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第2章 暁の竜神
第3話 紅竜同盟の使者 1
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延々と待たされ続け、遂に10杯目の紅茶を出された紅竜同盟の使者たちは苛立っていた。組んだ足を貧乏揺すりしたり、ソファの肘かけを指でトントン叩いたりしていた。さっきまでは。今は気が気でないのだろう。その顔からは血の気が完全に引けてしまっている。というのも、ここは空に浮かぶ城である。それなのに椅子から転げ落ちる程の揺れが何度も起こったからだ。初めは地震かと思ったようだが、いや待てと。空中で地震が起こるものかと。ならば、この揺れは。よもや機関部に何かトラブルでも生じたのではあるまいな、と思い至ったのである。そうは言っても確認する方法などなく、仕方なく椅子やテーブルにしがみつくこと約2時間。ようやく揺れが収まり、使者の1人が暢気に欠伸をしているメイドに詰め寄る。
彼の名はローレン。小太りながらもその実力は先代の竜神の頃からの御墨付きの人物である。そんな彼は怒りを全く隠そうとせず、掴みかからんとする勢いであった。
「お、おい……! 本当に、いつになったらお前らの主は出て来るんだ!?」
「んー……わっかりませーん」
能天気な返事をしたのはメイドの葉月だ。会議が終わるまで給仕を任された、盾持ち3人衆の1人である。ただしやる気は皆無。先程の揺れについても「あー、大丈夫ですぅ」の一言だけ。何をどう言われようともどこ吹く風だった。
少し脱線するが、大体にして紅茶の入れ方もなっていない。淹れ方ではない。入れ方だ。量はマチマチ、滴を垂らしても知らん顔。更にそんな適当な対応の後には、椅子の背もたれを前にしてドカッと座り、くるくると緑色の前髪を弄りながら大きな欠伸を繰り返している始末だった。
「栄えある紅竜同盟が話をしてやるというのに! その態度はなんだ!?」
額に青筋を立てて唾を飛ばしながらローレンは抗議する。
しかし、ここまで何が起こっても一切動揺しなかった葉月だ。こんな怒声ごとき屁でもない。やや上目遣いでチラリと一べつすると盛大な溜め息を吐く。
「そうカッカすると血管がバーンっていきますよ? 痛いですよ?」
「その時は死んでいる! じゃなくて他に言うべきことがあるだろう!?」
葉月は主に命じられたから仕方なく給仕をしていただけで、別にもてなそうとか、愛想よくしようとか、そういう気持ちは一切ない。なんで来たんだよ。早く帰ってくれないかな。そんな風に、念仏のように心の中で唱え続けてさえいる。それでも彼女なりに頑張ったのだが、この言われようでは堪忍袋の緒が遂に切れてしまう。
「……もう面倒です。文月ー! 代わってくださーい!」
「め、面倒……!? 言うに事欠いて面倒と言ったな!?」
思い立ったらもう使者は客ですらない。邪魔な障害物かそれ以下だ。葉月は激昂するローレンを押し退けて、気怠そうにやや前傾姿勢になりながら部屋から出て行ってしまう。
さて、こんな最悪なタイミングで入ってきたメイドは文月だった。見た目は葉月と瓜二つだが性格は全く違う。緊張しやすく人見知りという接客には向かないタイプだった。それなのに相手は最悪。見るからに怒っている客人を前にしては、寒さに震える子犬のようにガチガチだった。両手で持っているお盆までも小刻みに揺れ、その上のカップがカチャカチャ、ジャプジャプと音を立てていた。ロボットのようなギクシャクした動きで使者たちの方へ行くと、やっとの思いでカップをテーブルの上に置く。
「お、お待たせし、しました! アイスティーですっ!」
「それはもういい!」
「は、はいっ! す、すみません!」
これでもう11杯目。いや、そんなことより葉月のずさんな対応もあり、ローレンは声を更に荒げてしまう。室内が揺れる程の怒鳴り声だ。驚いた文月は咄嗟に頭を守ってしゃがみ込んだ。お盆を盾にして頭の上に乗せるのも忘れない。流石は盾持ちである。
さて、盆の上にはアイスコーヒーが乗っていた。まだ1つしかテーブルに置いていない。残りはどこへ行ったのか。答えは宙。盆を失い取り残されたカップは誰にもキャッチされることなく落下。盛大な音を立てて割れて床にぶちまけられてしまう。その音と惨状にまたびっくりして、文月は遂に座り込んでしまった。
「も、もう嫌ですーっ! 助けて、お姉ちゃーん!」
「何でもいいから早く呼べ! お前たちの主を! さぁ、早く!」
「この人恐過ぎですーっ! どうしてこんな目にーっ!」
終いには泣き出し、うずくまって動けなくなってしまう。まさに弱い者いじめ。泣く子を更に怒る大人という図ができてしまい、流石のローレンも毒気を抜かれたのか、振り上げた拳を降ろすしかなかった。後ろの使者たちも困惑してどうしようもできないでいる。
「どうなっているんだ、ここのメイドは。まともな奴はいないのか……」
その時、控えめなノックの音が数度鳴る。それを聞いた文月はすくっと立ち上がると泣きながら走り出す。そして現れたメイドの胸に飛び込み、顔を押し当てた。
「お姉ちゃーん!」
「はいはい、恐かったですね」
次にやって来たのは水無月だ。盾持ち3人衆のリーダーであり、これまた姿は瓜二つだ。しかし、言うまでもないが性格は2人とは全く違う。文月を抱き締めて頭を優しくなでると、部屋から出て行くよう促した。それをしっかりと見送ってから使者たちと対峙するようにして立つ。
「……お前はまともに話ができるんだろうな?」
先の2人に散々弄ばれたローレンは訝しげな目付きをするものの、内心では一番期待をした。雰囲気的には一番マシであるのは一目瞭然で、話の通じそうな相手だからである。もっとも前の2人が酷過ぎたのもあってその補正もあるのだが。
彼の名はローレン。小太りながらもその実力は先代の竜神の頃からの御墨付きの人物である。そんな彼は怒りを全く隠そうとせず、掴みかからんとする勢いであった。
「お、おい……! 本当に、いつになったらお前らの主は出て来るんだ!?」
「んー……わっかりませーん」
能天気な返事をしたのはメイドの葉月だ。会議が終わるまで給仕を任された、盾持ち3人衆の1人である。ただしやる気は皆無。先程の揺れについても「あー、大丈夫ですぅ」の一言だけ。何をどう言われようともどこ吹く風だった。
少し脱線するが、大体にして紅茶の入れ方もなっていない。淹れ方ではない。入れ方だ。量はマチマチ、滴を垂らしても知らん顔。更にそんな適当な対応の後には、椅子の背もたれを前にしてドカッと座り、くるくると緑色の前髪を弄りながら大きな欠伸を繰り返している始末だった。
「栄えある紅竜同盟が話をしてやるというのに! その態度はなんだ!?」
額に青筋を立てて唾を飛ばしながらローレンは抗議する。
しかし、ここまで何が起こっても一切動揺しなかった葉月だ。こんな怒声ごとき屁でもない。やや上目遣いでチラリと一べつすると盛大な溜め息を吐く。
「そうカッカすると血管がバーンっていきますよ? 痛いですよ?」
「その時は死んでいる! じゃなくて他に言うべきことがあるだろう!?」
葉月は主に命じられたから仕方なく給仕をしていただけで、別にもてなそうとか、愛想よくしようとか、そういう気持ちは一切ない。なんで来たんだよ。早く帰ってくれないかな。そんな風に、念仏のように心の中で唱え続けてさえいる。それでも彼女なりに頑張ったのだが、この言われようでは堪忍袋の緒が遂に切れてしまう。
「……もう面倒です。文月ー! 代わってくださーい!」
「め、面倒……!? 言うに事欠いて面倒と言ったな!?」
思い立ったらもう使者は客ですらない。邪魔な障害物かそれ以下だ。葉月は激昂するローレンを押し退けて、気怠そうにやや前傾姿勢になりながら部屋から出て行ってしまう。
さて、こんな最悪なタイミングで入ってきたメイドは文月だった。見た目は葉月と瓜二つだが性格は全く違う。緊張しやすく人見知りという接客には向かないタイプだった。それなのに相手は最悪。見るからに怒っている客人を前にしては、寒さに震える子犬のようにガチガチだった。両手で持っているお盆までも小刻みに揺れ、その上のカップがカチャカチャ、ジャプジャプと音を立てていた。ロボットのようなギクシャクした動きで使者たちの方へ行くと、やっとの思いでカップをテーブルの上に置く。
「お、お待たせし、しました! アイスティーですっ!」
「それはもういい!」
「は、はいっ! す、すみません!」
これでもう11杯目。いや、そんなことより葉月のずさんな対応もあり、ローレンは声を更に荒げてしまう。室内が揺れる程の怒鳴り声だ。驚いた文月は咄嗟に頭を守ってしゃがみ込んだ。お盆を盾にして頭の上に乗せるのも忘れない。流石は盾持ちである。
さて、盆の上にはアイスコーヒーが乗っていた。まだ1つしかテーブルに置いていない。残りはどこへ行ったのか。答えは宙。盆を失い取り残されたカップは誰にもキャッチされることなく落下。盛大な音を立てて割れて床にぶちまけられてしまう。その音と惨状にまたびっくりして、文月は遂に座り込んでしまった。
「も、もう嫌ですーっ! 助けて、お姉ちゃーん!」
「何でもいいから早く呼べ! お前たちの主を! さぁ、早く!」
「この人恐過ぎですーっ! どうしてこんな目にーっ!」
終いには泣き出し、うずくまって動けなくなってしまう。まさに弱い者いじめ。泣く子を更に怒る大人という図ができてしまい、流石のローレンも毒気を抜かれたのか、振り上げた拳を降ろすしかなかった。後ろの使者たちも困惑してどうしようもできないでいる。
「どうなっているんだ、ここのメイドは。まともな奴はいないのか……」
その時、控えめなノックの音が数度鳴る。それを聞いた文月はすくっと立ち上がると泣きながら走り出す。そして現れたメイドの胸に飛び込み、顔を押し当てた。
「お姉ちゃーん!」
「はいはい、恐かったですね」
次にやって来たのは水無月だ。盾持ち3人衆のリーダーであり、これまた姿は瓜二つだ。しかし、言うまでもないが性格は2人とは全く違う。文月を抱き締めて頭を優しくなでると、部屋から出て行くよう促した。それをしっかりと見送ってから使者たちと対峙するようにして立つ。
「……お前はまともに話ができるんだろうな?」
先の2人に散々弄ばれたローレンは訝しげな目付きをするものの、内心では一番期待をした。雰囲気的には一番マシであるのは一目瞭然で、話の通じそうな相手だからである。もっとも前の2人が酷過ぎたのもあってその補正もあるのだが。
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