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目が亡くなれば盲る (上)

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「シェイラ、僕の可愛いシェイラ。 仕事は順調かな? 困っていることはない?」

 一通りの仕事を終えて、次の仕事へと向かっていたシェイラだが、運悪く異母兄――シェロンに捕まってしまった。
 どうしてこの時間に、異母兄が王族の居住エリアにいるのだろう。
 いないと思って油断していた、シェイラは己の迂闊さを悔やむ。

 ぎゅっとシェイラの手を握り、距離を詰めてくる異母兄に、怯んではいけない。
 シェイラは意識して微笑み、異母兄の顔を見ながら首を横に振る。
「ありません、お異母兄様」

 プラチナブロンドに、グリーンフローライトのような碧に近い翠の瞳。
 甘く優しげな顔立ちで美青年と呼ぶに相応しい容姿の異母兄は、この国・オキデンシアの王子様方を差し置いて【貴公子】と呼ばれている。
 一応シェイラの家は子爵家で、彼は次期子爵になる予定だった・・・
 そう、過去形だ。

 シェロンとシェイラは、母親が違う。
 だが、複雑なことに、シェロンの母とシェイラの母は、姉妹だった。
 父は所謂成金で、傾いていた子爵家を母たち姉妹ごと買い取った形なのだ。
 子爵家には男児がおらず、爵位はシェロンの母の所有物として、夫に渡る。 だから父はシェロンの母と結婚したらしいが、父が本当に欲したのは、妹であるシェイラの母だった。

 父はシェイラの母にでれでれだが、シェイラの母は父が嫌いだった。
 だが、シェロンの母は父が好きだったから、家庭内はもうどろどろだった。
 もともと身体がそんなに丈夫でなかった母が早逝したのは、父の言う【美人薄命】ではなく、ストレスのためだったのではないかとシェイラは思っている。

 案の定シェイラへの義母の当たりは強かったし、シェイラは父のことはあまり好きになれなかった。
 その中で、これでもかというくらいにシェイラを可愛がり、甘やかしてきたのが、このシェロンなのである。
 周囲から【貴公子】と呼ばれる美貌の魔術軍第二師団団長が、度を超えたシスコンだということを、魔術軍の人間は知らないのだろう。
 知らない方が、心穏やかに過ごせるとシェイラは思っている。

 シェロンがどのくらいシスコンかと問われれば、シェイラを見る目が怪しくなってきた父からシェイラを遠ざけるために、絶縁状を叩きつけたほどである。
 シェロンは約束されていた爵位など全く惜しくはなかったらしく、「こんな家滅びてしまえ」と呪詛を吐き、シェイラを連れて出奔。
 なので、シェロンが次期子爵となる予定だった・・・、と過去形なのだ。
 シェロンは持てる全ての伝手を駆使したらしく、シェイラは王家の使用人として住み込みで働かせていただけることになった。


 シェイラは美人だから心配だ、と繰り返すシェロンは、シェイラに幾つかの魔法も施している。


 まずは、シェイラに好意を持つ者以外には、シェイラの容姿は平々凡々十人並みにしか見えないという魔術。
 そんな素敵な魔術があるなら、全ての人間にシェイラが平々凡々十人並みに見えるようにしてほしいとお願いした。 だが、それではシェイラの魅力が誰にも伝わらず宝の持ち腐れだ、と意味不明な理論を振りかざすシェロンに却下されたのである。

 次に、シェイラの合意なしにシェイラが誰かの手籠めにされることがないようにと、処女守護の魔法、こんなものがあったことにも驚きである。
 それから、万が一シェイラが気の迷いで誰かを受け容れたとしても、妊娠することなどないようにと、避妊薬まで調合してくれている。
 本来ならばとてつもなく高価な材料と難解な術式を必要とする精製術のおかげで、ほとんど手にすることができない避妊薬。 それを、ぽんと渡せるシェロンが怖い。

 怖いと言えば、働く場所も、現在住んでいる場所も違うのに、一日に必ず一度はシェロンに遭遇するのも怖い。
 シェイラは王家の居住エリアにある、使用人たちの女性寮で暮らしていて、シェロンも魔術軍の独身寮に入っているというのに。

 シェイラの身の安全の為に、シェロンは下僕にして生涯忠誠を誓わせた使い魔を、シェイラの護衛としてつけることも考えたらしい。 だが、四六時中シェイラと一緒なんて、なんて羨ましい、という気持ちが勝ったようで、その案は案のままで終わっている。


 シェロンはシスコンが過ぎるが、非常に優秀な魔術師で、望めばほとんどのことが可能らしい。
 シェロンはどうしてそんなことまで知っているのか、と思うより、シェロンが知らないことなどない、と思っていた方が、シェイラの精神衛生上はいいのかもしれない。

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