【R18】紅薔薇の棘に口づけ

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紅薔薇の棘

八輪

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「ご機嫌麗しそうで何より。 ロザンナマリア殿下」
 アルヴァートは、意識して悠然と構え、微笑んだ。
 椅子に浅めに腰かけ、背もたれに寄り掛かる。 脚を組んで、太腿の上で手も組む。

 見据えるは、正面に腰かける、金髪緑眼の【エルディースの女帝】ロザンナマリア。
 彼女は自分が他国から、【エルディースの魔女】と呼ばれていることは知らないだろう。

 エルディースの第一王女は二十歳らしいが、二十歳を筆頭に三人の娘がいる母親とは思えない。
 確かに美人ではあるのだが、【凛とした】という感じでも、紅薔薇姫に抱いた【気の強そうな】という印象でもない。 【我が強く】【きつい】顔立ち。
 彼女は、他者にとても厳しいが、それ以上に自分に厳しい女性だと、アルヴァートは知っている。

 晩餐の後、アルヴァートはエルディースの女帝との会談の時間を持った。
 アルヴァートは男で、エルディースの女帝は女。

 密室に二人という状態で、あることないこと騒ぎ立てられるのは嫌なので、視界に入らないところにオズワルドを控えさせている。 あちらはあちらで、壁と同化するように静かに佇んでいるのは、恐らく女帝のご夫君だろう。

 晩餐の間中、紅薔薇姫は話しかければ微笑んで応じるものの、いつもの覇気がない。
 何となくだが、エルディースの女帝が同席しているからか、と察した。
 紅薔薇姫には、母親に対して一種の刷り込みのようなものがあるのかもしれない。

 実は、アルヴァートはエルディースの紅薔薇姫と面と向かって話をするのは、彼女がフレンティアに乗り込んできた日が初めてだったのだ。
 それも、「妹では役不足ですので、わたくしが参りました」とどんな大輪の薔薇も色を失うだろう微笑みで告げるのだから、笑ってしまった。
 今まで遠目に見るだけ、あるいは、噂を聞くだけだった彼女と、そうして接する彼女はまるで違っていた。

 彼女が【紅薔薇姫】と呼ばれる理由は、彼女のその髪の色と瞳の色だけに由来するものではない。
 アルヴァートの知る彼女からは想像ができないが、彼女には、人を寄せ付けない、独特の雰囲気があったのだという。 話しかけても、冷たい一瞥を返されただけ。 一言も返ってこなかった。 【棘だらけの紅薔薇姫】とは、彼女に袖にされた男たちの負け惜しみだけではなかったらしい。

 本当に、今の彼女からは想像できない。
 ということは、そのときは、何かそうせざるを得ない、理由があったということなのだろう。

 アルヴァートは、紅薔薇姫に一切の恋情はないが、率直で飾らない紅薔薇姫には素直に好感が持てた。
 加えて、男のオズワルドを【オズワルドお姉様】と呼んでみせるくらいには愉快でもある。
 友人として付き合っていく分には、この上なく面白く、退屈せずに済むという意味で、アルヴァートは彼女のことを気に入っている。


「ごきげんよう、アルヴァート国王陛下」
 エルディースの女帝は、目を細めて艶然と笑む。
 どこか、勝ち誇ったような、自分の優位を信じて疑わない者の表情だな、と思った。

「わたくしの申し上げた通りでしたでしょう?」
 果たして、それは当たっていたらしい。


「アンネを正妃にしたいならば、アンネではなく、ロージリーに白羽の矢を立てた方がよくてよ。 そう、申し上げましたわ」


 そして、アルヴァートはもうひとつ気がついた。
 恩を売りたい者の表情それでもあるのかもしれないと認めながら、頷く。
「通りかどうかは、今や不明だけれど、貴女の見立ては確かだったようです」

 アルヴァートが従弟のロワイエールを使者に立て、紅薔薇姫へ婚姻の申し入れをした際に、エルディースの女帝はアルヴァートとの対談を望んだ。 だから、アルヴァートは一度、一年ほど前にエルディースへと足を運んでいる。
 その際に、エルディースの女帝は、先のように言ったのだった。
 それから、このようにも言っていた。


――アンネは、我儘で、天邪鬼なところがあって、誰かに何かを押し付けられることが大嫌いですの
――そのアンネが、可愛がっているのが、末娘のロージリー。 アンネにとっては妹ね。 ロージリーが嫁がされるとなったら、喜んで身代わりになるでしょう


 エルディースの女帝が、純粋な好意から、アルヴァートに協力しているとは思わなかった。
 だが、それが一体、どんな理由なのかもわからなかった。
 けれど、今ならば、それがわかるような気がする。
「…やけに、協力的だと思いましたが…」
 それを、推測から確信に変えたくて、アルヴァートは危険な問いと承知しながらも口にする。


「アンネローゼ姫を、厄介払いしたかったのですね?」


 瞬間、女帝の目の色が、変わった。
 纏う空気もだ。


「言葉が過ぎてよ、アルヴァート国王陛下」


 声音すら低く厳しくなったが、アルヴァートは微笑む。
 恐らく、エルディース国内であれば、この女帝に凄まれれば態度を改める者は多いのだろう。
 それは、この女性が、エルディースの、現在の最高権力者だからだ。

 だが、それは、国際社会においては意味のないこと。
 各国の王族同士の力の差は、表面上は・・・・フラット。
 加えて、フレンティアはエルディースの機嫌を損ねたところで、失うものはない。
 つまり、彼女の顔色を窺う必要もなければ、媚びる必要もない。

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