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言うに秀でて上手な誘い (上)

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 シェイラは異母兄シェロンと別れて、王室所有の教会へと急いだ。
 公式行事以外ほとんど使用されないそこは、閑散としている。
 シェイラが、用があるのはその地下室だ。
 王宮の幾つかの建物が、承認を受けた者以外の出入りを拒むのと同じく、地下も承認を受けた者以外は入れない。

 シェイラは、そろりと教会の中に入る。
 中央に通路があり、左右に椅子があるのは、普通の教会と同じ。
 一段高くなって置かれている祭壇の前、その床には、複雑な模様が描かれている。
 けれど、シェイラの目当てはそこではない。

 祭壇の後ろのタペストリー、その奥に、人ひとりようやく入れるような小部屋がある。
 タペストリーをめくってその部屋に入れば、下に向かって引っ張られるような、吸いこまれるような感じがした。 何度体験しても、慣れない。

 シェイラは水の加護を受けているので、水の精霊を使役する精霊魔法なら使える。
 だが、魔力はほとんどないので、魔力を糧にする魔術については毛が生えた程度だ。
 こういった魔術が、どういった術式をもとに、誰の魔力を糧にして発動しているのかも、シェイラにはわからない。

 シェイラは廊下を進み、目的の部屋の前でノックをする。
 すると、次の瞬間には、扉に吸い込まれた。

「失礼します、オリヴィエ様」
 シェイラがその部屋の主に挨拶すると、そのひとは小さく微笑んでくれる。

「シェイラ、来たね」
 中音域の声は耳に優しくなじむ。
 端麗系というか、クールな美人の微笑みの威力はすごい。
 声と微笑みに、シェイラの胸はきゅぅぅぅぅんと高鳴るような締め付けられるような不思議な感じになる。

 目の前の、この麗人は、オリヴィエ様という。
 腰まで流れる真っ直ぐで艶やかな黒髪に黒曜石の瞳…星を散りばめた夜空の化身のようなひとだ。
 先ほども表現したように、シェイラは彼女のことを、クールな印象の端麗系の美人だと思う。
 そういう美人は、一見取っつきづらかったり、取り澄まして見えたりするものだが、その分、「実は」のときのギャップ萌えがすごい。
 かく言うシェイラも、微笑みひとつで胸のときめきが止まらない。




 彼女との出逢いは、半月ほど前。
 最悪なことと、オリヴィエ様とのきらきらした出逢いが同居しているのは複雑だが、思い出したくないとは思わないのも、オリヴィエ様のおかげだろう。

 その日、シェイラは異母兄シェロンの努力も虚しく、どこの誰とも知らない男に襲われていた。
 日用品の買い出しのため、街へと出かけていたのだが、そこで路地裏に引きずり込まれ、押し倒された。

 昼間だから、治安の良い地域だからと油断していたが、何事にも例外は存在するものらしい。
 それから、特に容姿は身の危険に影響しないらしい、ということも学んだ。
 以前にシェロンが、「魔術がかけてあるからといって、安心してはいけないよ。 シェイラはとってもとっても可愛くて綺麗だけれど、変質者やつらにとってそういうことはあまり関係なく、女性なら誰だっていいのだから」と言っていたのを、シェイラはそのとき、実感したものだ。
 それは、シェイラの母が「美しさは災いを招く」と言ったのと相反するが、どちらも真実なのだろうとシェイラは思っている。 その人物が、何に価値を見出すかという問題にほかならない。

 シェイラに馬乗りになっている男は、目がぎらついているし、鼻息も吐息も荒いし、シェイラの全身が拒否反応を示している。
 水の精霊魔法を使うのは簡単だ。
 だが、彼らはシェイラに寄りすぎるきらいがあるので、勢いのままにこの男に致命傷を与えかねない。

 加護を受けた者の使う精霊魔法と、精霊が好むものを身に着けて精霊を召喚して振るう精霊魔法では、大きな違いがある。
 後者は、召喚者の魔力や力量に魔法が大きく左右される。
 例えば、召喚者が上級精霊を喚び出そうとしても、それに適う魔力や力量がなければ、精霊は応じない。 よしんば、応じたとしても、召喚者自身が精霊の逆鱗に触れて、ほふられる場合すらある。
 前者には、精霊が無条件で力を貸す。
 そして、精霊は使役者の感情に大きく左右される。 切羽詰まった状況で必死に助けを呼べば、上級精霊がぽんと出てきて力を振るう。

 だからシェイラは、自分が冷静でいられる状況でしか、精霊魔法は使わないと決めている。

 例えば相手が重傷を負ったり死んだりした場合、法にかけられるのはシェイラだ。
 その際、どれだけ正当防衛が成り立つかわからない。

 そんなふうに考えていたのだが、男がシェイラに跨ったままで、いきなり下穿きを下げた。
 現われたものにぞっとして、シェイラは震え上がる。 数瞬、呼吸の仕方も忘れるほどだった。

 男が自慢げに見せつけているそのものが、おぞましくて身の毛がよだつ。
 どうして男のあれとは、こんなに凶悪な形をしているのだろう。
 大体、一体あんなものがどこに入るというのか。

 人間に助けを求めるより、精霊に助けを求める方が早い。
 咄嗟にそう判断して、喉の奥から声を上げようとした、そのときだった。

 目の前で、一瞬にしてシェイラに跨る男の身体に、ロープのようなものが巻き付く。
 巻き付いたままで、男の身体が大きく後方に引っ張られた。
 うー、うー、と唸るような声と、地面を這いずり回るような音が足元から聞こえる。

 何が起きたのだか、わからない。
 わかるのは、自分が自由になったことと、とりあえず窮地からは脱出できたこと。

 身体を起こそうと、地面に手をついたが、震えて上手く力が入らない。
 すると、腕が誰かに取られて、上半身を抱きおこされて支えられた。


「間に合った、で間違えていない?」


 覗き込んできたのが、さらさらの長い黒髪と黒曜石の瞳のクール系美女で、シェイラは息が止まるかと思った。
 声も、中音域で耳になじむ。
 端的に言えば、好みだったのだと思う。

 ただ単にその麗人に見惚れて返事が出来なかっただけなのだが、麗人はシェイラの反応を誤解したらしい。
 途端に、そのひとの表情が険しいものとなる。


「私は、間に合わなかった?」


 その表情が、本当にシェイラの身を案じてくれているのがわかるから、ますますシェイラはそのひとに好感を持つ。
 そして、ふるふると、首を横に振った。

「いえ、間に合っています。 ありがとう、ございます」
 一瞬そのひとは表情を緩めたけれど、すぐにまた引き締めて、シェイラの足元に視線をやる。
 そこには、ロープでぐるぐる巻きにされて転がされている、先程の男がいた。
「きっと君は、あんな男と一緒にいるのも嫌だろうけれど、魔法騎士が来るまで待ってくれる? 心配だから、家まで送ってあげるから」
 なんて紳士的で男前で素敵な女性かたなのだろうと、惚れ惚れしてしまった。

 魔法騎士の方が駆けつけてきて、事情を聴かれたときも、シェイラのフォローをしてくれたし、実際に王宮まで送り届けてくれた。 「何かお礼を」、と食い下がったシェイラに、「じゃあ、私の仕事の手伝いをしてくれる?」とそのひとが言って来たのがきっかけで、シェイラはオリヴィエ様の元に通うようになった。

 彼女を見ていると胸がどきどきして、言葉を交わしたり目が合ったりすると嬉しくなる。
 恥ずかしいけれど、満ち足りたような、むずむずした気持ちになるのだ。

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