【R18】翡翠の鎖

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第二章.婚約編

12.余韻

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「…きっと、そう。 今まで、手に入らないと思っていた幸せが、立て続けに飛び込んできて、戸惑ってるんだ。 リーファに、【対のしるし】があると思ってたから、余計」
 ヴェルドライトが、幸せそうでありながら、神妙な面持ちで告げるから、リーファは不思議に思う。


「…あると、何かあるの?」


 リーファの反応に、ヴェルドライトは愕然とした表情になる。
 寝返りを打って、リーファに完全に身体を向けると、上体を起こして左の肘で支えた。


「まさか、【対】となった相手以外と関係を持つのが、心中にも等しい行為だって、知らないの?」


 問い詰めるような口調だ。
 ヴェルドライトの反応が過剰で、リーファは焦った。
「いえ、知っている、つもり、だったけど…。 ヴェルは、触ってくれたでしょう? だから、誇張されているだけなのかも、って」
 リーファの知識でいう、【対のしるし】とは、命を賭した盟約だった。


 もう、退化してしまったが、悪魔族の祖先には、形状は様々だが翼があったという。
 その翼から取って、生涯の、魂の伴侶となる盟約を結ぶ相手を、【対】と呼ぶ。
 片翼で飛ぶことは、叶わないからだ。


 即ち、【対のしるし】とは、魂の伴侶となる相手――【対】と結ぶ、盟約。


 【対】を裏切れば、【対のしるし】が宿主に危害を加え、最悪、死に至らしめることもある、と聞いていた。
 けれど、ヴェルドライトは、【対のしるし】があると思い込んでいたリーファに、触れてきた。
 そして、リーファも、ヴェルドライトも、何か罰を受けることもなく、無事でいる。
 以上のことから、リーファは、【対のしるし】にまつわるあれこれは、単なる誇張――所謂、教訓的な脅しだと理解したところだったのだが、違うのだろうか。


 ヴェルドライトは、表情を消すと、完全に上体を起こした。
 空間に手を伸ばして、いくつもクッションを取り寄せ始める。

 奇行だ、と思いながらも、口を挟めないリーファは、横になったままヴェルドライトを見ていることしかできない。
 ヴェルドライトは、自分の背の支えになるように、クッションを並び、積み上げ、配置する。
 堤防を作る、ビーバーってこんな感じだろうか、なんて、リーファは呑気に思った。
 何度か、背の位置を確かめた彼は、掛布をめくって、パッと諸手を広げる。

「ねぇ、リーファ。 ここに来て」
 ヴェルドライトが本気なのはわかるが、全く意図がわからなくて、リーファは訊ねる。
「どうして?」
「心配すぎるから、リーファを抱きしめて眠りたい。 僕を安心させるために、お願い」
 ぬいぐるみや、クッションなどを抱きしめていると、安心感があってよく眠れる、とかそういうものだろうか。
 ぬいぐるみやクッションと一緒にするには、重量が違い過ぎると思うのだが。

「眠った気になる?」
「今の精神状態より遥かにいいと思う」
 ヴェルドライトがそう言うなら、とリーファはベッドの上を移動する。
 ヴェルドライトの脚の間にお尻を収めると、ヴェルドライトがリーファのお腹に腕を回してきた。


 リーファは自然と、ヴェルドライトの身体にもたれるような体勢になる。
 ヴェルドライトは、リーファの肩口に頭を寄せたようで、耳元で深いため息が聞こえた。


「誇張じゃないから、僕と【対】になったら、絶対、絶対、僕以外に触らせたらだめだよ」


「違うの? …だって、わたしに【対のしるし】があると思い込んでいたときだって、ヴェルは、触ってくれたでしょう?」
 リーファが問うと、ヴェルドライトはまた、悩ましげにため息をついた。
「あれは、指だったから、大丈夫だったんだよ」
「指、だから」
 リーファはヴェルドライトの言葉を反復する。
 そうすれば、ヴェルドライトは、上手く伝わっていないのを理解したようで、言葉を重ねた。

「【婚約のしるし】も【婚姻のしるし】も【対のしるし】も、牽制の効果があることは、知っているよね? 宿主の意思に反するような強制を受ければ、相手に対して力が発動するっていうのは」
「ええ」
 それは、リーファでも知っている。

 ヴェルドライトが列挙した三つのしるしは、契約を結ぶ二者にだけ効果があるものではない。
 恋愛関係にある相手がいることを周囲に知らしめ意味と効果もあり、それは即ち、牽制である。
 その牽制を無視して近づき、宿主の意思に反して付きまとわれたり、行為を強要されたりすれば、しるしが加害者に反撃するのだ。

「それ以外に、この三種類のしるしには、不貞の抑制効果もあるんだよ」
「うん」
「こんなこと言うと、怖くなるかもしれないけど…。 【対のしるし】は、一種のウイルス」
 ヴェルドライトは、静かに、静かに、告げた。


「【対】以外と関係を持つと、【対のしるし】が【対】以外の遺伝子を感知して、宿主を殺す」
「遺伝子、って」
「体液って言った方がわかりやすい? それも、性器から取り込まれた、体液。 だから、僕はあの日、指でしかリーファに触れなかった」


 リーファのお腹に回されていたヴェルドライトの腕…、その右手が、少しだけ上に上がって、リーファの【あかし】の辺りに触れる。
「ほかの男性体との【対のしるし】なんて見たくもないから、脱がせなかったし」

 それを聞いて、リーファは納得した。
 前のときに、ヴェルドライトがリーファの衣装を脱がせないのは、なぜかと思っていたのだ。

「僕と対になった場合、僕以外の男性体を相手にしなければ大丈夫。 僕以外を、リーファが受け容れなければ、ね」
 さらりとヴェルドライトは言ったけれど、リーファは別のことが気になってしまった。


「養父様にも、それがあったけれど…」
「うん、僕もリーファつけてもらうつもりだから安心して。 …父上は、母上にぞっこんだったからね。 確かに僕は、父上似で母上似だな」
「ん」
 ヴェルドライトは、リーファの右の耳の付け根あたりに口づけを降らせている。
 どうやら、リーファの言いたいことは、伝わっていないらしい。


「じゃ、なくて。 それ、つけたら、ヴェルも」
 リーファは、ヴェルドライトを肩越しに振り返る。
 ヴェルドライトは、平然とした顔だ。
「僕も、リーファとしかできなくなる。 何か問題?」


 何か問題? と問われて、リーファは考える。
 正確には、何が問題かはわかっているが、どう伝えるかが問題なのだ。
 考えた末に、リーファが口にできたのは、
「…平気…なの?」
 という言葉。


 だって、「リーファ以外と関係が持てなくなっても、平気なの?」なんて、ヴェルドライトの決意と覚悟を疑うようではないか。
 ヴェルドライトは、リーファが本当に訊きたかったことには気づかなかったようだ。
 肩越しに覗き込んでくれる彼の表情は穏やかで、声も揺るぎないものだった。
「女性体を独占しておいて、男性体はしたい放題なんて間違ってると思うよ」

 そして、彼は、独自の見解を見せた。
「相手の女性体にだけ、【対のしるし】をつけるなら、それは【隷属のしるし】と変わらない。 名前を変えただけだよ。 少なくとも、僕はそう思ってる」
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