魔王と配下の英雄譚

るちぇ。

文字の大きさ
上 下
131 / 176
第2章 暁の竜神

第3話 紅竜同盟の使者 4

しおりを挟む
 そんな糞共の視線に気付いているのかいないのか、ウロボロスは奴らの方へ向き直ると般若の様相へと戻る。

「私はウロボロスですが、それが何か?」
「ウロボロスか……良い名だ。どうだ、我らと共に来ないか? 人間というものは統べからく信用ならん生き物だ。平気で同胞を裏切り、貶め、挙げ句の果てに殺す。己の罪を棚に上げて死体蹴りまでするような輩だ」

 ローレンは鼻の下を伸ばしながら手を差し出して来た。選択の時だ。俺が心からこいつらとの関係改善を望むなら、これが最後のチャンスと言っていい訳ないだろ。死ね、エロ親父共が。
 どうしてくれようか。とにかく断罪だ。汚物は排除だと怒りに身を任せる直前で、ウロボロスが信じられない返答をしてくれた。

「随分と似た価値観をお持ちのようで」
「お、おい、ウロボロス……?」

 呆気に取られてしまう。何を言っているんだ、ウロボロスは。アデルやルーチェの一件で考え方が変わってくれたんじゃなかったのか。まだそんな事を言ってしまうのか。
 ショックだった。いや、でも仕方のない事ではある。ウロボロスが受けた屈辱を思えば、むしろあの程度で考えが変わるなんて虫が良過ぎた。

「ならば話は早い。我らと共に竜人のために働こうではないか」
「お断りします」
「……聞き間違えたか? もう一度問う。我らと共に来い」
「私は嫌だと言いました。今度は通じましたか?」

 間髪入れずにウロボロスは返答し、ローレンを睨み付けた。そりゃそうだ。深いところでは残念ながら共感してしまったみたいだが、ウロボロスの思いは本物だ。俺から離れてどこぞに行くなど天地がひっくり返ってもないだろうさ。
 そう思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。

「人間は脆弱で狡猾。自分だけが良ければそれで構わないと胸を張って言い放つ種族です。それについては同意しましょう。しかし中には違う者もいます。今ならば自信を持って言えます」

 どうしていいのかわからない内に友好関係を結ぶチャンスは終わってしまったらしい。ローレンの目が吊り上がっていき、それに合わせて顔が赤くなっていく。まぁ、ウロボロスを汚してくれた辺りから手を結ぶつもりなんて毛頭無くなってしまった訳だけど。
 そんな事はどうでもいい。嬉しかった。ウロボロスがそこまで考え方を変えてくれていたなんて。正直に言うと泣いちゃいそうだ。

「ふん、美人だからと気を許したらこれだ……!」

 おい、エロ親父。人が感動しているんだ。黙ってエロ本でも読んでいろ。なんて言えるはずもなく、とりあえず俺も睨んでおく。
 さて、ここからどうするか。話をする前から何かもわからない交渉は決裂したと言っていい。最悪の場合は戦争になるぞ。戦争、でもそれってイース・ディードを巻き込むことになるのだろうか。せっかく復興し始めているこの土地でドンパチやらかすのは嫌だな。そうなるとせめてサウス・グリードの方で、とか色々と考えを巡らせていると、

「そこまでですよ、ローレンさん」

 今まで一番後ろで傍観していた女の子が前に出て、フードを脱ぎながら待ったをかける。竜人の年齢はよくわからないがその顔立ちは明らかに幼く、人間ならば10歳前後に見えた。深紅のややブロンドのかかったショートヘアーがよく似合う少女である。もう一度言おう、少女である。それなのに口調や立ち振る舞いは俺なんかよりずっと大人びていた。
 少女は深々としばらく頭を下げてから、落ち着いたトーンで話し始める。

「度重なる無礼をお詫び致します、魔王様とその臣下よ。私は紅蓮牙竜隊の隊長を任されているメグと申します」

 こんな小さな子が隊長なのか。見た目だけならにわかには信じがたいが、他の使者たちの様子を見る限り嘘ではないのだろう。まだこちらに険しい目を向けているものの、大人しく剣を収めて引き下がったのだ。残ったのはローレンだけである。

「待て、メグ! ここは俺が……!」
「話を脱線させ、あろうことか関係性をややこしくした貴方では使命を果たせないでしょう?」
「し、しかし、使節団のリーダーはこの俺だぞ!?」
「では魔王様に決めて頂きましょう。ローレンさんと私と、どちらと話がしたいのか。突然の訪問にも関わらず応じてくださいましたし先の件もあります。このくらいの配慮は当然でしょう」

 頭に血が上っていたはずのローレンと対等に話せていることからも疑いようがない。この子は本物の隊長なんだ。ひょっとしたら建前上はローレンが使節団のリーダーかもしれないが、実際はこの子が全権を任されている可能性すらある。これまで後ろにいたのは女の子だからと舐められないようにするためか。はたまた俺たちを第三者の視点から観察するためか。わからない。でもひとつだけ言えるのは、ローレンよりも確実に話しやすそうだということ。

「メグ……だったか。俺は君と話がしたい」
「聞こえましたね、ローレンとやら。下がりなさい。我が君はその子との対談を希望されました」

 面白くはないだろうな。ローレンは歯ぎしりしながら拳を強く握り締めた。ただ、腐っても隊長を任されるだけの器はあるらしい。まるで毒でも絞り出すかのように大きく息を吐き出し、見るからに怒りを抑えた。その表情は未だに険しいけど、少なくともここから戦いに発展することはなさそうだ。

「わかった、従おう。その代わり全責任はお前が背負えよ?」
「はい、当然のことです。その間ローレンさんは……」
「別室をご用意致しましたー」

 いつからいたのか、はたまた今来たのか、後ろからニュッと現れたのは葉月だった。思わず驚いてしまうと、してやったりという感じで得意げにブイサインをする。

「お、驚かせるなよ、葉月」
「魔王様に驚いて貰えるなんて、光栄ですー」

 抑揚のない気怠げな声でそんなことを言われた。それは光栄と思われていいのだろうか。俺としては心穏やかに過ごしたいんだが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

番だからと攫っておいて、番だと認めないと言われても。

七辻ゆゆ
ファンタジー
特に同情できないので、ルナは手段を選ばず帰国をめざすことにした。

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

処理中です...