魔王と配下の英雄譚

るちぇ。

文字の大きさ
上 下
128 / 176
第2章 暁の竜神

第3話 紅竜同盟の使者 1

しおりを挟む
 延々と待たされ続け、遂に10杯目の紅茶を出された紅竜同盟の使者たちは苛立っていた。組んだ足を貧乏揺すりしたり、ソファの肘かけを指でトントン叩いたりしていた。さっきまでは。今は気が気でないのだろう。その顔からは血の気が完全に引けてしまっている。というのも、ここは空に浮かぶ城である。それなのに椅子から転げ落ちる程の揺れが何度も起こったからだ。初めは地震かと思ったようだが、いや待てと。空中で地震が起こるものかと。ならば、この揺れは。よもや機関部に何かトラブルでも生じたのではあるまいな、と思い至ったのである。そうは言っても確認する方法などなく、仕方なく椅子やテーブルにしがみつくこと約2時間。ようやく揺れが収まり、使者の1人が暢気に欠伸をしているメイドに詰め寄る。
 彼の名はローレン。小太りながらもその実力は先代の竜神の頃からの御墨付きの人物である。そんな彼は怒りを全く隠そうとせず、掴みかからんとする勢いであった。

「お、おい……! 本当に、いつになったらお前らの主は出て来るんだ!?」
「んー……わっかりませーん」

 能天気な返事をしたのはメイドの葉月だ。会議が終わるまで給仕を任された、盾持ち3人衆の1人である。ただしやる気は皆無。先程の揺れについても「あー、大丈夫ですぅ」の一言だけ。何をどう言われようともどこ吹く風だった。
 少し脱線するが、大体にして紅茶の入れ方もなっていない。淹れ方ではない。入れ方だ。量はマチマチ、滴を垂らしても知らん顔。更にそんな適当な対応の後には、椅子の背もたれを前にしてドカッと座り、くるくると緑色の前髪を弄りながら大きな欠伸を繰り返している始末だった。

「栄えある紅竜同盟が話をしてやるというのに! その態度はなんだ!?」

 額に青筋を立てて唾を飛ばしながらローレンは抗議する。
 しかし、ここまで何が起こっても一切動揺しなかった葉月だ。こんな怒声ごとき屁でもない。やや上目遣いでチラリと一べつすると盛大な溜め息を吐く。

「そうカッカすると血管がバーンっていきますよ? 痛いですよ?」
「その時は死んでいる! じゃなくて他に言うべきことがあるだろう!?」

 葉月は主に命じられたから仕方なく給仕をしていただけで、別にもてなそうとか、愛想よくしようとか、そういう気持ちは一切ない。なんで来たんだよ。早く帰ってくれないかな。そんな風に、念仏のように心の中で唱え続けてさえいる。それでも彼女なりに頑張ったのだが、この言われようでは堪忍袋の緒が遂に切れてしまう。

「……もう面倒です。文月ー! 代わってくださーい!」
「め、面倒……!? 言うに事欠いて面倒と言ったな!?」

 思い立ったらもう使者は客ですらない。邪魔な障害物かそれ以下だ。葉月は激昂するローレンを押し退けて、気怠そうにやや前傾姿勢になりながら部屋から出て行ってしまう。
 さて、こんな最悪なタイミングで入ってきたメイドは文月だった。見た目は葉月と瓜二つだが性格は全く違う。緊張しやすく人見知りという接客には向かないタイプだった。それなのに相手は最悪。見るからに怒っている客人を前にしては、寒さに震える子犬のようにガチガチだった。両手で持っているお盆までも小刻みに揺れ、その上のカップがカチャカチャ、ジャプジャプと音を立てていた。ロボットのようなギクシャクした動きで使者たちの方へ行くと、やっとの思いでカップをテーブルの上に置く。

「お、お待たせし、しました! アイスティーですっ!」
「それはもういい!」
「は、はいっ! す、すみません!」

 これでもう11杯目。いや、そんなことより葉月のずさんな対応もあり、ローレンは声を更に荒げてしまう。室内が揺れる程の怒鳴り声だ。驚いた文月は咄嗟に頭を守ってしゃがみ込んだ。お盆を盾にして頭の上に乗せるのも忘れない。流石は盾持ちである。
 さて、盆の上にはアイスコーヒーが乗っていた。まだ1つしかテーブルに置いていない。残りはどこへ行ったのか。答えは宙。盆を失い取り残されたカップは誰にもキャッチされることなく落下。盛大な音を立てて割れて床にぶちまけられてしまう。その音と惨状にまたびっくりして、文月は遂に座り込んでしまった。

「も、もう嫌ですーっ! 助けて、お姉ちゃーん!」
「何でもいいから早く呼べ! お前たちの主を! さぁ、早く!」
「この人恐過ぎですーっ! どうしてこんな目にーっ!」

 終いには泣き出し、うずくまって動けなくなってしまう。まさに弱い者いじめ。泣く子を更に怒る大人という図ができてしまい、流石のローレンも毒気を抜かれたのか、振り上げた拳を降ろすしかなかった。後ろの使者たちも困惑してどうしようもできないでいる。

「どうなっているんだ、ここのメイドは。まともな奴はいないのか……」

 その時、控えめなノックの音が数度鳴る。それを聞いた文月はすくっと立ち上がると泣きながら走り出す。そして現れたメイドの胸に飛び込み、顔を押し当てた。

「お姉ちゃーん!」
「はいはい、恐かったですね」

 次にやって来たのは水無月だ。盾持ち3人衆のリーダーであり、これまた姿は瓜二つだ。しかし、言うまでもないが性格は2人とは全く違う。文月を抱き締めて頭を優しくなでると、部屋から出て行くよう促した。それをしっかりと見送ってから使者たちと対峙するようにして立つ。

「……お前はまともに話ができるんだろうな?」

 先の2人に散々弄ばれたローレンは訝しげな目付きをするものの、内心では一番期待をした。雰囲気的には一番マシであるのは一目瞭然で、話の通じそうな相手だからである。もっとも前の2人が酷過ぎたのもあってその補正もあるのだが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

番だからと攫っておいて、番だと認めないと言われても。

七辻ゆゆ
ファンタジー
特に同情できないので、ルナは手段を選ばず帰国をめざすことにした。

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

処理中です...