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【シャルデル伯爵との出逢い】

1.シャルデル伯爵の直感

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 仮面をつけた男女が一夜限りの相手を求めて入り乱れる、蝶の夜会。
 ディアヴェルはよくこの場を利用する。 仮面をつけて、素顔を晒さずに済むこともそうだが、灯りの少ない薄闇の空間は、相手を判然とはさせない。 素性を問われることもない。

 そこにあって、異質な雰囲気の女がいた。
 特別に、異様な外見をしているわけではない。 ドレスコードは黒、顔の上半分を覆う仮面。 そこから外れてはいない。
 その女の肌が白い為だろうか、その姿が、やけに艶めかしく見えるのは。
 結い上げられた髪は、亜麻の色。 うなじが、細い首のラインがきれいだ。


 現在判別できる外見的特徴だけで言えば、特段目立つわけではないはずなのに、どこか、空気感に、合っていない。
 浮いている、というのだろうか。
 ディアヴェルは、その女を見て、初めて、【その他大勢】の人間が風景となり得るものであることを知った。


 最初は、純粋な、興味。


 ディアヴェルは、直感を信じている。


 一目見て、わかった。
 こういった場所は、初めてなのだろう、と。


 カモにされそうだな、と思った。
 声をかけたのは、気まぐれ。


 風景ひとの間を縫って、その女に近づいた。


「お一人ですか?」
 弾かれたように、ぱっと、目の前の女性は仮面をつけたその顔をディアヴェルに向けた。


 若干の、間がある。
 言葉を探しているのだろうか。


 女の、ふっくらとした唇が、動く。
「…お一人でない方も、いらっしゃるのですか?」


 耳に、心地よい声だった。
 好きな声だ、と思った。


 その声をもっと聞いていたくて、ディアヴェルは問いを投げる。
「こういった場所には、慣れていらっしゃらない?」


 また、間があった。
「…なぜ?」
 問い返した女の目は半眼が伏せられ、泳ぐように流された。
 その仕草が意外なくらいに上品で優雅に見えた。


 不思議な欲求が芽生える。
 もっと、見ていたい、と。


「見ていればわかります」
 意図して、断定的な言い方を選ぶ。


 当てずっぽうではあるが、こういう場面で相手に疑念を持たせないには、自信があるよう装うことが一番だと知っている。 そうすれば、何か確信を持って言っているように聞こえる。
 要は、駆け引きだ。


 応答は、まだない。
 けれど、こういう場合に待つのがひとつの手であることも知っている。 それほど頑固でなければ、折れるはずだ。 その見込みもまた、正しかったらしい。


「…はい」
 女が短く返した言葉に、やはりな、と思った。
 そこで、放っておくことだって出来たのだ。


 けれど、ディアヴェルの心は、そうは働かなかった。
 なんとなく、この女性が悪い男たちに捕まって、輪姦まわされるのは見たくないな、と思った。


 実際にその現場を目にすることはないだろうけれど、どこかでそのように扱われるのも嫌だと思ったのだ。
 彼女の空気感や、声のせいかもしれない。
 そんなことを思っていると、俯きがちだった女の顔がふっと持ち上がる。
 女が、ジッとディアヴェルに見入っているのがわかる。


 ディアヴェルも女の顔を見た。
 仮面のせいで、造作はわからないけれど、色素の薄い髪と同じく、淡い色の唇はふっくらとしていてやわらかそうだ。
 睫毛も長い、と思って見ていれば、視線がかちりと合う。


 吸い込まれそうに、美しい、翡翠の瞳。
 くらり、と目眩がするような本当に吸いこまれそうな錯覚に陥る。


 なぜか、この場で別れたくない、と思った。
 もっと、その瞳を見ていたいし、目の前の女の視線を自分だけに向けてほしい、と。


「俺が、お相手致しましょうか?」


 気がついたときには、唇から言葉が零れていて、ディアヴェルは驚く。
 今、のは、俺が発した、言葉か?


「え?」
 女の翡翠の瞳が瞬き、ディアヴェルに釘づけになる。
 それでいい、と思った。


 けれど、女の目はすぐにまた伏せられたしまう。
 先ほどとは違い、恥じらうようなその仕草は可愛らしくて、ディアヴェルは笑む。


「そういうつもりで、こちらへいらしたのでは?」
「そう、なの、ですけれど」
 もごもごと言葉を濁す様も、なぜか不快ではない。
 ディアヴェルの、心は決まった。
 今夜の相手は、彼女にしてもらおう。


 一歩を踏み出し、女の横を通り過ぎざまに、その可愛らしい小さな耳にそっと囁いた。
「…お厭でなければ、付いて来るとよろしい」


 一瞬、迷ったようだったが、自分の後ろから、ヒールの音が聞こえる。
 コツ、コツ、と聞こえる控えめだけれど聞き逃しようもない音が、ディアヴェルの心臓の音に重なっている。


 なぜだろう、こんなにも、気持ちが浮き立つのは。

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