ディルムッド悲恋譚

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12.忠義の果て

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 彼の方は、癒しの手で水を掬って、既に二往復を終えている。
 つまり、自分の元へ辿り着くまでに、彼の方の手から水はこぼれて、自分を癒すに至らなかったということだ。
 そして、彼の方は、自分を救うべく、三往復目をしている。


 とても、穏やかな気分だった。


 急がなくていい。
 間に合わなくていい。
 生きている間に叶わなかったことは、きっと死んでから叶うだろう。


 自分も、ようやく、あの魔女から、解放される。


 もしかしたら、自分は、こうなることを期待していたのかもしれない。
 あの魔女の勧めとは別の武器を持ち、何かが起こる予感を覚えながら、足を運んだ。



 自分たちの関係は、妻と夫ではなく、魔女と魔女に隷属する下僕のようなものだったと認識している。



 出逢ったあの日、自分はあの魔女に、自分の人生を奪われたのだ。
 あの日から自分はずっと、魔女に一矢報いる機会を、虎視眈々と狙っていたのかもしれない。



 この世に思い残すことなど何もない、と言いたいけれど。
 例えば、ひとつだけ、貴方に願うことができるのであれば。



 どうか、自分のために、苦しまないで。



 もしも、輪廻転生というものが存在するのならば。
 男に生まれても、女に生まれても、…例えば、それ以外のどんな存在であっても、貴方の一番近くに在りたい。
 自分が貴方に向ける想いは、そのようなものだった。



 そんな貴方を、自分は裏切った。
 正確には、貴方に「ディルムッドが裏切った」と思わせてしまった。
 それは、自分の咎だ。



 けれど、今、自分が最期を迎えようとしていることを、因果応報だとは思わない。
 それは、なぜだろう。
 考えていると、魔女の呪縛が蘇り、泡の如く消えた。



――ディルムッド・オディナ。 貴方がわたくしを連れて逃げなければ、破滅が訪れるわ



 その瞬間、理解した。
 ああ、だから、これは破滅ではないのだ。
 自分が、望んだ、最期。



 自分は、自分の忠義に生き、忠義に殉じる。
 自分の騎士道に生き、騎士道に果てるのだ。



 いい人生だったとは言えない。
 けれど、自分はこの人生に満足している。
 そう思えるのは、自分の人生の最高の瞬間が、貴方と共に戦場を駆けたときにあるから。


 自分の忠義を、この世で何よりも大切な貴方に捧げて、人生を終えられるからだ。


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