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言うに秀でて上手な誘い (中)

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「お待たせしてしまいましたか?」
 問いながら、オリヴィエ様に近づくと、オリヴィエ様は開いていた魔術書を閉じて、テーブルに置いた。
「いや、全く。 丁度、そろそろ来るかなと思っていた頃だよ。 勝手に入っていいと言っているのに、君は律儀だね」
 この部屋は、宮廷魔術師であるオリヴィエ様個人の研究室らしい。
 魔術書らしき古びた本が、棚には所狭しと並んでいるし、強化ガラスの向こうには色々な薬品や実験機器が揃っている。

 当初、シェイラはこの部屋のお掃除係としてオリヴィエ様の元へと足を運んでいた。
 王妃様は、オリヴィエ様のことをご存じだったらしい。 王妃様仕えのシェイラが、宮廷魔術師であるオリヴィエ様のお手伝いをしたいなど、許されないだろうと思っていたのだが、快諾してもらえて正直面食らってしまった。

 きっと、オリヴィエ様は優秀な魔術師なのだろう。
 魔術軍第二師団団長の異母兄・シェロンは、個人の執務室はあるが研究室はないと言っていたはずだ。
 つまりそれは、オリヴィエ様が、魔術軍第二師団団長のシェロンよりも、何かしらの点で優れていることにほかならない。

 そんなことを考えながら、背もたれのある長椅子に腰かけるオリヴィエ様の近くまで行くと、オリヴィエ様はシェイラに手を伸ばす。

「おいで」

 その声が優しくて、シェイラはふらふらとオリヴィエ様に引き寄せられ、オリヴィエ様の隣に腰を下ろす。
 オリヴィエ様の顔がシェイラに向いているので、シェイラもオリヴィエ様を見る。 すると、そっと左頬にオリヴィエ様の右手が添えられた。 気づいたときには、オリヴィエ様の左腕は、シェイラの腰を抱いている。
 ゆっくりと、近づいてくる、オリヴィエ様の端麗なお顔。
 それが、そっと傾けられてゆるゆると瞼が伏せられていくのがわかって、シェイラも目を閉じた。
 唇に、食むような、柔らかい感触。

「ぁ」
 頬に触れていた手の指先が、そっと耳朶を擽るので、シェイラが思わず声を上げると、ぬるりと生温かい感触が口内に滑り込む。
 それが、オリヴィエ様の舌だということは、もう知っている。

 オリヴィエ様の舌が、歯列をなぞるので、ぞわ、とする。
 思わず浮いたシェイラの舌を、オリヴィエ様の舌がちろちろと刺激するものだから、シェイラもそっと応じる。

 ちゅ、ぴちゃ、とささやかな水音が立つのが、恥ずかしい。

 そう思ったのが伝わったはずもないのだが、オリヴィエ様の舌が、すっと離れていこうとする。
 名残惜しくて、シェイラが追いかけると、わずか出た舌をオリヴィエ様の唇がぢゅっと強く吸い上げた。

「ふぁ」
 あまりの快感に、背中からお腹に痺れが走ったようで、シェイラは喘ぐ。
 すると、もう一度シェイラの舌を舐め上げ、シェイラの舌先をちゅっと軽く吸って離れたオリヴィエ様が、シェイラの瞼に口づけてくれる。
 オリヴィエ様の唇が濡れているのが、オリヴィエ様の唾液なのか、自分の唾液なのかは、考えないようにしよう。

「いつも思うんだけど…、君は綺麗だけど、可愛いね。 舌は、蕩けそうに甘い」
 瞼、頬、唇の端、と順に口づけられて、シェイラは頬が熱を持つのを感じる。
「オリヴィエ様の舌だって、柔らかくて気持ちいいです」
「…それはよかった。 君は本当に可愛い」
 今度は、目尻に口づけられる。

 オリヴィエ様に、【綺麗】とか【可愛い】と言ってもらえるのは嬉しい。

 シェイラが、オリヴィエ様を好きなことはもちろんだが、シェイラには、異母兄のかけた魔術がある。
 シェイラに好意を持つ者にしか、シェイラの本当の容姿は認識されない。
 だから、オリヴィエ様がシェイラを【綺麗】【可愛い】と言うのは、シェイラに好意を持ってくれている証のように思えるのだ。

シェイラは、じっとオリヴィエ様を見つめる。

 オリヴィエ様はどうやら、同性愛者らしい。
 本当に当初は、お掃除に来てお話をするだけだったのだが、いつのまにか軽いキスをするようになった。
 初めは、瞼や頬へのキスだったのだが、気づいたら唇の端にキスをされるようになり、ついには唇に軽いキスをされるようになった。
 嫌ではなかったので、抗わなかったけれど、最初はキスの後に目も合わせられなかったのだ。
 今はこんなふうに舌を絡めて舐め合い、吸い合うような恋人同士のするようなキスをしているのが、信じられない。

 シェイラも、オリヴィエ様とのキスは嫌ではないし、むしろオリヴィエ様の特別のように扱ってもらえることに幸せを感じている。 ということは、シェイラもきっと、同性愛者だったのだろう。
 オリヴィエ様に、お慕いしていると告白したのだって、シェイラの方だ。
 そして、オリヴィエ様はシェイラのことを、秘密の恋人だと言ってくれた。

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