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人の為なんて偽り (上)

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「ちょっと兄上どういうこと!?」
 アシュリーがクレイディオと、クレイディオの執務室で休憩を取っていると、クレイディオの弟であるオリヴィエが急に現れた。
 しかも、窮屈そうなサイズの合わないシャツを着て、シャツ以外何も身に着けていない、という正気を疑うような格好で。
「きゃ、オリヴィエ」

 ぱっと顔を逸らしたアシュリーの隣で、クレイディオは呆れたような声を出している。
「オリヴィエ、お前、なんて格好で…」

 一瞬で顔を背けてしまったアシュリーだが、今日のオリヴィエは正気を疑うような格好以外に、何かがいつもと違った気がする。
 何が、と考えるアシュリーの耳に、クレイディオののんびりとした声が届く。
「呪いが解けたのだね。 よかった。 でも、それ・・はしまいなさい。 アシュリーに見せるものではないよ」
 言い終えるか否かのところで、ばさばさと何かが落ちる音がする。
 クレイディオの言葉から推察するに、きっと衣類だろう。

 そして、アシュリーは、先程オリヴィエを見たときに覚えた違和感が何か、気づいた。
 骨格というか体型が、今までの女性オリヴィエのそれとは全く違っていたのだ。
 ついでにいえば、股間に何かついていたような気がしないでもない。

「別に、隠すこともないと思うけど。 私は、アシュリーが男って知っているし」
 不満げなオリヴィエの声と、微かではあるが衣擦れの音が聞こえるから、一応オリヴィエはクレイディオが準備した衣類に袖を通してはいるのだろう。
 確かに、表向きも書類上も【女性】で、ここにいるオキデンシアの王太子殿下・クレイディオの妃をしているが、アシュリーは男。
 驚きはしたし、じっくり見るものでもないとは思っているが、オリヴィエがアシュリーの前で裸になっていたところでどうってことはない。

 アシュリーが横目でちらりとオリヴィエを見ればほとんど着替えは終わっているようなので、ほっとして元の体勢に戻る。
 そうすれば、クレイディオに腰を抱かれた。

「お前はそうでも、ね。 例えばここに、事情を知らない誰かが入って来たとき、罪に問われるのはお前だよ?」
 クレイディオの指摘に、オリヴィエは「う」と言葉に詰まったようだった。
 アシュリーは男だし、クレイディオもオリヴィエもそのことは知っている。
 だが、事情を知らない者からすれば、王太子殿下の妃の前で局部を露出している男など、それだけでお縄だ。

 オリヴィエはアシュリーにとって、数少ない同性の友人だし、オリヴィエにとってはアシュリーがそれ。
 アシュリーにとってオリヴィエは義理の弟にもあたるし、あまりいじめないでほしい。
 だから、アシュリーは話題の転換をすると共に、お祝いを告げることにした。
「あの、オリヴィエ。 呪いが解けたのですね。 おめでとうございます」

「おめでたいけど、おめでたくないんだよ!」
 アシュリーの祝辞に、オリヴィエは珍しく声を荒げる。
 オリヴィエの様子を見ていたクレイディオは、納得したように頷いた。
「ああ、お前は女性が好きだからねぇ…。 でも、性別なんて軽微な問題だと思わない?」

 クレイディオの言葉に、アシュリーはハッとする。
 オリヴィエは、オキデンシアの第二王子様だった・・・。 過去形だ。
 オリヴィエは見た目に反してかなり奔放な性質だったらしく、色んな女性に手を出して、それがどの女性かの怒りに触れて呪いを受けた。 【少しは女性の気持ちを理解しなさい】という呪いはそのまま、オリヴィエの身体を女性のそれへと転換させた。 呪いを解いて男性に戻るには、真実の愛を知ること――愛し愛される間柄の人間と身体を重ねる必要があるというものだったのである。

 オリヴィエの呪いが解けたことを単純に喜んでいたが、それはつまり、女性オリヴィエがどこかの男性と愛を交わし、愛し合ったということ。
 到底認められない方法だと断固拒否していたオリヴィエの心中は、察するに余りある。
 アシュリーはそう考えていたのだが、けろりとしたオリヴィエの声に我に返った。

「何か誤解をしているようだけど、私は男とセックスしたわけじゃないよ」
「「え」」
 クレイディオも驚いたのだろう。
 アシュリーとクレイディオはきれいにはもることとなったのだが、オリヴィエはそんなことは意に介さなかったらしい。

 アシュリーの知るオリヴィエは、そのクールで端麗な容貌にほとんど表情を緩めることはなかったのだが、そのオリヴィエが今はどこか遠くをうっとりと見つめている。
「とっても綺麗で、優しくて可愛い女の子と、えっちした。 魔術軍第二師団団長・シェロンの妹らしい。 女は陰険で怖いしもう二度と御免って思ってたけど…あの子は可愛い」
 魔術軍第二師団団長・シェロン、とオリヴィエが発したところで、クレイディオの睫毛がわずかに震えた。
 魔術軍第二師団団長の妹、というと、あれだろうか。
「…それって、お義母様のお気に入りの?」

 アシュリーの義理の母に当たる王妃殿下の侍女たちは、年嵩の夫人たちで固められているのだが、その中に若くて綺麗なお嬢さんがいる。
 雰囲気が地味、というか、注意して見なければ気づかないのだが、相当に整った容姿をしている。
 プラチナブロンドに、グリーンフローライトのような碧に近い翠の瞳。 その瞳を縁取る睫毛は髪と同じ色なのだが、ばさばさで、瞬きをすると羽ばたきのような音が聞こえるのではないかと錯覚するほどだ。
 淡い色のふっくらとした唇と、小作りだが決して低いわけではない鼻とのバランスも良い。
 整いすぎていて、アシュリーなどは近寄りがたいと思ってしまうのだが、どうやらオリヴィエはそういう女性がタイプだったらしい。

 甘く優しげな顔立ちで、【貴公子】と呼ばれている魔術軍第二師団団長を兄に持つ、彼女の名は、確かシェイラだった気がする。
 そもそも、王妃殿下の側仕えとなれば、簡単に近づける男は限られるのだが、加えて魔術軍第二師団団長の妹となれば、興味本位で手を出せる男は皆無だろう。

 アシュリーが、魔術軍第二師団団長がシェロンという名だと知っているのだって、クレイディオに教えられたからだ。 「あの男は危ないから、近づかないようにね」と。
 全精霊の加護を一身に受け、実の父や弟からも化物呼ばわりされるクレイディオが、「危ない」と表現する人間だ。
 いくら魔力を持たず、魔力を感じることもできないアシュリーといえど、何もない方がおかしいことだけはわかる。

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