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第三章 揉める部活と失恋大騒動
第71話 ディベート4
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彼女――夏村の叫びに俺たちは視線を向け、椎名は振り返った。
こっちに来ると椎名に近づく。
「待って香奈。私はまだ話していない」
「佐恵……残念だけど私は納得しなかったわ」
「まだ時間は残っている」
「それは、そうだけど……」
「それにこれは私の問題でもある。私と大槻が話さないと決着にならない」
「……確かにそういう側面もあるかもしれないわ。でも話したはずよ。みんなが納得すること、それがそのための条件だって」
「私を最後にしてくれたことは感謝している……でも」
ちらっと夏村が大槻を見る。
状況が呑み込めないのか、泣きながら困惑している大槻。
「大槻は、十分本音を語っていた。嘘偽りのない回答だった」
「それでも私は納得しなかったわ」
「本当に? 香菜は一ミリも納得できなかった?」
「……」
「樫田も山路も栞も、全部を全部納得できたわけじゃない。でも一番知りたい本音を聞いて、奥底にある大槻の想いに納得したから香奈まで回ってきた」
「だから私にも納得しろ、と?」
夏村は首を横に振る。
「ううん。そうじゃない。まだ納得できないならそれでもいい。ただ少し私に大槻と話をさせてほしい」
そう言って優しく微笑む夏村に椎名は負けたのか、溜息をついた。
「はぁ、わかったわ」
どういうわけか、夏村は大槻を救った。
あのまま椎名が話していれば、大槻は夏村と話すことなく部活を辞めることになっていただろう。
ただ夏村の意図は読めない。
ここまでの大槻とみんなの話を聞いて何か変化があったのか。
「大槻」
「夏村」
二人が向かい合う。
お互いに名前を呼び、じっと見つめ合う。
大槻は泣き止んでいた。
そして夏村は真剣な表情で言う。
「……全部聞いてた。樫田と話した過去も、山路の質問に即答できた本心も、栞の問いに示せた覚悟も……ごめん。本当は私が一番先に話さないといけなかったのに、そのことから逃げてた」
「謝るなよ。悪いのは俺なんだ!」
「ううん。だってこれは私の問題でもあるから。私もちゃんと結論を出さないといけない問題だから大槻だけに背負わせられない」
「そんなことは……」
「ごめんなさい!」
誰もがその行動に眼を見開いた。
大槻も椎名も俺も、少し離れたところにいるみんなも驚く。
夏村が深く頭を下げた。
一瞬、思考が止まるほどの衝撃。
いち早く声を上げたのは大槻だった。
「や、止めてくれ! そんなことしなくていい! 頭を上げてくれ!」
夏村はゆっくりと顔を上げる。
その表情は決意に満ちていた。
「私はあなたから告白された時、ちゃんと向き合わなかった」
「……」
「私、好きな人がいる。でもそれ以上に部活が好き」
「……ああ、あの時も言っていたな」
「そう。でも全部を話していない。誰が好きで、どうして好きで、それで今その人とどういう関係なのか……ちゃんと話して大槻に納得してもらってない…………だからあの時傷つけた。大槻の本気から私は逃げた」
「そんなことは……」
「私は誤解していた。大槻だって部活が好きなのにね」
「!!」
「さっきの叫び、響いた。私だって香奈や栞みたいになれたらって考えたことあるし、自分の意見じゃどうせ何も変わらないって達観するようなときもあった」
「夏村も……?」
「うん。いつの間にかポジションが決まって、その立場から出ることができなくなってた。おかしいね。人に役割なんてないって思うのに」
「ああ、そうだな」
微笑む夏村に、かすれた声で大槻は同意した。
二人の中で何かがつながったのだろう。
それは俺や椎名には分からない感覚――いや感性なのかもしれない。
「だから、納得するのは私じゃない大槻の方」
「なら大丈夫だよ夏村」
「え」
「俺はもう納得している。フラれたこともその理由も」
「何で? 私は何も」
「ああ、俺は何にも知らない。知っているのは部活の時の夏村を少しだけだ」
「じゃあどうして?」
「簡単だよ。俺が好きになったのは部活の夏村で、俺がしたのはそれを壊す行為だったから。だから今は部活が好きって言われたときに気づくべきだったんだ。俺の好きなものは俺の手に入らないんだって」
「…………」
「あの空間で輝いているのが好きだから、そのことにもっと早く気付くべきだった」
大槻が「今更だな」と笑う。その笑顔は少し苦しそうだったが、俺は彼なりの決別のようにも見えた。
夏村は何かを言いたげに口を開いて、しかし声を出さすにゆっくりと閉じた。
そして短く笑った。
「……ありがとう」
きっと大槻の意志と尊重し汲み取ったのだろう。
その笑顔は儚い美しさがあり、こんな状況なのに思わず見惚れるほどだった。
夏村は表情を戻すと、椎名の方を向く。
「香奈。どうだった?」
「……当人たちが納得していることは分かった。けど私の問いの答えとしては不十分だわ」
「成したいこと?」
「ええ、そうよ。それがはっきりしないなら私は納得しないわ」
堂々と椎名は言い放った。
他のみんなが納得してなお、彼女は意見を変えなかった。
これは意地やプライドではない。
椎名なりの筋の通し方なのだろう。
しかし、それを聞いた夏村はムッとした表情となった。
「どうしても?」
「ええ」
「…………分かった。ちょっと待ってて」
「?」
そう言って樫田たちの方へ歩いて行った。
なんだなんだ?
それを見ていると、夏村が三人に何かを説明している。
小声なのか、こちらまで聞こえない。
山路が笑い、増倉が頷き、樫田が何か言っていた。
やがて四人がこっちにやってきた。
俺も大槻も状況がよくわかっていない。
椎名はじっと四人を睨む。
「おまたせ、ほら」
夏村が樫田に何かを急かす。
困った顔をしながら、樫田は俺たちの方を向いた。
「ちょっとルール変更しようか」
こっちに来ると椎名に近づく。
「待って香奈。私はまだ話していない」
「佐恵……残念だけど私は納得しなかったわ」
「まだ時間は残っている」
「それは、そうだけど……」
「それにこれは私の問題でもある。私と大槻が話さないと決着にならない」
「……確かにそういう側面もあるかもしれないわ。でも話したはずよ。みんなが納得すること、それがそのための条件だって」
「私を最後にしてくれたことは感謝している……でも」
ちらっと夏村が大槻を見る。
状況が呑み込めないのか、泣きながら困惑している大槻。
「大槻は、十分本音を語っていた。嘘偽りのない回答だった」
「それでも私は納得しなかったわ」
「本当に? 香菜は一ミリも納得できなかった?」
「……」
「樫田も山路も栞も、全部を全部納得できたわけじゃない。でも一番知りたい本音を聞いて、奥底にある大槻の想いに納得したから香奈まで回ってきた」
「だから私にも納得しろ、と?」
夏村は首を横に振る。
「ううん。そうじゃない。まだ納得できないならそれでもいい。ただ少し私に大槻と話をさせてほしい」
そう言って優しく微笑む夏村に椎名は負けたのか、溜息をついた。
「はぁ、わかったわ」
どういうわけか、夏村は大槻を救った。
あのまま椎名が話していれば、大槻は夏村と話すことなく部活を辞めることになっていただろう。
ただ夏村の意図は読めない。
ここまでの大槻とみんなの話を聞いて何か変化があったのか。
「大槻」
「夏村」
二人が向かい合う。
お互いに名前を呼び、じっと見つめ合う。
大槻は泣き止んでいた。
そして夏村は真剣な表情で言う。
「……全部聞いてた。樫田と話した過去も、山路の質問に即答できた本心も、栞の問いに示せた覚悟も……ごめん。本当は私が一番先に話さないといけなかったのに、そのことから逃げてた」
「謝るなよ。悪いのは俺なんだ!」
「ううん。だってこれは私の問題でもあるから。私もちゃんと結論を出さないといけない問題だから大槻だけに背負わせられない」
「そんなことは……」
「ごめんなさい!」
誰もがその行動に眼を見開いた。
大槻も椎名も俺も、少し離れたところにいるみんなも驚く。
夏村が深く頭を下げた。
一瞬、思考が止まるほどの衝撃。
いち早く声を上げたのは大槻だった。
「や、止めてくれ! そんなことしなくていい! 頭を上げてくれ!」
夏村はゆっくりと顔を上げる。
その表情は決意に満ちていた。
「私はあなたから告白された時、ちゃんと向き合わなかった」
「……」
「私、好きな人がいる。でもそれ以上に部活が好き」
「……ああ、あの時も言っていたな」
「そう。でも全部を話していない。誰が好きで、どうして好きで、それで今その人とどういう関係なのか……ちゃんと話して大槻に納得してもらってない…………だからあの時傷つけた。大槻の本気から私は逃げた」
「そんなことは……」
「私は誤解していた。大槻だって部活が好きなのにね」
「!!」
「さっきの叫び、響いた。私だって香奈や栞みたいになれたらって考えたことあるし、自分の意見じゃどうせ何も変わらないって達観するようなときもあった」
「夏村も……?」
「うん。いつの間にかポジションが決まって、その立場から出ることができなくなってた。おかしいね。人に役割なんてないって思うのに」
「ああ、そうだな」
微笑む夏村に、かすれた声で大槻は同意した。
二人の中で何かがつながったのだろう。
それは俺や椎名には分からない感覚――いや感性なのかもしれない。
「だから、納得するのは私じゃない大槻の方」
「なら大丈夫だよ夏村」
「え」
「俺はもう納得している。フラれたこともその理由も」
「何で? 私は何も」
「ああ、俺は何にも知らない。知っているのは部活の時の夏村を少しだけだ」
「じゃあどうして?」
「簡単だよ。俺が好きになったのは部活の夏村で、俺がしたのはそれを壊す行為だったから。だから今は部活が好きって言われたときに気づくべきだったんだ。俺の好きなものは俺の手に入らないんだって」
「…………」
「あの空間で輝いているのが好きだから、そのことにもっと早く気付くべきだった」
大槻が「今更だな」と笑う。その笑顔は少し苦しそうだったが、俺は彼なりの決別のようにも見えた。
夏村は何かを言いたげに口を開いて、しかし声を出さすにゆっくりと閉じた。
そして短く笑った。
「……ありがとう」
きっと大槻の意志と尊重し汲み取ったのだろう。
その笑顔は儚い美しさがあり、こんな状況なのに思わず見惚れるほどだった。
夏村は表情を戻すと、椎名の方を向く。
「香奈。どうだった?」
「……当人たちが納得していることは分かった。けど私の問いの答えとしては不十分だわ」
「成したいこと?」
「ええ、そうよ。それがはっきりしないなら私は納得しないわ」
堂々と椎名は言い放った。
他のみんなが納得してなお、彼女は意見を変えなかった。
これは意地やプライドではない。
椎名なりの筋の通し方なのだろう。
しかし、それを聞いた夏村はムッとした表情となった。
「どうしても?」
「ええ」
「…………分かった。ちょっと待ってて」
「?」
そう言って樫田たちの方へ歩いて行った。
なんだなんだ?
それを見ていると、夏村が三人に何かを説明している。
小声なのか、こちらまで聞こえない。
山路が笑い、増倉が頷き、樫田が何か言っていた。
やがて四人がこっちにやってきた。
俺も大槻も状況がよくわかっていない。
椎名はじっと四人を睨む。
「おまたせ、ほら」
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困った顔をしながら、樫田は俺たちの方を向いた。
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