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after the rain

sixth color

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 今日、天音アマネは定期通院の日で、お休みをもらっていた。 凌士リョウジさんには、さんのお家にお邪魔していいか連絡して、いいお返事をもらえたので、キッチンに立っている。
 特売の卵をゲットしたので、凌士さんが絶賛してくれた茶碗蒸しと、お魚の煮付け、お漬け物と、蓮根とゴボウのきんぴら、それからお吸い物が今日の献立だ。


 自分一人だと、一汁一菜でいいや、と手抜きになりがちだが、やはり食べてくれる人がいると、しっかり作ろうという気になるものだ。 相手が、それを美味しいと喜んでくれれば尚更。
 早めに帰ってくると言っていたし、そろそろだと思うのだが、とエプロンを外しながら天音が考えていると、珍しく慌ただしい足音が玄関から聞こえた。
 天音が感じたとおり、凌士さんは何か慌てているらしい。


「あ、凌士さん、お帰りなさ」
 凌士さんの姿が見えたので、天音はそう言いかけたのだが、最後まで言わせてもらえなかった。 凌士さんが、がしっと天音の肩を掴んで真剣な顔をしたからだ。


「天音、妊娠したって本当?」


 その問いに、天音は目が点になった。
 誰が、妊娠したと?
 どうしてそんな、突拍子もない話になったのか追いつけずに、天音は固まる。 その天音の反応が、どうやら凌士さんに思い違いをさせることとなったらしい。
 凌士さんの顔が曇った。


「今日、外回りから戻った部長が、産婦人科から出てくる天音を見たって…。 俺、きちんと避妊してたはずなのに、ごめん」
 凌士さんも天音も、子どもは結婚してから、ということで意見は一致しており、凌士さんはきちんと避妊をしてくれている。 結婚の時期に関しても、もう少しお仕事をしていたいという天音の意思を尊重してくれている形なのだ。
 だから、凌士さんが落ち込んでいるのはきっと、天音の意に沿わぬことをした、という思いからなのだろう。


 その気持ちを有難く思うが、真実を伝えなければ、と天音は口を開いた。
「えっと…あの…誤解、です」


 天音の言葉に、凌士さんは目を瞬かせた。
「誤解? ということは、妊娠は、していない?」
 問いながら、凌士さんの目が、「では、どうして産婦人科に…?」と言っていたので、天音は頷く。


「わたし、生理痛が、重くて…。 ピルを処方してもらってるんです。 生理が、少し、軽くなるので」
「…ピル」
 天音の言葉を、鸚鵡返しに繰り返した凌士さんの手が、天音の肩から滑り落ちる。


 はぁぁ…と凌士さんの唇から零れた溜息は、安堵のためか、落胆のためなのかはわからなかった。 確かなのは、脱力した、ということだろうか。
「あ。 …そうか。 …先走って、ごめん」
「いえ、わたしも黙っていてごめんなさい」
 天音は悪くないし、もちろん凌士さんも悪くない。 だが、何だか気まずいと思っていると、凌士さんがふっと吹き出して、クスクスと笑い出した。


「え? あの、凌士さん…?」
「ああ、いや、もう、部長からその話を聞いてから、気が気じゃなくてほとんど仕事にならなかったんだ。 まずは取り急ぎ籍を入れて、結婚式を挙げて…。 ああ、その前に、俺の実家にも天音を紹介に行かないと、って…」


 そんなに色々と考えさせたなんて。
 でも、凌士さんは、天音と別れを考えたり、子どもを堕ろしてもらおうと思ったり、ということはなかったようで、そのことがまた、天音は嬉しい。


「心配させてごめんなさい」
 だから、もしかすると、ごめんなさいと言いつつ、顔は緩んでいたかもしれない。
 凌士さんは気を悪くしたかもしれない、と天音は凌士さんを気にしたのだが、凌士さんは微笑んでいた。


「いや、楽しかったよ。 天音との未来を、想像するのは」


 ぎゅうう、とまた、胸が苦しくなる。
 どうして、こんなに、凌士さんは素敵なのだろう。 「ありがとうございます」と、天音が言おうとしたときだった。 凌士さんが、一足先に口を開いた。


「ねえ、天音」
 凌士さんの表情は、少しだけ緊張しているように見えた。 天音は、凌士さんを見つめた。
 その、続きの言葉は何だろう。 天音がじっと待っていると、凌士さんは窺うように天音を見た。


「いい機会だから、明日、俺の家に一緒に行ってくれないかな?」
 天音は、思わず笑ってしまった。
 ここで、そんなふうに緊張することなんてないのに。
 だって、天音が返す言葉なんて、ひとつしかないのだから。

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