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1.運命の女
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自分にとっての、その女の第一印象は、「彼の方の隣に並び立つのに相応しいか甚だ疑問」だった。
フィアナ騎士団の英雄フィン・マックールの隣に座る年若い女――エリンの上王コーマックの娘――は、婚約の祝宴という祝いの場で、口を真一文字に引き結び、にこりともしなかった。
そればかりか、隣にいる、夫となる相手には見向きもせずに、宴に招かれた客たちの間でゆっくりと動かしている。
ひとびとが二人の婚約を祝い、陽気になる中で、どうして人形のようにいられるのか不思議なことだと思いながら、酒を口にする。
ジッと女の様子を観察したから、ゆっくりと動いていた女の視線が、ピタリと止まったのがわかった。
女の視線の先にいたのは、アシーンだった。
彼は、彼の方と、最初の妻であるサーバとの息子だ。
そして、二番目の妻マニーサが亡くなり、意気消沈する彼の方に結婚を勧めたのも、アシーンだ。
女は、そこでようやく、彼の方に向き直り、何か耳打ちした風だった。
もしかすると、アシーンが誰かを尋ねたのかもしれない。
彼の方は、安堵したような笑顔で、女に何か応えている。
それは、婚約の祝宴で婚約者があんな仏頂面をしてだんまりでは、内心は落ち着かずにいられなかったことだろう。
ようやく口を開いた婚約者に彼の方が向けたのは、本当に優しい表情だった。
その二人を見つめながら、もう一度、酒を口にする。
自分は、彼の方への忠義を誓っているし、尊敬しているし、憧憬もしている。
フィアナ騎士団の英雄フィン・マックールの妻になれるなど、どれほどの僥倖だろう。
ただ、自分は男であり、彼の方に守られる対象であるよりも、彼の方の背中を預かって、彼の方と共に戦える騎士であることを選んだ。
そのことに、誇りも持っている。
だが、確かに。
改めて見れば、自分が最初に抱いた印象とは違う意味で、並んだ二人は、不釣り合いだった。
彼の方は、いかに頑健と言えど、アシーンほどの息子がいる年なのだ。
彼の方とあの女が並んでいるのを見て、即座に【夫婦】と判じられる者がどれほどいるだろう。
年齢だけで言うのなら、子ほど…、場合によっては孫ほど離れていると見る者もいるかもしれない。
そうであっても、もし自分があの女の立場なら、彼の方の妻となれることは光栄でしかないのに。
つまりは、あの女は、自分が喜べるものを喜べない女で、あの女が喜べるものを自分は喜べないだろうということ。
恐らく、自分とあの女は相性が良くないだろう。
そんなことを思いながら、女を見ていたのがいけなかったのだろうか。
女と目が合って、ギクリとする。
言いようもない、感覚だった。
何が、どう、とは表現できないけれど、搦めとられ、引きずり込まれそうに思えて、反射的に目を逸らしていた。
だから、その後、女がどのような態度を取ったのかはわからない。
戦場で、敵と相対しているときの、妙に昂っていながら、冷静さと恐怖が同居するような感覚とは異なる。
どちらかと言えば、養父である妖精王や…、そう、そちら側の存在を前にしたときの、感覚に似ているかもしれない。
ふと頭をもたげたのは、あの女は本当に人間なのだろうか、という疑問。
後から思えば、あのとき抱いた疑問と自分の直感を、もう少し追及しておけばよかったのだ。
だが、フィアナ騎士団の中で、未来や遠くの出来事を知ることができる、ディアリン・マクドバが彼の方のために勧めた相手なのだから、間違いはないだろうと自分を納得させた。
浅慮だったとしか言えない。
あの女の、あの目は、獲物を物色し、吟味する者のそれだったのに。
あの女は、自分にとってはまさしく、【運命の女】――…自分を破滅へと追いやる、魔性の女だったというのに。
フィアナ騎士団の英雄フィン・マックールの隣に座る年若い女――エリンの上王コーマックの娘――は、婚約の祝宴という祝いの場で、口を真一文字に引き結び、にこりともしなかった。
そればかりか、隣にいる、夫となる相手には見向きもせずに、宴に招かれた客たちの間でゆっくりと動かしている。
ひとびとが二人の婚約を祝い、陽気になる中で、どうして人形のようにいられるのか不思議なことだと思いながら、酒を口にする。
ジッと女の様子を観察したから、ゆっくりと動いていた女の視線が、ピタリと止まったのがわかった。
女の視線の先にいたのは、アシーンだった。
彼は、彼の方と、最初の妻であるサーバとの息子だ。
そして、二番目の妻マニーサが亡くなり、意気消沈する彼の方に結婚を勧めたのも、アシーンだ。
女は、そこでようやく、彼の方に向き直り、何か耳打ちした風だった。
もしかすると、アシーンが誰かを尋ねたのかもしれない。
彼の方は、安堵したような笑顔で、女に何か応えている。
それは、婚約の祝宴で婚約者があんな仏頂面をしてだんまりでは、内心は落ち着かずにいられなかったことだろう。
ようやく口を開いた婚約者に彼の方が向けたのは、本当に優しい表情だった。
その二人を見つめながら、もう一度、酒を口にする。
自分は、彼の方への忠義を誓っているし、尊敬しているし、憧憬もしている。
フィアナ騎士団の英雄フィン・マックールの妻になれるなど、どれほどの僥倖だろう。
ただ、自分は男であり、彼の方に守られる対象であるよりも、彼の方の背中を預かって、彼の方と共に戦える騎士であることを選んだ。
そのことに、誇りも持っている。
だが、確かに。
改めて見れば、自分が最初に抱いた印象とは違う意味で、並んだ二人は、不釣り合いだった。
彼の方は、いかに頑健と言えど、アシーンほどの息子がいる年なのだ。
彼の方とあの女が並んでいるのを見て、即座に【夫婦】と判じられる者がどれほどいるだろう。
年齢だけで言うのなら、子ほど…、場合によっては孫ほど離れていると見る者もいるかもしれない。
そうであっても、もし自分があの女の立場なら、彼の方の妻となれることは光栄でしかないのに。
つまりは、あの女は、自分が喜べるものを喜べない女で、あの女が喜べるものを自分は喜べないだろうということ。
恐らく、自分とあの女は相性が良くないだろう。
そんなことを思いながら、女を見ていたのがいけなかったのだろうか。
女と目が合って、ギクリとする。
言いようもない、感覚だった。
何が、どう、とは表現できないけれど、搦めとられ、引きずり込まれそうに思えて、反射的に目を逸らしていた。
だから、その後、女がどのような態度を取ったのかはわからない。
戦場で、敵と相対しているときの、妙に昂っていながら、冷静さと恐怖が同居するような感覚とは異なる。
どちらかと言えば、養父である妖精王や…、そう、そちら側の存在を前にしたときの、感覚に似ているかもしれない。
ふと頭をもたげたのは、あの女は本当に人間なのだろうか、という疑問。
後から思えば、あのとき抱いた疑問と自分の直感を、もう少し追及しておけばよかったのだ。
だが、フィアナ騎士団の中で、未来や遠くの出来事を知ることができる、ディアリン・マクドバが彼の方のために勧めた相手なのだから、間違いはないだろうと自分を納得させた。
浅慮だったとしか言えない。
あの女の、あの目は、獲物を物色し、吟味する者のそれだったのに。
あの女は、自分にとってはまさしく、【運命の女】――…自分を破滅へと追いやる、魔性の女だったというのに。
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