46 / 65
石に花咲く
―8 years ago③―
しおりを挟む
その後のことは、正直よく覚えていない。
恐らく、入ってきた窓から飛び出して、その時に恐らく、ジェイドと一緒に食べようと思っていた無花果は踏み潰してしまったのではないかと思う。
母に、助けを求めたことと、泣きだしてしまったことは、覚えている。
母は、そんなラディスラウスに、「ここで待っていなさい」と言ったのだった。
大人たちが、慌しく動いていたことも、何となくだが、覚えている。
子どもの自分が、こんなに無力だということも、あのとき思い知った。
自分の無力さと、衝撃の光景と、ジェイドが死んでしまったかもしれないという恐怖。
恐らく、あのときの自分には、容量オーバーだったのだと思う。
母の部屋で、高熱を出して、倒れたらしい。
高熱は、七日ほど続いて、その間のこともラディスラウスは、ほとんど記憶にない。
でも、意識が朦朧とする中でも、必要最低限の食事は摂り、使用人に付き添われてお手洗いに行ったりもしていたらしい。
七日も高熱が続き、ほとんど寝たきりのラディスラウスを、祖父も母も、使用人たちもとても心配してくれていたようで、回復したときには殊更に喜んでくれた。
それでもやはり、いきなりきちんとした食事は胃がびっくりすると言われ、用意されたのはホットミールと…。
「はい、無花果ですよ」
半分に割られて、お皿に盛られた無花果に、ラディスラウスは目を瞬かせてしまった。
「どうして、無花果? 私、それは苦手」
もう、ずっと、無花果は苦手と言っているはずなのに。
あの断面が、臓腑のようで気持ちが悪い。
そんな気持ちで言ったのだが、使用人たちは皆、困ったように顔を見合わせあっている。
これではまるで、ラディスラウスの方がおかしいみたいではないか、と少し拗ねながらホットミールをかき混ぜ、すくう。
スプーンを口に運んだラディスラウスを確認して、母はほっと息を吐いたようだった。
だが、すぐに真剣な表情になって、口を開く。
「ラウ、離れの方のことなのですが…」
母の発言に、ラディスラウスは、目を瞬かせる。
「離れの方? 離れに、誰かいるのですか?」
目の前で、母が瞠目した。
何がおかしいのかよくわからなかったが、その後また医師が呼ばれて、いくつかの検査や、いくつかの質問を受けた。
結局、どこも悪くない、問題ない、ということだったのだが、今だから、母や使用人たちが何に驚き、何を心配していたかがわかる。
あの日から、数年間、ラディスラウスの中から、【ジェイド】という存在だけが、きれいに消えることとなるのだ。
恐らく、入ってきた窓から飛び出して、その時に恐らく、ジェイドと一緒に食べようと思っていた無花果は踏み潰してしまったのではないかと思う。
母に、助けを求めたことと、泣きだしてしまったことは、覚えている。
母は、そんなラディスラウスに、「ここで待っていなさい」と言ったのだった。
大人たちが、慌しく動いていたことも、何となくだが、覚えている。
子どもの自分が、こんなに無力だということも、あのとき思い知った。
自分の無力さと、衝撃の光景と、ジェイドが死んでしまったかもしれないという恐怖。
恐らく、あのときの自分には、容量オーバーだったのだと思う。
母の部屋で、高熱を出して、倒れたらしい。
高熱は、七日ほど続いて、その間のこともラディスラウスは、ほとんど記憶にない。
でも、意識が朦朧とする中でも、必要最低限の食事は摂り、使用人に付き添われてお手洗いに行ったりもしていたらしい。
七日も高熱が続き、ほとんど寝たきりのラディスラウスを、祖父も母も、使用人たちもとても心配してくれていたようで、回復したときには殊更に喜んでくれた。
それでもやはり、いきなりきちんとした食事は胃がびっくりすると言われ、用意されたのはホットミールと…。
「はい、無花果ですよ」
半分に割られて、お皿に盛られた無花果に、ラディスラウスは目を瞬かせてしまった。
「どうして、無花果? 私、それは苦手」
もう、ずっと、無花果は苦手と言っているはずなのに。
あの断面が、臓腑のようで気持ちが悪い。
そんな気持ちで言ったのだが、使用人たちは皆、困ったように顔を見合わせあっている。
これではまるで、ラディスラウスの方がおかしいみたいではないか、と少し拗ねながらホットミールをかき混ぜ、すくう。
スプーンを口に運んだラディスラウスを確認して、母はほっと息を吐いたようだった。
だが、すぐに真剣な表情になって、口を開く。
「ラウ、離れの方のことなのですが…」
母の発言に、ラディスラウスは、目を瞬かせる。
「離れの方? 離れに、誰かいるのですか?」
目の前で、母が瞠目した。
何がおかしいのかよくわからなかったが、その後また医師が呼ばれて、いくつかの検査や、いくつかの質問を受けた。
結局、どこも悪くない、問題ない、ということだったのだが、今だから、母や使用人たちが何に驚き、何を心配していたかがわかる。
あの日から、数年間、ラディスラウスの中から、【ジェイド】という存在だけが、きれいに消えることとなるのだ。
0
お気に入りに追加
73
あなたにおすすめの小説
その少年貴族は冒険者につき~男爵家の少年のハーレム冒険譚~
イズミント(エセフォルネウス)
ファンタジー
冒険者から成り上がった男爵家の少年のレクス・オルフェスが、専属の妹系メイドや他の町の冒険者パーティーから追放された双子の姉妹等と共に、イチャイチャハーレムを築きながら、冒険者として無双するお話。
※時々ざまぁもあります。
【完結】地味令嬢の願いが叶う刻
白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。
幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。
家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、
いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。
ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。
庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。
レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。
だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。
喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…
異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
やがて最強の転生者 ~超速レベリング理論を構築した男、第二の人生で無双する~
絢乃
ファンタジー
スキルやレベルが存在し、魔物が跋扈する世界――。
男は魔物を討伐する「冒険者」になりたいと願っていたが、虚弱体質なので戦うことができなかった。そこで男は数多の文献を読み漁り、独自の超速レベリング理論を組み立て、他の冒険者に貢献しようとした。
だが、実戦経験のない人間の理論を採用する者はいない。男の理論は机上の空論として扱われ、誰にも相手にされなかった。
男は失意の中、病で死亡した。
しかし、そこで彼の人生は終わらない。
健康的な肉体を持つ陣川龍斗として生まれ変わったのだ。
「俺の理論に狂いはねぇ」
龍斗は冒険者となり、自らの理論を実践していく。
そして、ゆくゆくは超速レベリング理論を普及させるのだ。
試験も恋も、欲張りたい!~恋を禁じられた天使は引きこもり王子の寵愛を受ける~
雪宮凛
恋愛
最終話まで予約投稿済み毎日朝9時、夜21時の1日2回更新。
【人間に見つかってはいけない・人間に心を許してはいけない・人間に恋をしてはいけない】
それは、天使を夢見る者が最初に教わる三原則。
天使見習い中のセラフィーナは、卒業試験を受けるため、地上へ降り立つ。
しかし、試験開始早々彼女は、訪れた国の王子・アイザックと事故チュー!?
その結果、アイザックと一定以上離れられなったセラフィーナ。
そんな彼女を助けてくれたのは、長髪で己の顔を隠す引きこもり王子!?
セラフィーナの事情を知った王子が持ち掛けたのは、秘密の同居生活で……。
ヒロインに甘々な引き籠り王子と、明るく前向きな天使見習いが繰り広げる極甘(ちょっとだけシリアス混じり)ラブストーリー。
*一部反社会的表現や暴力表現、性描写表現が出てきますのでR-18指定とさせて頂きます。
ムーンライトノベルズより転載した作品になります。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
別れた婚約者が「俺のこと、まだ好きなんだろう?」と復縁せまってきて気持ち悪いんですが
リオール
恋愛
婚約破棄して別れたはずなのに、なぜか元婚約者に復縁迫られてるんですけど!?
※ご都合主義展開
※全7話
貧弱の英雄
カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。
貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。
自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
※修正要請のコメントは対処後に削除します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる