魔王と配下の英雄譚

るちぇ。

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第2章 暁の竜神

第8話 紅竜同盟の話し合い 3

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 良い結果になる可能性は低い。関門がいくつもあるのだ。まず話せる内容にかなりの制限がかかる。ローレンの質問に答える形でなければまた遮られてしまうだろう。次に聴衆の心象は最悪だ。並大抵の発言では心を変えることなどできまい。そして最後に、それら全てを無に帰しかねないローレンを納得させなくてはならない。この全てをこなす必要がある。

「はい、何でしょうか?」

 やれるか、ではなくやるしかない。藁にすら喜んですがり絶対に生かさなければ、もう打つ手は二度とやって来ないだろうから。
 レヴィは平静を保ったままのように返したが、その言葉は少し震えていた。許容し切れないはずのプレッシャーに懸命に耐えているためと、そして何より絶対にやってやるという武者震いによるものだった。

「仮に、だ。もしも奇跡的に人間がその場に立ち会って生き延びたのだとしよう。では竜人が太刀打ちできない相手を前にどうして人間が生還した? よもや、竜人を超える人間がいたなどと世迷言は言うまい?」

 実際のところを知る由など無い。なぜならレヴィは又聞きなのだ。当り前だが映像があるはずがなく、現地で戦いを見た訳でもない。でもこれだけははっきりしている。キダを倒したのは人間ではなく魔王とその配下だ。彼らの力は絶大だ。造作もなく葬ったのだろう。
 そう言おうとしてはたとレヴィは気付く。なぜ、魔王はその人間を見逃したのだろうか。5年前の大災厄を引き起こした悪の元凶かもしれない奴がどうしてたった1人を。考えられる答えはひとつ。いや、強引に言ってしまえばふたつ。先にあり得ない方を言えば偶然見落とした。やはり無理矢理過ぎる。ならば、やはりそうとしか考えられない。その人間は魔王の仲間、いや、下僕なのだ。だから見逃された。そう考えるのが自然。下僕からもたらされた情報など誰が信じられるものか。

「ようやく気が付いたか、この愚か者めが」

 青冷めた顔をローレンは見逃さない。勝利を確信してそう言い放つと、もう結構と自ら模範解答を説明し始める。
 レヴィは機会を与えられたのではない。奪わなければなかった。そのことに気付いた時にはもう術中にはまっていて、どうにもできない状況に陥ってしまっていた。

「もしもその人間が生還したのだとしたら、それは生き延びたのではなく魔王に守られただけのこと。なぜ守る? 下僕だからだ。さて問おうか、聡明な同胞たちよ。その人間とやら……信用して良いものか?」
「ま、待ってください! その者は四大将軍のルーチェです! リリス様の守護が働けば……!」

 それでも必死にレヴィは食らいつく。自分でも無駄と悟りながら1人だけでも味方を増やしたくて。そんなせめてもの抵抗は実るはずもなく、初耳の、そして驚愕の事実と共にローレンにバッサリと切り捨てられる。

「だからと言って見逃される理由にはならん! 大体、キダの被害に遭った者の中には同じ四大将軍のロアもいたのだぞ!」

 頼みの綱の守護ですらキダに敗れたと言われては打つ手は無い。確認できるだけの情報をレヴィは持っていない。一方で向こうは確固たる証拠を得ているのだろうし、何よりあのローレンが言ったのだからと竜人たちは信じ切っているようだ。
 はっきり言ってゲームセットだ。反論などできるはずもない。もしも苦し紛れに魔王の攻撃が通らなかったと主張しようものなら、いくら魔王でもそんな脅威を放っておく訳がないとでも指摘されてしまうだろう。つまり、どう足掻いてもその人間が白だとは言えない。

「そ、それでも……あの魔王がキダを討ったのは紛れもない事実です! 現に、行方不明になっていた者の多くは帰還しているではありませんか!」

 そう、ある日を境にキダの捜索や討伐のために出陣した部隊が次々と戻って来ている。その間の記憶を失っているものの他に異常は見当たらなかった者ばかりだ。なぜ突然帰って来られたのか。その理由はキダが討たれた以外に考えられないはずだ。それならやはり魔王と配下は警戒すべき。せめて方向性を変えてそう主張するために発した言葉だったが、

「別に俺はそこを疑っている訳ではない!」

 ローレンは違うと一喝する。違うのだ、論点が。レヴィはナディアに魔王と配下の脅威を伝えるよう命じられ、この情報を諜報部から与えられた。情報の信ぴょう性が問われていたはずなのに、気が付いてみれば、目的を果たせないことに恐れを覚えて見失ってしまっていた。

「ふん、これについては俺も悪いところもあった。竜人を侮辱するような発言が飛び出したものでな、我慢ならず激高してしまったらしい。それについては謝罪しよう。しかしこれでわかっただろう? お前はまだまだ青い。己の発する言葉すら理解できなくなったのだ、反論はあるまい?」

 ローレンはやれやれと首を振りながら、一気にトーンがダウンする。もうかける言葉も無いと言うように、今度は親が不出来な子を見るような目をしていた。レヴィは受け入れるしかない。事実、そうなのだから。

「待って貰おうか、ローレン」

 大勢もしきりにウンウンと頷く中、たった1人、ローレンに待ったをかける者が現れる。紅蓮魔導隊の隊長ナーガである。紅竜同盟の中でも最も経歴の長い戦士だ。まるでライオンのたてがみのような立派な顎髭が、老練の兵である事をよく物語っていた。

「これはナーガ様。一体どうされたのでしょう?」

 これまで強気一辺倒だったローレンも流石にたじろいだ。周りの竜人たちも同様である。ここにいる者のほとんどはナディアとナーガのお陰で生きているようなもの。それに加えて彼は歴戦の勇士。その言葉を軽んじるなどあってはならない。

「我らの優良さは今更語ったところで何の実りも無いだろう。ではどうすると言うのだ?」
「どう……とは?」
「魔王と配下への対応だ。まさか何のデータも無いままに議論を進めるつもりではあるまい?」

 ナーガの指摘は至極当然だ。普通の戦争の前ですら相手の戦力を正しく把握していることが望ましい。まぁそれは理想論にしても、そのおおよそのところは知っていなければ話にならない。決まらないではないか。部隊編成も、陣形も、そもそも作戦自体が。敵の総数が百人なのか、千人なのか、それとも万か、十万すら超えてしまうのか。ほら、数だけでも相手が不気味に思えるだろう。ただ漠然とした脅威ほど恐ろしいものは無い。まして今回の相手は魔王だ。まだ戦いになると決まった訳ではないが、和平交渉に出るのだとしても同じこと。決裂する恐れがある以上、やはり相手と事を構える覚悟は要る。それには同じように相手のデータが欲しいところだ。

「ナーガ様の言う通り、このままでは話し合いが進みませんね」
「屋台の者や目撃者からの報告によれば魔王と配下は危険らしい。それも最大級の警戒を、と嘆願されている。この民意を無視はできないが、これだけでは何も判断できない。どうするつもりだ?」
「なるほど、では俺の……いや、俺たちの見解を言いましょう」

 俺たちのと言った。彼1人の意見ではなくこの場全員の総意なのだということ。反論する者は無く、多くの者が頷いて見せた。
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