんは「普通の家だよ」と微笑むばかり。
とりあえず、凌士さんのご実家に、執事さんとかお手伝いさんがいなかったことにほっとしつつ、天音は美人なお母様と、ダンディなお父様に紹介をされたのだが…。
「まだ、結婚はなさらないの?」
その、美人なお母様が、直球で訊いてきたので、天音は危うく吹き出しそうになった。 吹き出すことは免れたけれど、咳き込んでしまった天音の背を凌士さんが撫でてくれながら、美人なお母様を窘めるような声を出した。
「母さん」
天音は、何度か咳払いして落ち着いたところで、姿勢を正してお母様に向き直る。
「あの、わたしが、もう少しお仕事していたいと、我儘を言いまして…。 その、同じ職場の、方なので」
もともと天音と凌士さんは別の部署なので、結婚に際して異動、ということはないだろうけれど、職場結婚の場合どちらかが寿退社するのが暗黙の了解のようになっている。
今はまだ、入社三年目で仕事が楽しいし、三年目はお仕事をしていたいな、と思う天音を凌士さんは尊重してくれているだけなのだ。
天音が申し訳ない気持ちになっていると、美人のお母様が天音を労るような表情になった。
「天音さん、あなたを責めているんじゃないのよ。 凌士さん、こんなに可愛らしいお嬢さんなのよ? 大事にするのもいいけど、大事にしすぎて誰かに取られてもみなさい。 あなた、一生後悔するでしょう?」
つい、とお母様の顔が凌士さんに向き、意地悪く笑った。
天音は目の前で、女性の二面性をまざまざと見せつけられたような気分になる。
「女性に慎重になりすぎるのは、わたしの家の血かしら…。 お父さんくらい強引だったらよかったのに」
「更紗」
お母様のマシンガントークは、お父様の小さな咳払いと、お父様がお母様を呼ぶ声によって遮られた。 だがお母様はお父様を怖れてはいないようで、目を丸くすると、全く悪びれもせずに小首を傾げて微笑んだ。
「あら、ごめんなさい?」
女性がしっかりしていると、家は安泰だというけれど、きっと榊家はその典型だろう。 その観点で言えば、多少がさつで雑で田舎っぽくはあるが、間宮家の母もしっかりしている。
お母様は、お父様からの、「更紗(、そのくらいでやめておけ)」という言外の言葉は拾わなかったようで、また口を開く。
「凌士さんのところ、職場恋愛、厳禁の会社なのかしら? 確か、都内以外に転勤はないようだから、とあの会社にしたのでしたっけ…」
顎に手を当てて、小首を傾げながら呟いていたお母様だったが、ハッと何か閃いたようで、ぱんっと手を打ったかと思えばにっこりと微笑んだ。
「いい機会ですもの、凌士さん、会社、辞めてしまったら?」
「!?」
お母様、何を仰っているのですか!?
天音がぎょっとして目を剥いていると、凌士さんとよく似た、落ち着いた雰囲気のお父様までもが頷いた。
「それがいい。 丁度、それなりのポストが空いているんだ」
それがいいわねぇ、それがいいな、と笑顔で頷き合っているお母様とお父様に、説明を求めることはできない。 天音が、隣に座る凌士さんに顔を向けて、「どういうことですか」光線を送っていると、凌士さんは肩を竦めた。
珍しい動作だ、と天音は思った。
「…俺の親、一応会社経営してるんだ。 兄が後を継ぐから、俺は今のところ好きにさせてもらってるんだけど…兄はいずれ俺に下についてほしいと思っているようで」
凌士さんは目を伏せて、小さく息をついているけれど、天音はそれどころではなかった。
「凌士さん、御曹司だったんですか…!?」
天音が胸の内の動揺を消化できずに声を上げると、お母様が口元に手を当てて、ほほほと笑った。
「御曹司www」
さすが社長夫人、上品な笑い方だと思ったが、草が生えていたのは気のせいか。
お父様もなぜか天音に優しい笑顔を向けてくれる。
「可愛らしい方だね。 …凌士、もたもたしていていいのか?」
お父様の、前半部分と後半部分の声音が、若干違ったような気がするのも、天音の気のせいだろうか。
お父様の問いかけに、凌士さんの顔つきというか目の色が変わった気がする。
凌士さんのご両親が、天音の予想に反して乗り気で歓迎ムードなことを、天音は意外に思う。
凌士さんと結婚するつもりではいるけれど、退路を断たれるというか、外枠を固められるってこんな感じなんだなあ、と天音は思った。 ばかりか、この展開だと、凌士さんのご両親に結婚をせっつかれる形になりそうだ。 嬉しいような、けれど、凌士さんが御曹司となると、複雑な気分でもある。
天音で、凌士さんの支えになれるだろうか。
天音がこっそりと溜息をつくと、手が温かくて大きくて、しっかりとした手に包まれる。
視線を上げれば、凌士さんが天音に微笑んでくれていた。
それで、単純だけれども、天音は、きっと大丈夫だ、と思った。
結婚がゴールでないことは、百も承知だ。
けれど、凌士さん以上に好きになれるひとにも、凌士さん以上に天音を大切にしてくれるひとにも、この先きっと出逢えることはないだろう。
だから、これから二人の幸せを、二人で探りながら、つくっていく。
雨の日もあるだろう。 けれど、止まない雨はない。
そして、雨の後には陽が差して、時には綺麗な虹も架かる。
そう、思えたから。
天音は微笑んで、凌士さんの手を握り返した。
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