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【シャルデル伯爵の房中】

3.シャルデル伯爵の誘惑 *

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 就寝の身支度を整えたリシアは、ふぅと息を吐いた。
 昼間のことを思い出すと、頬が熱を持つ。


 シャルデル伯爵は、リシアとダニエレを誤解しているようだった。
 冷静になれば、無理もないことだ。
 シャルデル伯爵は、リシアがなぜシャルデル伯爵を求めたのかを知っている。
 すぐ近くにいる、同じ髪の色と瞳の男とのことを疑うのは致し方ないことだ。


 けれど、リシアの心はあのとき、確かに、傷ついた。
 自分は誰かれ構わず、ああいったことを求める女だと思われているのかと。


 カイトの息子だから、ダニエレを求められなかったのではない。
 シャルデル伯爵だから、求めたのに。
 それを理解されなかったことも、哀しかった。


 都合がいいのはわかっている。
 リシアは一度も、シャルデル伯爵に好意を告げたことがない。 そしてそれは、胸に秘めたままにしなければならないものだということも、理解している。 それなのに。


 シャルデル伯爵が触れてくれるのではないかと、期待した。
 手で顔を覆えば、夜着と胸の頂が擦れて、得も言えぬ感覚が生まれる。


 確かに、欲求不満なのかもしれない。


 最近、ディアヴェルとのことを考えることが増えた。
 そうすると、胸のふくらみの頂にある蕾が固くなってしまう。
 リシアはそっと手を外して、自分の胸の辺りを確認してみた。


「っ…」
 彼の言うとおり、薄い夜着を通すと、硬くなっているのが一目瞭然だ。
 ここに、彼は、どんなふうに触れただろう。
 こんなことはいけないとわかっているのに、夜着を押し上げる膨らみに、自分の指先が近づいて行くのが見える。


 つん、と指先がそこに触れると、甘い痺れが走った。
「んっ…」
 ふるっと小さく、リシアは身震いをする。
 気持ちはいいけれど、やはり彼に触れられるときとは少し違う。
 彼の、指を、思い出したいのに。
 リシアはそっと目を伏せて、くにくにと自身のそこを弄りながら、彼のことを思い浮かべた。


「ぁ…ディアヴェル…」


 想う人間の名前が、意図せず唇から零れる。
 ひどく甘えた響きの声に、恥ずかしくなりながらも、胸の先を弄る手を止められない。
 そんなときだ。


「…自慰をするくらいなら、俺を呼んでくださればいいのに」


 自分の声以外の声が耳に届いて、リシアはびくりとして動きを止める。
 恐る恐る顔を上げれば、そこには、シャルデル伯爵がいた。
 冷や水を頭からかけられたような気分だった。
 扉をきちんと締めていなかったのだろうか。 開いたことにすら気づかなかった。
 いや、それよりも、見られていた、なんて。


 彼のことを、呼ぶ声も、聞かれた?
 顔に熱が集まる。
 リシアは、恥ずかしくて顔を伏せた。


「い、いつから見ていらしたの?」
 そんなことを聞きたいわけではなかったのに、沈黙に耐えられずにそんなことしか言えなかった。


 出て行って、と。
 言えばよかったのに、それが咄嗟に出ないくらいには、リシアは動転していた。


「抱かせてくださる?」


 耳に届いたシャルデル伯爵の言葉を、すぐには理解できなかった。
 顔を上げると、シャルデル伯爵が扉を閉め、後ろ手に鍵をかけたのがわかった。
 リシアが呆然としているうちに、シャルデル伯爵はリシアとの距離を詰めて、目の前にいる。


「いけません? 貴女が俺を想いながら自分を慰めていらっしゃるのを見たら…抱きたくて堪らない」


 いいはずがない。
 だって、リシアには夫がいる。
 これ以上、シャルデル伯爵と親密になるわけにはいかないのだ。
 シャルデル伯爵に、惹かれるわけには。


 けれど、頭で理解しているそれを、心は認めたくないのか、言葉が出てこない。
 一言、「いけません」と言うだけなのに。


「だって、そうでしょう? そんなことをせずとも、俺は貴女を抱きたくて、貴女の傍におりますのに…。 愛させて、リシア」
 欲しいのなら、欲しがれ、とシャルデル伯爵が誘惑する。


 整った顔がゆっくりと近づいてくる段になって、リシアは自分を鼓舞し、言葉を吐き出す。
「だ、だめ、お願いです、出て行って」
「なぜ? 俺が、欲しいでしょう? そういう身体に、俺がしたんですから」
 リシアがその言葉を発するのに、どれほどの力を必要としたのか、シャルデル伯爵はわかっていないに違いない。
 あっさりとリシアの言葉をかわして、更なる誘惑をしかけるのだ。


 リシアはもう、どうすればシャルデル伯爵が引き下がってくれるのか、わからなくなる。
 触れられたら最後だ、というのは理解している。
 ああ、やはり、恋はひとを堕落させるものらしい。


「今、触れられてしまったら、わたし、拒めない」


 だから、やめて、と言ったはずだった。
 それなのに、彼の菫青石の瞳は切なげに細められて、熱に、揺れる。
「可愛いリシア…。 もっと気持ちいいことを、して差し上げますよ…?」


 目を、逸らせない。 顔を、背けられない。
 ただ、近づいてくる彼の顔を、見つめ返すしかできない。


 近づいた彼の吐息が熱くて、息が上がっていて、彼が自分以上に、自分を欲していたのだとリシアは気づく。
 それなのに、彼はいつも、リシアに触れて、リシアだけを気持ちよくして、リシアから離れていた。
 自分の欲望は押さえこんで。
 それに気づいて、リシアは唇を引き結んだ。


 …ごめんなさい。
 そう思ったのは、カイトへか、シャルデル伯爵へか、わからなかった。

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