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after the rain

third color*

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 結局、お買い物の後、外食をすることになった。 「今から家で食事を作るのは疲れるでしょう?」と凌士リョウジさんが天音アマネを気遣ってくれたのだ。
 そうして、凌士さんのお家に帰ってきて、冷蔵庫に食材をしまい終えた天音は、ソファで寛ぐ凌士さんに近づく。


「凌士さんのお家って、本当にきれいですよねぇ…」
 思わず、溜息も漏れてしまった。
「ああ、そんなに築年数、経ってないみたいだからね」
 きれいなのはそのせいだよ、と言う凌士さんにはいまいち伝わっていなかったようで、天音は訂正を入れる。


「あ、ごめんなさい、そういう意味じゃなくて…、片付けとか、お掃除とか、行き届いてるなぁって」
 ハウスキーパーさんでも雇っているのではないかというくらいに、モデルルーム並みのきれいさだと思うのだ。
 そして天音は、天音との結婚を考えてくれている凌士さんには伝えておかなければならないことで、避けては通れない道だと、ぎゅっと手を握りしめて告げた。
「…あの、お恥ずかしい話なんですが、わたし、お掃除が苦手なんです」


 天音としては、一世一代の告白、くらいの感じで、相当の覚悟を持って自分の苦手を曝け出したのだが、凌士さんは目を丸くしただけ。
 しかもその後で、ふっと笑う。
「いいんじゃない? 俺が掃除は得意なんだから」
 その口ぶりは、天音の言ったことを大きな問題とは捉えていないようで、天音は拍子抜けしてしまった。


「そう、ですか…?」
「…俺は料理が苦手だし。 そうやって、補い合っていけば、いいと思うよ。 どちらかに負担が偏るとつらいでしょう?」
 その言葉が、天音の気持ちを軽くし、尚且つ温かくしてくれた。
 天音の読み違いでなければきっと、凌士さんは今だけではなくて、この先の未来のことも視野に入れて、そのように言ってくれている。
「…はい」
 天音が笑顔になると、凌士さんは期待に満ちた目を、天音に向けてきた。
「それで、明日の朝は和食作ってくれるんだよね?」
「はい」
 なんだかそれが少年のようで可愛らしくもあって、天音は微笑む。


 今朝の凌士さんが言っていたように、なぜか凌士さんは朝の和食という物に憧れを抱いているらしい。 食事の後、スーパーにも寄ったのだが、味噌汁が、という凌士さんのために鰹節と煮干し、お味噌を買った。 具は、長葱と豆腐がいいと言ったので、そのふたつ。 あとは、厚焼き玉子と焼き魚というリクエストがあった。 厚焼き玉子は、甘いものがいいということだった。
 うちは、祖父母が同居していることもあり、朝は和食。 お夕飯も基本は和食で、共働きの両親の代わりに祖母が作ってくれることが多かった。 ご飯のお手伝いをしておいたことが、ここでこんな風に役に立つとは思わなかった。


「あの、疲れてますよね? お風呂、ため始めたので」
「天音は?」
「お米をといで、セットしておきます」
 凌士さんのお家には、三合炊きの炊飯器があったけれど、ほとんど使っていないようだった。 凌士さんが、「楽だから」という理由で洋食派なのはそういうところだったのかな、と天音は推察する。 一度で三合の米は消費できないが、一回一回炊くのも面倒。
 天音は、冷凍にしてチンして、ときにはリゾットやチャーハンにもしていたけれど、何となく凌士さんの人間らしいところを見て嬉しくなる。


 そんなことを思っていると、凌士さんの手が、天音の左手に触れた。
「? 凌士さん?」
 戸惑う天音をよそに、凌士さんの手は天音の左手の薬指にある指輪を弄ぶように触れる。
「似合うと思ったから、押しつけちゃったけど…。 家事には邪魔だったかな?」
 その心配に、天音はまた笑った。
「そうですね、料理するときには外すことにします」



 ・・・・・・・



「あ、起きてたんですね」
 うっかりパジャマを買い忘れたので、今日も凌士さんのシャツを借りて寝室へと行けば、凌士さんはまだ起きていた。 某県まで運転もしてくれて、天音の両親にも会ってくれて、色々と買い物にも付き合ってくれて…とても疲れているはずなのに。
 ベッドでゆったりと寛いでいたらしい凌士さんに天音が近づいていくと、凌士さんは静かに微笑んでくれた。
「折角天音がいるのに、一人で寝るのは勿体なかったから」
 胸の奥がぎゅうう、となる。 本当に、凌士さんは素敵だし、何をしてもになる。


 梅雨の時期はむしむしとしていて苦手なのだが、ここ数日の雨は冷たくて、少しだけ肌寒い気もする。 それを言い訳にして天音は、凌士さんの胸に寄り添った。 抱きつく勇気はなかったとも言える。
 凌士さんは、そんな天音を抱き寄せてくれる。
「思ってたんだけど、天音はピアスの穴も開いていないんだね」
「んっ…痛いの、苦手、で」
 凌士さんが、指先で優しく耳に触れるので、天音は思わず声を上げて震えてしまった。


 ピアスはおしゃれだと思うが、耳に穴を開けるなんて考えただけで痛くて怖くて、とうとう手が出ずに来てしまった。 きっと今後手を伸ばすこともないだろう。
 イヤリングも、ずっとつけていると耳たぶが痛くなるので、ほとんどつけない。
「そう…、じゃあ、気持ちいいことだけ、してあげる」
 凌士さんは、そう言うと天音の左耳をさわさわと撫で、右耳を舐めしゃぶり出す。
「ぅ、んっ…」
 熱くて柔らかい舌に、耳を舐められるとぞわぞわして、ぞくぞくして、震えてしまう。


「ぁ、あ、凌士さん…」
 天音が我慢できなくなって、凌士さんの名前を呼ぶと、凌士さんは強く耳朶を吸ってくれる。 そこで、凌士さんがそっと離れるから、天音は直感的に思った。
 あ、するのかな。
 その直感は当たったようで、凌士さんはキスをしながら、天音の着ている凌士さんのシャツの釦をぷちぷちと外していく。
 全て外し終えたところで、凌士さんは一度キスを止めて、天音の姿を見つめた。 そして、軽く目を見張ったけれど、満足したように微笑む。


「…思った通り、黒もいいね。 セクシーだ」
 天音は、その言葉に照れてしまった。


 だって、セクシーだなんて、褒め言葉、もらったことなんてないのだ。 そんなふうに褒めてもらったら、気恥ずかしくも嬉しくて、天音は凌士さんの脚を跨いで膝立ちになる。
「脱ぎ、ますか?」
 袖を通しているだけのシャツを、脱ぎ去ろうかと思えば、凌士さんは天音の肩を押さえた。
「きれいだから、このままもう少し、眺めさせて」


 意外な言葉にまた、どきりとするも、凌士さんが望むなら、と天音はしばらくそのままでいることにしたのだが…。
 数分後、自分の様子がおかしいことに、天音は気づいた。


 凌士さんの目が、自分を見つめていると思うだけで、なんだか息が苦しくて呼吸が儘ならないような感じになる。 体温が上がるような、全身が火照っているような…。
 視姦されるって、もしかして、こんな感じ、なのだろうか。


 触れられていないのに、まるで触れるか触れないかのタッチで撫でられているかのように、肌がざわざわとさざめく感じがする。 お腹の奥がうずうずしてきて堪らなくて、天音は弱音を吐いた。
「凌士さん、見るだけじゃ、嫌です」
「あ、ごめん。 俺、フェチ属性はないと思ってたんだけど、天音の今の格好は、すごく…なんていうんだろう、眺めているだけで満足なくらい、好きだな」
 穏やかに微笑んで言う凌士さんは、お腹の上で指を組んだまま、穏やかに微笑むだけ。 凌士さんがお腹の上で組んだ指を気にするふりをして、天音は凌士さんの下腹部に視線を遣る。 けれど、そこにはどんな変化も起きていなかった。


 例えば、そこに何らかの変化が生じていたら、きっと、あんなに大胆にはなれなかったと思う。 普段の天音なら、恥ずかしくて、絶対にできない。
 けれど、例えばこのまま、触れてもらえなかったら、と思うと我慢できなくて、天音は恥を忍んで頬を染め、自分の穿いていたショーツを下ろした。
「意地悪、言わないでください。 わたし、もう、こんな、で」
 凌士さんの顔を直視するのは流石に恥ずかしくて視線を落とせば、自分が下げたショーツの、股間に当たっていた部分に目が行った。 見られていただけなのに、どうしてこんなに濡れてしまっているのだろう。
 とろぉ…と自分の股間とショーツを繋ぐ透明な糸が見えたし、それがふつっと途切れる。


 どうしてそんなところを見てしまったのだろうと思うし、天音は顔から火が出るのではないかと思った。
 恥ずかしくて死ねる、とは本当かもしれない、と天音が考えていたときだった。 凌士さんが天音の腰を抱き寄せる。
「訂正する」
 落ち着いた優しい声が、天音の耳元で囁く。


「やっぱり、中身の方が素敵だ」


 天音はその声を聴いた途端、お腹から走った快感にふるっと震えた。 膝で身体を支えていられなくて、凌士さんにもたれるようにして座り込んでしまう。
 声だけで感じて、軽く達した上、腰が抜けたなんて、本当に恥ずかしくて死ねるかもしれない。

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