上 下
23 / 39

恋は結局下心 (下)

しおりを挟む
「すっごい濃い。 中で出してしまったし、王族の子を孕んでいるかもしれないから、私と結婚してもらうしかないでしょう?」
 決定事項のようにオリヴィエ様は語っているが、これもまたシェイラには理解できないことだった。


 避妊具もつけずに、中で(勝手に)出したのはオリヴィエ様であって、その責はシェイラにはない。
 いや、少しはあるかもしれないが、避妊具をつけずに行為に及んだ結果として、王族の子を孕んでいるかもしれないから結婚するしかない、というのはおかしい。
 結婚するしかないような事態を引き起こしたのは、オリヴィエ様で、本当なら回避できたことなのだ。
 だから、シェイラがその責を負うような言い方は違う。

 そして、もう一つ。 オリヴィエ様は、シェイラが避妊薬を飲んでいるとは思い至っていない様子だ。
 シェイラは避妊薬を飲んでいるので、シェイラが王族の子を孕んでいる可能性はゼロだ。
 結婚する意味はない。

 ついでに言うのであれば、オリヴィエ様は王位継承権を放棄しているのだから、王太子殿下に何かない限り、オリヴィエ様の子どもが【王族】と言われることはない。
 最後が、これだ。

 シェイラはオリヴィエ様ほど神経が太くないので、一応はオリヴィエ様の気持ちを慮り、控えめな言い方を選んで口にする。
「あの、オリヴィエ様は、女好きで女たらしで遊び人の元第二王子殿下では…?」
 第二王子殿下の噂は、どうしようもないプレイボーイで、どこそこの令嬢に手を出しだの、未亡人と逢瀬を楽しんでいただの、夫人と密会していただの…言ってはあれだが、上げればきりがない。

 関係を持った相手全員と結婚していたら、既にハーレムが出来上がっている。
 だが、後宮を持っているという噂はないのだから、オリヴィエ様は責任を取って結婚はしてこなかったはずなのだ。 冷静になってみるとこの男、やはりクズでゲスである。

 シェイラの質問に気分を害した様子もなく、オリヴィエ様は微笑み、再度シェイラの左手を取った。
「生身の女性としたのは初めてだよ。 あまり言いたくはないし、一般には知られてはいないけれど、私たちは王族だから、そういうところは徹底管理されているんだ」

 だから、私は清らかだったよ、安心して、とオリヴィエ様は言っているが、完全に意味がわからない。
「生身の女性としたのは…?」

 つまりは、あれか。
 オリヴィエ様は死体愛好家ネクロフィリアというやつか。

 シェイラが一歩二歩どころでなく、置けるだけ距離を置こうという心情になったのを見抜いたのだろうか。
 オリヴィエ様は続けた。
「練習用の人型がいて、いつも夜のお供にしていた」

 夜のお供、までは要らない情報だ。
 聞きたくなかった。

 そう、ぐったりとしている心の片隅で、けれど確かに喜んでいる自分がいることも、シェイラは意識している。
 シェイラは、女性も、男性も、オリヴィエ様が初めてだったけれど、オリヴィエ様も(生身の)女性は、シェイラが初めてだったのだ。
 にやけそうになる口元を右手で押さえていると、目を細めて微笑んだオリヴィエ様がシェイラの左手の薬指に唇を寄せるのが目に入った。


「今すぐ光の精霊の祝福を受けて、幸せになろうね。 光の精霊、我ら二人に祝福を」


「ぇっ…!?」
 仰天して、手を引こうとしたのだが、オリヴィエ様の手がシェイラの手を離さなかった。

 逃れられなかったシェイラの手は、みすみすオリヴィエ様の口づけを許すことになる。
 唇で触れられた、左手の薬指、その付け根がほわっと温かくなったと思ったら、ぎゅっと引き絞られるようになった。

 恐る恐る自分の左手の薬指の付け根を見ると、指に跡が刻まれている。
 正確には、見たことはないけれど、きっと天使の輪とはこんなものなのだろうというような光の輪が、左手の薬指に光っていたのだ。
 どうやら、オリヴィエ様は光の精霊の加護持ちだったらしい。
 シェイラは数瞬呼吸困難に陥ったし、卒倒するかと思った。


 本当に、馬鹿じゃないのかこいつ!!


 その言葉が口から出なかっただけでもよしとしてほしい。
 シェイラは、天使の輪っかがついた自分の左手の薬指を凝視し、わなわなと震えた。
 顔面が蒼白になっている自信もある。


 とんでもないことをしれくれた。
 してくれやがった。


 光の精霊の祝福を得て、結婚の誓いが立てられることは、子どもでも知っている。
 魔力なしでも知っている。
 そして、婚約の誓いも、光の精霊の祝福を得るものだということも。


 現在、プロポーズや婚約には、腕輪を贈るのが主流で、指輪は時代遅れになりつつある。
 そして、それよりも遥か昔の産物だと言われるのが、この、精霊の名と力を借りた誓いだ。

 これが、廃れたのには理由がある。
 精霊の力を借りて、当事者同士が結んだ約束は、例えば破棄されたときに代償を必要とする。
 簡単に言えば、婚約がなくなった、だめになった場合に、天使の輪っかから上の指が、精霊に供物として捧げられるのだ。

 この場合は、シェイラの指だけではない。
 その、誓いを立てる側となった、オリヴィエ様の指も、だ。

 第三者に与えられる祝福や祈りは、強制力がさほどではない。
 当事者同士が立てた祝福や祈りは、強制力も強ければ、反動も大きい。


 本当に、なんてことをしてくれたのか。


 茫然自失としているシェイラの前で、オリヴィエ様は微笑む。
「これで今日から、私の婚約者だね。 よろしく、シェイラ」


 ああ、神様はなぜ、こんなに危険で理性と制御の利かない人間に、よりにもよって光の精霊の加護など与えたのか。

 もう、二度とオリヴィエ「様」なんて呼ぶものか。
 そう、シェイラは心に誓った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

ポンコツ女子は異世界で甘やかされる(R18ルート)

三ツ矢美咲
ファンタジー
投稿済み同タイトル小説の、ifルート・アナザーエンド・R18エピソード集。 各話タイトルの章を本編で読むと、より楽しめるかも。 第?章は前知識不要。 基本的にエロエロ。 本編がちょいちょい小難しい分、こっちはアホな話も書く予定。 一旦中断!詳細は近況を!

【※R-18】私のイケメン夫たちが、毎晩寝かせてくれません。

aika
恋愛
人類のほとんどが死滅し、女が数人しか生き残っていない世界。 生き残った繭(まゆ)は政府が運営する特別施設に迎えられ、たくさんの男性たちとひとつ屋根の下で暮らすことになる。 優秀な男性たちを集めて集団生活をさせているその施設では、一妻多夫制が取られ子孫を残すための営みが日々繰り広げられていた。 男性と比較して女性の数が圧倒的に少ないこの世界では、男性が妊娠できるように特殊な研究がなされ、彼らとの交わりで繭は多くの子を成すことになるらしい。 自分が担当する屋敷に案内された繭は、遺伝子的に優秀だと選ばれたイケメンたち数十人と共同生活を送ることになる。 【閲覧注意】※男性妊娠、悪阻などによる体調不良、治療シーン、出産シーン、複数プレイ、などマニアックな(あまりグロくはないと思いますが)描写が出てくる可能性があります。 たくさんのイケメン夫に囲まれて、逆ハーレムな生活を送りたいという女性の願望を描いています。

女の子がひたすら気持ちよくさせられる短編集

恋愛
様々な設定で女の子がえっちな目に遭うお話。詳しくはタグご覧下さい。モロ語あり一話完結型。注意書きがない限り各話につながりはありませんのでどこからでも読めます。pixivにも同じものを掲載しております。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

【R18】ファンタジー陵辱エロゲ世界にTS転生してしまった狐娘の冒険譚

みやび
ファンタジー
エロゲの世界に転生してしまった狐娘ちゃんが犯されたり犯されたりする話。

年上彼氏に気持ちよくなってほしいって 伝えたら実は絶倫で連続イキで泣いてもやめてもらえない話

ぴんく
恋愛
いつもえっちの時はイきすぎてバテちゃうのが密かな悩み。年上彼氏に思い切って、気持ちよくなって欲しいと伝えたら、実は絶倫で 泣いてもやめてくれなくて、連続イキ、潮吹き、クリ責め、が止まらなかったお話です。 愛菜まな 初めての相手は悠貴くん。付き合って一年の間にたくさん気持ちいい事を教わり、敏感な身体になってしまった。いつもイきすぎてバテちゃうのが悩み。 悠貴ゆうき 愛菜の事がだいすきで、どろどろに甘やかしたいと思う反面、愛菜の恥ずかしい事とか、イきすぎて泣いちゃう姿を見たいと思っている。

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

処理中です...