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第1章 偽りの騎士
第19話 ルーチェの過去、そして今 3
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思い出していた。とても懐かしいあの日のことを。これが私の原点。騎士道がどこへ向かうのか。そのたったひとつの答え。だから私は逃げも隠れもしない。恐れもしない。アデルを守ることが私の生きる意味だから。
「やっと会えたね、アデル」
皮肉なことに、ここは私たちが暮らした家のあった場所。その跡地だった。辺り一帯は焦土と化していてその面影は全くないけど。
そんな光景が綺麗に見えてしまうくらいに、アデルの見た目は余りにも禍々しい。船の女神様と言えばいいのか、船頭にある女性像のような姿だ。淡いピンク色の大理石のような肌、深紅の目、大小様々な翼。周囲には12個のオーブがバラバラに旋回していた。
でもわかる。そこにアデルはいる。
「……ルーチェ」
目の前にピンク色の液体が降ってきてアデルの形をなした。見た目は普通のアデル。あれから5年。背は多少伸びたけど見た目は同じ。声まで同じ。そんな昔のままの姿で、声で、私を迎えてくれた。
「どうして……ここに来ちゃったの?」
「もう、アデルってば……それを不思議に思っちゃうの?」
「思うよ。だって、私はもう……もう……!」
次に出てくるであろう言葉は、聞かなくても何となく想像が付いてしまう。知っているから。これでも私は四大将軍で、聖天騎士団の二番席次で、アデルがどうなってしまっているのか知っているから。
でも、だからどうしたというのだ。どうして諦められるものか。
「アデルはアデル。私の大切な……」
「もうやめて! ルーチェにはわからない! 絶対に……わかって欲しくない……っ!」
アデルは悲痛な叫び声を上げると、両耳を塞いでうずくまってしまう。まったく、相変わらず嘘が苦手なんだから。これは拒絶じゃなくて優しさだ。私を巻き込まないように、遠ざけるようにって。もっとうまく嘘を吐けばいいのに。こうして会ってくれた時点で、もう本音には気付いているんだよ。
「アデル……泣きたいくらい頑張っていたんだもんね。ううん、もう頑張っていたなんて、そんなの違うね。そんな安い言葉なんか似合わないよね」
アデルの肩に手を触れるとビクッと反応したけど、ほら、拒絶はされなかった。そのまま優しく背中に手を回して抱き締める。温かい。この体は本当のアデルのものなのか、それともあの人が用意した偽物なのかはわからない。でもしっかりと温かい。ここにアデルはいるんだって、よくわかるくらいに。
「私は馬鹿だから……お父さんのような学者さんにはなれなかったよ。誰も……何も……助けられなかった」
「だから……お父さんになることにしたの?」
「お父さんは正しいって信じていた。皆のためになるって、正義のヒーローになるんだって、そう思ったのに……」
あの日から、アデルは何を思って、どんな日々を過ごしてきたのだろう。アデルのお父さんに追い出されてしまった私は知らない。その覚悟の大きさも、思いの強さも、アデルならきっと凄いんだろうって思うけど、到底理解なんてできないし、理解したなんて口が裂けても言えない。絶対に言えるものか、私なんかよりもずっと、ずっと辛い思いをしてきたに違いないから。
「私にも……お父さんや……ルーチェみたいな力があれば……」
「私はそんな大したことないんだよ」
「だって! ルーチェはただの兵士さんからどんどん昇進して、四大将軍にまでなって……! 私もなりたかったの! ルーチェみたいに、たくさんの人を助けられるような立派な人になりたかったの……っ!」
ほら、やっぱりそうだ。アデルは私なんかよりもずっと凄かった。たくさんの人を助ける。口で言うのは簡単だ。でも、それがどれくらい難しいことか。大災厄の前ですら自分の命を明日へ繋ぐのもやっとな世界が更に壊れてしまった。そんな絶望的な今を明日へ繋げる。できると言う奴がいるならやってくれ。協力は惜しまないから。でも生憎と誰にもできないから、こうしてアデルは泣いている。だから言わせない。誰にもそんな大口は叩かせない。
「それもこれもアデルを助けたいから。力になりたかったから。国も、そこで暮らす人も、正直に言っちゃうとどうでもいい。でもアデルだけは……幸せにしたかったから」
アデルの辛さをわかってはあげられない。でも力にはなってあげたいって、そう誓ったから。だから私は槍を取った。騎士の名を借りて、地位を押し上げるために全力を注いだ。その結果、助かった人たちもいたかもしれない。感謝されたことも少なくはない。そのどれもがどうでも良かった。だって、アデル以外なんて知らないから。私はそんな汚い道しか選べなかった。だからこそ私はアデルを助けたい。絶対に、何が何でも。
「……あの時、初めて声をかけてくれた時、私は確かに救われたよ。だから今度は私の番。見ていて。私が必ず、アデルだけは助けてあげるから」
「私……馬鹿みたい。ううん、本当に……救いようのないお馬鹿さん。皆が幸せになんてなれないんだよね。私は……ルーチェとずっと、ずっと一緒にいたかった。ただそれだけのはずだったのに、どうして道を間違えちゃったんだろう……。本当に馬鹿だなぁ」
そう言い残すと、アデルはピンク色の液体となって溶け出して、地面に吸われていってしまう。でも大丈夫だ。これまで迷ったつもりはただの一度もないつもりけど、でも、アデルの気持ちを受け取ったから。
「やっと会えたね、アデル」
皮肉なことに、ここは私たちが暮らした家のあった場所。その跡地だった。辺り一帯は焦土と化していてその面影は全くないけど。
そんな光景が綺麗に見えてしまうくらいに、アデルの見た目は余りにも禍々しい。船の女神様と言えばいいのか、船頭にある女性像のような姿だ。淡いピンク色の大理石のような肌、深紅の目、大小様々な翼。周囲には12個のオーブがバラバラに旋回していた。
でもわかる。そこにアデルはいる。
「……ルーチェ」
目の前にピンク色の液体が降ってきてアデルの形をなした。見た目は普通のアデル。あれから5年。背は多少伸びたけど見た目は同じ。声まで同じ。そんな昔のままの姿で、声で、私を迎えてくれた。
「どうして……ここに来ちゃったの?」
「もう、アデルってば……それを不思議に思っちゃうの?」
「思うよ。だって、私はもう……もう……!」
次に出てくるであろう言葉は、聞かなくても何となく想像が付いてしまう。知っているから。これでも私は四大将軍で、聖天騎士団の二番席次で、アデルがどうなってしまっているのか知っているから。
でも、だからどうしたというのだ。どうして諦められるものか。
「アデルはアデル。私の大切な……」
「もうやめて! ルーチェにはわからない! 絶対に……わかって欲しくない……っ!」
アデルは悲痛な叫び声を上げると、両耳を塞いでうずくまってしまう。まったく、相変わらず嘘が苦手なんだから。これは拒絶じゃなくて優しさだ。私を巻き込まないように、遠ざけるようにって。もっとうまく嘘を吐けばいいのに。こうして会ってくれた時点で、もう本音には気付いているんだよ。
「アデル……泣きたいくらい頑張っていたんだもんね。ううん、もう頑張っていたなんて、そんなの違うね。そんな安い言葉なんか似合わないよね」
アデルの肩に手を触れるとビクッと反応したけど、ほら、拒絶はされなかった。そのまま優しく背中に手を回して抱き締める。温かい。この体は本当のアデルのものなのか、それともあの人が用意した偽物なのかはわからない。でもしっかりと温かい。ここにアデルはいるんだって、よくわかるくらいに。
「私は馬鹿だから……お父さんのような学者さんにはなれなかったよ。誰も……何も……助けられなかった」
「だから……お父さんになることにしたの?」
「お父さんは正しいって信じていた。皆のためになるって、正義のヒーローになるんだって、そう思ったのに……」
あの日から、アデルは何を思って、どんな日々を過ごしてきたのだろう。アデルのお父さんに追い出されてしまった私は知らない。その覚悟の大きさも、思いの強さも、アデルならきっと凄いんだろうって思うけど、到底理解なんてできないし、理解したなんて口が裂けても言えない。絶対に言えるものか、私なんかよりもずっと、ずっと辛い思いをしてきたに違いないから。
「私にも……お父さんや……ルーチェみたいな力があれば……」
「私はそんな大したことないんだよ」
「だって! ルーチェはただの兵士さんからどんどん昇進して、四大将軍にまでなって……! 私もなりたかったの! ルーチェみたいに、たくさんの人を助けられるような立派な人になりたかったの……っ!」
ほら、やっぱりそうだ。アデルは私なんかよりもずっと凄かった。たくさんの人を助ける。口で言うのは簡単だ。でも、それがどれくらい難しいことか。大災厄の前ですら自分の命を明日へ繋ぐのもやっとな世界が更に壊れてしまった。そんな絶望的な今を明日へ繋げる。できると言う奴がいるならやってくれ。協力は惜しまないから。でも生憎と誰にもできないから、こうしてアデルは泣いている。だから言わせない。誰にもそんな大口は叩かせない。
「それもこれもアデルを助けたいから。力になりたかったから。国も、そこで暮らす人も、正直に言っちゃうとどうでもいい。でもアデルだけは……幸せにしたかったから」
アデルの辛さをわかってはあげられない。でも力にはなってあげたいって、そう誓ったから。だから私は槍を取った。騎士の名を借りて、地位を押し上げるために全力を注いだ。その結果、助かった人たちもいたかもしれない。感謝されたことも少なくはない。そのどれもがどうでも良かった。だって、アデル以外なんて知らないから。私はそんな汚い道しか選べなかった。だからこそ私はアデルを助けたい。絶対に、何が何でも。
「……あの時、初めて声をかけてくれた時、私は確かに救われたよ。だから今度は私の番。見ていて。私が必ず、アデルだけは助けてあげるから」
「私……馬鹿みたい。ううん、本当に……救いようのないお馬鹿さん。皆が幸せになんてなれないんだよね。私は……ルーチェとずっと、ずっと一緒にいたかった。ただそれだけのはずだったのに、どうして道を間違えちゃったんだろう……。本当に馬鹿だなぁ」
そう言い残すと、アデルはピンク色の液体となって溶け出して、地面に吸われていってしまう。でも大丈夫だ。これまで迷ったつもりはただの一度もないつもりけど、でも、アデルの気持ちを受け取ったから。
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