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第三章 揉める部活と失恋大騒動

第74話 それでも、俺は知りたくて

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 五月五日、端午の節句。
 激動の二日間を終えた次の日。
 ゴールデンウィークも終わりに差し掛かった今日この頃。

 俺は再び駅近くのショッピングモールで人を待っていた。
 まだ十時ということもあり、フードコートにはあまり人はいなかった。

 俺は買ったジンジャーエ―ルを口に入れる。
 炭酸が喉を通るたびに緊張が少しとれる。
 そんなことを数度していると、待ち人がやってきた。

「ごめんなさい、待たせたかしら」

「いや、時間通りだよ」

 俺がそう言うと、少し安堵したのか待ち人――椎名は笑った。
 そしてそのまま俺の向かいの席に座る。

「正直驚いたわ。杉野から会おうって連絡くるなんて」

「……まぁ、この二日間色々あったからな」

「そうね」

 ある程度俺が呼んだ理由を察しているのか、納得した様子の椎名。
 少しだけ話し出すのを躊躇う。
 多すぎる緊張と足りない勇気が邪魔をする。

「あー、なんだ。飲み物買ってこなくて大丈夫か?」

「ええ、ありがとう。大丈夫よ。話をしましょう」

 椎名が真剣な表情で、真っ直ぐに俺を見ていた。
 心臓がドクンと鼓動した。
 けれど俺の臆病さが、少しだけ違うことを言わせる。

「大槻のこと、とりあえず決着したな」

「ええ、そうね」

「一日で解決してよかったな」

「……杉野?」

「…………そうだな。ごめん本題じゃなかった」

 俺がどこか変なことを感じたのか、椎名は怪訝そうな顔をした。
 勇気を振り絞り、俺は聞いた。

「あのとき、昨日公園で椎名が納得したあのとき、さ。椎名はどこまで納得したんだ?」

「…………」

「椎名?」

 俺の質問に椎名は黙った。
 聞き方が、言葉がややこしかったかと別の言い方を考えていると椎名が透き通るような声で笑った。

「正直、始めは納得するつもりなんてなかったのかもしれないわ」

 その言葉に俺は驚かなかった。なんとなく想像はついていた。
 ただ、その自虐的な笑顔が気になった。

「じゃあ、なんで……」

「何でかしらね。大槻の本音を聞いたからか佐恵に諭されたからか、正直分からないわ…………でも、最後に大槻のしたいことを聞いたときに、私は初めて知ったわ」

「何を?」

「私が全国大会に出たいと望むように、みんなそれぞれ望む部活があることよ。なんでそんな当たり前のことに今更って思うかしら?」

「いいや、俺も最近になって知ったことばかりだ」

 椎名の言う通りそれは当たり前のことなのだろう。
 けど、俺だって大槻の本音を聞いたのは昨日が初めてだった。

『っざけんな! 俺だってな! 杉野みたいに新人賞取ったり樫田みたいに統率力あったりしたらな! サボってなかったんだよ――』

 あの叫びでようやく俺は大槻がそんな気持ちを持っていたことを知った。
 俺は大槻達樹のことを分かっているつもりになっていた。
 彼が部活をどう思い、どう考えて、そしてその中でどう生きようとしていたのか。
 そんな大切なことを知らずに、ただサボり魔の困ったやつとして認識していた。

 抱え込んでいた熱や望み、想い。
 あのときの叫びはその一端なのではないか、と思ってしまう。

「俺は何も分かっていなかった。知っているつもりで表面的なことしか分かっていなかったんだ」

「杉野……」

「それは椎名、お前に対してもだ」

「……」

「あのとき、大槻と話している椎名の叫びを聞いて俺はちゃんと知らないと、って思ったんだ」

 今度は俺が真っ直ぐに椎名を見る。
 驚いた表情の中にどこか寂しげな様子を覚えた。

「……聞いてどうするのかしら。それ次第では全国を目指すことを止め」

「違う。椎名。全国を目指すことは変わらない」

 なぜか話が飛躍しそうになったので、慌てて否定する。
 そうか、それを気にしたのか。

「じゃあ、どうして? 知ってどうなるというの?」

「たぶん、どうなるっていうのはないと思う。俺たちの目的も変わらないし、これから先の未来においてしないといけないことは決めっている」

「だったら」

「それでも知りたいんだ。椎名が何で全国を目指しているのか。俺のわがままかもしれないが、同じ目標を持つ者として、横に並ぶ者として知っておきたいんだ」

 知らなくても変わらない。
 人と人の関係なんて、そうなのかもしれない。
 けど、

 俺は知らなかった椎名の叫びいかりを聞いた。
 俺は知らなかった大槻の叫びかなしみを聞いた。
 
 ならもう戻れない。
 知ったことをなかったことにはできない。
 椎名が何かを抱えているなら、仲間として友として、俺は知るべきだと思った。

「杉野は……どうして踏み込めるの?」

「踏み込める?」

「ええ、今も、そして昨日の大槻についてもそうやって人の心に踏み込んでいるじゃない。怖くないの?」

「そんなつもりは……いや、違うか」

「え?」

「怖いは怖いよ。けどさ。俺は俺が好きな今の演劇部じゃなくなる方がもっと怖いんだ」

 一瞬、脳裏によぎった中学でのこと。
 それを考えると、俺が出したのはそんな答えだった。

「私には……」

 下を向いて、そこから先の言葉は聞こえなかった。
 ふと、昨日樫田が言っていたことを思いだす。

 ――人間は多面的で誰にだって知らない一面があるってだけの話だ。俺だって杉野の家での様子とか知らないしな。

 これもきっとそうだ。
 俺が椎名を知らないように、椎名も俺を知らない。
 中学時代の今とは違う俺のことを。

「……なぁ椎名。俺さ。中学時代野球部だったんだ」

「? ええ、そうなのね」

「こう見えても中一にしては体格良かったから入ったばっかでスタメンだったんだぜ」

「急に何? 自慢話かしら?」

「そう、中一でスタメンだから部活内でハブられてたんだ」

「!!」

 苛立った表情から一転、椎名は大きく眼を見開いた。

「中学野球部ってさ。だいたい二、三年生が主体で一年生は筋トレや球拾いがメイン。ただ野球がうまい奴や体格がいい奴は稀に一年生でスタメンになれるんだ。ああもちろん、俺は後者な。でスタメンはスタメン専用の練習メニューがあったりしたから他の一年とは違う扱いされてさ。同じ一年生の友達はできないわ、補欠の先輩たちには嫌われるわ。別に野球得意じゃないから他のスタメンには怒られるわ」

「杉野! いい! 言わなくていいわ!」

 急に椎名が俺の言葉を遮った。
 あれ、うまく喋れているつもりだったんだけどな。
 まぁもうすぐ終わるから。

「そんなこんなで中一の夏にはドロップアウトしたわけ」

「…………そう、なのね」

「だからか、たぶんそれだけじゃないんだけどさ。俺今の演劇部が好きなんだよ。みんなで劇やって、バカやって、笑い合っている今が。椎名はどうだ?」

「ええ、私好きよ」

「なら、良かった」

 俺がそう言って笑うと、一瞬椎名が辛そうな顔をした。
 だがすぐに困ったような、参ったような感じで笑った。


「分かったわ。どうして全国を目指すことにしたのか、話しましょう」
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