147 / 176
第2章 暁の竜神
第6話 2人の計画 1
しおりを挟む
転移魔法はとても便利だ。歩くという無駄な時間を浪費しなくて済む。多少の魔力と煩わしさで、一体どれほどの時間を稼げるだろう。本当に、まったく頭が上がらない。
「ありがとうございます、魔王様」
僕、アザレアは転移魔法を使うことができない。だからこうして転移の指輪を装備している。これはドミニオンズ時代に魔王様から頂いた物だ。本当なら死ぬまで肌身離さず着けていたいのだが、装備枠がひとつ埋まってしまうため、泣く泣く必要時以外は外している。その付け替えが多少煩雑だと、そういう訳だ。
さて、そんな一分一秒を大切にしたい僕がわざわざ転移魔法でやって来たのは他でもない。僕の行動全ては基本的に魔王様のためにあるのだが、今回は特別である。
「カルマ、今少しいいかな?」
「……む、アザレアか。どうしたのじゃ?」
やって来たのはカルマの部屋だ。タイミングの悪いことに昼寝でもしていたのだろうか。ドアから覗かせてくれた顔はとても眠そうで、多少寝ぐせが付いてしまっている。次からはきちんと約束をしなくては、と自分に言い聞かせつつ中に入れて貰う。
「おやおや、これはまた随分と楽しんでいるようだね」
カルマの部屋は狙い通りというか、想像通りというか、美しい調度品がいくつも棚に並べられていた。そのほとんどがピカピカに磨き込まれているグラスであり、ワインセラーを覗き込んでみれば、注ぐに相応しそうな酒が数多く備えられている。それらが黒を基調とした家具にマッチしていて、モノトーンの大人な雰囲気を醸し出していた。
「うむ、この世界の嗜好品はとても興味深い物が多いのでのう」
突然の来訪でありながら文句ひとつ言わず、嫌そうな顔もせず、カルマは純白のカップをテーブルに並べて、赤みの混じったオレンジ色の紅茶を注ぐ。爽やかな香りが部屋いっぱいに広がる。
「もっとも今は昼間じゃ。紅茶と菓子を楽しんで欲しいのう」
「あぁ、そうだね。昼間から飲んだくれていては配下失格だ」
言いながらソファに腰を沈めると、紅茶の他に金色のカステラも提供してくれた。ありがたく一口かじる。とても甘いのに甘ったるさを感じない丁度良い味がした。それから紅茶をすするとこれまた美味しい。多少の苦みと果実のような甘さが強く、カステラととてもマッチしているように感じる。
「ふふ、気付いたかのう? カステラがこの紅茶にはとてもよく合うのじゃよ」
「ほほぉ、それはまた。一体どんな紅茶なんだい?」
「これは最高級クラスの紅茶、ダージリンじゃ。その中でもセカンドフラッシュと呼ばれる夏に収穫された物じゃよ。香り高さとフルーティさが特徴じゃな」
そういえばカルマは果実系の飲み物を特に好んでいる設定だったか。酒には詳しくないものの、あのボトルの中にもフルーティさのある物がたくさんあるのだろう。うん、とても素晴らしい。何もかもが僕の想像通りで助かるというものだ。
「して、今日はどうしたのじゃ? ワシとしてはこうしてティータイムを楽しむのも決して悪いとは思っておらぬが、お主がわざわざやって来たのじゃ。世間話という訳でもあるまい」
カルマもまたカップに口をつけて、ダージリンだったか。とにかく高い紅茶を楽しみながら対面のソファに腰かける。
その様子はとても気品溢れている。寝ぐせや寝起きの顔など全く気にならないほどに。きっとそれは夜に酒を楽しんでいたとしても同様の感想を持つのだろうと、確信を持ってしまうくらいだった。これまた助かる話である。
「あぁ、察しの通りだよ、カルマ。今日はお願いがあって来たんだ」
「お願い、とな? ふむ、ちょっと待っておれ」
何を想像したのだろうか。カルマは部屋の奥へと消えていくと、ごそごそと少しの間物音を立てて、すぐに戻って来る。その手には丸められた細長い紙が握られていて、テーブルの上に広げる。
「こ……これは……まさかっ!?」
「うむ、魔王様に献上する予定じゃった地図じゃよ。イース・ディード限定ではあるが、採取可能な物質まで全て把握しておる」
欲しい。喉から手が出るくらいってこういうことなのだろうか。あぁ、これがあれば物質変換作業を一部省略できるではないか。そうすれば素材準備の過程に割いてきた時間が大幅に短縮できるから、その分だけ加工や仕上げの試行回数に充てられる。もっともっとたくさんのアイテムを、装備を生み出せるじゃないか。
「さっき完成したばかりの出来立てホヤホヤじゃ。流石に原本は渡せぬが、コピーの方ならやるぞ?」
「い、いいのかい? これは魔王様への献上品じゃないのか?」
「まぁ、魔王様にだけお渡ししても巡り巡ってお主の所へいったじゃろう。万が一にもあり得ぬじゃろうが、仮にそうならなかったとしても、後でお主の所へ持って行く予定じゃったから気にするでない」
なんて嬉しい申し出だろう。これはありがたく頂戴して、さっさと作業に取りかからなくては。何をって。決まっている。この採取ポイントへ派遣するゴーレム部隊の編制だよ。多少稼働率は下がるものの、結果的に効率は上がる。早く戻ろう。そう思って立ち上がると、
「ふふ、そこまで喜ばれると頑張ったかいがあったのう」
カルマはしみじみとした顔をしながらそんなことを言った。あぁ、そうかと理解する。彼女が昼間だというのに寝てしまっていたのは、これを作るためだったのだろう。
「ありがとうございます、魔王様」
僕、アザレアは転移魔法を使うことができない。だからこうして転移の指輪を装備している。これはドミニオンズ時代に魔王様から頂いた物だ。本当なら死ぬまで肌身離さず着けていたいのだが、装備枠がひとつ埋まってしまうため、泣く泣く必要時以外は外している。その付け替えが多少煩雑だと、そういう訳だ。
さて、そんな一分一秒を大切にしたい僕がわざわざ転移魔法でやって来たのは他でもない。僕の行動全ては基本的に魔王様のためにあるのだが、今回は特別である。
「カルマ、今少しいいかな?」
「……む、アザレアか。どうしたのじゃ?」
やって来たのはカルマの部屋だ。タイミングの悪いことに昼寝でもしていたのだろうか。ドアから覗かせてくれた顔はとても眠そうで、多少寝ぐせが付いてしまっている。次からはきちんと約束をしなくては、と自分に言い聞かせつつ中に入れて貰う。
「おやおや、これはまた随分と楽しんでいるようだね」
カルマの部屋は狙い通りというか、想像通りというか、美しい調度品がいくつも棚に並べられていた。そのほとんどがピカピカに磨き込まれているグラスであり、ワインセラーを覗き込んでみれば、注ぐに相応しそうな酒が数多く備えられている。それらが黒を基調とした家具にマッチしていて、モノトーンの大人な雰囲気を醸し出していた。
「うむ、この世界の嗜好品はとても興味深い物が多いのでのう」
突然の来訪でありながら文句ひとつ言わず、嫌そうな顔もせず、カルマは純白のカップをテーブルに並べて、赤みの混じったオレンジ色の紅茶を注ぐ。爽やかな香りが部屋いっぱいに広がる。
「もっとも今は昼間じゃ。紅茶と菓子を楽しんで欲しいのう」
「あぁ、そうだね。昼間から飲んだくれていては配下失格だ」
言いながらソファに腰を沈めると、紅茶の他に金色のカステラも提供してくれた。ありがたく一口かじる。とても甘いのに甘ったるさを感じない丁度良い味がした。それから紅茶をすするとこれまた美味しい。多少の苦みと果実のような甘さが強く、カステラととてもマッチしているように感じる。
「ふふ、気付いたかのう? カステラがこの紅茶にはとてもよく合うのじゃよ」
「ほほぉ、それはまた。一体どんな紅茶なんだい?」
「これは最高級クラスの紅茶、ダージリンじゃ。その中でもセカンドフラッシュと呼ばれる夏に収穫された物じゃよ。香り高さとフルーティさが特徴じゃな」
そういえばカルマは果実系の飲み物を特に好んでいる設定だったか。酒には詳しくないものの、あのボトルの中にもフルーティさのある物がたくさんあるのだろう。うん、とても素晴らしい。何もかもが僕の想像通りで助かるというものだ。
「して、今日はどうしたのじゃ? ワシとしてはこうしてティータイムを楽しむのも決して悪いとは思っておらぬが、お主がわざわざやって来たのじゃ。世間話という訳でもあるまい」
カルマもまたカップに口をつけて、ダージリンだったか。とにかく高い紅茶を楽しみながら対面のソファに腰かける。
その様子はとても気品溢れている。寝ぐせや寝起きの顔など全く気にならないほどに。きっとそれは夜に酒を楽しんでいたとしても同様の感想を持つのだろうと、確信を持ってしまうくらいだった。これまた助かる話である。
「あぁ、察しの通りだよ、カルマ。今日はお願いがあって来たんだ」
「お願い、とな? ふむ、ちょっと待っておれ」
何を想像したのだろうか。カルマは部屋の奥へと消えていくと、ごそごそと少しの間物音を立てて、すぐに戻って来る。その手には丸められた細長い紙が握られていて、テーブルの上に広げる。
「こ……これは……まさかっ!?」
「うむ、魔王様に献上する予定じゃった地図じゃよ。イース・ディード限定ではあるが、採取可能な物質まで全て把握しておる」
欲しい。喉から手が出るくらいってこういうことなのだろうか。あぁ、これがあれば物質変換作業を一部省略できるではないか。そうすれば素材準備の過程に割いてきた時間が大幅に短縮できるから、その分だけ加工や仕上げの試行回数に充てられる。もっともっとたくさんのアイテムを、装備を生み出せるじゃないか。
「さっき完成したばかりの出来立てホヤホヤじゃ。流石に原本は渡せぬが、コピーの方ならやるぞ?」
「い、いいのかい? これは魔王様への献上品じゃないのか?」
「まぁ、魔王様にだけお渡ししても巡り巡ってお主の所へいったじゃろう。万が一にもあり得ぬじゃろうが、仮にそうならなかったとしても、後でお主の所へ持って行く予定じゃったから気にするでない」
なんて嬉しい申し出だろう。これはありがたく頂戴して、さっさと作業に取りかからなくては。何をって。決まっている。この採取ポイントへ派遣するゴーレム部隊の編制だよ。多少稼働率は下がるものの、結果的に効率は上がる。早く戻ろう。そう思って立ち上がると、
「ふふ、そこまで喜ばれると頑張ったかいがあったのう」
カルマはしみじみとした顔をしながらそんなことを言った。あぁ、そうかと理解する。彼女が昼間だというのに寝てしまっていたのは、これを作るためだったのだろう。
0
お気に入りに追加
128
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉
Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」
華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。
彼女の名はサブリーナ。
エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。
そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。
然もである。
公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。
一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。
趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。
そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。
「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。
ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。
拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる