【R18】白百合の女王

環名

文字の大きさ
上 下
9 / 16

きゅうまいめ *

しおりを挟む
 気もそぞろでありながら、心ここにあらず。 ぼーっとしていたかと思えば、そわそわし始める。
 今日のアイシェリアがとても挙動不審だったという自覚はある。

 フレイディアに言われたとおりに、先に夕食を済ませたし、ネグリジェだって吟味に吟味を重ねて選んだ。
 お風呂だっていつもより時間をかけて入ったし、頭の天辺から足のつま先までぴかぴかにした。
 叔父が余計な気を回して持たせてくれた香油の使い時も今だと思った。
 そうして、客室に逃げることなく、アイシェリアは夫婦の寝室のベッドの中に入った。

 アイシェリアは浮かれていた。 尚且つ、派手に緊張もしていた。
 こういうことの作法も知らない。
 女教師ガヴァネスには、相手に任せておけばいいということ以外教えられていないのだ。

 とにかく、フレイディアが帰ってくるまでに、フレイディアに全部任せる覚悟をするのが、アイシェリアに今できる唯一にして最大のことだ。
 ひとまず、ベッドに横になろう。
 お腹の上で手を組んで、深く呼吸を繰り返す。
 目を閉じて、迷走…したいがそちらではなく、瞑想する。 そうすれば、自然と落ち着くはずだ。

 意識して、深く、呼吸をしていると、なんだか眠くなってきたような気がする。
 でも、眠るわけにはいかない…と思うと余計に眠くなるのはどうしてだろう。
 アイシェリアがうつらうつらしていたときだ。


「…まさか、眠っている?」


 急に聞こえた声に、アイシェリアはビクリとし、覚醒した。
 間近に覗き込んでいたのは、シャツとスラックス姿のフレイディアだった。
 なんとなく、アイシェリアがうつらうつら――断じて眠りこけていたわけではない――している間に、フレイディアは帰ってきて、入浴を済ませたのだろうと思った。
 アイシェリアは慌てて上半身を起こして、首を横に振る。
「いえ、気持ちを落ち着けていただけです」

 アイシェリアが言うと、フレイディアはそのエメラルドグリーンの瞳を甘く細めて安堵したように微笑む。
「…ありがとう、ここで、待っていてくれて」
 フレイディアは、アイシェリアが座っているベッドにそっと腰掛けた。
 きし、と小さくベッドが軋んだ。 それだけではなく、アイシェリアの身体のすぐ脇のベッドが沈む。
 途端、眠ってしまう直前まで落ち着いていた心臓が、どっと音を立て始めた。
 落ちてくる影に、昨夜のことを思い出したアイシェリアは、気づけば声を上げていた。

「ひとつ、お願いがあります!」
 意図したよりも大きな声が出た。
 驚いたのはアイシェリアだけではなく、フレイディアもだったようだ。
 フレイディアはどちらかと言えば、怪訝そうな顔をして、アイシェリアを見つめている。
「…どうぞ?」
 促されたアイシェリアは、一つ呼吸をして、口を開く。
「…乱暴なのは、いやです。 わたくし、初めて、ですから…」

 目は合わせられなかった。 そっと目を伏せて言った言葉は、自然と尻すぼみになる。
 すぐに、フレイディアはアイシェリアに触れてくるだろうと思っていたのだが、フレイディアが触れてくる気配がない。
 だから、アイシェリアは待っていられなくて、そっと窺い見るように視線を上げる。

 ドキリ、と緊張ではなく、心臓が跳ねた。
 フレイディアが、これ以上ないくらいに真剣な表情をして、真摯な眼差しをアイシェリアに向けてくれていたからだ。


「…もう、これ以上ないくらいに、優しくすると誓う」


 どうしてだろう。
 まだ、触れられてもいないのに。
 泣きたくなった。

 そんなアイシェリアを、フレイディアは、請うように見つめてくる。
 じっと見つめてくるフレイディアの唇が、そっと動いた。

「…触れても?」
 零れたのは、甘く、誘うような音。
 なのに、フレイディアは動かない。

 だから、アイシェリアは何となくだが察した。
 きっと彼は、アイシェリアが許可を出さない限り、アイシェリアには触れてこないだろう。
 昨夜、彼がアイシェリアにしたことを、心から悔いているから、こそ。


 全身が心臓になったみたいだ。


 けれど、アイシェリアは精一杯微笑んで、ベッドに置かれているフレイディアの手に手を重ねて、じっとフレイディアを見つめる。
「…夫あなた以外の誰が、わたくしに触れるというの」
「…仰せのままに」

 何を、どう、満足したのかはわからなかったが、フレイディアがアイシェリアの返答に満足したのはわかった。 だが、アイシェリアはフレイディアの応答が気に入らない。
 若干機嫌を損ねたアイシェリアは、拗ねたままで不満を口にする。
「その言葉は、適切ではないと思います。 わたくしは、もう、陛下の妃ではありませんし、実家の家柄では貴方の方が上位のはずです」
 アイシェリアは、本来ならハルヴェール侯爵家の直系であるフレイディアに、そのように呼ばれる身分を伴わない身だった。

 まだ、フレイディアに愛されているという自覚を、そこまで持てないからだろうか。
 彼の言う、アイシェリアに殊更に敬意を示すような言葉は、皇帝の元妃であるアイシェリアを見ているように感じてしまう。

 ふ、と笑う音が聞こえて、アイシェリアはフレイディアを見る。
 フレイディアは、笑っていた。
「貴女と性差についての議論をするつもりはないけれど…。 個人的な見解では、女性は偉大だと思っているよ。 …未来に血を繋げるのは、女性だけだ」
 だから、素直に敬意を示している、それだけだとフレイディアは告げる。
 可愛くないのは重々承知だが、アイシェリアはフレイディアに反論していた。
「けれど、それも女性だけでは叶わないことです」
 言った後で、アイシェリアはハッとする。
 フレイディアが微笑んでいたからだ。
 まるで、アイシェリアがそう返答することがわかっていたような顔だ。 そう思った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

義兄様に弄ばれる私は溺愛され、その愛に堕ちる

一ノ瀬 彩音
恋愛
国王である義兄様に弄ばれる悪役令嬢の私は彼に溺れていく。 そして彼から与えられる快楽と愛情で心も身体も満たされていく……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

辺境騎士の夫婦の危機

世羅
恋愛
絶倫すぎる夫と愛らしい妻の話。

騎士団長の欲望に今日も犯される

シェルビビ
恋愛
 ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。  就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。  ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。  しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。  無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。  文章を付け足しています。すいません

【R18】国王陛下に婚活を命じられたら、宰相閣下の様子がおかしくなった

ほづみ
恋愛
国王から「平和になったので婚活しておいで」と言われた月の女神シアに仕える女神官ロイシュネリア。彼女の持つ未来を視る力は、処女喪失とともに失われる。先視の力をほかの人間に利用されることを恐れた国王からの命令だった。好きな人がいるけどその人には好かれていないし、命令だからしかたがないね、と婚活を始めるロイシュネリアと、彼女のことをひそかに想っていた宰相リフェウスとのあれこれ。両片思いがこじらせています。 あいかわらずゆるふわです。雰囲気重視。 細かいことは気にしないでください! 他サイトにも掲載しています。 注意 ヒロインが腕を切る描写が出てきます。苦手な方はご自衛をお願いします。

〈短編版〉騎士団長との淫らな秘め事~箱入り王女は性的に目覚めてしまった~

二階堂まや
恋愛
王国の第三王女ルイーセは、女きょうだいばかりの環境で育ったせいで男が苦手であった。そんな彼女は王立騎士団長のウェンデと結婚するが、逞しく威風堂々とした風貌の彼ともどう接したら良いか分からず、遠慮のある関係が続いていた。 そんなある日、ルイーセは森に散歩に行き、ウェンデが放尿している姿を偶然目撃してしまう。そしてそれは、彼女にとって性の目覚めのきっかけとなってしまったのだった。 +性的に目覚めたヒロインを器の大きい旦那様(騎士団長)が全面協力して最終的にらぶえっちするというエロに振り切った作品なので、気軽にお楽しみいただければと思います。

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

処理中です...