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紅薔薇の棘
八輪
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「ご機嫌麗しそうで何より。 ロザンナマリア殿下」
アルヴァートは、意識して悠然と構え、微笑んだ。
椅子に浅めに腰かけ、背もたれに寄り掛かる。 脚を組んで、太腿の上で手も組む。
見据えるは、正面に腰かける、金髪緑眼の【エルディースの女帝】ロザンナマリア。
彼女は自分が他国から、【エルディースの魔女】と呼ばれていることは知らないだろう。
エルディースの第一王女は二十歳らしいが、二十歳を筆頭に三人の娘がいる母親とは思えない。
確かに美人ではあるのだが、【凛とした】という感じでも、紅薔薇姫に抱いた【気の強そうな】という印象でもない。 【我が強く】【きつい】顔立ち。
彼女は、他者にとても厳しいが、それ以上に自分に厳しい女性だと、アルヴァートは知っている。
晩餐の後、アルヴァートはエルディースの女帝との会談の時間を持った。
アルヴァートは男で、エルディースの女帝は女。
密室に二人という状態で、あることないこと騒ぎ立てられるのは嫌なので、視界に入らないところにオズワルドを控えさせている。 あちらはあちらで、壁と同化するように静かに佇んでいるのは、恐らく女帝のご夫君だろう。
晩餐の間中、紅薔薇姫は話しかければ微笑んで応じるものの、いつもの覇気がない。
何となくだが、エルディースの女帝が同席しているからか、と察した。
紅薔薇姫には、母親に対して一種の刷り込みのようなものがあるのかもしれない。
実は、アルヴァートはエルディースの紅薔薇姫と面と向かって話をするのは、彼女がフレンティアに乗り込んできた日が初めてだったのだ。
それも、「妹では役不足ですので、わたくしが参りました」とどんな大輪の薔薇も色を失うだろう微笑みで告げるのだから、笑ってしまった。
今まで遠目に見るだけ、あるいは、噂を聞くだけだった彼女と、そうして接する彼女はまるで違っていた。
彼女が【紅薔薇姫】と呼ばれる理由は、彼女のその髪の色と瞳の色だけに由来するものではない。
アルヴァートの知る彼女からは想像ができないが、彼女には、人を寄せ付けない、独特の雰囲気があったのだという。 話しかけても、冷たい一瞥を返されただけ。 一言も返ってこなかった。 【棘だらけの紅薔薇姫】とは、彼女に袖にされた男たちの負け惜しみだけではなかったらしい。
本当に、今の彼女からは想像できない。
ということは、そのときは、何かそうせざるを得ない、理由があったということなのだろう。
アルヴァートは、紅薔薇姫に一切の恋情はないが、率直で飾らない紅薔薇姫には素直に好感が持てた。
加えて、男のオズワルドを【オズワルドお姉様】と呼んでみせるくらいには愉快でもある。
友人として付き合っていく分には、この上なく面白く、退屈せずに済むという意味で、アルヴァートは彼女のことを気に入っている。
「ごきげんよう、アルヴァート国王陛下」
エルディースの女帝は、目を細めて艶然と笑む。
どこか、勝ち誇ったような、自分の優位を信じて疑わない者の表情だな、と思った。
「わたくしの申し上げた通りでしたでしょう?」
果たして、それは当たっていたらしい。
「アンネを正妃にしたいならば、アンネではなく、ロージリーに白羽の矢を立てた方がよくてよ。 そう、申し上げましたわ」
そして、アルヴァートはもうひとつ気がついた。
恩を売りたい者の表情それでもあるのかもしれないと認めながら、頷く。
「通りかどうかは、今や不明だけれど、貴女の見立ては確かだったようです」
アルヴァートが従弟のロワイエールを使者に立て、紅薔薇姫へ婚姻の申し入れをした際に、エルディースの女帝はアルヴァートとの対談を望んだ。 だから、アルヴァートは一度、一年ほど前にエルディースへと足を運んでいる。
その際に、エルディースの女帝は、先のように言ったのだった。
それから、このようにも言っていた。
――アンネは、我儘で、天邪鬼なところがあって、誰かに何かを押し付けられることが大嫌いですの
――そのアンネが、可愛がっているのが、末娘のロージリー。 アンネにとっては妹ね。 ロージリーが嫁がされるとなったら、喜んで身代わりになるでしょう
エルディースの女帝が、純粋な好意から、アルヴァートに協力しているとは思わなかった。
だが、それが一体、どんな理由なのかもわからなかった。
けれど、今ならば、それがわかるような気がする。
「…やけに、協力的だと思いましたが…」
それを、推測から確信に変えたくて、アルヴァートは危険な問いと承知しながらも口にする。
「アンネローゼ姫を、厄介払いしたかったのですね?」
瞬間、女帝の目の色が、変わった。
纏う空気もだ。
「言葉が過ぎてよ、アルヴァート国王陛下」
声音すら低く厳しくなったが、アルヴァートは微笑む。
恐らく、エルディース国内であれば、この女帝に凄まれれば態度を改める者は多いのだろう。
それは、この女性が、エルディースの、現在の最高権力者だからだ。
だが、それは、国際社会においては意味のないこと。
各国の王族同士の力の差は、表面上はフラット。
加えて、フレンティアはエルディースの機嫌を損ねたところで、失うものはない。
つまり、彼女の顔色を窺う必要もなければ、媚びる必要もない。
アルヴァートは、意識して悠然と構え、微笑んだ。
椅子に浅めに腰かけ、背もたれに寄り掛かる。 脚を組んで、太腿の上で手も組む。
見据えるは、正面に腰かける、金髪緑眼の【エルディースの女帝】ロザンナマリア。
彼女は自分が他国から、【エルディースの魔女】と呼ばれていることは知らないだろう。
エルディースの第一王女は二十歳らしいが、二十歳を筆頭に三人の娘がいる母親とは思えない。
確かに美人ではあるのだが、【凛とした】という感じでも、紅薔薇姫に抱いた【気の強そうな】という印象でもない。 【我が強く】【きつい】顔立ち。
彼女は、他者にとても厳しいが、それ以上に自分に厳しい女性だと、アルヴァートは知っている。
晩餐の後、アルヴァートはエルディースの女帝との会談の時間を持った。
アルヴァートは男で、エルディースの女帝は女。
密室に二人という状態で、あることないこと騒ぎ立てられるのは嫌なので、視界に入らないところにオズワルドを控えさせている。 あちらはあちらで、壁と同化するように静かに佇んでいるのは、恐らく女帝のご夫君だろう。
晩餐の間中、紅薔薇姫は話しかければ微笑んで応じるものの、いつもの覇気がない。
何となくだが、エルディースの女帝が同席しているからか、と察した。
紅薔薇姫には、母親に対して一種の刷り込みのようなものがあるのかもしれない。
実は、アルヴァートはエルディースの紅薔薇姫と面と向かって話をするのは、彼女がフレンティアに乗り込んできた日が初めてだったのだ。
それも、「妹では役不足ですので、わたくしが参りました」とどんな大輪の薔薇も色を失うだろう微笑みで告げるのだから、笑ってしまった。
今まで遠目に見るだけ、あるいは、噂を聞くだけだった彼女と、そうして接する彼女はまるで違っていた。
彼女が【紅薔薇姫】と呼ばれる理由は、彼女のその髪の色と瞳の色だけに由来するものではない。
アルヴァートの知る彼女からは想像ができないが、彼女には、人を寄せ付けない、独特の雰囲気があったのだという。 話しかけても、冷たい一瞥を返されただけ。 一言も返ってこなかった。 【棘だらけの紅薔薇姫】とは、彼女に袖にされた男たちの負け惜しみだけではなかったらしい。
本当に、今の彼女からは想像できない。
ということは、そのときは、何かそうせざるを得ない、理由があったということなのだろう。
アルヴァートは、紅薔薇姫に一切の恋情はないが、率直で飾らない紅薔薇姫には素直に好感が持てた。
加えて、男のオズワルドを【オズワルドお姉様】と呼んでみせるくらいには愉快でもある。
友人として付き合っていく分には、この上なく面白く、退屈せずに済むという意味で、アルヴァートは彼女のことを気に入っている。
「ごきげんよう、アルヴァート国王陛下」
エルディースの女帝は、目を細めて艶然と笑む。
どこか、勝ち誇ったような、自分の優位を信じて疑わない者の表情だな、と思った。
「わたくしの申し上げた通りでしたでしょう?」
果たして、それは当たっていたらしい。
「アンネを正妃にしたいならば、アンネではなく、ロージリーに白羽の矢を立てた方がよくてよ。 そう、申し上げましたわ」
そして、アルヴァートはもうひとつ気がついた。
恩を売りたい者の表情それでもあるのかもしれないと認めながら、頷く。
「通りかどうかは、今や不明だけれど、貴女の見立ては確かだったようです」
アルヴァートが従弟のロワイエールを使者に立て、紅薔薇姫へ婚姻の申し入れをした際に、エルディースの女帝はアルヴァートとの対談を望んだ。 だから、アルヴァートは一度、一年ほど前にエルディースへと足を運んでいる。
その際に、エルディースの女帝は、先のように言ったのだった。
それから、このようにも言っていた。
――アンネは、我儘で、天邪鬼なところがあって、誰かに何かを押し付けられることが大嫌いですの
――そのアンネが、可愛がっているのが、末娘のロージリー。 アンネにとっては妹ね。 ロージリーが嫁がされるとなったら、喜んで身代わりになるでしょう
エルディースの女帝が、純粋な好意から、アルヴァートに協力しているとは思わなかった。
だが、それが一体、どんな理由なのかもわからなかった。
けれど、今ならば、それがわかるような気がする。
「…やけに、協力的だと思いましたが…」
それを、推測から確信に変えたくて、アルヴァートは危険な問いと承知しながらも口にする。
「アンネローゼ姫を、厄介払いしたかったのですね?」
瞬間、女帝の目の色が、変わった。
纏う空気もだ。
「言葉が過ぎてよ、アルヴァート国王陛下」
声音すら低く厳しくなったが、アルヴァートは微笑む。
恐らく、エルディース国内であれば、この女帝に凄まれれば態度を改める者は多いのだろう。
それは、この女性が、エルディースの、現在の最高権力者だからだ。
だが、それは、国際社会においては意味のないこと。
各国の王族同士の力の差は、表面上はフラット。
加えて、フレンティアはエルディースの機嫌を損ねたところで、失うものはない。
つまり、彼女の顔色を窺う必要もなければ、媚びる必要もない。
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