【R18】翡翠の鎖

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第一章.帰還

9.接吻

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 ドレスの上から、優しく、包みこむように、両の胸を撫でる大きな手。
「気持ちいい?」

 微笑んだヴェルドライトに問われるけれど、正直リーファは、よくわからなかった。
 ヴェルドライトが用意してくれたドレスは、胸の部分がしっかりとした造りになっている。
 触られていることはわかるし、じんわりと伝わるぬくもりも感じ取ることはできる。

 けれど、それは耳を唇で食まれたり、舐められたりしたときのような、直接的な刺激ではない。
 気持ちいいかわからないのであれば、どうなんだ、と問われれば、胸を触られていることが、恥ずかしい、と答えるだろう。
 それから、…もどかしい?

 何が、と考えてもわからなかった。
 わからないことだらけで、それもまた、もどかしい。

「…わからない」
 素直な気持ちを、隠さずに伝えた。
 リーファの反応から、それがリーファの本心であることを、ヴェルドライトは感じ取ったのだろう。

「でも、こっちは、わかるもんね?」
 甘く、きらきらしく微笑んだヴェルドライトに、リーファはきょとんとしてしまった。
 こっちは、とは、どっちのことだろう。
 ぼんやりとした頭で、呑気に考えていたのがいけなかった。


「ぁ、う」
 思わず、ビクリ、と震える。
 ヴェルドライトが、リーファの左耳の真下というか、左耳の付け根というかに唇を触れさせ、軽く吸ったのだ。

 ほとんど反射で漏れた自分の声が恥ずかしくて、リーファはそっと唇に手の甲を当てる。
 左耳の下から、首筋へ、ヴェルドライトの唇が滑る。時々、やわらかく吸い上げ、舌先で肌をなぞりながら。

「ん、ぅ」
 自分のものとは思えないような、甘い声が耳に届いて、更に恥ずかしくなり、体温が上がる気がする。
 唇に手の甲を当てるくらいでは、声を封じられないことに気づいて、リーファは唇を噛みしめた。
 ヴェルドライトは、それに気づいたらしい。
「噛んじゃだめ」


 リーファが唇に当てていた右手を、左手でそっと外しながら、リーファの唇を唇で塞いだ。
「んぁ…」
 喉の奥から、また、声がせり上がって零れる。

 ヴェルドライトとのキスは、気持ちがいい。
 リーファの舌先を舌先で巧みに擽り、搦めとって、吸い上げる。
 そうされると、リーファも何か、堪らなくなって、ヴェルドライトの舌に、甘えるように舌を絡ませたくなって、そうしてしまう。


「…リーファ…」
 唇が微かに離れた際、ヴェルドライトは囁いて、もう一度リーファの唇に吸いついた。
 リーファの唇を撫でた、彼の吐息の熱かったことと言ったらない。

 小さな、水音が、耳に届くのが恥ずかしい。
 その音が脳に届けば、頭がぼうっとして、まともにものが考えられなくなる。


 でも、気持ちよくて、やめたくない。


 ああ、これが、気持ちいい、だ。
 そう、納得する。
 キスを交わしながら、ヴェルドライトは左手に握っていたリーファの右手を持ち上げて、右手でそっとリーファの腕の付け根の内側――…二の腕の内側に触れる。


「ん」
 リーファがまた、ビクリと震えると、ヴェルドライトはふっと笑った。
 顔が近すぎて表情はわからなかったけれど、吐息と、伝わった振動から、リーファはそう察する。
 果たして、それは真実だったらしい。
 リーファの舌を吸いながら離れたヴェルドライトは、麗しく微笑んでいた。

「…ここも、気持ちいいんだね」
 指摘されたことが恥ずかしくて、リーファはかぁ、と頬を染め、視線を落とす。
 二の腕が気持ちいい、なんて、変なことなのかもしれない。
「ごめんなさい…」
「どうして?」

 ヴェルドライトの、不思議そうな声につられて、リーファは顔を上げる。
「気持ちいいところが多いのは、いいことだよ。 少なくとも、僕は嬉しい」
 微笑んだヴェルドライトの言葉に、リーファはほっとした。
 ヴェルドライトに、変と思われていなければ、それでいい。


「つづき」
 ヴェルドライトは、微笑んだままで、また顔を近づけてくる。

 目をゆっくりと閉じて、リーファは近づいてくるヴェルドライトの唇を受け入れた。
 ヴェルドライトは、リーファの右腕を取って、ゆっくりとリーファの身に着けている長手袋を脱がせ始める。
 器用にも、キスを続けたままで。


 やわらかくて、気持ちいい、けれど。
 ヴェルドライトは、キスが好きなのだろうか?

 いや、彼女――…ヴェルドライトと身体の関係があったことを臭わせていたナディアは、そうではないようなことを言っていたのだ。
 リーファがそんなことを考えているうちに、ヴェルドライトはリーファの左手を取って、長手袋を脱がせ終えた。

 例えば、ヴェルドライトが、キスが苦手だとしたら、キスが気持ちいいと感じているリーファのために、キスをしてくれているのではないだろうか。
 それに気づいてしまったら、リーファはキスを続けていられなくて、仰け反るようにしてヴェルドライトの唇から逃れた。


 キスを中断されたことが意外だったのだろう。
 ヴェルドライトは、目を瞠っていた。

「…リーファ? いやだった?」
 ヴェルドライトは、そっとリーファの頬を左右の手で包んで、瞳を覗き込みながら問う。
 綺麗な、翠柘榴石の瞳だ。
 見る者を、魅了する。


「ヴェルは、キス、いやじゃない?」
 意識する前に、リーファの唇はそんな言葉を紡いでいた。

 ヴェルドライトは目を丸くし、その後で、麗しく、麗しく、微笑んだ。
 目元を、うっすらと朱に染めて。
「リーファとのキスは、気持ちよくて好き」


 どうしてだろう。
 身体の中心から、外側へと、振動が伝わるような気がした。
 なぜか、彼のその言葉が、重要な意味を持つように思えたからだ。
 それが、彼にとってなのか、自分にとってなのかは、わからない。

 リーファは手袋に包まれていない自分の手が、ヴェルドライトへ向かって伸びるのを見る。

 リーファの手は、ヴェルドライトの頬を包むようにして、触れた。
 そして、そのまま、ヴェルドライトの顔に、自分の顔が近づいていく。

 驚きに目を見開いたヴェルドライトが、視界いっぱいに広がった気がするが、リーファはすぐに目を閉じてしまったので、気のせいだったのかもしれない。
 唇に、ぬくもりが、触れた。

 リーファから、彼に口づけたのだ。
 彼を、とても、愛しい、と思った。

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